夢と現実の狭間
「じゃあ私は公演の準備に行くわね」
「わかった。また後で」
演劇を見終わった後、刹那と別れた。こうして訪れた暇な時間。アトラクションとか行ってみてもいいけど気まずい雰囲気になりそうだしなあ。俺もそんな空気で楽しめるほど強靭な精神はしていない。
「……あそこにでも行くか」
俺が訪れたのは4階にある『マスカレードカジノ』。参加者は仮面を受け取ってカジノに参加するという形式で、ちょっと怪しい金持ちのパーティーみたいな不思議な高揚感が味わえることを売りにしている。仮面で顔を隠すため、ある程度俺の正体も隠せるから堂々と遊べるというわけだ。あとは単純に賭けは結果がわからないからいい。
足を運んだ俺は従業員に多少顔を引きつられながらも仮面を受け取り、装着してから中に入場した。
「おや?」
中でとある人物を見た俺は小さく声をあげてしまった。
「何かしら」
俺の呟きを捉えたらしいその人物は俺の方に振り向いて声を発する。
「榊原先輩も来ていたんですね」
「ここは互いの正体を詮索しない場所じゃないかしら。名前を呼ぶのはマナー違反よ」
「それは失礼」
3年生の榊原静江先輩。俺がターザンロープで学校に来る前までは断トツで腫れ物扱いされていた人だ。
何故か左腕には厨二病の如く包帯を巻き付けている。これだけならまだいいが、去年の文化祭で放送室を占拠して、好きな人に告白した挙句振られたという中々凄まじい過去を持っている。全生徒&全教員&全来場者に聞こえていたため、どうあがいても隠し切れない傷を抱えた。
更に凄いのがここからで、振られた彼女は屋上に突っ走り、そこから飛び降りるというまさかの行動に出た。幸いにして全治2ヶ月の骨折で済んだが、愛が重すぎる女として無事腫れ物に。
俺からしたら腫れ物の先輩でもあるという色んな意味の先輩だ。
「やっぱり問題児はここに来るんですかね」
「そうじゃないかしら」
態度が素気ないものの返事はしてくれる。今でこそ寡黙な性格だが、その事件の前までは明るい少女だったらしい。
「先輩はブラックジャックって得意ですか」
「ブラックジャックに得意なんてあるかしら」
俺と先輩、あと知らない生徒2人が同じ卓に座ってブラックジャックにをプレイする。
「少しぐらいならあるんじゃないでしょうか」
「そう」
全くもって会話が弾まないが仕方がない。俺はコミュニケーションを諦めて最初に配られた賭け金10チップの内、半分の5チップを賭ける。程なくして配られた手札に目をやる。
手元にあるのは10と6。ヒットしたらバーストしそうだが、俺は漢の中の漢。勝負するぜ。
「ヒット」
俺は高らかに宣言した。手元に舞い込んできたのは7のカード。
「ゴエー」
変な声が出た。
他のプレイヤーを見てみるとどうやら俺以外は勝利を収めたらしい。畜生。
だが重要なのは負けに囚われないこと。次の勝負で取り返す、その志を胸に全財産を賭ける。
再び配られた手札の数字は4と5。俺は迷わずヒット。宣言に応じて呼び出されたカードは10。これなら十分勝てる。
「スタンド」
ディーラーの数字は、18。無事に勝利を収めた。
周りを見てみると俺の他には先輩が勝ったらしい。先輩の手元にある賭け金は25枚。一位は景品が貰えるから勝ちたい所だが、次で最後だからちょっとキツイか?
「ねえ」
「はい?」
そんなことを考えていたら先輩から声をかけられた。
「ギャンブルは楽しい?」
「……いい暇つぶしですよ」
その声に浮き出ているのは何もない、平坦な声。
「あなたはまだ彷徨っているのでしょう?」
「……」
「いい加減終わりにしたら?」
「……俺はまだ歩き続けますよ」
「停滞の間違いでしょ」
10枚を賭け、三度手元にきた数字は9と4。
「……ダブルダウン」
俺は静かな声で宣言する。揺さぶらし運命の数は……8。手元のカードと合わせて21ジャストだ。
「えーと、ブラックジャックは配当が1.5倍なので、60枚の獲得です。一位おめでとうございます!賞品のポテトチップスをどうぞ!」
「ありがとう」
アッチィ!脳汁止まらん!これだから賭けはやめられないぜハッハッハ。
「先輩もありがとうございました。俺はダンス部の公演見に行くので失礼します」
先輩にも挨拶をして部屋から出口に向かう。丁度いい暇つぶしが出来てよかった。
「……言っておきますけど」
そのまま出ようかと思ったものの、俺は退出する前に足を止めて先輩の方に向き直る。
「停滞を続けていのはとっくに自覚していますよ」
先輩の瞳には何の揺らぎもなく、何も読み取れなかった。
「では、また今度」
俺は仮面を取り外しつつ、ようやく部屋を抜け出した。
◆◇◆◇
「……はぁ」
ため息をついてしまうのも仕方がない。ブラックジャックを終えて公演を観に行こうと体育館に来たら「照明の不具合」で公演が中止になったって言われやがった。俺がターザンロープで突っ込んだせいだとか意味わからんことをのたまう奴らもいるのが許せない。
母さんに再び殺されかけながらもお金を抽出してもらい、爆速工事で既にガラスの設置を終わらせてんだよこっちは。俺はなんの関係もない!
