第78話 ロックオン(後半)
鮑謖隊は北に進路をとった。移動は普通か、むしろ戦場では遅いと思えるほどの速度でのものだった。
騎馬隊も騎乗せずに、己の足で進んでいる。
ただ一人、袁望だけが、馬上から遠くに目を光らせていた。
──随分ゆっくりしてるな。
てっきり正面からの真っ向勝負になると思っていた鮑謖は、迂回するような動きに、肩透かしの感を否めなかった。
──相手を入れ替えるのかな?
左の三百が真ん中に移動し、自分たちが北に行くということは、必然的に正面の敵を交換するに等しい。
──そうなると、五百を相手にすんのか。大変だな・・
鮑謖隊は百人。普通に考えたら無謀だろう。
さりとて、鮑謖に軫憂はない。
──まぁ、うちのリーダーが巧くやるでしょ。
辛国では大将首を取った男だ。馬の体力を温存してるのも、きっとその手の狙いだろう。数の不利が生じる前に指揮官を討つつもりと見た。
「敵、来ます! 騎馬が先行しています!」
袁望が声を張った。
「騎馬隊、騎乗せよ!」
成嬰は言いながら馬に駆け乗った。
他の隊員は、流石に斯様な曲技はできかねたが、素早く騎乗し態勢を整えた。
──騎馬には騎馬がセオリーだけど・・
「少尉。騎馬の相手は私がしようか?」
鮑謖は提案した。
騎馬隊には、さっさと敵の指揮官か何かを倒してもらいたい。
「では少佐。相手の出端を挫いていただきたい!」
「うん。了解」
「騎馬隊は、敵が混乱したところを蹴散らす。仞操、歩兵の方に三十で斬り込み、崩れたら引け。先越、残りで騎馬を仕留めろ。可能なら空馬を捕れ」
「了解!」
「いくぞ!!」
成嬰が大喝し、それぞれが動くが──。
──!?
疾走する鮑謖を見て、多くの者が驚いた。
それは初めて戦場の彼女を見る者は勿論だが、何度か目にした仞操でさえ。
──いつにも増して速い。
そう思うほどの迅走であった。
鮑謖は一気に距離を詰めると、走りながら石を拾い、敵の先頭に投げて馬に当てた。
馬が暴れ、落馬しかけた所に杖を叩きつけて落とし、続く騎兵は槍を躱しながら突いて落とした。三騎目は膝を打ち砕き、四騎目は馬ごとなぎ倒した。
後続は不利と見て方向を変えたが、そこに成嬰たちが突っ込み、敵騎兵達は惑乱に陥った。
速力を失ったところに先越達が迫り、騎兵達は次々に落とされた。
歩兵の方へ駆けた仞操たちは、勢いのままに攻め掛かる。
仞操は無造作に肉薄し、繰り出される攻撃を往なしつつ、相手を突き殺す。隙を狙ってきた攻撃も、その感覚の鋭さを発揮して上手く回避する。
味方も仞操にあわせて攻撃し、敵の前衛を切り崩した。
「引くぞ!!」
仞操は言って後退する。
「どうした?」
走りながら仞操が問う。相手は楊休だ。
「え!?」
「え、じゃない。調子が悪いのか?」
「そんなことないけど」
楊休は困惑したが。
「じゃあ、遠慮するな! どんどん放て! 俺にはお前の矢が何処を狙っているのか、大体だがわかる。下手に動いて当たったりしない。安心して射れ!」
──!
周囲のやっかみに喧嘩で返す楊休だったが、その実それを恐れ、無自覚に遠慮がちになっていたのだ。それが戦いでもあらわれ、彼女の動きを悪くしていた。
仞操の言葉に、楊休は自身を縛っている何かが、ストンっと落ちたように感じた。
鮑謖隊と董彬親衛隊の激突は、遭遇戦に近い状況だった。
急いで駆けた親衛隊は長く伸び、ゆっくり動いた鮑謖隊はまとまりを持ったまま、ぶつかる事となった。そのため、部分的にだが衆寡の差が生まれず、初撃で先手を取ることが出来た。
成嬰は、相手の執心を見抜き、その視界から消えることで追走を促したのだ。彼は計四百の指揮を委ねられ、この戦場に於いて、その用兵の視野を劇的に広げた。
空馬を確保し、味方の騎馬は五十近くになった。
「仞操、再び歩兵に掛かれ。先越は回り込まれないよう押しのけろ」
「了解!」
「少佐は歩兵のフォローをお任せする」
「うん。任された」
「騎馬は側面から旗を倒しに行く。袁望、お前の目が頼りだ。目標を見失うな」
「はい!」
「よし、進撃!!」
再びの大喝で鮑謖隊は前進する。
今度は足並みの乱れを衝くような事はできない。敵も一旦立て直している。兵の多寡がある状態での、正面からの搗ち合いだ。
仞操が鋭く敵を突き殺す。そしてすかさず──。
ケンッ、ケンッ、ケンッ!
