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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第六章 ~魔女の睥睨、百里を翔る~

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第97話 情実

 王都本営の会議室に鮑謖は呼び出された──。

 列席者は将軍以下、汐径軍上層の御歴歴(おれきれき)(そろ)()みであった。


「さて──。鮑謖少佐、貴方は今回、団匪(だんぴ)討伐の遠征に参加するために王都へ来たはずです。しかし、特別遊撃隊の兵は貴方一人だけです。これはどのような理由によるものか、説明してもらえますか」

 徐厥(ジョケツ)准将が問うた。彼女は鮑謖に参戦の指令を送った張本人である。

「はっ──。遊撃隊は、その実、砦の守備隊です。此度(こたび)の遠征の意味は承知するところですが、今回は北部の防衛戦力として残すべきだと判断いたしました」

 鮑謖は軍人の音で、きびきびと答えた。


 聞いた鮑謖のことを知る幾人かは、これに強い違和感を覚えた。


──いつになく真剣な受け答えだ。

──こんな喋りは初めてだ。

──どうしたタマ子!?


 普段の彼女であれば「あー」とか「えー」とか言いながら、よくわからない事をぼやけた感じで語るのに、今日に限ってはどうしたことか? いつもの奇人を相手にしているようなところはなく、至って普通の軍人のように思える。

 また、真面目な雰囲気は良いことのはずなのに、この()めず臆せずの感じが、ややもすると、鮑謖の不機嫌さを表しているようにも見えて、日頃の鷹揚(おうよう)さとのギャップに、何か深刻な事態が控えているかのような印象を持った。


 この認識は徐厥も同じだったようで。

「辛とは三国協約があります。それでも、砦の兵は割けないと?」

 念押しのように問う。

「勿論です。守備隊の仕事は辛国に対処するだけではありません」

 鮑謖は言い切った。


──辛だけではないか・・

──北に戦力を残すからには・・

──タマ子めっ。後翼(ゴヨク)が動くと見ているのか!


 列席者の中に、鮑謖の真意は、後翼の侵攻に対する備えであるとの推断が生まれた。


「なるほど──。では北の他に、東の動きについてはどうですか?」

 ここで鮑謖は考えるようにした──。





──ひがし?

 鮑謖が関係している東の事といえば、梟の豪商、羊達(ヨウタツ)と、章昆(ショウコン)の取引の話ぐらいだ。動きとは、(すなわ)ち、売買のやり取りが上手く行ったかどうかを尋ねているのだろう。

──まだ話が通った段階だし、取引はこれからだよね。

 鮑謖は状況を考えて。

「特に連絡は受けていませんし、動きはないかと。あっても小規模かと思われます」

 と、推測を語った。


「そうですか──、よくわかりました。参考にします」

 徐厥は言い、武南(ブナン)将軍と何か小さくやり取りしてから。

「それで話を戻しますが──。少佐一人では、もう遊撃隊として機能しません。こちらも渡りに船のような形ですが、実は追加で五百の増員をすることになりました。貴方には、そちらの軍を任せようと思いますが、どうですか」

 鮑謖に有無を問うた。


──五百!?

──無理無理無理!

──ほんと、この人は押しつけてくるなぁ。


 この遠征への参加もさることながら、(さかのぼ)って辛国攻めや、准将直下の特別遊撃隊の設立、三国協約での護衛、加えて余興の返答に至るまで・・

 鮑謖からしたら何彼(なにか)につけ門外漢(もんがいかん)の仕事を、その准将という立場から強引に振ってくる、のっぴきならない相手が徐厥だった。



 鮑謖が今回砦の兵を連れてこなかったのには、彼らの本分を大きく超えた仕事に対する拒否であり、抗議でもあるが──。同時に、それを指示した徐厥に対する、意趣返しの意味合いがあったのではないか?

 鮑謖本人には、おそらく自覚はない。

 さりとて、会議室に出頭した彼女は、胸裏に静かな怒りを(かか)えていた。


 事情を説明し、話が()れた事で、その感情は本人を含めて、誰にも気付かれないまま消える流れであった。

 しかし今再び、無茶ぶりとも思える軍の割り振りに、鮑謖の(いきどお)りは発作的に声を上げさせた。





「五百は必要ありません!」

 鮑謖は、一同が驚くほどの励声(れいせい)を発していた。

 それは思わず出そうだった「いらない」という言葉を、咄嗟(とっさ)に何とか丁寧に言おうと取り(つくろ)った結果だったが、その声量と真剣な眼差しが相俟(あいま)って。


──増員は危険ということか!?


 軍上層は鮑謖の言葉をそのように(とら)えた。


 しばしの沈黙のあと。

「少佐の意見はわかった。貴君の役割に関しては、追って指示を出そう」

 将軍の武南が言って話は終わり。

「失礼いたします」

 鮑謖は会議室を後にした。



「よもや──、鮑謖少佐が、これほどの道破(どうは)をするとは思わなんだ」

 阜漫(フマン)の言葉に。

「私も長く彼女を知るが、知らぬ側面であった」

 姜彧(キョウイク)も矛盾するかのような同意を示した。

()たせる(かな)、彼女の目は東錬の内部にもあるようですね」

「それもそうだが、タマ子は五百を後翼に充てた方がいいと考えてるようだ。だが、どうする? 西漣(セイレン)は糧食を用意するとまで言ってきて、もう返事は向こうに着いちまってる。(わし)なら文句を言われても『うるせぇ』で片付けるが、准将、あんたならそういう訳にもいくまい」

 八角(ハッカク)への遠征は、徐厥が率いることになっている。剛会(ゴウカイ)は、徐厥の立場の重さから、西漣軍との関係が(こじ)れはしないかと危ぶんだ。

「確かに──、大佐の言うことも一理あります。ここは早々に訂正と謝罪の使者を・・」

 徐厥の言い掛けを(さえぎ)るように。

「待て。遠征軍は、額面二千として向かう」

 武南が断案を下す。


 皆は将軍の決定、その事由を待った。


「これは全軍を預かる者としての勘だが──、後翼が動くとしたら、そこに西漣の関与があると見るべきだ」


──!!


 武南の発言に(どよ)めきが起きる。


「おおっ、これはしかり。五百の増員要望が、此方(こちら)の戦力を減らし後翼が攻めやすい状態を作り出す策だとすれば、まことぴったり()まる話です」

 孫能(ソンノウ)は感嘆の音で言った。

 武南は軽く頷くと。

「皆も承知するよう、(ユウ)軍を賊とする方便は、この上ない妙手であろう。私が耳にしたとき思ったのは、これが上手くゆけば、汐径の国家としての威信は大いに飛躍するだろうという事だ」

 彼は続ける。

「その期待は、西漣にとっては不安という形で認識された。彼らは考えたはずだ。世界に冠たる大国の地位が、(おびや)かされるのではないかと──」

 めいめいが頷きを示す。


 それを見て武南は語りを終えた。最早、皆まで言うまでもないと判断した。




 汐径軍は鮑謖の考えを()み、後翼軍が動くという前提に則して差配を行った。

 遠征軍は二千という(てい)の千五百。

 本営二千五百は北からの侵攻に準備する。

 東錬に関しては、武南将軍自らが動くことで、地方軍を動員しての防衛を行う手筈(てはず)だ。



 鮑謖の情緒の揺れが不思議な齟齬(そご)を生み出し、またぞろ誤解の歯車は回り出した。

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