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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第六章 ~魔女の睥睨、百里を翔る~

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第93話 赦免の理屈

 章昆(ショウコン)と名乗った店主は、羊達(ヨウタツ)との取引に前向きな姿勢を示した。

──これで恩は果たしたかな。

 鮑謖が安堵したのも束の間。

「実は名高い鮑謖少佐に、是非お伝えしたいことがあります──」

 と、章昆は語りだした。


 共に彼の話を聞いていた熊任(ユウジン)は。

「ちょっと待って、何か書くものをもらえるかな」

 と、筆記用具を受け取ると、しきりにメモを取り出した。


 静かな熱意を(もっ)て言葉を(つづ)る章昆と、同じく熱い集中を見せる熊任の手前、申し訳ないことこの上ないが・・

──うわ~。聞きたくない~。

 鮑謖は正直、耳を塞ぎたいぐらいであった。


 鮑謖は仕事に燃えるタイプではないが、それでも軍人として最低限の分別はある。襲われてるの見れば助け、不審に思えば誰何(すいか)し、賊と出くわせば叩き潰す。これまでも一応の仕事として、それらを(こな)してきた。


 章昆は、(ユウ)国の軍事侵攻に関する情報提供をしている。斯様(かよう)なことを聞けば、軍人として無視するわけにもゆかず、これを報告する義務も発生することになる。

 現に、熊任がやっているのは、そのためのものだ。

 まぁ、報告書の(たぐ)いは熊任にお任せするとしても、あとで鮑謖にも色々と質問が来る展開は見えている。

──だと、キチンと話を聞いとかなきゃ駄目だよね・・

 鮑謖は諦念を以て内容の把握に努めた。



 一通りの章昆の説明が終わったあと。

「さっきチラッと言ってた蜜柑(みかん)って、柔らかいやつでしょ? あれ、アナタが全部運んでた物だったの?」

 書くもの書いて注意を解いたのだろう。雑談のつもりか、熊任が話を振った。

「全部とは言いませんが、多くを手前が(あきな)いさせていただきました」

「へぇ──。じゃあ、昔食べたやつもそうだったのかな」

 二人は蜜柑について、種類とかそんな話をし出していた。


 鮑謖も、ようやっと事の理解を終え、二人の話を耳で拾いながら、同じくリラックスした感で、独り西国への(はる)かなるに思いを馳せた。


──百里ぐらい向こうでも、船だと結構早く着くんだな。

──西漣(セイレン)の水上物流も有名だし、船は早いのか。

──あの西漣の人、馬車で来てたな。七十里ぐらいか、酔わないのかな?

──船は気になるけど、乗ったら絶対酔うだろうね。なんたって・・


(うみ)だし・・」


──すんごい揺れるだろうな。

──やっぱ、催したら海に吐くのかな?

──聞いてみたいけど、こんなアホな事は流石に聞けないなぁ~。


 鮑謖の思考は、あっちゃこっちゃしながらも終わりを迎えた。いつの間にか、熊任と章昆の会話が途絶え、静寂が訪れていたからだ。

「ん? もういいかな?」

 鮑謖は二人に聞いて、頷くのを確認すると。

「うん。えーと、お話は大変参考になりました。ご協力感謝します。また誰か、詳しく聞きに来る人がいるかも知れないけど、そのときは(よろ)しくお願いしますね。あと、こっちの羊達さんとの話も、よろしく」

