3. 帰り道のつづき
二回目に会うまでに、少しだけ時間が空いた。
連絡は、どちらから始まったのか覚えていない。
たぶん、どちらでもよかった。
「この前のお店、また行きます?」
そんな軽い文面だった気がする。
仕事終わりに、同じような時間に駅で待ち合わせた。
改札の前で見つけたとき、
一瞬だけ、前に会ったときの空気が戻ってくる。
「お疲れさま」
「お疲れ」
たった一言でも、心地がよかった。
***
その日は、最初から二人で店に入った。
この前よりも少しだけ落ち着いた場所。
照明が低くて、外の音が遠い。
「今日はちゃんと食べます?」
充希がそう言って、メニューを開く。
「努力はする」
「努力って」
小さく笑う。
そんなやり取りが、もう自然になっていた。
話題は、やっぱり特別なものではなかった。
仕事の愚痴とか、
最近観た映画とか、
どこにでもある会話。
でも、不思議と続いた。
無理に広げなくても、勝手に繋がっていく感じがあった。
「東京、慣れました?」
充希が聞く。
「うーん、慣れたっていうか、慣れるしかないっていうか」
「地元どこでしたっけ」
「福岡。かなり田舎の方だけどね」
「へえ、いいじゃないですか田舎」
「そうでもないよ」
少しだけ間があって、
「でも、帰ると落ち着くかも」
そう付け足す。
充希は頷いて、グラスを口に運ぶ。
「私はずっとこっちなんで、逆にそういうのちょっと羨ましいです」
「横浜?」
「うん。出たことないわけじゃないけど、結局戻ってきちゃう」
「好きなんだ」
「たぶん」
それ以上は言わなかった。
***
店を出たあと、自然と並んで歩く。
この前と同じ道。
でも、もう“たまたま同じ方向”ではなかった。
なんとなく、同じペースで歩く。
駅が見えてきたところで、充希が言う。
「ちょっと歩きません?」
少しだけ意外だった。
「うん」
駅とは逆の方向に曲がる。
夜の街は静かで、人も少ない。
「この辺、あんまり来ないですか」
「うん、ほとんど」
「私も」
じゃあなんでこっちに来たんだろう、と一瞬思う。
でも、それを聞くほどでもなかった。
しばらく歩いて、コンビニの前で立ち止まる。
特に理由はない。
ただ、歩くのをやめただけ。
「なんか、不思議ですよね」
真っ黒で澄んだ空を見ながら充希が言う。
「何が」
「こういうの」
少しだけ考えて、
「こういうのって?」
「うーん……なんていうか」
言葉を探しているみたいだった。
「ちゃんと理由ないのに、こうやって会ってる感じ」
ああ、と思った。
「確かに」
瑞希も同じことを思っていた。
「普通、もっと理由ありますよね」
「たとえば?」
「もっと、ちゃんと好きとか」
言いながら、少しだけ笑う、冗談みたいに。
瑞希も、少しだけ笑う。
「まあね」
それ以上は続かなかった。
***
また少し歩いて、今度こそ駅に戻る。
改札の前で立ち止まる。
「じゃあ」
充希が言う。
「うん」
「また、行きましょう」
「うん」
短い会話。
***
電車に乗って、座席に座る。
窓に映る自分の顔を見て、少しだけ考える。
楽しかったかどうかで言えば、たぶん楽しかった。
でも、それ以上のことはまだなかった。
名前を思い出す。
瑞希と、充希。
似ている、というだけの共通点。
それで十分な気もしたし、
それ以上にならなくてもいいとも思ってた。
電車が揺れる。
スマホを見ると、短いメッセージが来ていた。
「今日はありがとうございました」
それだけだった。
瑞希は少しだけ考えて、
「こちらこそ」
とだけ返す。
返信はない。
でもそれ以上の言葉は、必要なかった。
たぶん、その時点では。