その後ろから楊休が矢を射る。右に左に軌道を変え、あるいはまっすぐに飛んで敵を屠る。
仞操は自身の横を通り過ぎる勁矢に見向きもせず、突いて、斬って、または矢の軌道に相手を誘い込んで倒していく。
この連携は、親衛隊の兵を戦慄させた。
仞操を中心とする斬り込みを手強いと見た敵は、彼らから距離を取るようになった。間合いを詰めようとした結果、仞操たちは埋没するように入り込んでしまった。
敵もこれを好機捉え、背後を狙ってくるが、そこは先越が上手く対応した。しかし、次第に囲まれるような格好になりつつあった。
「引けそう?」
「難しいです!」
鮑謖の問いに先越が答える。
──じゃあ、前に行くか。
たぶん成嬰の考えてた展開は、歩兵が敵兵を引き付けてる間に、騎馬で指揮官を倒すものだろう。しかし現状、そうも言ってられないと鮑謖は判断した。
「じゃあ、私が突破口を開くから、後は上手い具合にやってよ」
鮑謖は言うや否や、脱兎の如く駆け出した。
彼女は仞操の脇を駆け抜けると、そのまま敵に当たって頭をかち割った。続けて胴を突き、足を打ち、横に薙いでと、次々に敵を倒していく。
避けようとしてもその前に打たれ、防ごうとしても守りごと殺される。そこに生まれるのは戦慄を超えた、混乱であった。
さしずめ暴れ馬が躍り込んできたかのような、あらがえぬ忌避感から、親衛隊の兵は逃げを選択した。
いつしか、鮑謖の進む先から敵の潰走が始まった。
「副長。あっちです!」
戟塵の中にあっても、袁望が方向を指し示す。
「続けぇ!!」
成嬰が先頭で馬を駆けさせる。
敵に混乱があるのか、思いのほかスムーズに進む。
「いました! おそらく董彬です!」
成嬰には遠目過ぎたが、他とは異なる出で立ちの者は捉えた。
「討ち取るぞ!」
気合いを入れるが、流石に抵抗が強くなってくる。成嬰たちは敵を倒しながら董彬の元へ迫った。
〈炎駒の法、焦熱榾〉
小さな炎の塊が成嬰を襲った。彼は剣で防ごうとしたが、炎は馬に当たり、成嬰は放り出される形で落馬した。
「副長!!!」
「構うな! 討ち取れ!!」
味方の声に、励声を以て応えた。
騎馬隊は駆け去るが、成嬰の元には敵が募った。伸ばされてくる槍を転がりながら回避する。その勢いで何とか立ち上がるが、そこにも新たな槍が来る。
「クッ──」
剣で撥ね除けると同時に踏み込んで一閃、敵を屠った。だが、また横から、避けた先からまたと、休むことなく攻撃が仕掛けられる。
一対一や騎馬戦では、隊員随一の力量を誇る成嬰だったが、囲まれ複数の相手をする状況は、些か経験不足であった。
「こりゃ、下手こいたなっ!」
成嬰は薄ら笑いしながら近くの敵に斬り掛かる。待ち構えるより、攻め掛かった方が、まだ幾分マシであろうと考えた。
それで何人かは倒せたが。
──なかなかやる・・
それなりに腕の立つ相手とぶつかった。
成嬰の実力なら倒せない敵ではないが、複数を相手にしながらは分が悪かった。徐々に追い込まれていく格好になり、成嬰は避ける過程で体勢を大きく崩した。
──せめて一人は殺すか。
己が死を悟り、成嬰は割り切った。
ケンッ──!
成嬰に迫っていた敵兵が射貫かれた。すかさず成嬰は距離を取り、構えを整える。
と、そこに素早く割り込む槍を持った兵。一人を突き殺し、一人を石突きで打ち払い、横からの攻撃は紙一重で躱して、即座に反撃した。
「副長。かがんで下さい」
言われた成嬰がしゃがむと。
ケンッ──!
再び矢が飛んで、成嬰の斜め後ろの敵が倒れた。
そして気付くと、周囲の敵兵が逃げ出し始めていた。
「少佐が強引に突破したんですよ」
仞操が言う。
「まさか──、こっちの状況がわかったってか?」
「かも知れません・・」
仞操も首を振るように言った。
「なんにせよ、助かった」
言った成嬰に。
「稽古なら相手になりますよ、副長」
仞操が言い。
「ぬかせ──」
成嬰は立ち上がりながら返した。
同刻──。
逃げに転じた董彬を鮑謖隊の騎馬が追い掛けていた。このままでは他の梟国軍の中に逃げ込まれてしまうと思われたが、馬の足に疲れが見え、速度が落ちたところを背中から討ち取られた。
直後、汐径軍本隊が白旗を掲げ、停戦の意思を表示。
押し合っていた七百の梟国軍も戦闘を止め、距離を取った。
中央の三百と五百もそれに倣って離れ、こちらも戦いをやめた。
この状況に鮑謖隊も足を止めたが、親衛隊の兵は止まらずに逃げ去った。




