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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第83話 東錬報復戦(後半)

 思ったより健闘していた──。

 鵡望(ムボウ)の見立てでは、そろそろ守りを固めて下がる頃合いだったが、現実は開戦直後とまではゆかずとも、まだ十分互角と言える戦いをしていた。

「右翼の動きが良いな」

「騎馬隊が奮戦しているようです。効果的に敵を切り崩し、歩兵も上手く乗じています。右の勢いに東錬軍全体の動きも悪くなっているのかも知れません」

 鵡望の呟きのような言葉を拾い、側近が応えた。

「心胆のありように違いが出たかもな」

 鵡望は考える。


 汐径軍は不利を押して戦っている。そこには逆転の仕掛けへの期待が、同時に希望にもなって、彼らの胆力を(たも)つ働きをしているのだろう。

 一方、東錬軍は倍以上の大差から、正面からの戦いに侮りを持ったのだろう。ひょっともしたら、何かを警戒していたのかも知れないが、その分、眼前の戦いを軽視した。


──これで先行隊が攻め掛ければ・・

 思いがけず大勝の予感を持ったが。

「全軍に通達。守りを固め、徐々に後退せよ」

 鵡望は予定通りの指示を出した。

 元より無理をしているのだ。今の健闘がいつまでも続くと思うのは軽率だと判断した。

「それに相手も戦いを変えてくるだろう」

 上手く回っていないときは、往往(おうおう)にして変化を求める。相手のタイミングでやられれば、こちらが慌てることになる可能性もある。

「だから、切っ掛けはこっちが作る」

 変化を誘えば、変化に動ずることもない。


 鵡望は好調に慢心せず、慎重な駆け引きを選択した。





 汐径軍の後退にあわせて、東錬軍は更に広がる格好をとった。側面から背後を(うかが)おうという腹積もりと見られた。

 こうなると騎馬隊の仕事は、東錬軍の動きを妨害する形になる。

 先程とは違い後手を取る感じで、やりにくさを禁じ得ないが、熊任は。

「前と一緒だ! 経験ならこっちが上だ!」

 そう(うそぶ)いて、味方を鼓舞した。

 無論、隊員全てが前回の東錬戦を経験したわけでもないが、仲間が、とりわけ隊長がそうであるという事実は、不安の払拭に十分だった。


 が、言葉とは裏腹に熊任は。

──馬がキツそうだ・・

 都度、休息を取ってはいるが、無理をさせているツケの気配を感じていた。





「左翼、潰れる馬が出始めた模様です」

 鵡望の元に報告が入る。

「そう上手くいかんか」

 こちらは想定より早く(ほころ)びが出てきた。ここまで順調だっただけに残念ではあったが、やはり後退に転じていて正解だったと思うことにした。

「騎馬はこれ以上無理をするな。歩兵には気合いを入れさせろ! ここからは我慢比べだと心得よ!」

 鵡望は檄を発した。

 最後のひと言は彼自身にも向けられた言葉だった。




「当百の魔女の仕掛けがある! もうひと踏ん張りだ! 耐え抜け!」

 指揮者たちは兵にそう声を張る。

 ハッタリだが嘘でもない。虚実が()()ぜになったそれは、いつしか励声(れいせい)を発する指揮者たちの心理にも、本当に魔女の仕掛けがあるような錯覚を思わせた。

 そんなときだった──。


──来たか!

 皆が思った。先行隊が敵の背後から攻撃を仕掛けたのだろう。東錬軍に動揺が走ったのがわかった。

──これで作戦は成った。

 指揮者たちは思った。あとは敵が混乱してる間に距離を取って、そのまま退散という流れになるはずだ。しかし・・

──これは潰走ではないのか!?

 東錬軍は混乱どころの騒ぎではなかった。大きく崩れ、行く先もわからなくなったと(おぼ)しき孤立した部隊も散見された。

「伝令。東錬軍に対して追撃を掛けよ。但し、(キョウ)国軍は味方ゆえ注意せよ」

 隊長たちの元には、急遽、斯様な下知が届いた。

──梟国軍!? 何が起きている?

 予定外の事態に対する回答は、身近な所から寄せられた。


「魔女だ! 当百の魔女が大軍を連れてきた!」


 兵たちが声を上げている。

 指揮者たちは、その言葉を抵抗なく追認した。





──いったいどうやって?

 梟軍の存在に熊任も疑問を持ったが、今はそれを考えるときではない。崩れた敵を叩く絶好の機会なのだ。

 さはさりながら。

──あと、ひと駆けか。

 馬の体力はもう限界に達している。あと一度の疾駆で馬は速力を失うと思われた。

──なら、見極めなきゃね。力の出し時を!

