4. あとに残るもの
三回目に会ったときには、待ち合わせの場所が自然に決まっていた。
改札を出てすぐの柱の前。
人が多くても見つけやすくて、少しだけ端に寄れる場所。
瑞希が着いたとき、充希はまだ来ていなかった。
少しだけ早かったらしい。
スマホを取り出して時間を確認する。
意味もなく画面をスクロールして、また閉じる。
視線だけが、改札の方に戻る。
「ごめん、お待たせしました」
声に反応して振り返る。
「いや、今来たとこ」
いつものやり取りなのに、少しだけ気が緩む。
充希はコートの襟を整えながら、軽く白い息を吐いた。
「今日、ちょっと寒いですね」
「うん、思ったより」
並んで歩き出す。
その距離が、前より少しだけ近い気がした。
***
カフェに入ると、窓際の席に案内された。
外の人の流れがゆっくり見える。
注文を終えて、コーヒーが来るまでの少しの間。
沈黙があっても、前みたいな気まずさはなかった。
「瑞希さんって、普段何してるんですか」
充希が聞く。
仕事して、帰って、たまに飲みに行って……普通だよ」
「普通ってなんですか」
「わかんないけど、普通」
少しだけ笑う。
ふふっと、充希も同じように笑った。
「私もそんな感じです」
「横浜?」
「うん。会社もそっちなんで、だいたいそのまま帰る」
「そっか」
それだけの会話なのに、どこか落ち着く。
ブー
充希がスマホに目を落とす。
通知が来たらしい。
画面を見て、短く指を動かす。
その間、瑞希はなんとなく視線を外した。
覗くつもりはなかったけれど、
少しだけ、誰からなのか気になった。
すぐに顔を上げた充希が、軽く笑う。
「すみません」
「いや、大丈夫」
そのまま会話は続く。
仕事のことや、どうでもいい話。
でも、その“どうでもよさ”が、前より少しだけ特別に感じられた。
ふとした流れで、話題が変わる。
「週末って、何してるんですか」
瑞希が聞く。
充希は少しだけ考えてから、
「普通に過ごしてる」
と答える。
それから、ほんの一瞬だけ間を置いて、
「彼氏と」
と付け足した。
言い方は、変わらず自然だった。
隠すでもなく、かといって軽く流すわけでもなく。
ただ、そこにあるものを置くみたいに。
瑞希は頷く。
「長いの?」
「うん、まあまあ」
「そっか」
それだけのやり取り。
でも、さっきまでと同じようには聞こえなかった。
理由はうまく説明できない。
ただ、少しだけ、引っかかるものが残った。
***
店を出ると、空気が少し冷たくなっていた。
並んで歩く。
前と同じ距離。
でも、さっきの言葉のせいか、少しだけ意識してしまう。
何を意識しているのかは、自分でもよくわからなかった。
「さっきの、気にしないでね」
充希が言う。
「何が」
「彼氏の話」
少しだけ笑っている。
「別に気にしてないよ」
答えながら、ほんの少しだけ嘘をついた気がした。
「よかった」
充希はそれ以上触れなかった。
その軽さに、少しだけ安心する。
駅までの道を歩く。
会話は続くし、沈黙も悪くない。
ただ、さっきまでとはほんの少しだけ違う。
何かが一つ増えたみたいな感覚。
言葉にはならないけど、確かにあるもの。
改札の前で立ち止まる。
「じゃあ」
充希が言う。
「うん」
「また」
「また」
いつもと同じやり取り。
でも、さっきより少しだけ、その言葉が残る。
充希が手を振って、改札に向かう。
瑞希はその背中を、少しだけ長く見ていた。
気づいて、視線を外す。
***
電車の中で、窓に映る自分の顔を見る。
「彼氏と」
その言葉が、まだ少しだけ頭の中を巡る。
大したことじゃないはずなのに、
頭の中から消えなかった。
スマホを見ると、メッセージが来ている。
「今日はありがとうございました」
いつもと同じ文面。
瑞希は少しだけ考えてから、
「こちらこそ」
と返す。
送信したあと、画面を閉じる。
それでも、少しだけ考えてしまう。
次に会う理由は、まだない。
でも、会わない理由も、もうなかった。




