第83話 東錬報復戦(後半)
思ったより健闘していた──。
鵡望の見立てでは、そろそろ守りを固めて下がる頃合いだったが、現実は開戦直後とまではゆかずとも、まだ十分互角と言える戦いをしていた。
「右翼の動きが良いな」
「騎馬隊が奮戦しているようです。効果的に敵を切り崩し、歩兵も上手く乗じています。右の勢いに東錬軍全体の動きも悪くなっているのかも知れません」
鵡望の呟きのような言葉を拾い、側近が応えた。
「心胆のありように違いが出たかもな」
鵡望は考える。
汐径軍は不利を押して戦っている。そこには逆転の仕掛けへの期待が、同時に希望にもなって、彼らの胆力を保つ働きをしているのだろう。
一方、東錬軍は倍以上の大差から、正面からの戦いに侮りを持ったのだろう。ひょっともしたら、何かを警戒していたのかも知れないが、その分、眼前の戦いを軽視した。
──これで先行隊が攻め掛ければ・・
思いがけず大勝の予感を持ったが。
「全軍に通達。守りを固め、徐々に後退せよ」
鵡望は予定通りの指示を出した。
元より無理をしているのだ。今の健闘がいつまでも続くと思うのは軽率だと判断した。
「それに相手も戦いを変えてくるだろう」
上手く回っていないときは、往往にして変化を求める。相手のタイミングでやられれば、こちらが慌てることになる可能性もある。
「だから、切っ掛けはこっちが作る」
変化を誘えば、変化に動ずることもない。
鵡望は好調に慢心せず、慎重な駆け引きを選択した。
汐径軍の後退にあわせて、東錬軍は更に広がる格好をとった。側面から背後を窺おうという腹積もりと見られた。
こうなると騎馬隊の仕事は、東錬軍の動きを妨害する形になる。
先程とは違い後手を取る感じで、やりにくさを禁じ得ないが、熊任は。
「前と一緒だ! 経験ならこっちが上だ!」
そう嘯いて、味方を鼓舞した。
無論、隊員全てが前回の東錬戦を経験したわけでもないが、仲間が、とりわけ隊長がそうであるという事実は、不安の払拭に十分だった。
が、言葉とは裏腹に熊任は。
──馬がキツそうだ・・
都度、休息を取ってはいるが、無理をさせているツケの気配を感じていた。
「左翼、潰れる馬が出始めた模様です」
鵡望の元に報告が入る。
「そう上手くいかんか」
こちらは想定より早く綻びが出てきた。ここまで順調だっただけに残念ではあったが、やはり後退に転じていて正解だったと思うことにした。
「騎馬はこれ以上無理をするな。歩兵には気合いを入れさせろ! ここからは我慢比べだと心得よ!」
鵡望は檄を発した。
最後のひと言は彼自身にも向けられた言葉だった。
「当百の魔女の仕掛けがある! もうひと踏ん張りだ! 耐え抜け!」
指揮者たちは兵にそう声を張る。
ハッタリだが嘘でもない。虚実が綯い交ぜになったそれは、いつしか励声を発する指揮者たちの心理にも、本当に魔女の仕掛けがあるような錯覚を思わせた。
そんなときだった──。
──来たか!
皆が思った。先行隊が敵の背後から攻撃を仕掛けたのだろう。東錬軍に動揺が走ったのがわかった。
──これで作戦は成った。
指揮者たちは思った。あとは敵が混乱してる間に距離を取って、そのまま退散という流れになるはずだ。しかし・・
──これは潰走ではないのか!?
東錬軍は混乱どころの騒ぎではなかった。大きく崩れ、行く先もわからなくなったと思しき孤立した部隊も散見された。
「伝令。東錬軍に対して追撃を掛けよ。但し、梟国軍は味方ゆえ注意せよ」
隊長たちの元には、急遽、斯様な下知が届いた。
──梟国軍!? 何が起きている?
予定外の事態に対する回答は、身近な所から寄せられた。
「魔女だ! 当百の魔女が大軍を連れてきた!」
兵たちが声を上げている。
指揮者たちは、その言葉を抵抗なく追認した。
──いったいどうやって?
梟軍の存在に熊任も疑問を持ったが、今はそれを考えるときではない。崩れた敵を叩く絶好の機会なのだ。
さはさりながら。
──あと、ひと駆けか。
馬の体力はもう限界に達している。あと一度の疾駆で馬は速力を失うと思われた。
──なら、見極めなきゃね。力の出し時を!