 鮑謖はそう言って、挨拶もそこそこに章昆の店を立ち去った。





 前代未聞の六臣会となった。

 昨日、もたらされた(ユウ)国の八角(ハッカク)国への侵攻の情報が、瞬く間に六臣会に出席予定の軍人、貴族たちに共有されたからだ。

 歓談の集いが、期せずして国際情勢と汐径国の出方についての話し合いの場へと変様した。


 皆、来た先から誰かと話を始めていたが、ある人物の到着で、一旦は落ち着くこととなった。(くだん)の人に挨拶するため、多くが列つくったからだ。

 並んでまで辞儀をしたい相手とは、四臣位、鮑謖少佐である。


 その光景を遠目に見ていた欠圓(ケツエン)は。

「いやはや──。これも初めて見る景色だ」

 並ぶ客筋を斯様に評した。

 鮑謖との挨拶を求める者の(ほとん)どは、貴族たちだったのだ。

()たせる(かな)。董本様の話が大きな影響力を生み出しているな」



 梟国、董公の乱は鮑謖が収めた──。そして三国協約、交易協定にも彼女の存在が大きく関わっている。

 これは公式な記録としては、どこにも残されていない。

 さりとて。

「書いてないから知らない」

 などという間抜けは何処にもいない。

 とりわけ貴族たちにとって鮮烈だったのは、董本亡命時の鮑謖の立ち回りだ。


 一部の貴族が起こした情報漏洩。それにより当該者のみならず、貴族全体の信用と、その存在意義の低下が生じていた。更に貴族同士の不協和音と、名誉回復を図る尖鋭化した議員による戦争発議にまで発展した。

 しかしながら鮑謖は、汚名を背負った貴族家の者に呼びかけ、董本の立場を確立させるために尽力させた。これは後に、董本の即位によって彼らの不名誉を(そそ)ぐばかりか、貴族の存立価値の好意的再評価を生み出した。


 鮑謖は一人で、危うい状況に(おちい)っていた汐径の貴族を救ったとも言えるのだ。



 先の出来事、()しくも欠圓は人よりも詳しく知る立場にあったが──。

 假道(かどう)の計や穂立(ほた)てなどを考えながら、同時に貴族の立場、果ては軍内部の対立構造の緩和まで・・ これらを認識すると、鮑謖の深く複雑な思考に、欠圓は戦慄(せんりつ)さえ覚えた。


 その恐怖があるからこそ、納得出来る一言を鮑謖は放った。


膿出(うみだ)し・・』


 鮑謖は、団匪(だんぴ)と化した酉国の軍勢の話を聞いたあと、独り、つぶやいたらしい。


 おそらく今後来る展開は、西漣国の介入と、かの国が主導するであろう酉国討伐だ。

 それは九分九厘、酉という国の終わりを意味している。


 軍神の異名は市井(しせい)にも聞こえる程だ。酉国出身の商賈(しょうこ)は、郷里を(うれ)いて鮑謖に情報を伝えたのだろう。彼女なら、酉国の滅びの未来を回避できるのではないか? そのような期待を(いだ)いたとしても何らおかしくはない。

 その鮑謖が考える『膿を出す』とは何なのか?


──酉国による、八角侵攻軍の完全なる切り捨て・・

──そして、軍勢をただの賊として討伐する・・


『酉国で発生した団匪が、国境を越えて八角国に害を為した。酉国に責任はあるものの、地震という自然災害を起因としており、不幸な偶然が重なった不可抗力のようなもの。今、やるべきは酉国と協力し、粛々と賊を討つことである』


 梟、辛の手打ちのため、董猪(トウチョ)人柱(ひとばしら)する事を考えた鮑謖だ。酉国の罪を阻却(そきゃく)するため、斯様な筋書きを用意していても不思議ではない。

 そして、この物語を為すために必要になってくるのは、政治的アプローチである。



「ハハッ──。既に、圧倒的な政治力ではないか・・」

 貴族たちから、こぞって挨拶を受ける鮑謖の姿は、まさにフィクサーそのもののように欠圓には見えた。

「やはり、投資しておいて正解だったな」

 欠圓は、彼女と董本に協力した過去の自分の判断に酔いしれた。

「さて。大物よろしく、そろそろ私も動こうか」

 彼は交歓(こうかん)の中心に足を向けた。



 鮑謖は貴族たちの挨拶に、鷹揚(おうよう)に応えている。

 さりはさりとて、数が多い。これでは流石に疲れてしまうであろう。そこで欠圓は間に入り、鮑謖を休ませ、あとで紹介するとして貴族にも恩を売ることにした。


──驥尾(きび)()す、ハエだな。

 欠圓は己を(あざけ)りつつも、自身の立ち回りに(したた)かな満足を感じていた。

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