 熊任は目の前の敵は味方に任せ、自分たちは、一歩引いた状態で戦場を俯瞰(ふかん)しようとした。部下たちも(はや)る気持ちがあったが、隊長の意思を()み、静かに状況を見守った。


 乱れた戦場の中、それを修正せんとする一団がいた。そこを起点として、東錬軍はまとまりを取り戻そうとしてるように見える。


「あれだ! あの中心を穿(うが)つ!」

 熊任は言うと。

「アタシに続けぇ!!!」

 大喝と共に馬腹を蹴った。


 敵も熊任たちの動きに気付いた。彼らも、ここが立て直しの基盤となることをわかっている。やらせてなるものかと、守りの構えを取った。

 熊任は二小隊ずつ左右に分け、自身は麾下(きか)十騎を率いて真っ正面に向かう。敵は二小隊の方が当たりが強いと見て左右を厚く構えた。

 が、分かれた騎馬の小隊たちは寸前になって合流し、そのまま中央突破を仕掛けた。

 東錬軍も急ぎそれを防ぎにいったが、その脇をすり抜けるように熊任の十騎が駆ける。彼女は六十騎を使い、敵の守りに隙を作り出したのだ。そのまま一団の中心に突っ込み、指揮者と思われる者に槍を伸ばした。

 身を挺して守る者らがいて、討ち取ることこそ叶わなかったが、集団は崩れ、東錬軍の再起の芽は潰れた。


 この熊任たちの突撃を境にして、敵軍は完全な逃げの流れとなった。





 戦いの大勢は決した。元よりそのつもりが無いのもあるが、逃げる東錬軍に対して、汐径軍は追撃を早々に切り上げた。


 鵡望は努めて泰然としていた。


 指揮官の動揺は兵に伝播(でんぱ)しかねない。ましてや大将ともなれば、腕を斬られようとも平然としてなくてはならないと、鵡望は考えていた。

 まったく慮外な展開であったが、冷静に事態を把握し指示を出せたと自己分析した。


「大佐。孫能(ソンノウ)中佐が来られました」

 部下の声に。

「わかった。お前たちは一旦外せ」

 鵡望は言って、側近たちを少し遠ざけた。



「中佐。これはどういうことだ? 梟国で何が起きたのだ。説明してくれ」

 開口一番、鵡望は孫能に問うた。

「はい──。実は、大掛かりな(はかりごと)があったのです・・」

 孫能はそう切り出した。


 彼は、梟国の王位に関する秘密裏の計画と、その経緯と結果について鵡望に語った。


「なんと──!? そのような事がいつの間に」

 此度(こたび)の東錬攻めは、一部の議員主導で行われたもので、報復戦それ一点のみしか考慮されていなかったはずである。梟国の王位や、同盟、辛国との手打ち、それら複雑な事情が入り込む余地というか、時間的余裕は無いように思えた。

董本(トウホン)様たちの話ですと、かなり以前から、それこそ東錬攻めが可決する前から動いていたようなのです」

「動いていたとは、誰が?」

「鮑謖少佐です」

──!!

 鵡望は言葉を失った。

 孫能が続ける。

「少佐は董本様たちの逃奔(とうほん)逸速(いちはや)く知り、辛国に自分の元へ逃がすようメッセージを送ったそうなのです。そこから貴族に働きかけ、国王陛下の客人という立場を董本様に確保したとか。その後の様々な段取りは、軍の別の人間たちが行ったそうなのですが・・」

 少し言い(よど)んだ彼に。

「どうした?」

 鵡望は困惑を超え、答えを知りたい気持ちが強く、急かすように言った。

董彬(トウヒン)率いる軍勢との戦いが終わって、その後、残った梟軍と会談を設け、私もそこで董本様たちから詳細を聞き、全てを知った形なのですが──。帰ってから、この事情を皆に説明しようと主立った者に召集を掛けたのです。ところが鮑謖少佐は『必要ない』として麾下の軍から動きませんでした」

「つまり、彼女は全部知っていたという事か」

「おそらく──。それともう一つ、董本様たちを都に送り届けたあと、鮑謖少佐は東錬攻めには参加しないと、現地にとどまりました」

「なに!?」

「わかりませんが──。まだ何か、謀が残っているのやも知れません」


 孫能の話を聞いた鵡望は、しばし考え込むと。


「今の話。私には、全て鮑謖少佐が仕組んだことのように思えてならんが・・」

「はい──。私も、そして言葉にこそしませんでしたが、董本様たちも同じく感じていらっしゃるようでありました」

 鵡望の結論に、孫能は静かに同意した。



「ハッ──。よもや、本当に魔女の仕掛けとはな・・」

 鵡望は、嘘から出た(まこと)に、呆然せずにはいられなかった。

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