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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第六章 ~魔女の睥睨、百里を翔る~

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第98話 念頭

「なぜ通した?」

 臧勤(ゾウキン)は困惑を息子に向けた。

「話を聞くぐらいなら損はないだろ・・」

 臧超(ゾウチョウ)は、ばつの悪いといった顔をしながら返した。父からは誰も通すなと言われていたが、臧超は現役の軍人だ。相手が上官では、さしもの彼も()が悪かった。

 臧勤は一度大きく息を吐くと。

「まぁいい──、突っ立ってないで座ったらどうだ、大佐」

「では、遠慮なく」

 言って腰を下ろしたのは雁去病(ガンキョヘイ)だ。



「ひさしぶりの会話を楽しみたいところですが、まずは用向きだけ伝えさせていただく」

「ふんッ──。早く話せ」

 雁去病の言葉に、臧勤はわかり易く不機嫌を演じた。

(はる)か南西の(ユウ)国が八角(ハッカク)国に侵攻した」

「ほう・・ 何年か前に竹林が枯れてから民が狂ったと聞いたが、とうとう国ごと狂ったか」

 立場を失った臧勤は、最早、(はばか)る必要もないのか、毒のある音を吐いた。

 雁去病は拾わず、話を続ける。

「その酉の軍勢が八角を圧倒、南半分は既に蹂躙(じゅうりん)され、北部の首都に迫らんとしている。そこで八角は助けを求め、西漣(セイレン)が主導し、河晏(カアン)、汐径を巻き込んで奪還の軍を出すことになった」

 ここまで言ったとき。

「なるほど──、私に東錬への(つな)ぎをやらせたいのか」

 臧勤は結論を先出しした。そして──。

「無理な話だ」

「だろうな」

 今度は雁去病が臧勤の()()()()に、理解を示した。

 彼としても無理筋なのは承知だが、元准将の臧勤へ話を持って行くのに、中途半端な者では失敬にあたるというので、大佐である雁去病が向かう事になってしまったのだ。

 これで話は終わるかに思われたが──。


「前の『假道(かどう)の計』の情報でも伝えられていたら、また違ったかも知れぬがな・・」

 臧勤は言葉を続けた。



 東錬は汐径の報復で手痛いダメージを受けた。その主たる原因は梟国の協力で、別働隊が東錬軍の背後を取った事が、戦の優劣を決定づけた。

 假道の計は、董公の乱に対する策略であるが、文字通り『道を借りる』の意味で、東錬への攻撃を含めてそう呼ばれていた。


 臧勤の言は、假道の計を知っていたら東錬が大敗することもなかった事と、それを伝達できていれば、信用と貸しを作ることが出来たという仮定である。



「臧勤殿も色々あり、汐径で情報を集める余裕もなかっただろう」

 丁度、臧勤の引退とそれに(まつ)わるあれこれで、彼には心身ともにゆとりはなかった。

()いた風なことを──」

「ハハッ──。これは失礼した」

 雁去病は臧勤の(にら)みを笑声で返す。

「それで、お前のことだ。ただの伝言役では終わらないだろう?」

 臧勤は笑いにつられず、じっと雁去病を見据えて言った。

「まぁ、会話を続けるネタとして、東錬が動くという噂を流すことは可能か?」

 雁去病は調子を変えずに問うた。

「可能だが、それは同時に、汐径の者に後翼(ゴヨク)が動く可能性を想像させるぞ」

「私もそう思う」

 この同調に、臧勤はしばし考えた。


「うむ──、そういうことか。後翼を警戒すれば、汐径は己で東錬の進軍を担保してしまう。噂が最早、風聞ではなく確信として錯誤されるという訳か」


 後翼は実際軍を動かす。その動きは、いずれ汐径も知る。その瞬間、東錬が動くシナリオは真実の物語として認識される。

 必然、東錬が動くと動かざるに関わらず、二正面の構図ができあがるのだ。


「そこまでゆかずとも、汐径は東錬を無視できん。多少の戦力は割くさ」

 雁去病は静かに言った。

 その言葉に頷きを見せる臧勤だったが──。


「いや、お前らしくないな。仕掛けを好まぬ男だと思ったが・・」

 臧勤は(いぶか)しんだ。

「ハハッ。元よりこの話は仕掛けだ。出所は、たぶん西漣だろう。汐径が遠征で二千出すそうだが、流石に多いと感じる。しかし西漣が要請したなら、わからんでもない。この件は、そういう流れの中にある。私の趣味でないのはそうだが、後翼の軍人としては少しでも勝ち筋を得たい」

 これに臧勤は疑義を持つ。

「まるで勝ち筋が薄いような言い方だな?」

「フフッ。臧勤殿は勘が良くなったか」

「いいから答えろ」

「これが西漣の仕掛けと仮定しての話だが、彼奴(かやつ)らには、我らに南進させる気などないと見ている。おそらく頃合いを見て、汐径軍を帰還させるだろう」

「なっ!?」

 雁去病の言に、臧勤は言葉を失った。


 雁去病は語る。

「此度の酉と八角に関して汐径の対応が早いようだ。それが西漣には面白くない。だから後翼を使って小突いてやろう。単純に言ってしまえば、そういう話さ」

 その表情は、(あき)れか諦めか、どこか遠くを見るようだった。





 河晏軍と合流した汐径軍は、先導される形で河晏の地を横断し、八角国に入った。


 汐径軍は二千という設定でも、実際は五百少ない。(ゆえ)に、河晏の千軍と比較されると、その実数が把握(はあく)される(おそれ)があったが、そこは中央の部隊間隔を広めにとって偽装した。

