俺はターザンロープで学校に来ただけだ
<9月1日(水)>
「ふっ!」
葉の隙間を埋めるように青空が天に広がる中、俺は薄暗さを漂わせる森の中を駆ける。
「よっと!」
視線は前を向いたまま、足元に落ちている木の枝を避けて道なき道を突き進む。
「ほっ!」
地を踏みしめる度に靴越しに土の感触を感じ取りながら、まだまだ熱が籠っている空気を肺へと取り込む。
「はっ!」
進み続けたその足は、いよいよ目的地へと辿り着く。
「いくぞっ!」
誰に言うでもなく、一種のルーティンとして吐いた言葉は宙に溶け、俺は勢いそのまま前方に垂れているツル植物を掴む。掴んだ手はそのまま、地を強く踏みしめ、足を引き上げて身体をターザンロープに預ける。
「イヤッホー!」
陽気な野蛮人の如く、声を上げながら空へと飛び出した俺は、間もなくターザンロープから手を離す。勢いよく空中へと放り出された俺は、けれども焦ることなく前方の透明な壁を見据える。
衝突するまで数瞬、空中にいながらも体勢を整え、足を前へと伸ばす。その足裏は透明な壁へと吸い込まれ、そして
『バリーン!!!』
豪快な音を鳴らして砕け散った。勢いを乗せた、まるで仮面を付けたライダーが放ったようなキックはガラスを突き破り、俺は建物の中へと侵入する。
蹴破った瞬間、俺は身体を丸めて、地面へと転がる。落下のエネルギーを全身へと分散してどうにかこうにか勢いを殺す。それでも十分痛いけど。
「ういしょっと」
痛みをこらえておっさんみたいな掛け声と共に身体を起すと、視線の先に広がるのは俺を射貫く数々の眼。その眼の持ち主は誰もが驚愕を顔に貼り付けている。さて、そんな皆さんに掛けるべき第一声は何だろうか。考えてくればよかったと思いつつも、いつまでも静寂では話が進まない。なのでとりあえず口を開く。
「一発芸やります」
自分で言っておきながら後悔した。それでも滑らせた口を止めることは出来ず、このまま突き進むことを否応なしに決意した。
「えー、ボクシング。シュッシュッ、シュッシュッ!」
構えを作って虚空に向かって殴る。
「クソっ!強い!こうなったら……食らえ!ジャブ、ストレート、そしてボディ…………ソープ」
殴るを中断し、掌を下に向けてボディソープを押すふりをする。
「いやボディブローじゃないんかーい」
ネタを披露して返ってきたのは沈黙。余計に空気が酷くなった気がする。
「れ、蓮司……あんた、何やってるのよ……」
待つこと十数秒、ようやく返ってきた反応に俺は歓喜の念を抱く。同時に、その震えた声に籠っている、莫大なる怒りを感じ取って、内心俺は恐れも抱く。しかし、ここで俺が黙って折角の弁明の機会を失うのはいただけない。恐れを微塵も滲ませることなく、俺は回答を口に出す。
「何って……ターザンロープで学校に来ただけだが?」
精一杯のドヤ顔を作りつつも、ここまで何言ってるかよく分からないなろうテンプレゼリフはあるだろうかと思案する。
「は、はあ!?何バカなこと言ってるのよ!ちゃんと説明しなさい!」
どうやらくだらないことに思考のリソースを割いている余裕はなさそうだ。気づけば他の奴らも大分正気を取り戻してきたようだ。俺に対し何やってるんだこいつ……という畏怖の感情が視線に籠り始めてきた。
「つ、月城!貴様、大人しく校長室に来いっ!」
唾を飛ばしながら怒鳴ってきたのは教頭先生。やっぱり教師陣は生徒よりも立ち直りが早いな。恐る恐る俺を取り囲むようして複数の教師が近づいて来る。
「はいはい。そんなに警戒しないでくださいよ。大人しく校長室に行きますから」
無抵抗の意を伝えるために、両手を上に挙げながら教頭先生の方に俺は近づいた。
◆◇◆◇
「……貴様、本当に言っていることの意味が分からないぞ」
「だから、学校の裏山に群生しているツル植物に乗って、全校集会で全生徒が集まっている体育館に突っ込んで行ったんですよ。それで、その後に渾身の一発芸を披露しました」
「……貴様は狂人か」
生徒に言っていい言葉か、それ?
