第84話 魔女の目
「それで董猪殿の行方は、どうなりましたか?」
「依然、掴めておりません」
董本の問いに、乍洪は首を振るようにして答えた。
「しかし、あらためて奇っ怪なことと言えましょう。三兄弟の内、二人が既に死んでいるというのは。もしかすると、董猪は、董本様が二人を殺めたと考えているやも知れませんぞ」
百栽が言った。
三男、董捷の死に、次男の董計が関与しているとし、当初は捕らえるだけだったらしいが、董彬は董計を斬った。
容易には信じられぬ話であるが、当の董彬は、汐径軍との戦いで死亡している。
事実がどうであれ傍目からなら、勝った形になる董本側が、董彬もろとも董計を始末したようにも見えなくはない。
また、董捷の死の現場には、汐径兵の軍装を身に付けた死体があったともされる。
これらを踏まえると、百栽の指摘にも筋は通った。
「それを言えば、董本様を襲撃したのが董彬という話ではなかったですか? 更に溯って、政変さえもという話もありました。なんだか勝手な話に聞こえます」
高勉が言う。
彼女は、あまり意見などを言わないタイプの人間であったが、董彬との戦い以降、ちょくちょく言葉を発するようになった。それを董本や百栽は、遊撃隊の軍曹、崔弱に感化されたからではないかと見ていた。
「そちらの方の調べはどうなりましたか?」
董本が再び問う。
「公爵家の人間の身柄は押さえて、取り調べも行われております。政変の方はまだわかりませんが、襲撃に関する証言は出ている模様です」
乍洪は現時点の情報を伝えた。
「そうですか──」
董本は、特に色のない声でいった。
「董猪か、その側近であれば、より深く事情を知るものと思われます」
「はい──。引き続き、捜索の方をお願いします」
「はっ。全力を尽くします」
乍洪は董本に力強く応えた。
「ときに乍洪殿。当百の魔女の一団はどうしておりますかの?」
百栽が鮑謖隊について話を振った。
「はぁ・・それが何といいますか、ここ数日は遊んでいるようでして・・」
乍洪は困惑の表情で言う。
「交代で馬を食ませるために外に行く者以外は、街に観光に行ったり、幕舎を張った場所で寝そべっていたり、玉遊びみたいな事もしておりました」
自身の口から出たことに納得がいかないのか、乍洪は語りながら首を傾げるようにした。
「これまた奇っ怪な。糧食の提供を断ったと聞きましたが」
「はい──。しかしそれも、いつの間にか大量の米を買い付けてきて、野菜なども日々街へ買いに行ってるようなのです」
「どこにそんな金子が?」
「私も不審に思い調べたところ。支払いは都内の豪商が出した手形で行っているとのことでした」
「なんと!?」
これには百栽も驚き、そして考えるようにした。
「百栽殿。私は今、魔女が独自の情報網を持つ話を思い出しました」
高勉が汐径国で知った話を言う。
「ああ。私も同じことを思った。そして全て合点がいった。魔女の目は、ずっと前から梟国の市井にあったのだろう。だからこそ、董本様が逃げる事になったのも知り得た。同じように辛国にも目を持っていて、董本様を逃がすためにメッセージを送った」
百栽は話ながらも身震いをしていた。
「お待ち下さい。それでは豪商は魔女の手の者ということですか?」
乍洪は戸惑いながら聞く。
「そういう事ではないです。おそらく商取引という形で付き合いがあったのかと。かの魔女は、汐径の森で、高級珍味となるキノコを採集しておりました。それこそ一般兵の食事に使う程たくさんに。文字通り、売るほどあったと思われ、その関連で情報を得ていたのではないですかな」
百栽は己が見立てを語った。
「に──、にわかには信じられませんな・・」
乍洪は憤りに似た音で返した。
それはそうであろう。およそ個人で為し得る話ではない──。
さはさりながら。此度の董本の亡命からの、假道の計、更に同盟での共闘。
現実問題、梟、辛、汐径、そして東錬。この四ヵ国の動向を把握せずして、一連のシナリオを書くことなど出来ようはずがない。
この絵図を描いたと考えられる人物こそ、当百の魔女、鮑謖少佐だ。
これは逆説的に、鮑謖が全てを知り得る状態にあったと判断することができる。
あらためて。
──魔女が梟にとどまる理由とは何か?