「あ、蓮司」
俺が無罪を心の中で訴えていたら、いつの間にか近づいてきてた刹那が声をかけてきた。
「公演中止だってな。俺も刹那のダンスが見たかったから残念だよ」
「うん……」
練習を重ねてきたのだろう。その分の落胆と悲しみがありありと見て取れる。
「……一応聞いておくけど蓮司のせいじゃないよね?」
「だから俺のせいじゃないって言ってるだろ!」
「今初めて聞いたわよ」
人って一度失った信用を再び取り戻すのは困難なんだなあ。ぼんやりと頭の隅でそんなことが浮かんでいた一幕だった。
「ま、流石にそうよね。先生も経年劣化だろうって言ってたし。仕方ないわ」
言葉は淡々としているが、逆にそれが堪えているのだろうと容易にわかる。
「……まだ昼飯は食ってないよな?」
要らない気遣いかもしれない。それでも、このまま放置はできないだろう。
「え?そうだけど……」
「確かハンバーガー販売している所があったしそこに行こうぜ。奢るからさ」
あくまでも軽い雰囲気でそんなことを言う。
「何か悪いわよ」
「さっきプリンを容赦なく奢らせた人とは思えない発言だな」
「それは蓮司が私のこと鬼とか言うからでしょ」
「さーせん」
刹那の顔には蘇った怒り、そして僅かに苦笑が浮き出ている。
「ま、刹那が食べたくないなら無理にとは言わないさ」
「……誰もそんなこと言ってないでしょ」
全く、今日だけで随分と出費が嵩むな。その原因はほとんど目の前の幼馴染だけど、俺も余計な言葉を言ってしまったからしゃーないな。
「……気休め程度の言葉だけど、案外直ぐに照明が直るかもしれないだろ」
「……うん、そうね」
「さっきも似たようなこと言ったかもだけど俺は刹那のダンス、楽しみにしているぜ」
俺は手を差し伸べるように言葉を紡ぐ。そこにどれだけの意味があるかはわからないけど、明るい刹那の方が好きだから。
「じゃ、行こうぜ」
「ええ」
◆◇◆◇
<9月12日(日)>
「お前ら、文化祭楽しんだかーーー!!!」
「「「「「おおーーー!!!」」」」」
音圧が空間を揺らし、異常な熱狂が唸る。
「だけど、まだまだこれからだよなーーー!!!」
「「「「「そうだーーー!!!」」」」」
司会が煽ると共に、またもや爆発的な声が辺りを充満していく。
「お前は何のグループが楽しみだ?」
「何か言ったか?」
隣にいる晶が何か言った気がするが、周りがうるさすぎて聞こえない。
「お前は、何の、グループが、楽しみ?」
「あん?だから、何言ってんだ?」
「え?パイナップル?」
多分晶はとんちんかんなことを言ったような気がする。
互いに声を張り上げるが、そこら中から飛び出る興奮の声に全てかき消され、会話が一切成り立たない。
「……お前臭くない?」
「ふざけんな殺すぞ!」
「何で悪口だけ聞こえるんだよ!?」
悪いが俺の耳は悪口に対して地獄耳だぜ晶。臭いとかふざけたこと言いやがってこの野郎。
「晶って多分30過ぎても童貞だよな」
「お前だけは許さない」
「お前も何で悪口は聞こえるんだよ!?」
晶といると毎回くだらない会話しかしてない気がする。もう司会の話が結構進んでいるっぽいのに何も聞いてなかった。
「昨日は照明設備の不具合が起きてどうなるか心配だったけど、何とか復旧が間に合って後夜祭が出来るぜ!!!やったな!!!」
言い忘れていたが、俺が今いる場所は後夜祭が始まったばかりの体育館。結局、照明の修理に時間がかかり、ダンス部の公演はできなかったのだ残念だ。しかし、こうして後夜祭は開催できたのでよくはないけどよかった。
「さてと、そろそろ最初のグループ、『ドリームビート』の登場だぜ!お前ら、盛り上げていくぞーーー!!!」
「「「「「おおーーー!!!!!」」」」」
全ての証明が消え、体育館が暗闇に包まれる。ついさっきまでが噓のように、静けさが支配する。だが、長くは続かなかった。どこからか音楽が流れ始め、舞台に光が差し込む。
そこにいたのは5人。誰もがフリルの付いたまさにアイドルといったような格好をしている。間もなく踊りが始まり、指先まで音をまとわせるように、軽やかに踊る。