 友軍を(あざむ)く行為であるが、遠征中に後翼による侵攻を受ける可能性があり、そこに西漣が関与している疑いがある以上、この演出は必要だと判断された。


 というのも汐径としては、後翼の動きを封じるつもりがないのだ。


 西漣の暗躍(あんやく)があるとしても、軍事的圧力という方法が、かの国の総意とも思えない。積極的な者もいれば、消極的な者もいただろう。

 汐径は、それら主導派と非主導派を見極めた上で、後者の側に対して政治的アプローチを試みるつもりである。

 そのためには、後翼の侵攻が未然に防がれるのではなく、返り討ちによる完勝という格好にもっていきたい。さすれば主導派は立場を悪くし、ともすれば、西漣と後翼との裏側の関係にも(ひび)が入るかも知れない。そして自然と非主導派の顔が見えてくるはずだ。


 だから西漣の主導派たちには思わせなければいけない。

──上手くいっている。

 と。そしてそこから情報が流れるであろう後翼には。

──残存は二千と地方軍のみ。

 という誤認を与える狙いだ。





 鮑謖は全軍の後方、輜重(しちょう)部隊の中にいた。

 これは、彼女と特別遊撃隊が、増員の五百に組み込まれる予定だったのが、鮑謖のひと言によって取り消されたことに起因する。

 当初から計画されていた千五百の遠征軍の方は、既に人員が固められていて、鮑謖をどこかに入れると、役割的に誰かを外すような話になる。判断が難しく、且つ時間もなかったため、とりあえず非戦闘部隊の護衛として配属された形だ。


 しかるに鮑謖としては。

──うん。楽ちんだ。

 妙に、この仕事に満足していた。いや、それどころか・・

──どうしよう。天職かも知れない。

 基本的に戦う事がない位置付けに。

──普段は砦でのんびりして、いざとなっても輸送部隊でのんびりしたいな。

 などと、都合の良すぎる夢想に(ひた)っていた。


 (もっと)も、何処にいてものんびりしてるように見えるのだが・・


 ちなみに、汐径軍は兵糧を二千人分用意した。追加五百分は西漣から受け取る予定になっているが、後で騙し取られたと言われても面倒なので、十分あるから不要とする方針だ。元より千五百なので、それなりに余るが、満ち足りているアピールはできる。




 とまれ──。遠征軍たちは八角の首都に到着した。


 八角軍およそ三千は当然として、西漣の二千も陣を構えていて、そこに東二国の額面三千が加わる。総勢八千の軍勢が集結し、それぞれに幕舎を張った姿は、あたかも一つの街が突然出来上がったような、不思議な壮観さがあった。

 そして少し離れた所に、軍とは別の天幕も見えた。



 各軍の指揮官級の者たちは集まって、今後の方針について話し合うようだ。

 鮑謖の所にも准将から参加の確認が来たが、(つつし)んで辞退した。彼女としては、面倒事は勿論、徐厥(ジョケツ)と出来得る限り関わり合いたくなかった。


 しかしながら、鮑謖は自ら徐厥の元へ(おもむ)くことになる。


 離れた天幕の者が訪ねて来たのだ。

 彼らは南から逃れてきた者たちで、食料を分けてほしいと言われた。行政の配給があるそうだが十分とは言えず、困窮してるとの事だった。

 普通、斯様(かよう)な要望は聞き入れられない。

 事実、他の軍では歯牙にもかけられなかった。


 さりはさりとて、汐径の輜重隊には鮑謖がいる。


 鮑謖の信条は食い物に対してフェアであり、食を愛するが故に、食い物の恨みを誰よりも恐れている人間なのだ。

 古典を紐解(ひもと)けば、たった一食、食いあぶれただけで殺意に発展する例もある。それが数百人ともなれば、もうどのようなベクトルを生み出すか想像が付かない。


 鮑謖は、徐厥に、兵糧の譲渡を談判しに行ったのだ。



「少佐は、それが必要な事だと判断したのですか?」

「はい──」

 徐厥は鮑謖をしばらく見つめ。

「わかりました。貴方の裁量で、適宜(てきぎ)、それを為しなさい」

「はっ。感謝いたします」

 鮑謖は言って、そそくさと幕舎を去った。


(よろ)しいのですか?」

 副官の一人が聞く。

「まぁ、問題ないでしょう。幸いにして兵糧は潤沢です。少佐も郷愿(きょうげん)(もっ)て善人ぶりたい訳ではないはずです。彼女の冷厳さは、董猪(トウチョ)(はりつけ)や、(うみ)出しの発想でも明らかですから」

 徐厥は、いなくなった鮑謖が立っていた場所を見ながら言った。

「もしや、八角の意趣を(かわ)す目的なのでは?」

 別の者が言った。

 軍の会合では、八角からの汐径に対する当たりが強かった。酉軍を賊に言い換える方便は、流石に彼らの心証を悪くしたようだった。

「さぁ──。それもあるかも知れません。なんにせよ、百手の読みが必要と判断したのです。損になることはないでしょう」

 徐厥も、わからないのだから聞くなという音で返した。



 戻った鮑謖は、与えられた権限で兵糧の一部を提供した。

 鮑謖始め、輜重部隊の者たちは感謝されたが。

──逆恨みだけはやめてね。

 鮑謖は独り神妙な表情をしていた。

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