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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第87話 台上

 都の東に展開していた三百は、戦うことなく武装を解除した。彼らが(かつ)董猪(トウチョ)が逃げ出したと知ったからだ。親衛隊だった者は捕縛され、地方軍の者は、一旦中央軍の管理下に置かれることとなった。

 対峙していた乍洪(サコウ)たちは、事後で知ることとなったが、街で董猪率いる手勢と鮑謖隊の戦闘が起きていた。直前に街の数カ所で火災も発生。捕らえた者の証言から、董猪たちが混乱を狙い実行したことがわかった。


──魔女はこれを読んでいたのか!?

 状況を深く知るにつれ、乍洪は驚愕した。



 火災発生時、鮑謖隊は十人ほどに分かれて街に展開していたが、火の現場に近い班となったもの以外は周囲を警戒。その中で王宮に向かう董猪の手勢の一部を発見。めいめいが自立的に追跡を開始し、董猪たちが集団となったのと、ほぼ同時に彼らもまとまり、最終的に三方向からの攻撃によって撃破した。

 鮑謖隊が火事を誘導だと見抜いたことは勿論。追跡と包囲をやってのけたことから。


──下調べであったか・・

 乍洪はそう痛感させられた。


 鮑謖隊が街に観光に行っていたのは、その構造をよく知り得るためであり、(はな)から市街地での戦闘を考えていたのだろう。

 また戦いに()いても、鮑謖隊は堅牢な守りと、圧倒する攻めを見せたことから。連日の遊びは英気を養う、文字通りの休養だったのだと理解するに至った。



 先読みの知慮を見せつけられた乍洪だったが、それ以上のことが起きた。


 火事の一つに鮑謖少佐が駆け付け、壁を壊して鎮火させていた。鮮やかな手並みで、それだけでも話題になる程だったが、彼女は翌日、その壁の一部を買い取った。

 壁はバラされ組み直され、台となり、昨日戦闘があった所に置かれた。鮑謖はそこで隊員たちを整列させ、台に花を手向(たむ)け、黙祷を行ったのだ──。


 この話は、瞬く間に都じゅうに広がった。

 市井(しせい)の民、軍人、議員、多くの者が知り、そして考えさせられた。

──自分たちは何をやっていたのか?

 異国の者が、敵対した者たちを(とむら)う姿を見て、政変を含めて同胞同士争った日々を振り返り、その不毛さを痛感した。

 その意識は自然と伝播(でんぱ)し、董彬(トウヒン)の親衛隊だった者や、熱心な支持者であっても、その感化から逃れることは出来なかった。


 そして董本(トウホン)が正式に国王になったことが広まると、新しき王の下、(キョウ)国は一致団結するべきだとの思いが生まれた。


──魔女が全てを尻ぬぐいしていった。

 鮑謖たちの簡単な祈りが、人々に影響を与え、社稷(しゃしょく)の混乱さえ鎮めてしまった。この事実を俯瞰(ふかん)したとき乍洪は戦慄(せんりつ)さえ覚えた。そして・・

──敵にしてはならぬ。

 その深謀が害意を以て向けられることを恐れた。



 鮑謖たちが残していった台は、いつしか政変からの死者を(いた)む場所となり、日々誰かが花を供えるようになった──。





 山を越える者が七名いる。

「もう国境か?」

 董猪が聞く。

「国境なら先程越えました。既に辛国領内です」

「そうか──」

 側近の答えに、息を吐くように返した。



 董猪たちは都を脱出後、待機していた者と合流し辛国を目指した。およそ梟国に於いて再起は難しいと考えた彼らは、付き合いのある貴族を頼って亡命しようと考えたのだ。

 自分たちが攻撃を仕掛けた国だが、それでも協力してくれる者は多い。辛国で力を養い、いずれは梟国にて返り咲くことを願った。


 幸か不幸か、梟は汐径と共同で東錬に攻め込んだ。


 これにより東錬の敵意が梟国に向くことになれば、軍事的な関係を築いている辛国も動く可能性が高い。これまであった梟と辛の友好関係は、董猪たちが壊してしまった。余程のことがない限り、この修復は難しいだろう。

 東錬が梟を攻め、辛も呼応したとき、董猪は自身の存在が二国の大義となり、また董彬を支持していた者たちの求心力となると踏んだ。

 その結果、二国の後ろ盾を受けることで、親東錬派の王として復権できるのではないかという期待があった。


 無論、これらは希望的観測であるが、董猪たちからすれば。

──董本が他国を味方に付けたように・・

 という、無視できぬ成功例があるため、自分たちもと思うのは無理からぬ話であった。



──!

