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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第六章 ~魔女の睥睨、百里を翔る~

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第96話 ナラティブ

 予定よりもずっと早く使者が戻った。

「何か不測の事態が発生して河晏(カアン)国に入れなかったのでは?」

 (いぶか)しんだ者は、そのような推考を持った。



 (レン)国の閣僚級の面面が(そろ)った中、帰参した使者の男は開口一番に言った。


「汐径は、南海の国々を牛耳(ぎゅうじ)るつもりのようです」


 列席の彼らは一様に解せぬといった表情を浮かべたが、続く河晏の議会でのやり取りを聞いて、その顔は焦ったように変様した。男の言葉が妄想の(たぐ)いとは異なる、一定の理を持った真実味のある話として受け取られたからだ。


 それぞれに口を開く──。

「侵攻している(ユウ)国軍を賊の集団に置き換えるとは、これは(たく)みな言い換えよ」

「確かに講和や、戦後を考えれば、落としどころとしてあり得ます。責任の大概を賊に押しつける形ですが、そうでなければ、酉を滅ぼすしかなくなりそうでもあります」

「滅ぼせば、汐径の言うとおり、本物の賊の巣窟(そうくつ)になりかねませんね」

「しかし八角(ハッカク)はどう思うであろうか? 国土を蹂躙(じゅうりん)されて、あれは賊の仕業だったので水に流せと言われるようなものだ」

「でも実際問題、どこかで手打ちにするしかありませんよ」

「八角は不満かも知れないが、その意趣は筋書きの主である汐径が受け持てばよかろう。そうなれば、かの国が南の国々を牛耳るなんて事にはなるまい」

「そうです。面倒事を引き受けてくれると思えば良いのです」

「しかし、汐径が上手く事を収めれば、本当に南海の盟主となりますよ」

「それは皮算用に過ぎん」



 漣国としては、汐径が作ろうとしている物語、それ自体は悪くなかった。

 それどころか、壊れてしまったような酉国を、元の正常に戻すには『(うみ)を出す』という外科的処置を(もっ)てしか為し得ないとさえ思える。

 これはたぶん、酉国は勿論、八角、そして漣にとっても有益なはずだ。


 一方、使者の男が言ったように、汐径国が外交的、経済的な影響力を強める向きも、確かにあり得る話で、こちらはあまり(よろ)しくない印象を持った。

 漣を大国たらしめてるのは経済力であり、同じ経済圏に比肩する力を持つ国が生じることの結果が、どのように自分たちに影響するか未知数であるためだ。

 大国の地位を(おびや)かされるようで、名状しがたい不安感を禁じ得なかった。



「要は、汐径の力が大きくなり過ぎなければ良いのだろう?」

「それはそうですが──、このままゆくと『増すな』というのが無理な話ではないですか。河晏には我が国より先に動いたと思われますし、既に影響力はかなりのものかと」

「影響力が増したとしても実力が(ともな)わなければ、やがては失速する──」

「ん? どういう意味でしょう?」

「列国を取り仕切るなんてことは、自国に余裕、余力がなければ出来はしない。ならば汐径から、それらゆとりを奪ってしまえばいいのだ」

「ふむ──。では、後翼(ゴヨク)にでも働きかけてみるか?」

「いや、辛国との共闘が崩れたのだ。後翼は動かんだろうよ。単独でやれるほど、汐径は甘い相手ではないさ」

「後翼なら、東の大時代(おおじだい)にも伝手(つて)があるだろう。二正面でどうか」

「前にそれでしくじったばかりですよ。流石に同じことを繰り返しませんよ」

「待って下さい──、では(から)め手でどうです。汐径の中央軍はおよそ四千。その内、千五百を遠征に出す予定ですが、こちらから要望を出し二千に増やすのです」

「兵糧は此方(こちら)で用意するからと約束すれば、動く公算は高いな。むしろ、この件での存在感を高めることにもつながるから、向こうとしても渡りに船かもしれない」

「なるほど──。残った兵は二千と地方軍。後翼と大時代が合わせて三千ほど動員すれば、汐径もタダでは済むまい」

「どうでしょう・・ 大時代たちが勝ちすぎるのではありませんか?」

「そうなる前に汐径軍には帰還いただくのです。『あとは我ら漣にお任せあれ』といった風に新たな物語を作れば、汐径が得るはずだった存在感は、そのまままるっと我が国のものとなります」

「確かに──。その頃には追加の派兵の準備も出来そうですね」



 結論、漣国の上層は『団匪(だんぴ)の蛮行』という筋書きに乗ると同時に、八角の不満の矛先は汐径に向かうように仕向け、尚且(なおか)つ、非公式なルートから汐径に対する軍事圧力を掛けることを決定した。





