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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第82話 東錬報復戦(前半)

 四千数百。侵攻した汐径軍二千に対して、東錬は倍以上を揃えてきた。

 大軍同士であるから、すぐに決着がつくとも思えないが、それでも衆寡(しゅうか)の差は厳しく、背後に回り込まれでもしたら全滅も必至だ。

──向こうは(はな)から、そのつもりか。

 鵡望(ムボウ)は敵の布陣を見て思った。

 東錬軍は横に広く薄く展開している。一般に受けの構えとされているが、十分な多数を以てなせば、包囲殲滅(せんめつ)を狙える形でもある。

 無論、その辺りは汐径軍としても想定している話だ。それでも思うのは。

「我ながら、無謀をしてるように感じるな」

 鵡望は心境を声に出した。

「そうですね。兵たちが落ち着いているのが救いかと」

 側近の言葉に、言われて確かにと思った鵡望は。

「皆、先行隊の存在を理解してるということか?」

 疑問を口にした。



 隊長格の者には作戦の概要が伝えられているが、一般兵の知るところではない。先行した軍がいるのは知っていても、それがどれくらいの規模で、どのように動くのか、わからぬはずである。

 それは作戦情報の秘匿という観点からも当然で、既知である隊長たちにも、漏洩が起こらぬよう厳命していたものであった。


 鵡望は、誰ぞが口を滑らし、作戦が兵たちに洩れ伝わったのではと考えた。



「いえ、そういう事ではないようです──」

 細かく問わずとも、部下は補完して鵡望の疑念に応答した。

「どうも、この作戦に鮑謖少佐が参加していること。彼女が先行隊に所属していること。それらが知られており、そこから『魔女の仕掛けがある』という噂が広まっているようなのです」

 部下の説明に。

「ハッ──。まさに名将かくやだな。存在だけで信頼を得るとは、私も指揮官として()けてくる心持ちだ」

 鵡望は冗談めいた楽しげな音で言った。


 兵たちの噂は只の希望的観測に過ぎない。しかし果たしてどうして、それは真相に近い予測でもある。誤解のなせる不思議がそこにはあった。


「ならば、これを利用させてもらうか。隊長たちには、崩れそうになったら『魔女』の名前を出して士気を(たも)てと伝えよ」

「はっ」

 鵡望の下知に、部下は短く応えた。





 敵軍が動いた。

「フ──ッ」

 熊任(ユウジン)は大きく息を吐いた。彼女も此度(こたび)の作戦は心得ている。



 (かなめ)となるのは(キョウ)国を通って背後を取る形の先行隊。彼らの奇襲で敵に強烈な一撃を与えて、その後の混乱に乗じて汐径軍は撤収する。

 本隊の方が囮のような役目となり、敵を引き付けたのち、じわじわと後退する予定となっている。

 ただ今回は、侵攻しているのは汐径の方だ。それなりに勝算があるからこそ開戦に踏み切ったと、相手も考えているはずだ。守り一辺倒では、東錬軍を警戒させる(おそれ)がある。


 だから最初は、相手の見立てが正しいと思わせる必要があった。



 熊任は騎馬四小隊、七十人を率いる中隊長として参戦していた。

「伝令。熊任中尉は他二中隊と共に、右翼に当たれ」

「了解した」

 早速、下知が来た。

 熊任たち騎馬隊の責任は大きい。



 今回は本隊全軍として、騎馬が多めに配置されている。これは緒戦も緒戦で、その機動力を生かし、敵と互角の戦いを演じるためだ。

 そうやって汐径軍は寡兵(かへい)でも十分にやれるんだと、東錬に思わせる。そして、その要因たる騎馬隊の力が、汐径軍の勝算、勝ち筋だと誤認させるのが狙いだ。


 しかしながら、所詮は張り子の虎。騎馬は縦横無尽に駆け抜けるが、その分、馬に無理をさせることになる。

 馬が潰れてしまうリスクは極めて高い。

 最悪、先行隊が仕掛ける前に動けなくなる可能性もある。そうなると一気に包囲される展開が予想され、そういう意味でも騎馬隊の役割は重要だった。



「中尉。側面から来ます」

 敵の騎馬が、熊任たちの中隊に狙いを付けた。

「構うな。味方が対処する」

 騎馬隊全体でも、中隊長同士でも、この辺りの段取りは何度も話し合った。今回、騎馬に対する騎馬は、他の者が担当することになっている。

 騎馬での戦いといっても、歩兵を相手にするのと騎馬同士での()ち合いでは毛色が違う。熊任も後れを取るつもりはないが、より得意とする者に任せるのが最良であると考えた。


 側面を狙う敵の側面を味方が突こうとして、敵騎馬は逃げを選択した。


 熊任たちの隊を妨害するものはいなくなった。

「波状で仕掛ける!」

 熊任は先に二小隊を(けしか)け、時間差で自身が率いる二小隊を動かした。

 そのタイミング、場所、攻撃の角度、それらの見極めは騎馬隊としての力量が問われる。先の戦いで得るものがあった熊任は、ここ数ヶ月の訓練でも、それを意識して取り組んだ。

 結果、今この瞬間、彼女は絶妙とも言える突撃を放つに至った。


 熊任隊の一撃は大きく敵を切り崩した。すかさず味方の騎馬も追い打ちを掛ける。



──やはり、この感覚か。

 熊任は隊を動かしながらも、独り反芻(はんすう)する。

 以前経験した、肯綮(こうけい)(あた)るといわれた突撃は、たぶん偶然に寄るところが大きい。しかしその手応えを忘れず、温め続けたことが実を結び、熊任を騎馬の指揮者として一段上の階梯(かいてい)に押し上げた。

──運でも、たまたまでも上等!

 切っ掛けは何であれ、モノにして、実力に置き換えてみせるという気概。熊任はそれに(あふ)れていた。

──アタシだって、魔女になってやる!

 魔法使いでもないのに魔女と呼ばれる級友の存在は、熊任にとって大いなる刺激だ。自分も、この騎馬戦に()いて、皆が魔法かと思うような戦いをしてみせる。そのような強い意志が、そこにはあった。

 率いる者の気合いは配下に伝播(でんぱ)する──。

 熊任隊の騎兵たちは、彼女に触発されて、多勢を相手にしながらも圧倒する気迫を見せた。



 (もっと)も、魔女の解釈に誤謬(ごびゅう)がある。

 熊任は鮑謖を魔法使いではないと知っているから、魔女を比喩として捉えていた。敵を先読みするなど、特殊な力と思えてくるからだ。

 しかし、知らぬ者たちは、杖をつく鮑謖を見て魔女と判断しているだけである。熊任も気付いてはいたが、一部の誤解であろうと錯誤した。

 勘違いしてるのを思い違いして誤解が生じ、鮑謖のことをよく知る者も、知らぬ者も、魔女という単語で共通認識が成立してしまっていた。



 なんにせよ。この場にいない鮑謖が、汐径軍の士気を支えていた。





(後半へ続く──)

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