周りからの視線
<9月2日(木)>
「なんでお前は唐揚げ弁当食ってんだよ。2個も」
「俺に今までと変わらない態度で接してくれるのはお前くらいだよ晶」
椅子に座りながら身体を俺の方に向けて疑問を投げかけてきたのは久世晶。中学からの親友だ。昨日の凶行で俺は既に腫れ物扱い。冷たい視線や怯えが含まれた視線に囲まれてそれなりに傷ついている中、こいつの存在は有り難い。
「回答になってねえよそれ。あのイカれた行動の理由も聞きたくはあるけどよ」
「人生で一度派手なことをやってみたかったからだ」
「もっといい方法あるだろ」
「それ、正論」
「AIみたいな答え方すんな」
晶の言葉を適当に流しながら俺は唐揚げを頬張る。肉が消耗した身体によく沁みる。
「んで、そろそろ回答をくれ。お前はそんな大食いキャラだったか?」
「えーとだな、朝ご飯どころか昨日の晩御飯、昼ご飯も食べれてないから兎に角腹減ってんだ」
「成程。先生に説教されて昼ご飯の時間はとっくに過ぎ、家に帰って食べようと思ったら母ちゃんに絞められて朝まで気絶してたから行きの途中で弁当を買って今に至るって訳だな」
「わお、パーフェクト」
一から百までその通りで笑うしかない。ってことで俺はまだまだ食いますよっと。
「俺はこんなしょうもない問題で百点取るよりか、今日の夏休み明けテストで百点取りたいよ」
「ま、頑張ってくれたまえ」
俺は余裕の笑み、若しくは不適な笑み、若しくは煽るような笑みを浮かべた。どう受け取るかはあなた次第。
「今日の朝まで死んでたんだろう?身体の調子的には悪いんじゃないか?」
確かに身体の節々はまだ痛むし、頭も痛くてあんま集中出来ない。それでも自身はある。
「いかにも自身満々って顔だな」
「ああ、全部の教科で百点取ってやるよ」
「冗談乙」
どうやら晶は俺の言葉を真剣に受け取っていないようだ。薄く笑みを浮かべながら軽い口調で言ってくる。
「冗談じゃないって」
「お前はそれなりに頭いいけど百点は無理だろ」
「いーやいけるね。もし俺が一個でも百点取れなかったらラーメン一杯奢ってやる。代わりに全部百点取ったらラーメン奢ってくれ」
「……そんな自信あるんだったら賭けに乗るのはやめとくわ」
「えー、つまらないな」
俺のよくわからない自信に怪しさを感じ取ったか。そこらへんの嗅覚は流石親友といった所だな。
「……ところでそろそろあいつどうにかしてくれ」
そう言う晶の視線の先にはやけに怖い顔をした女子生徒がいる。最早殺意も籠っているかもしれない。
「……俺もお手上げだ」
「お前のせいだろ」
晶が呆れた視線を向けてくるが、仕方がないんだ仕方が。それでもどうにか気分を鎮めてもらいたい気持ちは俺にもあるので、声をかける。
「おーい、刹那」
「……何よ」
「どっちかっていうと俺が何?って聞きたいな」
冷え冷えとした声色のその人物は、昨日俺が一発芸した後に一番早く反応してくれたあの人だ。因みに俺の幼馴染でもあり、高校二年生になった今でも結構……いや、強い関わりのある人物だ。その名前は東雲刹那。気が強い所はあるが普段の雰囲気はもっと柔らかしいい奴なんだ。
「原因はわかっているでしょ」
「いや……まぁ……はい、すみませんでした」
怖い。下手に口答えしたら絶対に不味い。
「何であんな事したのよ」
「……人生で一度は派手なことをやってみたかったのさ!」
「はあ!?何そのふざけた理由!?殴るわよ!?」
下手に口答えしちゃったぜてへぺろ。直ぐ暴力に訴えてくる姿は非常にバイオレンス。火に油を注いじまったなっていう視線を投げかけてくる晶を横目にどう鎮めたもんかと思案する。
「本当の理由は何なのよ!」
「……おーけー。15分後には始まる夏休み明けテストの点数で勝負を付けよう。国語、数学、英語の3つのテストがあるから、その合計点で刹那が勝ったら本当の理由を話すよ」
「……わかったわ」
まだ文句は言いたい感じだが、どうにか勝負に乗ってくれたな。刹那は俺よりも頭いいから自信があるのだろう。俺が学力で勝ったことなんて数えるぐらいしかないからな。だが、その油断と慢心が命取りだぜ。この勝負に乗った時点で刹那の負けは確定したからな。
「絶対に言ってもらうわよ」
「刹那が勝ったらな」
「……やっぱりムカつくから腹パンしていい?」
「やめて。絶対リバースしちゃう」
「……ふん」
俺の悲痛な訴えが通じたのか腹パンは勘弁してもらえた。そっぽを向いて自分の席に戻ってしまったが。
「ふぅ、手に汗握ったぜ」
「幼馴染が全校生徒の前で奇行に走ったからな。そりゃ怒るし、恥ずかしいだろ」
「ちげえねえ」
晶との談笑ここいらにして、さっさと残りの弁当食べてテストに挑みますか。
◆◇◆◇
「あぁー疲れた。よく頑張った俺」
最後のテストが終わりシャーペンを机に投げ出しながら自分を労う言葉を口に出す。
「言葉の割にはあんまり疲れてなさそうだな」
背後から聞こえてきた言葉には振り向かずに俺は言葉を返す。
「晶にはお見通しですかい」
「なんで今日のお前はそんな余裕なんだか」
