第87話 台上
都の東に展開していた三百は、戦うことなく武装を解除した。彼らが担ぐ董猪が逃げ出したと知ったからだ。親衛隊だった者は捕縛され、地方軍の者は、一旦中央軍の管理下に置かれることとなった。
対峙していた乍洪たちは、事後で知ることとなったが、街で董猪率いる手勢と鮑謖隊の戦闘が起きていた。直前に街の数カ所で火災も発生。捕らえた者の証言から、董猪たちが混乱を狙い実行したことがわかった。
──魔女はこれを読んでいたのか!?
状況を深く知るにつれ、乍洪は驚愕した。
火災発生時、鮑謖隊は十人ほどに分かれて街に展開していたが、火の現場に近い班となったもの以外は周囲を警戒。その中で王宮に向かう董猪の手勢の一部を発見。めいめいが自立的に追跡を開始し、董猪たちが集団となったのと、ほぼ同時に彼らもまとまり、最終的に三方向からの攻撃によって撃破した。
鮑謖隊が火事を誘導だと見抜いたことは勿論。追跡と包囲をやってのけたことから。
──下調べであったか・・
乍洪はそう痛感させられた。
鮑謖隊が街に観光に行っていたのは、その構造をよく知り得るためであり、端から市街地での戦闘を考えていたのだろう。
また戦いに於いても、鮑謖隊は堅牢な守りと、圧倒する攻めを見せたことから。連日の遊びは英気を養う、文字通りの休養だったのだと理解するに至った。
先読みの知慮を見せつけられた乍洪だったが、それ以上のことが起きた。
火事の一つに鮑謖少佐が駆け付け、壁を壊して鎮火させていた。鮮やかな手並みで、それだけでも話題になる程だったが、彼女は翌日、その壁の一部を買い取った。
壁はバラされ組み直され、台となり、昨日戦闘があった所に置かれた。鮑謖はそこで隊員たちを整列させ、台に花を手向け、黙祷を行ったのだ──。
この話は、瞬く間に都じゅうに広がった。
市井の民、軍人、議員、多くの者が知り、そして考えさせられた。
──自分たちは何をやっていたのか?
異国の者が、敵対した者たちを弔う姿を見て、政変を含めて同胞同士争った日々を振り返り、その不毛さを痛感した。
その意識は自然と伝播し、董彬の親衛隊だった者や、熱心な支持者であっても、その感化から逃れることは出来なかった。
そして董本が正式に国王になったことが広まると、新しき王の下、梟国は一致団結するべきだとの思いが生まれた。
──魔女が全てを尻ぬぐいしていった。
鮑謖たちの簡単な祈りが、人々に影響を与え、社稷の混乱さえ鎮めてしまった。この事実を俯瞰したとき乍洪は戦慄さえ覚えた。そして・・
──敵にしてはならぬ。
その深謀が害意を以て向けられることを恐れた。
鮑謖たちが残していった台は、いつしか政変からの死者を悼む場所となり、日々誰かが花を供えるようになった──。
山を越える者が七名いる。
「もう国境か?」
董猪が聞く。
「国境なら先程越えました。既に辛国領内です」
「そうか──」
側近の答えに、息を吐くように返した。
董猪たちは都を脱出後、待機していた者と合流し辛国を目指した。およそ梟国に於いて再起は難しいと考えた彼らは、付き合いのある貴族を頼って亡命しようと考えたのだ。
自分たちが攻撃を仕掛けた国だが、それでも協力してくれる者は多い。辛国で力を養い、いずれは梟国にて返り咲くことを願った。
幸か不幸か、梟は汐径と共同で東錬に攻め込んだ。
これにより東錬の敵意が梟国に向くことになれば、軍事的な関係を築いている辛国も動く可能性が高い。これまであった梟と辛の友好関係は、董猪たちが壊してしまった。余程のことがない限り、この修復は難しいだろう。
東錬が梟を攻め、辛も呼応したとき、董猪は自身の存在が二国の大義となり、また董彬を支持していた者たちの求心力となると踏んだ。
その結果、二国の後ろ盾を受けることで、親東錬派の王として復権できるのではないかという期待があった。
無論、これらは希望的観測であるが、董猪たちからすれば。
──董本が他国を味方に付けたように・・
という、無視できぬ成功例があるため、自分たちもと思うのは無理からぬ話であった。
──!