「「「「「キャーーー!!!」」」」」
歓声が爆発し、熱気は膨れ上がる。俺はそんな中、5人の中で中央の人物に目を奪われていた。しなやかさの中にキレがあり、楽しそうに踊る彼女に。
全身の連動が鮮やかに空間を色付けし、見る者を魅了していく。細かいデティールまで凝ったその踊りは自然と見た者を掴んで離さないかのような魅力を有している。
会場の熱狂的な雰囲気を相まり、俺は現実から一歩離れたかのような浮遊感に包まれていた。
「ああ、何度でも見れる」
思わず、そう呟いてしまった。その呟きは誰かの声によってかき消され、発言した自分でさえも言ったかどうかの自覚を掴めない。
時間はあっという間に過ぎる。音楽はフィナーレを迎え、最後のポーズが決まった。
「「「「「うおーーー!!!」」」」」
溢れる歓声と拍手が壇上のアイドルに降り注ぐ。それらが収まる頃合いを見計らって再び登場したのは司会。
「いやー、凄かったですね!皆さんも興奮したでしょ!?」
「可愛かったー!!!」
「最高だー!!!」
「まだ見たーい!!!」
司会の声に呼応して幾つもの声があがる。
「さて、『ドリームビート』の皆さんどうやらもう一曲踊ってくれるそうですね!」
「はい!」
「「「「「よっしゃーーー!!!」」」」」
またと湧き上がる悲鳴が混じったような歓声。最初から応援の気合いが入りすぎだと思うが、当人達にとってペース配分など考えていないのだろう。
「皆さん、準備はいいですかー!」
「「「「「おーっ!!!」」」」」
「では、ミュージック、スタート!」
刹那の声に合わせて流れた曲はポップで軽快なメロディー。ダンスの振り付けもエネルギッシュで身体を大きく使う表現が目立つ。その一挙手一投足に感情が籠っていて、惹きつけられる。
夢のような、しかし感じる熱気は本物で、見ている光景は脳の隙間を通り抜けていく。記憶に焼き付くようで、この時間が終わったらもう思い出せないかのような儚さを持ち合わせている。オンリーワンの時間。
毎回この時間を楽しみにしていて、だから毎回この時間が来ることを悲しく思う。
踊る刹那を見て思う。ああ、綺麗だ。
ガシャーン!!!と、全てを塗り替えるような衝撃音が鳴り響く。突然のことに、その場にいた全員は言葉を失い、ただ啞然とする。さっきまでの空気は離散し、辺りは暫しの静寂に包まれる。
「きゃ、キャーーー!!!」
誰かの悲鳴を皮切りに、全員が目の前の光景をはっきりと認識する。
「お、おい」
隣の晶も声を漏らす。その声色は驚愕と絶望に彩られており、悲劇を咀嚼している。
この学校の体育館の舞台真上には大きな照明設備がある。そしてそれはどうにか修理され、後夜祭が開催出来た。その修理の際に何かがあったのかもしれない。だが、考えを巡らせた所でこの結果に至る過程なんてわからないのだ。
ただただ受け入れる。それしかないのだ。
俺の、全員の目に映っているのは、落下してきた照明設備の下敷きにされた刹那の姿。
慌てて教師陣が舞台に行き、どかそうとするが、重くて容易には動かない。
ようやくどかせた際には、刹那の瞳にはもう何も映っていなかった。溢れる出る血に覆い隠され、身体の損傷はよくわからない。しかし、即死したことは一目瞭然だった。
「……」
俺は混乱に乗じて、静かにその場から立ち退き、誰にも見つからないように学校から出た。
夜に差し掛かろうとする空気は俺の雰囲気に同調するように静かだ。熱気はとっくに消え、残るのは目に焼き付いた無惨な刹那の姿。
刹那ことをぼんやりと考えているうちに、俺の足はいつの間にか何処かのベンチに辿り着いていた。
俺はそこに座って、懐から睡眠薬を取り出す。口に入れ、喉を通り抜けて、眠気が襲ってくる。抵抗することはせず、大人しくそれを受け入れる。
◆◇◆◇
俺は目が覚めた。ここはベンチではなく、自分の部屋。傍に置いてあったスマホを確認すると、そこに映っていたのは9月1日の文字。
「はぁ……」
自然と吐き出された息には複雑な感情が渦巻いていた。
「今日も行きますか」
独り言ちた声は空虚に溶けて、俺は今日もターザンロープで学校に行くのだ。