理由は勿論ある。それを口にした所で信じてもらうには時間がかかるし、別に利益もない。俺は無駄な消耗は控えるのさ。
「乙女ならぬ漢の秘密だ」
「漢なら全てさらけ出せよ」
「それって脱げってこと?きゃー晶くんのえっちー」
「誰がお前の身体なんて興味あるか」
「いや、現役高校二年生の身体は特定の層には興味あるだろ」
「じゃあ撮らせてくれ。売るから」
「いいですか晶くん。人には肖像権ってものがあって……」
「何話してるのよ」
くだらない話に興じている場合ではない。いつの間にか接近してきたその不機嫌な人物に警戒レベルを一気に引き上げる。選択をミスったら容赦ない腹パンが飛んでくる可能性があるんだぞ自分。
「て、テストはどうでしたかい?東雲刹那さん?」
「あんたの口を割らせる準備は出来たわよ」
それはまあ随分と自信がおありで。ま、俺に勝てるわけはないが。
「何よ、ニヤニヤ笑って」
「別に何でもないでございますよ」
んなこと言ったら不機嫌度が急激な加速を見せること間違いなしなので口に出さない。表情に出ている時点で俺の詰めは甘いと言わざるを得ないけど。
そんな事を考えていた時にその言葉は胸を突き刺した。
「……なんか、いつもの蓮司と違うわ」
「…………そんなことはないさ」
表情を歪めてはいけない。俺にはその資格がないのだから。それでもやっぱり、何処か淋しい。俺は何かを見失っているのだろう。『何か』で留めているのは俺がその先へ思考を進める事を止めているから。
「……大丈夫?」
僅かばかりの時間に押しとどめたはずの、俺の雰囲気の変化を鋭く感じ取ったのか、刹那の言葉には毒気が消えた。そこに残ったのは純粋な心配。
「お?大丈夫だぞ?」
俺は取り留めのない思考をかき消して、何事もなかったかのように『いつも』の調子で言葉を返す。
「そう……それならいいけど」
「刹那は部活あるんだろ?俺は疲れたしもう帰るよ」
さっきまでの疲れたとは違って、今は本当に疲れてしまった。たった一つの言葉を受け取っただけで泥沼に陥ってしまうんだから、笑えるな。
「なんかよくわからないけど大丈夫か?」
刹那とのやり取りを黙って見ていた晶も何かを察したのかそんなことを言ってくる。
「晶まで言わなくったていいよ。だけど心配してくれてありがとうな」
奇行に走っても親身になってくれる友を持って本当に有難く思う。同時に申し訳なさも感じる。
「晶も部活だよな?」
「そうだな」
「じゃあ今日はここでお別れだ。また明日な!」
「お、おう」
会話を半強制的に切りつつ、リュックを手に取って教室から退散する。
「なんで月城は学校に来てんだよ」
「また何かやらすんじゃない?」
「安心して学校生活送れないよー」
「3年の榊原先輩より余裕でやばいでしょ」
自然と俺に対する声が耳に届く。相も変わらずクラスメイトからの視線は痛い。まあ当然だから文句を言うのはお門違い。だからそれらを振り切って素早く帰るのが俺に出来る最善の行動。
「おい待て貴様!」
そんなつもりでいたのだが教頭先生に呼び止められた。
「一体何ですか?」
「窓ガラスの弁償の話だ」
聞きたくなかった。どうせ逃れられない話なのだがそれでも聞きたくなかった。
「これが請求金額だ」
そう言って俺に手渡しきたのは色々と詳細な情報が載った紙。窓ガラス自体の値段や設置費用など諸々書いてあって頭が痛い。そして多分これを母さんに見せたら物理的にも頭が痛くなること間違いなしだ。
「これでも校長先生自らが半額負担してくれたんだから感謝しろ」
「校長先生聖人すぎませんか?」
バカな生徒にこんな手厚いサポートをしてくれるなんて……多分きっと時代が時代なら世界を統べる英傑になっていたよ。
「全く、どうして校長先生は停学も免除して弁償額を半分負担するのか……」
「理解に苦しみますね」
「貴様が言うな!」
怒られちまったよ。ま、教頭先生が怒っていない時がないっていう話はやめようね。
「けど停学は許してくれたお陰で周りからの視線は痛いですよ?」
「ふん!仮に停学になっていたとして、どうせ停学明けには周りから痛い視線にさらされていたに決まってる!あんまり変わらんだろう!」
「確かに」
誰が停学明けの問題児に優しい視線を向けてくれるのだろうか。
「それに貴様は口では視線が痛いとか言っておきながら飄々としているじゃないか」
「人の慣れって恐ろしいくらい早いですからね。そんなもんですよ」
俺の適当な返事に教頭先生は自分のこめかみを押さる。その仕草には相当なストレスと疲労が滲み出ている。自分は昨日今日で相当苦労したはずなのに、その要因となった生徒が反省しているのか微妙な態度じゃこうなるよな。……俺にも申し訳ないという気持ちはあるんですこれでも!
「はぁ……兎に角、話は終わったからさっさと帰れ」
「絶対に母さんからの怒声が飛んで来るので憂鬱です」
「貴様が悪いっ!」
仰る通りで。俺は覚悟というよりは諦めを胸に、家に帰る一歩を踏み出した。
「……」
教頭先生が向けるその視線に、俺は最後まで気が付くことはなかった。




