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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第86話 看過の魔女(後半)

 董猪(トウチョ)に、地方軍を戦わせる気はない。

 いくら父、董彬(トウヒン)のことを支持しているからといって、自国の軍、友軍同士の戦いをするとなれば、兵たちの心が離れる(おそれ)があるからだ。

 それでも地方軍の兵を動かしたのは、あくまで陽動のためだ。


──董本(トウホン)さえ倒してしまえば、正当性はどうとでもなる。

 董猪は思う。

『父と弟たちを殺し、強引に玉座に就いた』とすれば、地方軍人たちの支持も集まるだろう。

 だからこそ、彼らの手は汚してはいけない。血に濡れた者が支持しても、それは己が所行を正当化する、一種の罪悪感のなせる技と思われかねない。それは、彼ら以外の支持を失うことにもつながる。

 加えて、自らが率先してという絵を作りたい思惑もあった。それは人々に亡き董彬の姿を想起させ、董猪に重ねて見るようにさせるはずだ。


 現在、後継候補と言えるほどの者は他にいないが、王の血筋だけなら董猪よりも近い者も存在する。董本を承認した議員などが、それらを擁立する可能性もあり、後々のことも考えて董猪としては盤石な支持層を確保したかった。


 断案、董猪は自分の側近と、親衛隊の中でも極めて中枢的な役割を果たしていた者ら、合わせて六十名を選抜し実行部隊とした。




「時間です」

「よし、行くぞ」

 側近の言葉に董猪は静かに返した。それで董猪を含む六名は隠れ家を出た。その()で立ちは、軍装を隠すように外套(がいとう)を羽織り、頭には何も被ってはいない。

 董猪らは既に(キョウ)の都、その市街にいたのだ。

 少数で街の各地に(ひそ)み、刻限にあわせて王宮を目指す──。

 元は、クーデターを起こす際の作戦案の一つだったものだ。実際は、まとまった一団での奇襲作戦が採用されたが、この案もギリギリまで有力候補であった。

 それを流用して今回、陽動の軍勢との合わせ技で行われることとなった。



 董猪たちはスタスタと早歩きで進んでいる。すると──。

「前方から兵と(おぼ)しき集団です。十人ほどです」

 遠いが、側近が気付いて言った。

──釣られなかった分か。

 王宮に()って戦うことを選んだのなら、こんな所に兵がいるはずがない。陽動自体は成功しているだろう。一部を治安維持に割り振ったのだと判断した。

「道を変える」

 董猪は言って、彼らは脇道にそれた。

「念のために火種を確認しておけ」

 重ねて言う。


 陽動が失敗した次善の策として、市街に火を放つ計画もある。親衛隊といえども、基本の装備は一般のそれと変わらない。火事の混乱に乗ずれば、守兵にまぎれて王宮に潜入できる目算があった。


──十全とはいかぬか・・

 思った董猪だが。

──流石に緊張しているようだ。

 不完全を気にしてしまう己を見つめて、そう自己分析する。

──兵はいても相手は子供だ。いざとなれば強行突破すればいい・・

 董猪は武芸に自信がある。雑兵相手なら十人力と言っても過言でないだろう。その自身の強みを根拠とし、これまで何度も反芻(はんすう)したことを、あらためて考え、気持ちを落ち着かせた。



「董猪殿。また兵です」

 今度は先程よりも近い。董猪にもはっきりと見てとれた。

──!?

