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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第六章 ~魔女の睥睨、百里を翔る~

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第90話 ハルシネーション

 汐径国の西に河晏(カアン)国がある。大きな川が南北に複数流れ、古来水害との戦いを()いられたが、豊かな土壌と広い平野で、農工商いずれも発展した国だ。

 その河晏国の西隣が八角(ハッカク)国。その北が西漣(セイレン)で、八角、河晏そして汐径が物流でつながっている。

 汐径は辛国、梟国とも交易を始めたので、この経路はより重要性を増した。


 ちなみに、東錬国は汐径と敵対しているが、中央集権国家ではないので、実は領地単位という形での交易はある。その辺は梟国に対しても同じで、戦争しながらも経済は結びついているという複雑な事情があった。


 話を西方に戻すと──。

 八角国の南西には、海を南にして椀型になった塊状(かいじょう)半島があり、一帯は(ユウ)国となる。

 酉国は面積こそ大国であるが、ほとんどが山地で、人々は海辺の限られた平地で生活していた。山の斜面を利用した蜜柑(みかん)栽培が盛んで、それらは特産品として酉国の経済を支えてもいた。


 汐径との関係を言えば。陸路、海路ともに蜜柑が輸入され、特に船便の物は高級品として高値で取引がされていた。



 十年前、この酉国で地震が起きた。それこそ山が崩れるほどで、甚大な被害が出た。

 蜜柑栽培にも深刻な影響が出て、収穫量は激減。売られた先では価格が高騰。とても庶民が口に出来る果物ではなくなってしまった。

 酉国のダメージは大きかったが、少しずつ回復を見せていた。そんな矢先・・


 酉国に存在した竹林が枯れた──。


 学者がいうには百年少し前にも起きており、その前もやはり百年前とかで、繰り返しの自然現象とのことだった。


 しかしながら、皆が皆、理詰めに物事を見るわけではない。

 先の地震で崩れた山も竹林であったことから、これらは何か深い因果に基づいているのではないか? また何か、良からぬことが起きるのでは? との見方をする人々がいるのも現実だった。

 そして、不安を後押しするように。

「持てる者と、持たざる者。この歪みが大地に(ひび)を入れた。竹は地面から天に向かって真っ直ぐ伸びるが、大地が乱れた(ゆえ)に天地陰陽の流れを見失い、伸びる方向がわからず枯れた。地の乱れは、いずれ天にも影響を及ぼし、最悪の場合、星が落ちてくることになるだろう」

 などという風説が流れるようになった。


 厄介だったのは、事実の抽象でもあった点だ。

 地震以降の蜜柑の高騰で、巨万の富を得た者も確かに存在し、未だ傷跡に苦しむ人々との間に怨嗟(えんさ)が生まれつつあった。これは時系列が逆だが、そこに気付かない不思議も起きた。また竹という、ときに迷惑なほど生えてくる物が、忽然(こつぜん)と枯れ果てるのは、宇宙の乱れを想像させた。

 そして、更なる困難が降りかかる可能性の示唆は、良くも悪くも先行きに答えを求める者にとって、ある種の救いになってしまった。


 これは多くの無垢(むく)なる者たちを狂痴(きょうち)へ走らせた。


 酉国では、金持ちの屋敷への襲撃が公然と行われるようになったのだ。襲撃者たちは、世の乱れの原因を排除しているのだと、自らの行動を信じて疑わず、(いさ)める言葉は届かなかった。襲われた者は財を奪われるだけでなく、中には殺された者もいて、社会は混沌とした。

 政治も、この流れに逆らうことが出来ず、富の回収と分配という形で、人々の暴走する正義を収めようとした。


 結果、なんとか酉国の秩序は安定したが、経済は大きく壊れた。


 そして今度は──。

「八角が、この国より利益を奪っている。金持ちたちは、かの国に逃れ、我が国の富は彼らによって盗まれたのだ」

 斯様(かよう)な主張が言われ出した。

 荒唐無稽(こうとうむけい)な話だが、僅かな事実が人々を()き付け、やがて国を挙げての軍事行動となった。



 八角国も、それなりに豊かな国であり、四千の兵力を保有していたが、酉国の異様なほどの勢いに国土の半分近くを蹂躙(じゅうりん)された。

 八角は自力での抵抗に限界を悟り、天下の大国である西漣こと『(レン)国』に助けを求めた。





 議事堂の壇上に八角国からの使者が立ち、救援を求めて訴えた。

 漣国に生きる多くの者にとって、(ユウ)国は。

──住みにくい土地で蜜柑を作って生活している者たち。

 というような認識で、控え目な国として無意識に侮るところがあった。

 だから、軍を(おこ)して侵攻するのは勿論、八角の領土を蹂躙するなど慮外であり。使者の話を聞いている議員たちは。

──大規模な反乱勢力が酉国の振りをしているのでは?