熊任は目の前の敵は味方に任せ、自分たちは、一歩引いた状態で戦場を俯瞰しようとした。部下たちも逸る気持ちがあったが、隊長の意思を汲み、静かに状況を見守った。
乱れた戦場の中、それを修正せんとする一団がいた。そこを起点として、東錬軍はまとまりを取り戻そうとしてるように見える。
「あれだ! あの中心を穿つ!」
熊任は言うと。
「アタシに続けぇ!!!」
大喝と共に馬腹を蹴った。
敵も熊任たちの動きに気付いた。彼らも、ここが立て直しの基盤となることをわかっている。やらせてなるものかと、守りの構えを取った。
熊任は二小隊ずつ左右に分け、自身は麾下十騎を率いて真っ正面に向かう。敵は二小隊の方が当たりが強いと見て左右を厚く構えた。
が、分かれた騎馬の小隊たちは寸前になって合流し、そのまま中央突破を仕掛けた。
東錬軍も急ぎそれを防ぎにいったが、その脇をすり抜けるように熊任の十騎が駆ける。彼女は六十騎を使い、敵の守りに隙を作り出したのだ。そのまま一団の中心に突っ込み、指揮者と思われる者に槍を伸ばした。
身を挺して守る者らがいて、討ち取ることこそ叶わなかったが、集団は崩れ、東錬軍の再起の芽は潰れた。
この熊任たちの突撃を境にして、敵軍は完全な逃げの流れとなった。
戦いの大勢は決した。元よりそのつもりが無いのもあるが、逃げる東錬軍に対して、汐径軍は追撃を早々に切り上げた。
鵡望は努めて泰然としていた。
指揮官の動揺は兵に伝播しかねない。ましてや大将ともなれば、腕を斬られようとも平然としてなくてはならないと、鵡望は考えていた。
まったく慮外な展開であったが、冷静に事態を把握し指示を出せたと自己分析した。
「大佐。孫能中佐が来られました」
部下の声に。
「わかった。お前たちは一旦外せ」
鵡望は言って、側近たちを少し遠ざけた。
「中佐。これはどういうことだ? 梟国で何が起きたのだ。説明してくれ」
開口一番、鵡望は孫能に問うた。
「はい──。実は、大掛かりな謀があったのです・・」
孫能はそう切り出した。
彼は、梟国の王位に関する秘密裏の計画と、その経緯と結果について鵡望に語った。
「なんと──!? そのような事がいつの間に」
此度の東錬攻めは、一部の議員主導で行われたもので、報復戦それ一点のみしか考慮されていなかったはずである。梟国の王位や、同盟、辛国との手打ち、それら複雑な事情が入り込む余地というか、時間的余裕は無いように思えた。
「董本様たちの話ですと、かなり以前から、それこそ東錬攻めが可決する前から動いていたようなのです」
「動いていたとは、誰が?」
「鮑謖少佐です」
──!!
鵡望は言葉を失った。
孫能が続ける。
「少佐は董本様たちの逃奔を逸速く知り、辛国に自分の元へ逃がすようメッセージを送ったそうなのです。そこから貴族に働きかけ、国王陛下の客人という立場を董本様に確保したとか。その後の様々な段取りは、軍の別の人間たちが行ったそうなのですが・・」
少し言い淀んだ彼に。
「どうした?」
鵡望は困惑を超え、答えを知りたい気持ちが強く、急かすように言った。
「董彬率いる軍勢との戦いが終わって、その後、残った梟軍と会談を設け、私もそこで董本様たちから詳細を聞き、全てを知った形なのですが──。帰ってから、この事情を皆に説明しようと主立った者に召集を掛けたのです。ところが鮑謖少佐は『必要ない』として麾下の軍から動きませんでした」
「つまり、彼女は全部知っていたという事か」
「おそらく──。それともう一つ、董本様たちを都に送り届けたあと、鮑謖少佐は東錬攻めには参加しないと、現地にとどまりました」
「なに!?」
「わかりませんが──。まだ何か、謀が残っているのやも知れません」
孫能の話を聞いた鵡望は、しばし考え込むと。
「今の話。私には、全て鮑謖少佐が仕組んだことのように思えてならんが・・」
「はい──。私も、そして言葉にこそしませんでしたが、董本様たちも同じく感じていらっしゃるようでありました」
鵡望の結論に、孫能は静かに同意した。
「ハッ──。よもや、本当に魔女の仕掛けとはな・・」
鵡望は、嘘から出た実に、呆然せずにはいられなかった。




