第77話 ロックオン(前半)
三隊の中隊長たちが、統率する鮑謖に指示を求めて兵を寄越して来た。梟軍と対峙する状況では至極当然とも言えるが。
──私に聞かれてもねぇ・・
正直、麾下以外の指揮権は手放したいぐらいだが、侵攻軍を統帥する鵡望大佐からの指図で割り振られたもの、彼の顔を潰すわけにもいかない。
──ちょっと・・ いや、だいぶ負担掛けちゃうけど、仕方ない。
「成嬰少尉に、左の三百も任せる」
鮑謖は言い、すぐに連絡の兵が走った。
「うん。そのぶん実戦では頑張ろう!」
鮑謖は、丸投げの埋め合わせをするつもりで、やる気を出した。
自分たちに合わせるように、梟の千軍から三百ほどが分かれ前方に位置取った。
これで、こちらの本隊六百に対して敵七百。北側、左翼になる三百に対して敵五百。中央、鮑謖隊の百に対して三百という対峙になった。
構図としては、味方三隊と敵三隊が、それぞれに戦うような感じに見える。
──先に、細かい方を叩こうってか?
成嬰は梟軍の兵力分配を見て思った。
本隊を足止めしてる間に、鮑謖隊と左三百を片付け、それから本隊を相手にするつもりかと想像した。
──単純に押し合いになるか・・
衆寡には開きがあり、一般論としてシンプルな戦いほど数の力が物を言う。だから、相手の作戦としては略それで間違いない。
しかしながら成嬰の見るところ、梟軍の左右、およそ千二百にはそれほど覇気はない。数の差があっても、結果には直結しないと思えた。
──ならば中央か。
何やら知らんが立派な旗も掲げられている。敵の大将がいるか、いなくとも全軍の中核となる隊であるのは確かだろう。気配も両翼とは違って見えた。
このままゆけば、強敵と思しき三百と、鮑謖隊がぶつかることになる。
「こりゃ──、俺たちの働き如何で勝負が決まるぞ・・」
成嬰は自分たちの置かれた状況を認識し、つぶやきと同時に、軽く体が震えた。しかしそれは、所謂、武者震いではない・・
中核の三百は、こちらを意識して出てきた。それはおそらく、鮑謖隊が汐径軍の要になっていると考えたからだろう。
梟軍が斯様な判断に至るのには理由がある。
大きく二隊に分かれた汐径軍の背後から、百の部隊があらわれて中央に鎮座した。これは相手から見たら、どのように映るか?
『満を持して出てきた──』
そう見えたが故に、たった百の部隊を閑却できなくなった。敵にとって鮑謖隊は、汐径軍の切り札か何かに思えたはずだ。
──誘き出したってわけだ。
事実、そうなっている。そしてこれは、鮑謖の指示によって為されたものだ。
畢竟するに、本隊から離れ、統率する他三百からも分かれ隠れるようにしたのは、この展開を予測したがゆえで、全て当百の魔女の手のひらの上で敵も味方も動いている事になる。
成嬰に起きた身震いは、鮑謖の謀の深さを理解したため起きたものだった。
「さて──。どうしたもんかね」
成嬰が次なる戦闘での動き方に頭を悩ませていると──。
「副長。少佐から、左の三百も任せるとのことです」
伝令が来た。
──!
まるでこっちの心理を見透かしたようなタイミングでの指示。
──これはつまり、左を使えという意味か・・
成嬰は一度頷くと。
「了解だ!」
力強く応じた。
「中央の隊から伝令が出ている模様です」
汐径軍を観察していた遠目の兵が報告する。
「やはり、あの百軍が司令塔か・・」
董彬はそう言葉にした。
こちらが軍を分けた後で、満を持してといった感で出てきた。おそらく大将とは別に、現場の指揮者たちに指示を出す役目を担っている。言うなれば、進路を決める船長に対しての、舵取り役といったところであろう。
「あれを速攻で叩いて、物理的にも分断する」
指揮の乱れは勿論のこと、中央を穿てば左右の軍をそれぞれ孤立させられる。
「左右を挟まれる形になります。少々危険ではないでしょうか?」
側近が恐る恐る具申する。
「そうなっても一時の話だ。どのみち敵も二正面、大した攻めはできまい。守りを固めるか、更に回り込んでどちらかの背後を取ってもいい。一旦退いて、仕切り直しても良い。やりようは幾らでもある」
董彬の声は至って落ち着いていた。
少し前に怒号を発した姿があるゆえに、周りは、それに安堵した。
しかしながら、その安心感は、皆の判断力を僅かにだけ狂わせた。彼らは無意識に、百軍を叩く以外の選択肢を捨ててしまったのだ。
董彬以下、親衛隊の三百は、その錯誤を抱えたまま潮合いを迎えた。
対峙は煮詰まった。
その感覚を指揮者たちが持った次の瞬間、両軍は一斉に動き出した。
乍洪の歩兵隊を含む五百は、北側、敵三百に当たる。乍洪の指揮下の二百は、その中でも南側に配置されていた。
騎馬隊が先行し、敵のそれとぶつかり合いを始めた。やや離れた場所で戦っている。こちらの歩兵には移動の疲れがあるが、騎兵はそれほどでもない。騎馬同士でやりあう分には、互角の戦いが出来るはずだ。
その間にも歩兵は前進を続けていたが。
「ん? どっちに向かっている?」
乍洪は、敵の三百の動きがおかしいのに気付いた。
敵軍は斜めに進んで、中央を目指しているように見える。
「奴らは親衛隊の方を狙っているのか」
それならそれで、こちらは側面を狙う手などが考えられたが。
「中佐。味方も斜めに進んでいます」
「愚かな──。敵に釣られおったな」
敵味方、三対三の構図の影響か、前方の敵と正面切って戦うことを意識し過ぎた梟軍は、相手の動きに合わせてしまった。
「中佐。このままでは親衛隊の進路に割り込みます」
乍洪にもそれはわかった。わかったが──。
「こう勢いがついてはどうにもできん」
内側から強引に押し返す方法もなくはないが、却って混乱し、死傷者を出しかねない。今は流れに乗るしかなかった。
──大隊の指揮官がいないからだ!
