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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第六章 ~魔女の睥睨、百里を翔る~

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第91話 頼みごと

 梟国にも汐径産の品が流通するようになった。しかし・・

「こんなものか──」

 羊達(ヨウタツ)の眼鏡にかなう品はそれほど無かった。無論そこには、彼が商うのは全て高級品であり、一級、特級の物を求めるが(ゆえ)というのもある。

「あの(あわび)に比肩する物は入らんのか?」

 想起するのは、やはりあの逸品だ。そして同時に身震いする思いも起きる・・



 たいぶ後になって知ったことだが──。あのとき取引した汐径軍の鮑謖少佐が、董公の乱を収め、新王即位から辛国との講和まで、全ての絵図を描いた人物だという。

 羊達が関わった話としては、あの鮑と貝柱は辛国に送られたとき、鮑謖少佐からのメッセージの役割を果たしたという。

 これが事実ならば、鮑謖少佐は、羊達が官庁から注文を受けていると知った上で、あらかじめ用意した『意味深な品』を自然な形で贈答品として置き換えたという事になる。


 一部では、鮑謖少佐のことを軍神と呼んで畏れているとも聞く──。


 自分が、その軍神とやり取りしたという事実を振り返ると、羊達は得も言われぬ高揚と恐怖、それらが入り混じった名状しがたい感慨を持った。



「いや、私には縁がある。あの方との縁が・・」

 羊達はかつて、乾物の取引を己が商運と思ったが、今では鮑謖との出会いこそが、それに違いないとの考えに至っていた。

 彼は、特級の品を見立てた鮑謖の慧眼(けいがん)に頼ることを思いついた。

「おい。なんでもいい、日持ちのする果物を用意しておけ」

 羊達は店の者に言い、自身は手紙を書くため書斎に向かった。


 そして、書いた手紙と果物を包みに入れて、汐径の鮑謖少佐に宛てて送った。





「トリって鳥ですよね?」

「はぁ? お前、何を言ってんだよ・・」

 崔弱の意味不明な問いに、成嬰は怪訝(けげん)で返した。

「あぁ・・ すみません。何か、考えてる内にわかんなくなっちゃって──」

 崔弱は額に手を当てるようにして言った。

「なんだ、鳥がどうかしたのか?」

「実は、さっき少佐の部屋で──」

 崔弱はトリの話を始めた。





 鮑謖のところに備品の入れ替えの最終確認をするため、崔弱が来ていた。といっても、その辺りに関して崔弱にぬかりがあるはずもなく、あとは判子を押せば済むという話であった。

 するとそこへ──。

「失礼します。ただ今、飛脚(ひきゃく)が到着し、少佐宛の荷物が届きました。他に、こちらから送る物はありますでしょうか?」

 小さな包みを運んで来た兵が、そのように尋ねた。

 要は、配達と同時に集荷もという話である。既に隊員たちの手紙などは、予定物として集められており、それ以外の物がないかの確認の言だ。

「えーと。軍曹は何かあるかな?」

「私の方はありません──。少佐、その包みには手紙が入ってはいないでしょうか? もしあれば、返信の必要があるかどうかだけ確認された方がよろしいかと」

 崔弱は()く頭を回して言った。

「ああ──、そうだね!」

 鮑謖は言って、いそいそと包みを開けた。


 ()たせる(かな)、木箱の他に封書があり。

「うん。さすが軍曹!」

 鮑謖は言いながら素早く中身を確認した。

「あー。これは返事を書きたいかな。悪いけど、ちょっと待っててもらって──」

「はいっ」

 兵が返答し飛脚の元に向かう。

 鮑謖は引き出しから、お手紙セットを取り出し返事を書き始めた。



 包みは梟の豪商、羊達からで、手紙の内容は──。

 以前、鮑謖が持ち込んだ品が素晴らしく、どこで仕入れたのか、是非に教えてもらいたい。との事だった。


 羊達は、随分と高値で買い取ってくれた上、融通も利かせてくれた恩もある。

 鮑謖としても教えるに(やぶさ)かでないが、特に店名など覚えておらず、場所もざっくりと記憶しているだけで、通りだの番地だの知るよしもなかった。

 そこで、来たる六臣会に招待されていた鮑謖は、その予定に合わせて件の店を訪れ、そこから羊達の方へ連絡がとれないか確認する旨を(つづ)った。



 鮑謖が書き終えると、タイミング良く兵が戻ってきたので。

「おっ。ちょっと待ってね──」

 手早く状袋に入れて、宛名をしたため、兵に手紙を託した。


「あっと。こっちも済まさなきゃね」

 すっかり待ちぼうけにしてしまった崔弱の確認をして判子を押す。

「うん。軍曹のお陰で助かったよ」

「いえ──。ところで、こちらは?」

 崔弱が箱のことを聞いた。

「果物って書いてあったけど、何かな?」

 鮑謖は言いながら箱を開けた。


 そこには緩衝材の繊維に保護された緑色の実が詰まっていた。


「これはコクワですか」

「そうだね」

 崔弱の問いに答えつつも。


──私的には猿梨(さるなし)だけど、地域差かな?

──にしても、羊達が猿梨って・・

──何だか(ひつじ)(さる)を連想しちゃう。


「次は、(とり)か・・」

 鮑謖は方位の獣を思いながらつぶやいた。


 ともあれ。食い物に関してフェアネスが信条の鮑謖は。

「軍曹。これを(くりや)で上手い具合に切り分けてもらって、食事のときに皆に行き渡るよう手配してくれるかな」

「はい。かしこまりました」

 崔弱の返事に。

「うん。頼んだ」

 にこやかに応えた。





 崔弱の話を聞き終えた成嬰は。

「あー。なにが何だかわからんが、次っていうからには、一波瀾(ひとはらん)あるんじゃねーか」

 どこか上を見るようにしながら言った。

「やっぱりそうですよね。でもトリってなんだろう・・」

 崔弱は額に当てていた手を頬の辺りまで持ってきて、首を傾げるようにした。

「鳥なら翼があるから、後翼(ゴヨク)とかか?」

「えぇ~。ちょっと安直(あんちょく)すぎませんか・・」

「なっ──。だから、わかんねぇって言ってんだろ。お前が思いつかんなら、俺に答えが出せるはずもないんだからよ」

 崔弱の横目(づか)いに、成嬰も、そのリアクションはあんまりだという音で返した。


「考えてもしょうがないんですけど、気になっちゃいまして。もうやめます」

 崔弱も言って首を振り、一旦切り替えることにしたようだ。

「それよりもじゃないが──、その例のコクワ。よかったら飯のとき、俺の分のコクワと、お前の分の肉の一切れと交換しねーか?」

 唐突に成嬰は打診した。

「えっ? いいですけど。むしろ、いいんですか?」

「ああ──。俺、あれ駄目なんだよ。食べると喉が(かゆ)くなって仕方がねぇ。交換してくれると、ありがたい」

「へぇー。そういう事もあるんですね」

 崔弱は珍しいという音で言った。



 しかしながら、存外一般的な話だったようで──。

 この日の食堂では、あちこちで肉とコクワのトレードが盛んに行われる事となった。

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