第91話 頼みごと
梟国にも汐径産の品が流通するようになった。しかし・・
「こんなものか──」
羊達の眼鏡にかなう品はそれほど無かった。無論そこには、彼が商うのは全て高級品であり、一級、特級の物を求めるが故というのもある。
「あの鮑に比肩する物は入らんのか?」
想起するのは、やはりあの逸品だ。そして同時に身震いする思いも起きる・・
たいぶ後になって知ったことだが──。あのとき取引した汐径軍の鮑謖少佐が、董公の乱を収め、新王即位から辛国との講和まで、全ての絵図を描いた人物だという。
羊達が関わった話としては、あの鮑と貝柱は辛国に送られたとき、鮑謖少佐からのメッセージの役割を果たしたという。
これが事実ならば、鮑謖少佐は、羊達が官庁から注文を受けていると知った上で、あらかじめ用意した『意味深な品』を自然な形で贈答品として置き換えたという事になる。
一部では、鮑謖少佐のことを軍神と呼んで畏れているとも聞く──。
自分が、その軍神とやり取りしたという事実を振り返ると、羊達は得も言われぬ高揚と恐怖、それらが入り混じった名状しがたい感慨を持った。
「いや、私には縁がある。あの方との縁が・・」
羊達はかつて、乾物の取引を己が商運と思ったが、今では鮑謖との出会いこそが、それに違いないとの考えに至っていた。
彼は、特級の品を見立てた鮑謖の慧眼に頼ることを思いついた。
「おい。なんでもいい、日持ちのする果物を用意しておけ」
羊達は店の者に言い、自身は手紙を書くため書斎に向かった。
そして、書いた手紙と果物を包みに入れて、汐径の鮑謖少佐に宛てて送った。
「トリって鳥ですよね?」
「はぁ? お前、何を言ってんだよ・・」
崔弱の意味不明な問いに、成嬰は怪訝で返した。
「あぁ・・ すみません。何か、考えてる内にわかんなくなっちゃって──」
崔弱は額に手を当てるようにして言った。
「なんだ、鳥がどうかしたのか?」
「実は、さっき少佐の部屋で──」
崔弱はトリの話を始めた。
鮑謖のところに備品の入れ替えの最終確認をするため、崔弱が来ていた。といっても、その辺りに関して崔弱にぬかりがあるはずもなく、あとは判子を押せば済むという話であった。
するとそこへ──。
「失礼します。ただ今、飛脚が到着し、少佐宛の荷物が届きました。他に、こちらから送る物はありますでしょうか?」
小さな包みを運んで来た兵が、そのように尋ねた。
要は、配達と同時に集荷もという話である。既に隊員たちの手紙などは、予定物として集められており、それ以外の物がないかの確認の言だ。
「えーと。軍曹は何かあるかな?」
「私の方はありません──。少佐、その包みには手紙が入ってはいないでしょうか? もしあれば、返信の必要があるかどうかだけ確認された方がよろしいかと」
崔弱は疾く頭を回して言った。
「ああ──、そうだね!」
鮑謖は言って、いそいそと包みを開けた。
果たせる哉、木箱の他に封書があり。
「うん。さすが軍曹!」
鮑謖は言いながら素早く中身を確認した。
「あー。これは返事を書きたいかな。悪いけど、ちょっと待っててもらって──」
「はいっ」
兵が返答し飛脚の元に向かう。
鮑謖は引き出しから、お手紙セットを取り出し返事を書き始めた。
包みは梟の豪商、羊達からで、手紙の内容は──。
以前、鮑謖が持ち込んだ品が素晴らしく、どこで仕入れたのか、是非に教えてもらいたい。との事だった。
羊達は、随分と高値で買い取ってくれた上、融通も利かせてくれた恩もある。
鮑謖としても教えるに吝かでないが、特に店名など覚えておらず、場所もざっくりと記憶しているだけで、通りだの番地だの知るよしもなかった。
そこで、来たる六臣会に招待されていた鮑謖は、その予定に合わせて件の店を訪れ、そこから羊達の方へ連絡がとれないか確認する旨を綴った。
鮑謖が書き終えると、タイミング良く兵が戻ってきたので。
「おっ。ちょっと待ってね──」
手早く状袋に入れて、宛名をしたため、兵に手紙を託した。
「あっと。こっちも済まさなきゃね」
すっかり待ちぼうけにしてしまった崔弱の確認をして判子を押す。
「うん。軍曹のお陰で助かったよ」
「いえ──。ところで、こちらは?」
崔弱が箱のことを聞いた。
「果物って書いてあったけど、何かな?」
鮑謖は言いながら箱を開けた。
そこには緩衝材の繊維に保護された緑色の実が詰まっていた。
「これはコクワですか」
「そうだね」
崔弱の問いに答えつつも。
──私的には猿梨だけど、地域差かな?
──にしても、羊達が猿梨って・・
──何だか未と申を連想しちゃう。
「次は、酉か・・」
鮑謖は方位の獣を思いながらつぶやいた。
ともあれ。食い物に関してフェアネスが信条の鮑謖は。
「軍曹。これを厨で上手い具合に切り分けてもらって、食事のときに皆に行き渡るよう手配してくれるかな」
「はい。かしこまりました」
崔弱の返事に。
「うん。頼んだ」
にこやかに応えた。
崔弱の話を聞き終えた成嬰は。
「あー。なにが何だかわからんが、次っていうからには、一波瀾あるんじゃねーか」
どこか上を見るようにしながら言った。
「やっぱりそうですよね。でもトリってなんだろう・・」
崔弱は額に当てていた手を頬の辺りまで持ってきて、首を傾げるようにした。
「鳥なら翼があるから、後翼とかか?」
「えぇ~。ちょっと安直すぎませんか・・」
「なっ──。だから、わかんねぇって言ってんだろ。お前が思いつかんなら、俺に答えが出せるはずもないんだからよ」
崔弱の横目遣いに、成嬰も、そのリアクションはあんまりだという音で返した。
「考えてもしょうがないんですけど、気になっちゃいまして。もうやめます」
崔弱も言って首を振り、一旦切り替えることにしたようだ。
「それよりもじゃないが──、その例のコクワ。よかったら飯のとき、俺の分のコクワと、お前の分の肉の一切れと交換しねーか?」
唐突に成嬰は打診した。
「えっ? いいですけど。むしろ、いいんですか?」
「ああ──。俺、あれ駄目なんだよ。食べると喉が痒くなって仕方がねぇ。交換してくれると、ありがたい」
「へぇー。そういう事もあるんですね」
崔弱は珍しいという音で言った。
しかしながら、存外一般的な話だったようで──。
この日の食堂では、あちこちで肉とコクワのトレードが盛んに行われる事となった。




