第79話 配役
残された梟軍は、七百の大隊の方にいた大佐の指示により、一つにまとまった。
親衛隊は逃げ、汐径軍も戦闘の意思はなかった。
──いったい何が起きているのか?
乍洪が現状を把握しきれず眉を寄せていると。
「准将。大佐が来ていただきたいと──」
知った兵が乍洪を呼びに来た。
「今の私は中佐だ」
間違いを訂正した乍洪だったが『准将でない』という意味か、降格を予感しての『まだ中佐』という意味か、自分でも判然としなかった。
「いえ、そう言うよう大佐が・・」
兵は奇妙なことを言った。
とまれ──。乍洪は大佐の元へと向かった。
「まず、董彬公爵が死亡しました」
「──そうですか」
大佐の言葉に乍洪は静かに返した。
重大な話ではあったが、戦場に出たならば死ぬこともあるだろうとの感慨だった。同時に、親衛隊が逃げ去ったのにも納得を持った。
「そして、その前に公爵により董計殿が斬られています」
「な!? どういうことです?」
「それが、三男の董捷殿も殺されたらしく、董計殿はその死に関与してると公爵は考えたようなのです」
「は!?」
さしもの乍洪も困惑を禁じ得ない。
「そもそもの話ですが──、今回の行動は、董計殿を捕らえる目的があったとか。汐径軍が彼に協力している可能性を考えて軍を動かしたとのこと」
「よもや──。いやしかし、それならば何ゆえ戦闘が起きたのです? 董計殿は汐径軍から戻り、公爵は彼を斬ったのでしょう」
「その事で准将を呼んだのです」
その言い方から何かの誤りではなく、大佐は乍洪を、あえて准将とするつもりのようだ。それは即ち、重要な意思決定が控えている事を暗に告げていた。
「親衛隊の者が耳に聞いただけの話ですが、汐径軍には行方不明となっている董本様がおられるというのです」
──!?
驚きと共に乍洪の胸裏に浮かぶのは、襲撃事件での臆測だ。
──やはり董彬が・・
董本がいると知ってなお、戦う選択をした董彬に疑いを強くした。
「おそらくその関連だと思われますが、汐径側から代表数名での会談が打診されました」
大佐の言葉に。
「私にも同行をという事ですか」
乍洪が確認すると大佐は黙って頷き。
「わかりました」
乍洪も神妙に返した。
「どうかな、杜察伍長?」
「はい。血抜きは終わったんで。今から解体に取り掛かるとこっす」
杜察は隊長の問いに答えた。
「うん、イイね」
言った隊長に。
「少佐。孫能中佐が会談に行くので、全軍の指揮権を預けたいとのことです」
崔弱軍曹が来て言った。
「あー。それって本隊に行く必要あるのかな?」
「いえ、その必要はありません」
「うん。わかった──、ご苦労様」
「少佐。将校服がかなり汚れてらっしゃいますので、交換されては如何でしょうか」
崔弱は提案した。確かに隊長は血と泥にまみれていた。
「あー。ってことは替えがあるの?」
「はい。用意しています」
「流石だね──、軍曹。じゃあ、ちょっと着替えようかな」
隊長は言うと。
「あともよろしくね」
杜察にも言葉を掛けて、崔弱と立ち去った。
「伍長、お願いします」
下に付けられた兵に言われ、杜察は刃物を手に取った。そして見事な手際で、馬を肉塊へと捌いていく。
「おお~」
兵たちが感嘆の音を発した。
杜察は本営の兵で、此度の作戦に於いて鮑謖隊に出向となった五十人の一人である。彼は以前、辛国報復戦にも参加し、そこでも鮑謖隊に配属された。
出来る兵というわけでもなかった杜察だったが、戦後、伍長に昇任した。さして活躍した記憶はない。しいて挙げるなら、動けなくなった馬を潰したことぐらいであろうか。
それでも出世は出世で、杜察の日常は一変した。
周囲から『実戦ではやる男』と思われてしまったのだ。それは過分な評価の勘違いであったが、否定するのも何だか憚られたため、以降、杜察は期待を壊さぬよう振る舞った。
さりとて、所詮はメッキ──。
そろそろ剥がれ掛けてきたかというときの、今回の出向。杜察は、鮑謖隊から指名される形での参戦となった。
同じような者は他にもいて、先刻見事な連携を披露した楊休などがそうだったが、杜察の場合は自分でも訝しむ話であった。
しかしここに来て、隊長から。
「また馬を捌いてもらえるかな。杜察伍長の技術は確かだからね」
と、言われ、杜察は何となく察した、
──このために呼ばれたっすか。
そして。
──この人が俺を伍長にしたっすね。
おそらく評価を付ける何かで高めにしたのであろう。馬の解体を楽しそうに見ていた隊長だ。想像するに、さもありなんであった。
詰まるところ、杜察は、屠殺が上手いから出世した男であった。
さはさりながら──。
「流石ですね伍長」
メッキでも勘違いでも、向けられる敬意は本物だ。
「コツを掴めば誰でもできるっす」
杜察は謙遜しつつ手本を示し、兵たちを指導していく。
──しばらくは出来る男でいくっす。
体裁を取り繕うための杜察の振る舞いは、またぞろ彼を一目置く存在へと誘った。