 などと、現実のこととして受け入れられず、何かの間違いの可能性を模索した。


 しかるに、使者の言葉が、議員たちの想像を打ち砕いた。

「敵軍の規模は、およそ八千。今尚(いまなお)、増え続けており、その内に一万になるものと見られております」

──!!

「馬鹿なっ」

 誰かが言った。

 それはそうであろう。何しろ一万といったら、この漣の総兵力に等しい数字だ。普通に考えて、それだけの兵を有し、維持するのには莫大な予算が必要になる。世界に冠たる経済大国である漣だからこそ成り立つ、大軍なのだ。

 不可能だとの、議員たちの胸中は使者にも伝わり。

「敵兵の(ほとん)どは軍人ではありません。たぶん正規兵は五人か六人に一人で、あとは酉国の民たちだと見ております」

 そのように蓋然(がいぜん)性への道筋を出した。

 それでも(いぶか)しむ者は。

「数の多さの説明はそれで付くが、糧食はどうしているのか? 八千から一万ともなれば、物資の量もさることながら、輸送もどれ程かという話になる」

 やはり無理を感じて指摘した。

「それが──、敵は略奪をするのです。それも(ことごと)く。市井(しせい)の者は、生きる手立てを全て失うありさまです。(はばか)られる言い様ですが、害獣、害虫の(たぐ)いが湧いたような感じなのです」

──!?


「馬鹿な・・」

 最早、不審の音ではない。

 畑を食い荒らし、また次の畑にへと移動する。斯様な振る舞いを人で為すは、匪賊(ひぞく)、賊徒の所行である。酉国は、それを国という単位で行ったというのだ。

 理解を超えた愚かさに対しての嫌悪の音だった。



 ともあれ。

 漣国の議事堂に会した者らも、八角国が(おちい)っている状況と、酉国の脅威について認知した。そして、このままゆけば、八角のみならず漣にも影響が及ぶかも知れぬという予測を持った。

 畢竟(ひっきょう)。八角の救援は言うまでもなく、自国の防衛のため、軍を動かすこともやむなしとの考えに至るのは必然であった。


 さはさりながら。敵が一万であれば、千や二千の援軍では焼け石に水かも知れず、それ以上を送ろうとすれば、大国漣といえども相応の時間と準備が必要になる。

 だが酉国の勢いを見るに、あまり悠長にしていては取り返しが付かなくなる(おそれ)もある。

 このジレンマは如何(いかん)ともし(がた)く、多くの議員が頭を悩ませた。



 そんな停滞の空気が場を支配しつつあったとき──。


「よろしいかしら?」

 よく通る声で言葉が放たれた。

「はい──、林席(リンセキ)様、何でしょう」

 議長は少し驚くようにして返した。


 議事堂には王族の席もあるが、彼らには大概の場合に()いて表決権がなく、発言も少なく受動的なことが殆どであった。若い王族は比較的喋る方ではあったが、このような行き詰まった場面では、殊更(ことさら)めずらしいことだった。


「皆は大軍が必要なのに、用意するのが難しく悩んでいるのでなくて?」

 林席の問いに、めいめいが小さく頷いた。

「簡単なこと──、とまでは言わないけれど。少しは楽になる方法があるわ。今こうして八角国が助けを求めて来ているけれど、なにも漣だけで解決する必要はないという話よ」

 言わんとする事を察したのか、多くの者が大きく頷いた。

「八角にもしもがあれば、困るのは東国も同じでないかしら。河晏(カアン)は対岸の火事では済まされない、明日は我が身という位置だし。汐径は東西の物流で成り立つ国。どちらも、これを放置すれば良くない未来が訪れることは明白なはずよ。彼らも我が事として、兵を出さざるを得ないのではと思うのだけれど。どうかしら?」


 この林席の言から、場の議論は一気に加速した。



 断案。漣国を盟主とする八角国奪還の檄文が、河晏国、汐径国に出されることとなった。漣国自身も二千の出兵で調整に入り、八角国の残存三千と共に、ひとまずの防衛に当たることが決まった。


 文字通りの大山鳴動(たいざんめいどう)の余波は、列国を巻き込む雪崩となった。

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