「あれは汐径兵か?」

 董本は汐径軍と共に梟に戻って来たという。その関係で残った者らがいるのかと想像した。

「一旦()れるぞ」

 董猪はまた道を変えたが、そこには別班の親衛隊がいた。

「董猪殿。あちこちに汐径兵がいます」

 彼らも兵の姿に道を変え、結果として董猪と合流する形になってしまったのだ。

──いっそ外套を脱いで巡回の(てい)で堂々と行くか。

 思うが。

──いや、被り物がないのが怪しまれるか・・

 それに任務なら、槍を持っていないのもおかしいとなる。

「他の者らも立ち往生しているかと思われます」

 言われ、董猪は一種の諦念をもった。

「仕方ない──、火を放つ。それで注意が向いたところをすり抜ける」

 その下知に、側近たちは素早く動いた。





 どこぞで火の手が上がったようだ。そしてそれに呼応するように、数カ所で同じように煙が上がった。

「どう思う?」

「意図的なものだろうな」

「ならどうする?」

 楊休(ヨウキュウ)の問いに仞操は考えるまでもなく。

「どうもせんさ」

 と、答えた。

 これに楊休は少し考え。

「誘導には乗らないってことね」

「ああ。だが、素直な奴もいるから、実際の火の現場はそいつらに任せればいい。俺たちは俺たちで、自分の仕事をするだけだ。仕掛けた以上、何か動きがあるだろう」

 これに楊休は頷いた。


 仞操たちは脇道に入り、往来の様子を(うかが)った。





「火事です!」

 兵が指さす。

──えぇ・・ 勘弁してほしいな。

 鮑謖は困惑した。

 仕事を回避しようとして治安維持を名目に街に出てみれば、本当に事件が起きている様子。これでは文字通り火中の栗を拾いに行くようなもので、話があべこべである。

 鮑謖にとって思わしくない展開だが、さりとて無視するわけにもゆかない。建て前でも、体裁(ていさい)でも、自分から治安云々(うんぬん)言ってしまったのだ。

──変に当たりを引いちゃったけど、仕方がない。

 鮑謖は諦観を以て。

「急ごう!」

 言うや否や、皆を置き去りにする走り出しを見せ、兵たちは慌てて後を追った。

 街の人々は、疾走する鮑謖に驚き、後に続く兵の姿を見て道をあけた。その動きは自然と伝播(でんぱ)し、鮑謖たちの進路を(さえぎ)る者はいなくなった。


 鮑謖が現場に着くと、火が建物の外壁の一枚に燃え広がろうとしていた。

「悪いけど壊すよ!」

 逃げ出した家人と思しき者に言う。

 鮑謖は返事を待たずに屋内に入ると、ここぞという場所に千鈞(せんきん)の杖を細い方から突き、壁を貫いた。そしてすぐさま外に回り、突き出た杖を掴んで強引に()いた。


 バキッ──、ゴキッ──、ガタッ!!


 派手な音が鳴り響き、壁面は柱もろとも傾き倒れ、鮑謖は寸前にサッと脱出した。

 埃が舞う中、追いついた兵たちが残った壁面を壊し外し、倒れた壁も水を掛けて消火し、これ以上の炎上を防いだ。


 この事態に見物人たちは、拍手を以て鮑謖たちを称えた。





 汐径の兵たちが火に反応して動いたようだ。

「今のうちだ」

 董猪たちは王宮へと駆け足で向かう。多少目立つが、街全体もやや混乱状態のため、さほど気にする者はいない。

 親衛隊たちは次々に合流し六十の一団となった。

「もう外套は必要ない。このまま火急の用として押し入る」

 董猪が言った矢先だった。


 前方に汐径兵二十が立ちはだかった。

「打ち倒す。三人ひと組だ」

 敵兵一人を三人で対処するという意味だ。

「掛かれ!!」

 言った董猪も、自身の剣を抜いた。


 眼前には向こうの指揮者と思しき男。同じく剣を抜いた。

──時間はかけられん。

 第一感、手強いと判断した董猪は。

「先に斬り込め」

 側近に言う。相手が側近の攻撃に対処している間に仕留めようと考えたのだ。

「はァッ!」

 側近が気合いと共に打ち掛かるが、スッと間合いを詰め、先手を取ったのは相手だった。体を両断するかのような強烈な振り下ろしが側近に迫る。

 側近はすんでのところで、その一撃を回避し、即座に攻撃に転じようとした。が、敵は振り下ろした勢いそのままに更に踏み込み、剣を大きく一回転して二撃目を放った。まさに剛剣というに相応しい猛撃で、側近は剣刃を身に受けた。

──ここだぁ!

 それでも隙は生じた。董猪はすかさず剣を突き出す。


 ギンッ──!