「──って事になったのよ~」

 林嘉(リンカ)が会議でのことを話した。

「それでお姉様は、何と発言されたのかしら?」

「え? 黙って聞いてたけど」

「意見は無かったと?」

「だって~。協力してくれる国に後ろから射掛けようみたいな話なんだよ。そんなのに関わり合いたくないもの」

「なるほど──。なら、今度からは私は関わりませんって顔をしておけば宜しいわ」

 林席(リンセキ)は、そう姉に助言した。

「それはたぶん大丈夫。だって、ずっと下向いていたから」

「それはそれで、筆頭後嗣(こうし)としてどうなのかしらと思えます」

 林嘉の言葉に、林席は(あき)れで返した。


 漣国には太子の位はない。

 継承権が、基本的に生まれた順に番号を振ってあるだけだ。そしてそのときになれば、順番通りに即位することになる。

 林嘉は、その継承順位第一位。対外的には太子相当の立場となる人物だ。


「それにしても、大時代などという言い方は感心しませんね」

「ねー。ちゃんと東錬(トウレン)国って言わないと」

「いえ──、ちゃんとなら(レン)です。我が国と被るから他の国々は西漣(セイレン)、東錬と区別している話ですよ。(もっと)も、私たちから見ても東なので、東錬で問題ないと思います」

「こまかいな~」

 軽く返す林嘉に。

「筆頭後嗣として、その部分は訂正してほしかったと思います」

 林席はやや低めのトーンで言った。

「わざわざ、そこまでする必要あるの?」

「東錬は未だ旧来の貴族社会を維持する国。(ゆえ)に古臭く見て、我が国の者は(あなど)りがちではないかしら? しかし各国が中央集権化を進めても、その流れに(あらが)い、今日まで大国として東の地で存在感を持っているのは、確固たる実力があるからに他ならないわ」

「まぁ、そうかな」

「漣は先進国ではあるけれど、先を歩いているが故に、思わぬ落とし穴に(おちい)る可能性も常にあるのではないかしら? 特に、王族の立場は東錬に比べれば弱く、少しの掛け違いで、その存在が消えてしまう(おそれ)もあるのではと思うわ」

「それと東錬の名前と、どう関係するの?」

「王位や血統というものは、それこそ歴史の結晶のようなもの。東錬の伝統を大時代と(わら)う国が、()たして、同じく積み重ねた王制を継続できるのかしら? 漣は、新しい物を生み出して来たけれど、同時に失ってしまった文化も多いのよ。次になくなるのが、私たち王族でないと、どうして言い切れるかしら」

「つまり、伝統を軽んじる風潮は良くないって事ね」

 林嘉は林席の言わんとする(むね)(わきま)えた。

「はい──。ご明察です」

 林席は穏やかに言った。


 彼女から見て姉の林嘉は、理屈で考えるタイプではなかったが、説明すれば打てば響くような反応を示す。自分とは(おもむき)が異なるが、知性のある人だと、林席は姉を見ていた。


「それはそうと──。汐径の軍神が『膿を出す』のを考えたというけど。そんな人がいるのに、罠に()めるような事が成立するかな?」

 林嘉は妹に問うた。

「まず、軍神云々(うんぬん)はどうでもいい事です。誰が考えたとか誰がやったとか、そこは問題ではありません。わたくしは、これもある種の物語だと見ています。汐径側の演出ではないかしら」

「ふむふむ・・」

「その上で、汐径の判断と決定には違いないという事が重要です。これもまた漣の悪いところですが、経済の物差しだけで国力を測りがちです。汐径は斯様(かよう)にして知恵が回り、これまで幾度も侵略を退けてきた強靱さも持ち合わせています。誰かが皮算用と言ったみたいだけど、自分たちがやってることもまた、皮算用だと知るべきではないかしら。それも後翼や東錬を当てにした、極めて勝手な他力本願を根っこにしてるのが、タチが悪いわ」

 林席は朗朗と言葉にした。

「そうだよね。後翼が動かなかったら、兵糧分、損しちゃうよね」

 林嘉は話をあわせて言うが。

「まぁ──、少なくとも後翼は動くでしょう」

「え? どうして?」

「汐径の力が増すのは、かの国としても黙過(もっか)できないわ。それに皮肉な話だけど──。友好関係を崩してまで戦端を開いたのに、このままゆけば、関係を続けていた方が良かったなんて現実、受け入れがたいものじゃないかしら」

「ふむ──。三国じゃなくて四国協約とかの物語も、あり得たということね」

「はい──」

「それで結局、上手く行くと思う?」

「結果は、それこそ神憑(かみがか)りでもなければわかりません。そもそも、お姉様は関与しないつもりなのではなかったかしら?」

「漣にとって良くない結末は嫌でしょ」

「勿論です。なら、失敗したときのために準備をされたら如何(いかが)かしら」

「汐径が影響力を増す、増した後の関係性ってことだね」

「まさしく──」


 汐径が存在感を高めても、漣としては損をしない位置取り、もしくは(かえ)って得をするような展開に持って行く。そういう外交戦略が出来れば理想的である。



 林席はふと思った。

──彼女は、どうするかしら?

 軍神という看板を背負うことになった鮑謖少佐。汐径が、彼女をどう使ってくるかも、林席には気になった。

「どちらにしても大変そうね・・」

 遠征に参加しても、国に残っても、鮑謖にとっては厳しい展開ではないかと予想した。

「ふむむ・・ むずかしいよね」

 林嘉は汐径との事をあれこれ考えてるようだ。林席の独り言を、相槌(あいづち)か何かと思ったのかも知れない。


──この人は、何を言ってるのかしら。

 心の声に反応など出来るはずもないのに、おかしな勘違いをする姉を、林席は微笑ましく見守った。

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林嘉ちゃんと鮑謖ちゃんゎ(*≧∀≦)ちょっと似てる?
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