 進行方向に複数の人影を見つけ、一行は足を止めた。

「確認してきます」

 一人が言って慎重に近づいて行った。


 仲間が接触したようで、何かやり取りしているのはわかった。

 しばらくして戻ってくるのが見えたが、ひどく遅く感じ、董猪は自分から近付いて行きたいほどで、苛立った。

「さっさと戻れ!」

 董猪の不機嫌の言葉に、側近たちは互いに目で語り。仲間が戻ってきたタイミングで。

「皆が待っているのだから、戻るときは素早く動け」

 年長の者が、董猪が何か言う前に先に叱責をした。

「すみません。お待たせしました」

「で、どうだったのだ?」

 側近の機転が功を奏したのか、董猪は内容だけを求めた。

「はい。我等に味方して下さる貴族の家人で間違いありません」

「おおっ──。では、待たせては悪い。急いでいくぞ!」

 董猪は喜色を見せ、小走りのような足取りで進みだし、側近たちは慌てて後を追った。



「ここを下った所に護衛を待たせてあります。そこで馬車にお乗りいただく予定です」

「それは助かる」

 使いの者の言葉に董猪は鷹揚(おうよう)に返した。


 山を下りると二乗の馬車があった。割と立派な物で、それを囲むように二十人ほどの護衛が付いている。

──存外、力のある貴族のようだ。

 たまたま伝手(つて)があっただけの相手だが、董猪は当たりを引いたような、幸先の良さを感じて笑みがこぼれた。

 董猪たちはそれぞれ三、四で馬車に乗った。

 ここまでの移動の疲れがあったのか、馬車の具合が良かったのか、彼らはうとうとと眠りに就いて移動した。




「到着しました──」

 声が掛かり、馬車の扉が開けられた。

 董猪は眠気を飛ばし、挨拶の文言を考えながら馬車を降りた。

「なっ──!?」

 董猪は全身から汗が噴き出るのを感じた。

 彼は貴族の屋敷に案内されたはずであった。しかし実際、目の前にあるのは、自分たちを囲むように数十人の兵が展開している光景だった。


 一言すれば、罠だったということだ。

 辛国は、梟国からの婉曲(えんきょく)のメッセージにより、董猪が逃げてくる事を察していた。よって、董猪が伝手にしようとする貴族を押さえ、その動向を把握した。迎えに来た家人から芝居で、端から軍の施設に董猪たちを連れてくる仕掛けだったのだ。


 董猪たちは為す(すべ)なく捕らえられた。


 時を同じくして、三盆(サンボン)の街近くに展開していた辛国軍は白旗を揚げ、戦闘の意思のないことを示した。

 梟国軍はそれを確認すると、同じく白旗を揚げ、ゆっくりと帰国の途についた。




 董猪は必至に自らの立場を訴えた。

 自分がいれば東錬と共に梟国を攻める大義が生まれる。梟国の董彬派たちを味方に付けることもできる。もし自分が梟国の王となれば、辛国、東錬国にとって有益な国家となろう。

 しかるに彼の言葉は何の賛同も得ることはなかった。

 それどころか──。

「フフッ──、内輪で争っていた方だけあって、世の動きが見えておりませんね」

 董猪の話を聞いた尋問官の女は、そう(わら)った。

──?

「もう、そのような段階ではないのです。梟国は新王、董本の下、完全にまとまりました」

──!

「全ては、当百の魔女の(はかりごと)。貴方は何も知らないようなので、説明して差し上げます」


 尋問官はそう言って、董本の梟、辛から汐径への亡命。東錬攻めに(かこつ)けた假道(かどう)の計からの董彬討伐。共同軍での東錬戦。そして梟の都での戦いと、董猪の敗走。これら全てが汐径軍の鮑謖少佐の計略によって為されたと語った。


「馬鹿なっ!」

 董猪は憤慨の音で言った。

「ええ、本当に馬鹿みたいですね。自分がワザと逃がされたとも知らずに。貴方は、辛国の軍人たちの恨みを一身に受けるために、当百の魔女によって生け贄にされたのです」

──!!

「東錬と組んでと(おっしゃ)ってましたが、この手打ちは魔女の仕込みですよ。東錬がどう動くかはわかりませんが、我が国が梟国に攻めることは、まずありえません。相手は軍神かくやの知謀です。我々としても、彼女を敵に回すのは避けたいですから」

 尋問官の女は滔々(とうとう)と言葉にした。

「・・・・・・」


 長い沈黙の時間が訪れた。

 尋問官は、もう話すことも聞くこともないのか黙ったままだった。

 董猪はずっと下を向いていたが。

「私は──、どうなる?」

 ひり出すようにして聞いた。


「さぁ──?」

 女はそう答えたのみで、時間が来たら立ち去った。




 軍の施設の広場だろうか、そこに大きな台が設置された。台の上には柱のような棒がそびえ立っている。

 董猪はそこに連れてこられると、多くの衆目の中、柱の前に立たされ、(くく)り付けるように固定された。

──何をされるのか?

 おぞましい想像を董猪は禁じ得なかったが、実際は何も起きなかった。

 しばらくすると、見ていた人間も何処かへ行き、遠くに見張りの兵が何人かいるだけになった。そして、そのまま夜が来た──。





 董彬の親衛隊、そして董猪の側近だった者の証言で、梟国で起きたクーデターは董彬による簒奪(さんだつ)計画であったと判明した。

 王族殺しから、董本の襲撃、果ては董彬の三男、董捷(トウショウ)殺害の事実も明るみになった。

 この董彬一派による政変から辛国侵攻、そして汐径軍による董彬の排除から、都での市街地戦までは『董公の乱』と呼ばれるようになり、辛国侵攻軍の撤退を以て終焉とされた。


 董公の乱、最後の関係者だった董猪は辛国にて捕らえられ、梟、辛、二国を混乱せしめた罪として柱に(はりつけ)られ、十数日後に死んだとされた。


 しかし、その(むくろ)は鳥がついばみ、虫が湧いても放置されたままだった──。

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