 しかし敵は腰を深く落とし、斬り上げの形で防御した。

 そして今度はその低い体勢のまま、()り足のように前に出て董猪の腕を斬りに来て、これには後ろに飛び退いて(かわ)すしかなかった。

──想定外だ・・

 己を十人力と勘定していた董猪だが、目の前の敵はそれ以上の実力者に思える。いや、この指揮者の男だけではない。三分の一の相手を、味方は突破できずにいる。


「横から新手です」

 言った者が。


 ケンッ──!


 弓矢を首に受けた。

「董猪殿。作戦は失敗です。退避しましょう」

 側近の言葉に、董猪は黙って後ろに下がった・・


 そして戦い続ける親衛隊を残し、数名の供と反対方向に走り出した。





「ほっ──」

 鮑謖は道端に腰掛け、お茶をいただき一息ついていた。火事の近隣の人が用意してくれたもので、お菓子もと言われたが、そこは彼女の信条に基づき固辞した。


 なんでこんな所でくつろいでいるのかというと──。


 壁にぶっ刺した千鈞の杖は、壁と倒れ、その勢いで地面にも刺さった。引っ張りだそうとしたが、熱か、それとも水を掛けたせいかわからぬが、建材が噛み合って上手く抜けない事態となっていた。

 しょうがないので兵には、斧か何かを調達するよう命じて、他の火事の現場にも応援に行かせていた。

 そんなこんなで、鮑謖はやる事もなく、お茶を飲んでまったりしていたのだ。


 (もっと)も、何気に(さか)しい鮑謖は。

「火は消えたように見えても、ぶり返すことがあるからね。見張っておくよ」

 それらしい理由も用意していた。



──あれ? 今、誰もいないから、こっそりお菓子もらってもいいかな・・

 鮑謖が、マイルールに抜け道を作ろうとしていたとき。

「どけっ!」

 通行人を押しのけるように駆ける数人の兵士が、鮑謖の視界を横切った。

──敗走か。

 負傷していた訳でなかったが、気配としてそれを感じた。不穏さはあり、董本の敵対勢力の可能性も考えたが。

──杖ないしな・・

 戦闘になったときの立ち回りに難しさを感じてスルーすることにした。街中では石を投げるわけにもいかない。

「うん。不可抗力だね」

 これまたしょうがないと鮑謖は納得を持った。





 三方からの攻撃で、五十超の武装集団は、ほぼ壊滅した。しかし、成嬰が戦った隊長格の男は、いつの間にか消えていた。

「仞操! ここを任せる」

「了解!」

 返事を聞くと成嬰は、五人を連れて敵が逃げたと思われる方向に駆けた。

──あれは董猪だろう。

 成嬰は知らぬが、知らずとも、その答えに至った。


 討ち損じたとまでは思わない。相手も手練(てだ)れだった。(こだわ)り過ぎれば、味方のフォローが出来なかったであろう。

 指揮者として上手くやったと思う。それでも悔恨を感じるのは、それだけ相手が大物だからだ。正直、惜しい気持ちがある。



 焦げた匂いがしてきた。

──こっちも火を付けられたか。

 駆ける成嬰の視界のすみ、見慣れた人影が座っている。

「少佐! こちらでしたか──」

 成嬰は立ち止まり声を掛ける。

「うん。そこが燃えてね。大変だったよ」

 鮑謖が指さした方には壁のなくなった建物がある。

──どうやったんだか・・

 想像の及ばない絵面(えづら)に戸惑いを感じたが、それより今は重要なことがある。

「少佐。こちらに董猪か、それに(くみ)する者らが来ませんでしたか?」

「うん。来たよ。でも、もう逃げた──」

 成嬰の質問に、鮑謖は遠く過ぎ去った過去の如く答えた。


──!?


 成嬰は数秒の硬直のあと。

「わかりました。ところで、ここで手伝うことはありますか?」

「いや、ないよ。もう動いてもらってるから」

「了解です。自分は全隊の指揮に戻ります」

「うん。たのんだよ」

 やり取りの後、成嬰たちは来た道を戻った。



 道すがら、(いぶか)しんだ兵が聞く。

「追わなくてよかったんですか?」

 これに成嬰は。

「いいさ。隊長がワザと逃がしたんだからな──」

「どういうことです?」

 兵の問いに。

「さぁ、俺にもわからん。あとで皆で考えようぜ!」

 言って、成嬰は笑った。

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