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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第85話 看過の魔女(前半)

 都の東に、董猪(トウチョ)の手勢と(おぼ)しき三百の軍が展開していた。

「親衛隊の他は、地方軍の兵と思われます」

董彬(トウヒン)の影響力は、それほど大きかったか」

 報告を聞いた乍洪(サコウ)は、そう言葉にした。落ち着いた声色に聞こえたが、内心は(ほぞ)を噛む思いだった。



 准将として復職した乍洪は、まっさきに中央軍から董彬の影響力を取り除いた。董本(トウホン)に弓引くとまでは思うまいが、何らかの工作に利用される懸念もあったからだ。

 また、東錬戦に行った千軍が戻ってくるまでに、雛形(ひながた)を作り上げたかったのもある。千軍が戻って来たら、それを当てはめて完全に新体制として中央軍を稼働させるつもりだった。さすれば、董彬の影響力を強く受けた、辛国侵攻軍の二千が帰還しても、古い色を払拭できると考えた。


 詰まるところ、乍洪の目は、中央軍と董公爵家の周辺に向いており、地方軍に関する事は後回しにされた感があった。

 乍洪も、地方軍の董彬に対する支持が高いことは知っていたが、董彬亡き今、兵を動かすような事態にはなるまいと侮っていた。



 最早こうなると、反逆や、内戦といった話になるが。

百栽(ヒャクサイ)殿が言っていた事が、大義になったな」

 董彬親子を董本が殺害したという疑いは、兵を動かす理由になり得てしまう。たとえ嘘や、言い掛かりの類いであってもだ。董彬の支持者たちには、とりわけ刺さる話となろう。

「准将。斥候(せっこう)が戻りました。南北西、いずれも軍勢の姿は確認できぬとのことです」

「わかった──」

 警戒すべきは、これが陽動の可能性だ。相手をしている間に、別働隊が動いて董本が襲撃されるといった事態は避けなければならない。


──守るか、攻めるか・・

 乍洪は判断に迷う。

 向こうの狙いが董本なら王宮に()って守勢をとることも出来るが。

──印象が悪い。

 都の民は昨年の政変を経験している。あのときは奇襲からの市街地戦となり、その後、王宮が占拠される事態になったが、市井(しせい)にもそれなりの被害が出た。

 普通に考えて仕掛けた方に責があるだろうが、人の感情はそれほど物分かりが良くはない。王宮のせいで、王のせいでという牽強付会(けんきょうふかい)を呼び起こし、要らぬ怨憎(おんぞう)を生み出しかねない。

 今、董本が即位し、国が再スタートを切ろうというときに、その足下に内憂を(かか)えているのは(よろ)しくない。まして、好戦的とも言える東錬と矛を交えたところである。以前は、彼らの意識が汐径に集中していたが、今後は此方にも目を向けてくるだろう。

──火種は無いに越したことはない。


「野戦で片を付ける」

 乍洪は決断した。

「兵力は?」

「五百を出す」

「ほぼ残存全てになりますが──」

「構わん」

 乍洪は言い切る。

 組織として影響は排除したが、兵ひとりひとりの心持ちまでは計り知れない。彼らの中に、董猪に呼応しようとする者がいるかも知れない。下手に数を残すのは危険と判断した。

「念のために、汐径の百軍に協力を要請してはどうでしょうか?」

 部下が具申するが。

──!

「今、連中は何処にいる!」

「え? か、確認します」

 乍洪の強い問いに部下が慌てて動く。

「准将。汐径軍がどうかされましたか?」

 別の部下が、このやり取りを(いぶか)しんで聞く。

「連中が滞在する目的が、董猪に対するものだったのなら、もう動いたのではと思ったまでよ」

 乍洪は少し苦々しい気持ちで言った。

 董彬を討ったのは汐径軍の鮑謖隊だ。本来なら自分たちが片を付けるべき話、という思いが乍洪にはあった。今ふたたび、董猪との戦いまで彼らに持って行かれるのではという予感が、乍洪に焦燥を与えた。


「准将。汐径軍は治安維持に行くと言って街に向かったようです」

「なに!?」


──どういうことだ?

──当百の魔女は董猪を警戒して都にとどまったのではないのか?

──だとすれば、街に何かあるのか?


 乍洪は鮑謖の意図を考えようとしたが。

「有事に便乗しようとする不埒(ふらち)者もおります。彼らが対応してくれるのなら、丁度良いのではありませんか?」

 そのような意見が出て、また三百軍への対処も迫っていたのもあって、乍洪は思考を中断した。

 (もっと)もそこには、ある種の安心感・・

──今度は為すべきことを取られずに済む。

 という思いもあったかも知れない。


 とまれ──。乍洪は兵五百を率いて出陣した。





 何か慌ただしくなったと思ったら。

「隊長。東に三百ほどの軍勢があらわれたそうです」

 (キョウ)軍の者とも仲良くなった兵が情報を仕入れてきた。

「えーと。ここの兵力ってどれ位だっけ?」

「五百ほどです」

 ここで鮑謖は考えた。


──三百と五百なら、まず勝てるでしょ。

──でも、ここにいたら参戦しないといけない雰囲気になりそう。

──よし。仕事を押しつけられる前に動いてしまおう。


 鮑謖は成嬰を呼ぶと。

「街の治安悪化を防止するため巡回を行う」

 それっぽい命令を出した。



 ここで、ここしばらくの鮑謖について整理する。

 鮑謖としては、董彬を討った戦いで、もう十分仕事はしたという認識だった。麾下(きか)の歩兵が包囲されそうになったのもあるが、今回は人一倍頑張ったつもりだ。たぶん三十人ぐらい敵兵も倒している。

 だから、これ以上はオーバーワークだと判断した。

 ややこしい話になりそうな会談後の説明もスルーし、董本の護衛という(てい)で梟の都までやって来て、事態を見守るとして東錬戦への参加も拒否した。


『それって軍人としてどうなの?』という問題もあるが、そこは奇人の頭である。斯様(かよう)な者に、独立した権限など与えた方の問題かも知れない。


 ともあれ。この行動は周囲に深い(はかりごと)の印象を与えた。


 兵糧はなかったが、恵んでもらうのも変に恨まれそうで断った。食い物に関してはフェアでなければならないのが鮑謖の信条だ。

 ならば購入のため、金子(きんす)を得ようと手持ちの乾物を売りに行った。

──買ったときよりは高くなるでしょ。

 地域による希少性で、それなりの期待をもっていたら。

──えっ!? 十倍?

 思いがけず高額な取引になってしまった──。流石に大金を持ち歩くのも(はばか)られたため、物物交換を打診したら手形を渡され、食料を購入できる店を紹介された。


 ちなみに、このとき売り渡した(あわび)と貝柱が、届いた先で、何だか特殊な解釈をされることになったが。言わずもがな、鮑謖のあずかり知るところでは全くない。


 食料を確保し、憂慮する事もなくなった鮑謖は、連日休息日とした。兵にも、隊を維持する仕事以外は自由にさせた。

 無論、一部の隊員が推測した『地理の把握』など、塵ほどにも考えていなかった。



 そしてまたぞろ誤解と偶然の歯車が噛み合い、不思議なトルクが発生する。





(後半へ続く──)

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