鮑謖の真意はわからない。兵たちの行動についても理解が及ばない。ただ、現状から想像出来る不穏な話としては。
──董猪が何らかの軍事行動を取る。
その可能性はあった。
「准将殿。逃げた親衛隊の行方もわからぬのではありませんでしたか?」
高勉の言葉に。
「はい。何人かは投降し、現在は百数十かと思いますが──。確かに、魔女が警戒するとすれば可能性は高いでしょう」
鮑謖の滞在と関連づけて、親衛隊と董猪の合流を考えた。
「そちらの方も、注意をお願いします」
董本が言い。
「はっ。万全を期す所存です」
乍洪は今度は神妙に応えた。
楽正微は王城の門をくぐった。
彼は貴族の子息であるが、だからといって王城など、おいそれと訪れたりしない。今日は屋敷にいたところ、父から急ぎ城に来るよう使いが来た。
──汐径か、梟国か。
この時勢で自分が呼ばれるとしたら、その二つに関することであろうと楽正微は考えた。尤も、彼が伝えるべき話は、既に父に話してあることから、念のための確認か何かだろうと想像した。
案内された部屋に着くと父、楽正栄の他、数人の文官風の者がいた。
「息子の楽正微です。董本様に付いて汐径に行っておりました」
楽正栄が他の者に、楽正微を紹介した。
「早速だが、お前が会った当百の魔女、鮑謖少佐について皆に話してはくれまいか」
父は、息子にそう言った。
楽正微は戸惑いながらも、国境での邂逅から砦での様子、王都での欠圓侯爵を始めとする貴族とのやりとりなど、彼が見て、聞いた全てを話した。
語りながらも楽正微は。
──とりとめもないな。
我ながら思った。
実際、ただ見聞きしたものを喋ってるだけだ。鮑謖本人ときちんと会話した訳でもない。彼女の事について話しているが、本当のところ、よくわからず何も知らないのだ。
話を聞いた楽正栄たちは互いに頷き合っていた。
用向きを終えた楽正微は部屋の外で待っていた。
しばらくのち、楽正栄が出てきて一緒に帰ることとなったので。
「父上。私の話は、何か役に立ったのでしょうか?」
父に問うた。
「ああ。実は董本様が王位に就き、予定通り、講和の使者が来たのだが──」
「上手くいったのですね」
「ああ。それ自体は問題ないが、その使者が持ってきた土産を気にしている方々がいてな。それで話をという事になったのだ」
──?
楽正栄の説明は、要領を得なかった。
「土産とは何だったのですか?」
それがわかれば、はっきりするだろうと楽正微は思った。
「干した鮑と貝柱だ。梟国の工芸品の箱に入ったな」
──!
「それは、汐径産の品ということ事でしょうか?」
「おそらくな。何でも鮑の干し方に違いがあるらしく、それで産地がわかるらしい」
「はぁ──」
土産はわかった。汐径とも関係してるのもわかった。
さりとて。それと自分が呼ばれ話をしたのと、どう関わるのか楽正微には理解できかねた。
楽正栄は困惑する息子に。
「だが、気にしてるのはそこではない──。梟国の立派な箱。それだけも土産になりそうな物だが、蓋を開けてみると、中から汐径の品だ。そこに意味深を感じているのさ」
──!?
「まさか──。鮑とは、鮑謖少佐を指していると?」
「そのまさかだ。表面上梟国でも、その実、汐径の魔女が中に潜んでいると考えているのだ」
「ああ。それで百栽先生の見立ての話になるのですね」
「そうだ」
楽正微は百栽の推測として、道を借りて董彬を倒す計画は、全て鮑謖の謀ではないかという話を語っていた。
「そして貝柱だが、これは『穂立て』ではないかという話になってな。鮑とあわせて『鮑謖少佐が穂立てを為す』という意味じゃないかとなったのさ」
楽正栄の言を捕捉する。
『穂立て』とは、風の力で籾と塵を分ける工程を指す。軽い塵は風が吹けば遠くに飛んでしまう。そこからゴミを取る、ゴミを余所にやる。という解釈が生じた。
「貴族の婉曲ですか──。難しいですね」
楽正微は頭を掻くようにして言った。
「ああ。しかし使者の話では、鮑謖少佐は今も梟の都にとどまっているらしい。そこに、お前の語った先生の見立てが加わった。皆の臆測は確信に変わったよ」
「つまり、どういうことになるのでしょうか?」
楽正微は理解が及ばず、手を頭にやったまま聞いた。
「近々鮑謖少佐によって、梟国の塵、董彬一派の残党が排除される。そしてその際、彼らが辛国に逃れてくる可能性が高い。その飛ばされたゴミを、我が国で始末する」
──!!
父の言葉に、楽正微は背筋が凍った。
辛国との戦端を開いたのは董彬一派だ。その彼らに辛がトドメを刺すというは、奇襲で死んでいった者たちへのカタキ討ちであり、辛国の溜飲を下げる行為でもある。
それが梟国側から、ほのめかされるというのは──。
早い話。煮るなり焼くなり好きにできる生け贄、噛ませ犬、サンドバッグ、それらの提供という意味で、贖罪の身代わり、スケープゴートの類いといえた。
無論、斯様な内容を提示するのは外交としても憚られるだろう。それゆえの婉曲、文書に残らぬメッセージ、間接の意思表示という事になる。
「もしやなのですが──。鮑と貝柱を梟国に持ち込んだのも、鮑謖少佐なのでは?」
「だろうな、という結論になった・・」
楽正栄は息子の問いに、首を振るようにして答えた。
これが確かなら、鮑謖は董彬を討つことを考えた時点で、最後は辛国を巻き込む算段だったということになりはしないだろうか──。
「これが百手を読む軍略ですか・・」
楽正微はつぶやきながら。
──『手負いの従者』
初めて鮑謖に会い、指さされたときを思い出した。
あのときの視線が、何故だか急に怖くなった。




