第88話 省察の集い
鮑謖は黙祷を終えると。
「帰国する──」
言って、鮑謖隊は帰り支度を始めた。そして、特に誰かに挨拶することもなく、そそくさと梟の都を離れた。
──少佐は全てやり遂げたのだろう。
鮑謖の行動に意味があると信じて疑わない隊員たちは、このタイミングでの撤収を、そのように解釈した。
しかしながら、真実はもっとさもしい・・
鮑謖は思った。
──まだ収まってないのか・・
董本が正式に王となったにも関わらず、地方軍が動き、董本を狙ったと思しき連中と戦闘まで起きた。振り返って、政変が起きた土壌も含めれば。
──根深い問題があるのかな?
という想像もなりたち。
董彬を支持した者が多いとされる辛国侵攻軍の二千が帰国したら。
──またぞろ戦いになっても困る。
と考えた。
加えて、市街地で戦闘を行ったこと、敵対者たちを殺したこと、鮑謖が壁を壊したこと。これらは理由があり不可抗力でもあったが、人の情緒は計り知れない。怨憎、厭悪に針が振れる可能性もなくはない。
元々、汐径と梟は敵同士だ。下地は出来てしまっている。
そこで鮑謖は、自分が壊した壁を買い取り、それで台を作ってそこに献花した。砦の風習に倣い、隊員一同で黙祷を行って、あくまで不幸な事故だったというアピールをしたのだ。
鮑謖自身も知るところであるが、斯様な仕草は素敵に映る。彼女は賢しくも、憎悪の気勢を削ぐことを狙った。
そして断案。
──よし。逃げよう!
立つ鳥が後ろを振り返らぬよう、一目散での帰路についたのだった。
鮑謖隊は迅速に移動した。
百の部隊であるから元より数による遅延は発生しにくく、鮑謖を除く隊員たちは、騎乗を交代することで速いペースでの行軍を維持した。
国境を越え、汐径最東端の街、懿門に到着すると、東錬報復軍の三千が二日の休養を挟んで前日出発したのがわかった。
鮑謖は慌てず一日の休息日を設け、二日遅れで三千の後を追った。
孚門の直前で追いついたが合流はせずにそのまま進み、三千が凱旋の軍として歓迎を受ける中に、しれっと混じり込んだ。
全軍の指揮官である鵡望大佐や、孫能中佐がそれを知ったときには、鮑謖隊は解散し元の遊撃隊五十に戻っていて──。
「東錬戦に参加していない以上、私たちが出るわけにはゆかない」
と、本営での祝勝会を辞退し、孚門を離れ、砦への道を北上してしまっていた。
それでも梟の都にて何があったかは、鮑謖が提出していった報告書と、隊に出向していた本営の兵からの聞き取りで把握できた。
鵡望らは『董本への襲撃を予感したもの』として、鮑謖の行動に一応の理解と納得を持ち、このときはこれで話が終わった。
本営にて、東錬報復戦の総括会議が行われている──。
実際の東錬軍との戦闘に関しては、長短の点は個個あるものの、全体的な評価としては概ね正しい判断がなされ、戦果に於いて大勝であったとされた。
争点はそれほどなく、意見の対立もほとんど起きなかった。
これは先行隊と董彬軍とも言うべき千五百との戦闘でも同じで、鮑謖少佐が前もって軍を分け、対峙にするに当たり三軍の構成にもっていったのは、良い判断とまとめられた。
これらは通常の報告書や聞き取り調査の他、将軍直下の影の軍監による記録なども参照されて行われた。
会議の内容は戦闘から、此度の『假道の計』といわれる、董彬討伐からの臨時同盟に関する事に移った。
これに伴い、軍外部から参考人として欠圓侯爵が出席した。
「──以上、私たちは鮑謖少佐の意図を汲み、当時亡命していた現梟王董本と交渉を進め、假道の計と同盟の段取りをした」
姜彧中佐が、東錬報復軍の作戦に隠れ、秘密裏に実行した計画の説明を行った。
これには流石に不満の声が上がった。
「斯様な重要な話を一部の者だけで進め、剰え、実働する軍には何も知らせぬとは。私たちは汝らの駒ではないぞ!」
特に報復軍の総大将であった鵡望大佐は怒り心頭で、その声には怒気がこもっていた。
「ハッ、よく言うぜ。議員とつるんで東錬戦をぶち上げたくせに。何も知らせんのは、お前らだって同じだろうが!」
剛会大佐も怒声では負けていない。彼としても、セコいやり方で勝手をしてくれた、という思いがある。ここぞとばかりに捲し立てる。
「だいたい、一撃当てて退散なんて都合が良すぎだ。同盟の千軍がいなかったら、無事帰れたかどうか怪しいぞ」
「その話は終わった。梟国軍がなくとも、当初の作戦は成ったはずだ」
「ならこっちも終わった話だ。同盟は成って大勝もした。問題あるまい」
「なんだその言いぐさは! 尻ぬぐいをしてやったとでも言うつもりかぁ!!」
鵡望は元来、それほど激しい人物でもなかったが、剛会の歯に衣着せぬ物言いに触発されたか、震えるように激昂した。
剛会がそれに応じるように口を開きかけたとき──。
「やめよ!」
武南将軍が言って、剛会は声を発することなく口を閉じた。
「進行」
「は、はい──」
武南が言って、進行役は慌てて自分の仕事をする。