俺は一から百まで本当のことを言っているのだが、どうやら取り調べを執行している教師達は理解に苦しんでいるようだ。……ま、客観視したら確かに意味わからないけど。
「何故、そんな凶行に走ったんだ」
「うーんと、人生で一度は派手なことをやってみたかったからですかね」
「……最近の若者の考えは理解出来ないな」
おじさんがよく言う事は適当に聞き流しつつ、早く解放されたいと願う。そんな態度をとったら更なる怒号が響くこと間違いなしなので、絶対に表には出さないが。
「幸いにして、飛び散ったガラス片が生徒に当たって怪我することはなかった。だが!一歩何かが違っていたら取り返しのつかない大惨事になっていたんだぞ!」
俺が蹴破ったガラス窓は、壇上の真向かいにある。うちの学校の体育館は無駄に広いため、最後尾の生徒でもガラス窓から十分離れた位置にいることは事前に分かっていたのだが、言った所で反省の余地なしとされるんだろう。ここは大人しく謝る他ない。
「はい、大怪我をさせる可能性も非常に高かったため、このような愚行をしてしまい、本当に申し訳なく思います」
ソファーから立ち上がり、深く頭を下げる。
「……お前は何で急に誠実な態度をとれるんだ」
教頭先生は呆れを通り越し、何とも言えない感情を言葉に含め、目頭を抑える。夏休み明け早々こんなハプニングの対応に追われて可哀想だ。ま、原因俺なんですけど。わっはっは。
「兎に角、貴様は反省文10枚の提出、破壊したガラス窓の弁償、そして暫しの停学を命じる」
「はい、分かりました」
想定内とは言え、今から約二週間後には文化祭が始まるというのに停学は悲しいなあ。誰か停学を免除してくれる救いの手を差し伸べてくれる心の優しい人はいないだろうか。
「まあまあ、教頭先生。停学はいいじゃないですか」
本当に現れた。
「何を言っているんですか校長先生!?学校のガラス窓を派手に壊して、生徒が大怪我する可能性もあったんですよ!それに、生徒も凶行を犯した者と一緒に生活を送りたくないでしょう!ここは一度月城本人にも頭を冷やしてもらうということも含めて停学にすべきでしょう!」
「俺も全く同意見です」
「なんで本人が肯定するんだ貴様っ!」
だって正論だし。てか本人が肯定してるんだからいいじゃん。最早反射的にツッコんでじゃんよ教頭先生。
「確かに私も教頭先の仰ることは正しいと思いますよ。ですが、逆に考えれば他の生徒が月城君に向ける冷たい視線が突き刺さるのは、本人にとって苦しいことだと思います。そんな中で生活することが反省になるのではないでしょうか」
穏やかな顔して発言する事が意外と厳しいな。まあ、文化祭楽しみたいから停学にならなくて済むというのは有り難いしいいか。
「……貴様、絶対に問題行為を起こすなよ」
教頭先生はこれ以上校長先生に突っかかるのは無駄だと考えたのか、俺を刺し殺さんばかりの視線突き付けてそんな事を言ってくる。
「絶対に起こしません」
「……本当か?」
「本当です」
「絶対にだぞ」
「絶対です」
「絶対の絶対の絶っっっ対だぞ!」
「絶対の絶対の絶っっっっっっっ対です」
滅茶苦茶念を押してくるやん。そこまでいくと逆に可愛いぞ教頭先生。
「……反省文の用紙だけ渡すから今日はもう帰れ。ガラスの代の請求は後日また話し合うからな」
「わかりました。では失礼します」
俺はソファから立ち上がり一礼。その後、背中に突き刺さる視線の痛みを感じながら退出した。
「さて……このまま速攻で反省文書き上げて大激戦スマッシュシスターズでもやるか」
反省はしてるよ? 一応。
◆◇◆◇
「ただいまー」
家の扉を開けつつ放った言葉に返ってきたのは沈黙。今日はコミュニケーションが上手くいかないな。
「ただいまー!」
それでもめげずにもっと大きな声を出す。
「そんな大きな声を出さなくても聞こえてるわよー」
どうやら杞憂だったらしい。靴を脱いでL字の廊下を曲がる。そこに待ち構えていたのは……
「My mother?そんな怖い顔してどうしたんだい?」
「あら?私は笑顔よ?」
その発言に間違いはないんだが。やけに恐ろしさを感じる。多分だけど噴火一歩手前。そしてそれを引き起こしたのは多分……絶対に俺で思い当たることが一つしかない。だがしかし、無駄な抵抗をせずにはいられない!
「オーケーオーケー。母さんのプリンを食べたのは謝ろう」
「共犯者は?」
「まいふぁざー」
「後であいつも絞める。じゃなくて、他に言う事があるんじゃかしら?」
「うーん……あ!母さんの二の腕とかお腹の贅肉を見て密かに笑っていたこと!」
「誰と?」
「偉大な父親」
「そんな愚か者は埋める。……じゃなくて?」
母さんの笑みがどんどん深まっていく。もう抵抗はよせ自分。それでも、最期まで戦うのが漢だろうが。言葉を繋げぇぇぇ!