乍洪は歯痒い思いがした。
命令は全て親衛隊からのトップダウンで下されていた。正面から押し合う戦いではそれでも良いが、予定外の展開に対応出来ていない。本来なら元准将の乍洪が指揮してもおかしくないが、親衛隊としては、更迭された者に任せる訳にはゆかなかったのだろう。
「仕方ない。このまま相手をするしかあるまい。親衛隊も前を塞がれれば側面攻撃に切り替えるだろう」
乍洪は言うと。
「速度を上げよ!」
積極的に中央の進路に割り込んだ。
──勝っても降格であろう。
乍洪は暗い未来を嗤った。
「邪魔だ! 何をやっているか!!」
董彬は激昂した。
北側の五百が中央まで寄って来てしまい、親衛隊が進む道がなくなったのだ。
「これでは、あの部隊を見失ってしまう」
司令塔と思しき百軍。あれを倒せば敵の指揮は混乱するに違いない。
「いや──、だからこそか・・ こちらの殺気を感じ取って、巧みに味方を釣り動かし、進路を妨害したのであろう」
相手が意図して戦闘を避けたと捉え、それこそが、かの百軍を要諦と裏付けるにたる証左だと考えた。董彬はいっそう標的への意識を強めた。
それは側近たちも伝播したのか。
「敵は乱戦のような展開を考えているのではないでしょうか?」
「我等の命令伝達では混戦時には不利になるかと」
「すぐに回り込めば、まだ捕捉できます」
彼らも百軍への執着を見せる献言を行った。
「よかろう──、ならば右回りにゆく。疾く駆けよ!」
董彬の一声で親衛隊は走り出した。
孫能率いる本隊は小細工なしの押し合いを選んだ。
向かい合う梟国軍の側も、そのつもりであったのもあるが、複雑な用兵は隙を生み出すと考えられ、董本という要人を抱えた状態ではリスクが高いと判断した。
「左翼が中央に移動し、鮑謖隊の前に。敵も合わせて動いた模様」
兵が状況を報告する。
統率する六百以外の四百は、鮑謖の指揮下にある。それでも孫能は先行隊全軍の指揮官で、戦場の現在を把握するのは当然のことでもある。場合によっては首将として指示も出す。
「四百でまとまる気であろうか──」
孫能は考える。
元より汐径軍は寡兵である。全軍で、三対三で、そうであるのは勿論だが。鮑謖が受け持つことになる敵兵力は合わせて八百である。彼女の統率する兵の倍であり、これだけ衆寡に開きがある状態では、各個撃破の展開になりやすい。鮑謖は、それを危惧したのではないかと推測した。
「崔弱軍曹。君には鮑謖少佐の意図がわかりますか?」
小さな体躯に問う。
崔弱は少し考えると。
「あくまで想像ですが、まとまると思わせる。もしくは隠れると思わせるのが狙いなのかと。尤も、その後の誘導については全くわかりませんが・・ 少なくとも、鮑謖少佐は麾下の百という形を維持すると思います」
そのように言った。
「自身の隊に自信を持っているという事かね?」
「隊を信頼しているのは確かですが、それ以上に、自らの力に確信があるかと」
「噂に、当百の魔女と聞きますが、君から見てどうですか?」
「誇張ではありません。私が見たときは〈索冥の法〉で強化された、およそ三十を相手に圧倒する戦いをしていました」
孫能は崔弱の言葉を聞くと、じっと考え出した。
しばしの黙考後。
「こちらは守りを固め、迂闊に攻めるのをやめよ」
そう下知し、続けて。
「白旗の準備をしておくように」
穏やかに言った。
(後半へ続く──)