「えー、一連の梟国にまつわる事に関してまして、参考人の欠圓侯爵より、辛国を経由して入って来た内容をお話いただきたく思います」
そのように言って、少し離れた所にいた欠圓を呼び寄せ。
「では侯爵、お願いします」
と、発言を促した。
「まず今回話すことは、私の遠縁である、辛国の楽正栄伯爵からの手紙を元にしていると断っておく。そしてその伯爵自身も、彼の師である百栽殿からの手紙を元に綴っている。百栽殿は梟王董本の教育係をしている人だ。ともすれば、何処かの時点で主観が入った情報かも知れないが、その辺は織り込んで考えてほしい」
欠圓は最初にそう断ってから、梟国の政変からの出来事、所謂『董公の乱』の顛末について語り出した。
欠圓の話は幾つかの部分に於いて、ある程度経緯を知っているはずの徐厥准将以下、假道の計に関わった、主流派と呼ばれる者たちをも驚かせた。
驚駭すべきは、やはり鮑謖少佐である。
話によると──。
鮑謖はかねてより梟の都にある豪商から情報を得ていたようで、董本の逃奔もそれによって知った可能性が高いという。
そして鮑謖は、その豪商を介して鮑と貝柱を、辛国との講和の使者に持たせた。
鮑は鮑謖自身を、貝柱は穂立てを意味し、塵に見立てた董彬の残党を辛国に追いやるメッセージだったという。
実際、都で戦闘が起き、鮑謖隊によって撃退された。その後、メッセージ通り、董彬の長男であり辛国攻めを指揮した董猪が国境を越えた。
辛国軍は董猪を捕らえて、尋問の後に磔にして殺した。
梟国では、鮑謖隊による黙祷により、董本の下、一丸となる空気が生まれたという。
畢竟『董公の乱』の解決から後始末まで、全て鮑謖少佐の謀であるとし。梟国は彼女の存在を警戒し、汐径国に対する姿勢を再考する予定だという。
また、辛国に至っては、鮑謖を軍神かくやとして畏怖の対象になっているとの事だった。
「独自の情報網を持つとは聞いていましたが、よもや他国の都にまで及んでいるとは・・ しかし、情報の速さに納得せざるを得ません」
徐厥は首を振るように言った。
「わけがわからない──。鮑だのは汐径から持ち込んだ物だろう。そんな前から辛国に残党を逃がすことを考えていたというのか? どういうことか本人に聞いて確かめるべきだ」
鵡望は頭を抱えるように言う。
「やめとけ。あいつに聞いても『たまたま』というダケだ」
剛会は馬鹿らしいという音だ。
「鮑謖少佐のことはともかく。梟国が、これを機に対立姿勢をあらためるというなら、それは大いに結構な話だ」
姜彧は奇人について考えても仕方がないという思考だ。
「なんということだ──。儂らも軍神にせんという思いで段取りしたが、ここまでとは思わなんだ。単なる手打ちだけでなく、董猪を生け贄とすることで、梟国と辛国のわだかまりを取り除いた訳か。梟国の空気も含めて、人心まで巧みに誘導したということになるな」
阜漫中佐は、ただただ感嘆していた。
発言が一段落ついたところで。
「えー。欠圓侯爵、ありがとうございました。これまでの話で、梟国と『假道の計』に関する事情については明らかになったと思います。つきましては、件の中心人物である鮑謖少佐について話し合いたいと思いますが」
進行の提案に。
「中心ではありますが、今回彼女は、表立った手柄というものが殆どありません。あたかも誰かの影に隠れんとするように」
徐厥が指摘する。
「確かに東錬戦には参加していない。董本を始めとする梟国関連は、表向き手柄とするには複雑すぎる内容だ。唯一、彼女の部隊が董彬を討ち取り、戦闘を終わらせたという部分は評価することが出来そうだが・・」
姜彧は功績の観点から言う。
「鮑謖少佐は祝勝会を辞退しました。その事も何か関係があるでしょうか?」
孫能も指摘する。
皆は、おのおの鮑謖の振る舞いについて意見を言うが、その動機のような部分については理解が及ばないといった感じであった。
「簡単な話だ──」
この声に一同の視線が集まる。言ったのは武南将軍だ。
「鮑謖少佐は板挟みになる事を避けたかったのだろう。此度の事案、根底には、主流派と反主流派とも言うべき軍内の対立構造があるのは、皆も理解しているはずだ」
武南の言葉に軍人たちは沈黙した。
「実に下らない話だ。百手を読む少佐なら、この流れが如何に不毛か、誰よりも悟っているだろう。彼女の徹底した韜晦は、それに対する拒絶の姿勢だ」
将軍の言は、一同の心胆を穿った。彼は続ける。
「少佐は梟国の国情を知るからこそ、内輪の争いに危機感を持ったはずだ。他山の石とすると言うのは容易いが、身を以て理解するのは難しい。彼女は、己が行動がどちら側の手柄か曖昧にすることで、この不経済を正そうとしたのだ」
武南は静かに、そして力強く語った。
議場は静まりかえっていた。
最早そこは、議論をする場ではなくなった。めいめいが己が行いを顧みて、孤独に内観する、そんな健気な空間になっていた。
このときより、汐径軍の中にあった派閥は、その輪郭をほぼ失った──。
後に、東錬報復戦の行賞が為されたが、そこに鮑謖の名前はなかった。




