5. 重ねた回数のぶんだけ
三回目のあと、少しだけ間が空いた。
理由は特にない。
忙しかったわけでも、避けていたわけでもない。
ただ、連絡しなかっただけだった。
それでも、どちらからともなくまた会うことになった。
***
その日は、昼に待ち合わせをした。
カフェに入って、コーヒーを頼んで、
そのあと、どこへ行くかも決めないまま外に出る。
「どこ行く?」
充希が聞く。
「どこでもいいよ」
「一番困るやつですね、それ」
少しだけ笑う。
結局、近くの水族館に入った。
理由は特になかった。
たまたま目に入っただけ。
***
館内は少し暗くて、水の音が静かに響いている。
人も多すぎず、少なすぎず、ちょうどよかった。
並んで歩く。
ガラス越しに泳ぐ魚を見ながら、どうでもいい話を続ける。
「こういうとこ、久しぶりかも」
充希が言う。
「俺も」
「デートっぽいね」
さらっと言って、少しだけ笑う。
瑞希は何も返さなかった。
***
別の日には、赤レンガ倉庫に行った。
また別の日には、植物園。
ガラス張りの温室の中で、少しだけ汗ばむ空気の中を歩いた。
「こういうの、好きですか」
「嫌いじゃない」
「どっちなの、それ」
曖昧な答えに、また笑う。
会う回数が増えるたびに、
何かが少しずつ変わっていった。
でも、それが何かははっきりしなかった。
連絡は、必要なときだけ。
無駄に続けることもなかったし、
急に途切れても気にならなかった。
それでも、また会えば、同じように話せた。
その繰り返しだった。
***
ある日、カフェを出たあと、少しだけ歩いた。
人通りの少ない道。
隣を歩く距離が、前より近くなっていることに気づく。
肩が触れるかどうかの、ぎりぎりのところ。
でも、どちらも離れようとはしなかった。
「なんか、変ですね」
充希が言う。
「何が」
「こういうの」
少しだけ間があく。
「どういうの」
「うーん……説明できないけど」
言葉を探しているみたいだった。
瑞希も、同じだった。
言葉にしようとすると、少し違う気がする。
だから、そのままにしておいた。
その日の帰り道、駅の手前で立ち止まる。
いつもの流れ。
「じゃあ…」
充希が言う。
「うん」
少しだけ間があった。
いつもなら、それで終わるはずなのに。
充希が、何かを言いかけて、やめたように見えた。
視線が一瞬だけ泳いで、
そのあと、いつもの表情に戻る。
「……また」
結局、それだけだった。
「また」
瑞希も同じように返す。
そのまま別れる。
背中を向けて歩き出してから、
ほんの少しだけ、振り返りたくなった。
***
家に帰って、ソファに座る。
少しだけ疲れていた。
スマホを開いて、閉じる。
また開いて、閉じる。
理由はよくわからない。
夜が深くなった頃、スマホが鳴った。
充希からだった。
少しだけ間を置いてから、出る。
「もしもし」
『あ、起きてました?』
「起きてる」
『よかった』
短い沈黙。
『あの』
昼間と同じように、言いかけて止まる。
その感じで、なんとなくわかった気がした。
「うん」
続きを待つ。
『……今日、言おうと思ってたんですけど』
やっぱり、と思う。
『言えなかったから、今言います』
少しだけ、息を吸う音。
『結婚することになりました』
瑞希は、すぐには返せなかった。
驚いたわけでも、想像していなかったわけでもない。
ただ、その言葉が、さっきの“間”と繋がった。
「そっか」
やっと出たのは、それだけだった。
『うん』
充希の声は、いつもと変わらない。
しばらく、何も話さなかった。
電話の向こうで、生活音がする。
遠くでテレビの音。
昼間と同じ空気なのに、少しだけ違う。
「おめでとう」
言葉を選んで、そう言う。
『ありがとう』
少しだけ笑っている気がした。
それで終わると思った。
でも、通話は切れなかった。
『……また、会えますか』
小さな声だった。
確認するみたいに。
瑞希は、すぐには答えなかった。
でも、答えは決まっている気がした。
「うん」
短く、それだけ返す。
通話が終わる。
画面が暗くなった。
部屋の中は静かで、
さっきまでの声だけが少し残っている。
結婚する、という言葉だけが彼の中に余韻を残した。
瑞希はスマホをテーブルに置いて、天井を見る。
何かが変わった気がする。
でも、それが何かは、まだ言葉にしなかった。