「母さんに内緒でゲーム買って父さんと遊んで……」
「ターザンロープに乗って学校の窓ガラスを壊したのよね?」
「あっ(死亡)」
「学校から連絡が来たわ。私の可愛い息子である月城蓮司くーん?」
「ッスゥゥゥゥゥ―」
王手を刺された俺に取れる行動はただ一つ。戦略的撤退だ。母さんに真正面から立ち向かうほど愚かな行為はない。
だから直ぐに引き戻ってドアを開ける。鍵はまだ開けっ放しだから押すだけでいい。しかし、押すのにどうしても多少の力が必要で足を止めてしまう。その極僅かな隙に母さんの魔の手が迫るのは目に見えている。よって俺が先ずやるべき行動は決まっている。
「っオラァ!」
「!?」
背負っていたリュックを流れるように手に取り、回転を加えながら母さんの方向に思いっ切り投げつける。その時にチャックを開ける事で中に入って教科書だったり、筆箱だったり、ムフフな本だったりが飛び散りながら母さんに迫る。
「舐めるなよ小僧」
恐怖、絶対的な力の差を感じさせられる言葉に勇気をえぐられる。だが、俺もこんなもので十分な隙が作れるとは思っていない。だから俺は即座に次の行動に移っていた。
「ハァッ!」
母さんは俺が投げつけたものを手で払いのけて迫ってきていた。コンマも足を止めていない恐ろしいぜ全く。だが、その行動は読めているっ!
「食らえぇっ!」
俺が母さんの顔面に向けて射出したのはかなり強めの懐中電灯の光。俺が最初に投擲した理由は視界をある程度塞いでいる内に、腰にかけていた懐中電灯の用意をするため。そして母さんの性格上ひるまず突っ込んでくると予想していた俺は、敢えて母さんから距離を縮めてもらうことでより目くらましの効果を強めるためでもある。
「グワッ!?」
予想外の行動だったのか、光をもろに受けた母さんは化け物みたいな声を出しながら体勢を崩し、足が止まる。歓喜の念を押し殺しつつ、俺は一瞬の迷いも淀みもなく、扉に向かう。床を蹴ってはじかれたように動き出した俺は、地から流動する力を余すことなく扉に伝え、即座に開ける。靴を履く暇もなく、手に取る時間すら勿体無い。
近接戦闘は母さんの独壇場。だが、そのレンジから少し離れて勝負した蓮司(自分)が勝利、なんつってな。ガハハ!
さあ、栄光の道は直ぐそばに!
「ゴエッ」
その筈が、扉を開けた先にいた何者かに衝突し、潰れたカエルみたいな声を上げながらその正体不明の人物と共に崩れ落ちる。
「ったく、誰だよ……」
俺はそう呟きながら倒してしまった相手に目を向ける。
「あれぇ?父さん?」
「いてて、何だよ蓮司」
何故父さんがここに。
「今日は遅くなるんじゃ……」
「ん?その予定だったけど意外に早く終わってね。ルンルン気分で帰って来たんだ。それなのに蓮司に突き飛ばされるなんて。俺たち一緒に母さんのプリンを食ったし、母さんの贅肉を笑ったし、母さんに秘密でゲームした仲じゃないか」
口を尖らせて言う父さんは子供心をいつまでも忘れない良い父親だ。そうはそうとだな。これは不味いんじゃないか?
「あら、直ぐに仕帰って来てくれて嬉しいわ」
「あ、終わった」
この言葉が漏れ出るのは不可抗力。振り向いた先には我が家の圧倒的支配者は仁王立ちでニコニコと佇んでいた。
「あれ?どうしたんだい?何か圧があるよ?」
唯一吞気な声を発するのは父さん。どう見ても怒ってるだろあれは。何でそんな吞気でいられるんだよ。
「いやー、立ち直り早いですね母さん!」
意味は限りなくゼロに近いが、俺は取り敢えず母さんをおだててみる。
「全く、あれにはやられたわ」
「あのー、それでー、多分父さんが居なかった俺が逃げ切れていたので今回は見逃してもらうってことは……」
「ふふっ。辞世の句はもう詠んだかしら」
あー、ね。つまりそういうことだ。
「父さん、俺は先に逝くよ」
満面の笑みで父さんに向かってサムズアップをした。多分、俺が無駄にあがいたせいで父さんも道連れだ。ごめん。
直後に俺の頭を鷲掴みにする、五指の圧力を感じたのが最期の記憶だ。
◆◇◆◇
「……ぁぁあー、いってぇー」
うめき声を上げながら俺は意識を取り戻した。頭がガンガンと痛い。
「一体何が……うっ」
俺がお母さんにどんなことをされたのかは分からない。だが、身体は覚えているのか自然と身震いをする。
「今何時だ……?」
暫くして段々と頭の中の霧が晴れ、思考が回転し出した俺はズボンのポッケから自分のスマホを取り出し、時刻を確認する。
「7時32分……もう学校行かなくちゃじゃん……」
いつの間にか翌日の朝になっていて気分が底に落ちながらも、辺りも見渡すと昨日俺が投げたリュックの中身が飛び散らかっている。どうやら俺は玄関入って直ぐの廊下に置かれたようだ。家の中に置いてくれただけ温情か。後は衝撃的なものが一つ見えてしまった。
「父さん……」
父さんは磔になっていた。どうやったのかは一切分からないが恐ろしい。
「父さんは尊い犠牲になったのだ。……ま、学校行くか」
節々が痛む身体を何とか起こした俺は散らばっている荷物をリュックにまとめて家を出て行った。