進行方向に複数の人影を見つけ、一行は足を止めた。
「確認してきます」
一人が言って慎重に近づいて行った。
仲間が接触したようで、何かやり取りしているのはわかった。
しばらくして戻ってくるのが見えたが、ひどく遅く感じ、董猪は自分から近付いて行きたいほどで、苛立った。
「さっさと戻れ!」
董猪の不機嫌の言葉に、側近たちは互いに目で語り。仲間が戻ってきたタイミングで。
「皆が待っているのだから、戻るときは素早く動け」
年長の者が、董猪が何か言う前に先に叱責をした。
「すみません。お待たせしました」
「で、どうだったのだ?」
側近の機転が功を奏したのか、董猪は内容だけを求めた。
「はい。我等に味方して下さる貴族の家人で間違いありません」
「おおっ──。では、待たせては悪い。急いでいくぞ!」
董猪は喜色を見せ、小走りのような足取りで進みだし、側近たちは慌てて後を追った。
「ここを下った所に護衛を待たせてあります。そこで馬車にお乗りいただく予定です」
「それは助かる」
使いの者の言葉に董猪は鷹揚に返した。
山を下りると二乗の馬車があった。割と立派な物で、それを囲むように二十人ほどの護衛が付いている。
──存外、力のある貴族のようだ。
たまたま伝手があっただけの相手だが、董猪は当たりを引いたような、幸先の良さを感じて笑みがこぼれた。
董猪たちはそれぞれ三、四で馬車に乗った。
ここまでの移動の疲れがあったのか、馬車の具合が良かったのか、彼らはうとうとと眠りに就いて移動した。
「到着しました──」
声が掛かり、馬車の扉が開けられた。
董猪は眠気を飛ばし、挨拶の文言を考えながら馬車を降りた。
「なっ──!?」
董猪は全身から汗が噴き出るのを感じた。
彼は貴族の屋敷に案内されたはずであった。しかし実際、目の前にあるのは、自分たちを囲むように数十人の兵が展開している光景だった。
一言すれば、罠だったということだ。
辛国は、梟国からの婉曲のメッセージにより、董猪が逃げてくる事を察していた。よって、董猪が伝手にしようとする貴族を押さえ、その動向を把握した。迎えに来た家人から芝居で、端から軍の施設に董猪たちを連れてくる仕掛けだったのだ。
董猪たちは為す術なく捕らえられた。
時を同じくして、三盆の街近くに展開していた辛国軍は白旗を揚げ、戦闘の意思のないことを示した。
梟国軍はそれを確認すると、同じく白旗を揚げ、ゆっくりと帰国の途についた。
董猪は必至に自らの立場を訴えた。
自分がいれば東錬と共に梟国を攻める大義が生まれる。梟国の董彬派たちを味方に付けることもできる。もし自分が梟国の王となれば、辛国、東錬国にとって有益な国家となろう。
しかるに彼の言葉は何の賛同も得ることはなかった。
それどころか──。
「フフッ──、内輪で争っていた方だけあって、世の動きが見えておりませんね」
董猪の話を聞いた尋問官の女は、そう嗤った。
──?
「もう、そのような段階ではないのです。梟国は新王、董本の下、完全にまとまりました」
──!
「全ては、当百の魔女の謀。貴方は何も知らないようなので、説明して差し上げます」
尋問官はそう言って、董本の梟、辛から汐径への亡命。東錬攻めに託けた假道の計からの董彬討伐。共同軍での東錬戦。そして梟の都での戦いと、董猪の敗走。これら全てが汐径軍の鮑謖少佐の計略によって為されたと語った。
「馬鹿なっ!」
董猪は憤慨の音で言った。
「ええ、本当に馬鹿みたいですね。自分がワザと逃がされたとも知らずに。貴方は、辛国の軍人たちの恨みを一身に受けるために、当百の魔女によって生け贄にされたのです」
──!!
「東錬と組んでと仰ってましたが、この手打ちは魔女の仕込みですよ。東錬がどう動くかはわかりませんが、我が国が梟国に攻めることは、まずありえません。相手は軍神かくやの知謀です。我々としても、彼女を敵に回すのは避けたいですから」
尋問官の女は滔々と言葉にした。
「・・・・・・」
長い沈黙の時間が訪れた。
尋問官は、もう話すことも聞くこともないのか黙ったままだった。
董猪はずっと下を向いていたが。
「私は──、どうなる?」
ひり出すようにして聞いた。
「さぁ──?」
女はそう答えたのみで、時間が来たら立ち去った。
軍の施設の広場だろうか、そこに大きな台が設置された。台の上には柱のような棒がそびえ立っている。
董猪はそこに連れてこられると、多くの衆目の中、柱の前に立たされ、括り付けるように固定された。
──何をされるのか?
おぞましい想像を董猪は禁じ得なかったが、実際は何も起きなかった。
しばらくすると、見ていた人間も何処かへ行き、遠くに見張りの兵が何人かいるだけになった。そして、そのまま夜が来た──。
董彬の親衛隊、そして董猪の側近だった者の証言で、梟国で起きたクーデターは董彬による簒奪計画であったと判明した。
王族殺しから、董本の襲撃、果ては董彬の三男、董捷殺害の事実も明るみになった。
この董彬一派による政変から辛国侵攻、そして汐径軍による董彬の排除から、都での市街地戦までは『董公の乱』と呼ばれるようになり、辛国侵攻軍の撤退を以て終焉とされた。
董公の乱、最後の関係者だった董猪は辛国にて捕らえられ、梟、辛、二国を混乱せしめた罪として柱に磔られ、十数日後に死んだとされた。
しかし、その躯は鳥がついばみ、虫が湧いても放置されたままだった──。




