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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第六章 ~魔女の睥睨、百里を翔る~

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第95話 自問自答

「来ちゃったか・・」

 徐厥(ジョケツ)准将からの特別遊撃隊への出撃指令書に目を通し、鮑謖はつぶやいた。

「来るとは思ったけど、よりにもよって准将からか・・」

 鮑謖はがっくりとした。



 章昆(ショウコン)から聞いた話がすぐさま伝わり、六臣会の場にて大いに話し合われ、後に、(ユウ)国で発生した団匪(だんぴ)による八角(ハッカク)国への蛮行として正式に認知された。

 酉軍の八角への侵攻を、賊の蛮行と言い換えるレトリックであったが、どういう訳か? いつの間にか、鮑謖の考えが反映されたことになっていた。

 無論、鮑謖に心当たりはないが、話を拾ってきたのが彼女であったため斯様(かよう)な誤解が生じたのかと推測した。


 ともあれ。軍の方では、八角国へ遠征があるという前提で準備が始まっていた。



 鮑謖は関わった手前、遠征への参加が来ることは予見していた。けれどもそれは、あくまで要請という形だろうと思っていた。

 特別遊撃隊は准将直下であるため、大佐以下の命令は届かず、半ば独立した権限として機能している──。

 先の東錬報復戦への参戦も要請であったことから、此度(こたび)も同じような形を取るのだろうと、鮑謖は高を(くく)っていた。そして今回、彼女は、その独立性を利用して堂々と参戦を辞退しようと目論んでいた。


 しかし実際は准将からの命令であったから、鮑謖には拒否権がなく、彼女の思惑は物の見事に外れてしまったのだ。




 鮑謖が勝手にダメージを受けていると、恂門(ジュンモン)に行っていた成嬰が報告に来た。


 普段、一緒くたにされているが、鮑謖は現在、特別遊撃隊の隊長であり、砦の守備隊としての隊長は成嬰が務めている。

 書類上の話になるが──。准将の地方軍を動かせる権限の一部を、鮑謖の裁量で砦に適用したのが特別遊撃隊の姿である。

 よって、従来ある守備隊の隊長としての仕事は、基本的に成嬰が担当している。


 砦は恂門の軍営の管轄になり、定例の報告等は元より、何かで呼び出されて向かうなんていうこともある。今や、それらを(こな)すのも成嬰である。


「──以上、特に変わった事はありませんでしたが、中佐は、遊撃隊が遠征に参加するのかどうか気にされておられました・・」

 成嬰が言った。中佐とは恂門の指揮官のことだ。

「あー、とね。指令書が来て行くことになった」

「そうでしたか。では、準備に掛かります。人数はどうされます?」

 鮑謖の言に、成嬰は小気味(こきみ)良く続けたが──。

「いや、今回は私一人で行くよ」

 慮外な返答に彼は固まった。


 無論それは仕組みとしては可能であるが、実行しうるかは不可能に近い。よしんばやったとして、()たして鮑謖は、立場という意味で無事で済むのかという問題もある。


 成嬰の当惑を見て。

「私の事は心配いらないよ。成嬰少尉以下、砦の皆には、本来の役目である、守備隊としての任務に集中してほしい」

 鮑謖は鷹揚(おうよう)に言葉にした。





 鮑謖は独り内観する。彼女としては・・

──遠征は本営の仕事でしょ。

 という思いがある。

 (もっと)も、命令であればやらねばならぬが、辛国へは砦への侵攻に対する報復であったし、東錬へは行動の独立性が担保されたことや、董本の事も(うっす)らあったかも知れない。鮑謖にとって不本意でも、不本意なりに納得があった。


 だが今度は少し毛色が違う。

 遠征先は、砦とは何の関わり合いもない西の国である。


 鮑謖は命令は勿論、自身が切っ掛けの話であるから(いた)し方ないと思えるが、砦の隊員たちの事となると、自分のせいで巻き込んでしまったような感慨を持った。

 それは鮑謖をして、少し腹立たしい話でもあった。



 鮑謖の見るところ砦の兵は優秀だ。

 成嬰や仞操など突出した存在だろうし、袁望のような特技を持つ者だったり、崔弱、先越も仕事ができる。そこまで及ばずとも、皆まじめで向上心も高い。

──素朴なんだと思う。

 敵対した者にさえ哀悼を(もっ)て応える健気なる人々。やや打算的な自覚を持つ鮑謖には、(まぶ)しい存在でもあった。

 だからこそか?

──流石に今回は頼れない。

 いつも丸投げ、お任せしてるくせに、どうしてか此度は躊躇(とまど)いが生じる。この矛盾めいた感覚は何なのか?

 不納得があるのはそうなのだが、それ以上に、何か感情的な苛立ちを覚える。



「いいように使って・・」

 声に出してみた鮑謖だったが──。果てして、誰の事を言っているのか?


 徐厥准将に対しての不満の音だったか、それとも、自分が砦の隊員たちに対してやっていることなのか、鮑謖自身でもわからなくなった。


「あー。そういう事かな?」

 鮑謖が徐厥に対して(いだ)く不平は、そのまま自分自身への叱責に連想変換される。徐厥が、鮑謖を利用しようとするように、鮑謖も隊員たちを利用する。それを(とが)める心理が生まれる。

 元よりそれは組織、上下の(ことわり)かも知れないが──。

「うん。割り切れないね・・」

 鮑謖は弱く首を振って言った。


 鮑謖は徐厥を良く思っていないが、ともすれば自分も同じではという思いが、珍しく彼女の神経を逆撫(さかな)でたのかも知れない。


 畢竟(ひっきょう)、鮑謖は自身の判断、その動機の根幹を悟った。




 鮑謖は立ち上がり、千鈞(せんきん)の杖を持って、部屋の中央で一振りした。

 ブゥン──。と鈍い音が鳴って、ドアがガタッと揺れた。

「立て付けが悪いのかな?」

 言うと鮑謖はそのまま部屋を出て、外に赴いた。


──ひさしぶりに稽古(けいこ)でもするか・・

 鮑謖は己が内の屈託(くったく)を、汗と共に流すことにした。

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