第80話 梟の都
まるで国賓か何かに見えた──。
元准将の乍洪に導かれる形で議場に入ってきたのは、董本で間違いない。しかし自然と目が向くのは、その後ろを歩く異国の将校。真新しい長丈の軍服を着て、ゴツゴツとした身長ほどの杖をついている。泥で汚れた乍洪と比べると、その若さも相俟って、どこか現場を知らない者のような印象を皆に与えた。
既に先触れで、董彬が死んだこと、董本たちが議会に向かっていることは知らされていた。
故に、かの客が誰かは承知している。
──あれが当百の魔女か。
そのような興味の起こりもあってか、尚のこと視線が集まり、殊更客人な雰囲気を醸し出していた。
董本が国王の席、今朝までは董彬が座るはずだった場所に着席した。
すぐに首長に関する決議案が出される。董彬が来ず、董本の存在を知った議員達が大急ぎで段取りしたものだ。
壇上に立った者は、董本の正当性を語っているが、最早ほとんど意味はない。
なぜなら董彬亡き今、議論の余地などなく、唯一の王族たる董本が継承する以外の選択肢は存在しないからだ。
董彬にも子供がいるが、それは公爵を継ぐという話でしかない。
王の孫が王となる。至極真っ当で、ありきたりの事を弁舌しているのだ。
ほどなくして採決に移行し、そこで董本は国王と承認された。
董本は一度立ち上がり、再度、腰を下ろした。ただ座るという行為であったが、先と今とでは意味が違った──。
梟国の王座に新たな君主が就いた瞬間だった。
「乍洪中佐の降格処分を取り消し、准将に復位するものとする」
王権を以ての、乍洪を初めとする董彬によって更迭された軍人の復職と、董猪などの昇任と軍権の無効化がなされた。同時に辛国からの撤収、汐径との時限的同盟とそれに基づく東錬への派兵と、次々に事は進められた。
それらは前もって董本たちに計画が用意されていたのもあるが、議員たちも謀の一端を知っていたため、彼らの協力もあって想定以上に疾く動いた。
董彬率いた親衛隊と共に汐径軍と対峙した梟軍の内、千は現地に残っている。辛国攻めのために用意された兵糧を、そのまま流用して運び、到着次第、汐径軍と共同で東錬へ攻め込む算段が組まれた。
経緯と決定は早馬にて梟、汐径両軍に知らされることとなったが、その際に──。
「私たちは東錬攻めに参加しない」
護衛兼、汐径軍の見届け人として董本たちに同行していた鮑謖少佐が言い出した。当然、彼女の麾下である百軍も、という事になる。
係は困惑のまま連絡を為し、その後、輜重の隊列が梟の都を出発した。
鮑謖隊は梟軍の軍営内に間借りする形で幕舎を張った。
「あの魔女は何を考えている?」
多くの者が鮑謖の行動を訝しんだ。乍洪もその一人である。
今や董本は国王となり、東錬攻めの盟約も実行される。ここまでは董本の協力者として付き添ったと解釈できるが、以降この地にとどまる訳は理解できない。
「辛国との手打ちが終わるまでと言ってますが・・」
部下の言葉に乍洪は首を振った。
汐径軍の本来の目的は東錬への報復である。それを差し置いて、梟国と辛国の話を理由に残るのは、区切りとしてはわかるが、合理性という点で意味不明だった。
「そもそも糧食はどうするつもりなのか?」
「不要とのことです。厠と風呂だけ貸してほしいと言ってきています」
「いや、それはおかしい──。私の見た限り、連中の荷車にはそれほど物資はなかった。今日明日ならともかく、辛国との話がつくのに数日、そこから彼らが帰還するとして数日だ。本隊から離れた状態で、食料がもつはずがない」
「こちらで購入するのではないでしょうか」
「まさか──。百人分ともなれば相当だぞ。それだけの金子を所持した状態で戦闘を行ったというのか。流石に考えられん」
乍洪はまた首を振った。
一言すれば「わけがわからん」とはいえ、一応の同盟を結び、王の恩人のような者でもあるから「もう帰れ」とも言えず梟国軍は、鮑謖隊を黙過することにした。
梟軍の軍営地で一泊した翌日、朝食中の隊員たちに向かって。
「えーと。今日は自由行動とします。街に出かけてもイイよ。但し、夕方までには帰ること」
鮑謖が言った。
大概のイレギュラーは覚悟している隊員たちも、これには驚いた。
東錬攻めに参加しないと鮑謖が決めたとき、また何か起きるのかと彼らは考え、かなりの警戒心を抱いていた。だから突然の自由に肩透かしか、腰砕けのような感覚を持ち、大いに戸惑ったのだ。
ともあれ──。
一生のうちで来れるかどうかわからぬ、異国の都である。隊員たちは、不意に訪れた自由な時間を満喫しようと、多くが観光気分で街に繰り出した。
とはいえ、百人いれば、出不精もいれば、寝て過ごしたいという者もいる。
鮑謖は、その残った数名のうち、特に拘りがなさそうな者に声を掛け、自身の供として街に連れ出した。
「うん。ここがイイ感じだね」
鮑謖は言って店の中に入っていく。それに続くはずの兵たちは、やや気後れした。
「ここは金持ちの入る店じゃないか?」
店構えから店内の内装、店員の佇まいやら何やら、とにかく高級感が滲み出ている。色々な品が置かれているが『庶民が手を出すものではない』というのだけは理解できた。
「しょ、少佐。何か買うんですか?」
「いや、まだ買わないよ」
鮑謖はそう返すと。
「おっ。あの人が偉そうな感じだな」
そう言って、役職が上と思しき店の者に近付いていった。
官庁から急に贈答品の発注が来た。受取人は辛国の王室という話だった。
今、梟が辛と戦っているのは市井の者でも知っていることだ。そして、昨日は朝から大軍が動いたという話も聞こえた。そこに加えての発注・・
何が起きたかは、商賈たる羊達には知る可くもないが、この状況を考えれば自ずと答えは見えてくる。
──辛国と講和しなければいけなくなった。
これは間違いないだろう。
辛国との取引でも稼いでいる羊達には朗報であったが、同時に、今回の贈答品に関しては悩ましくもあった。
──並大抵の物では駄目であろう。
普通にこれまで売ったり買ったりしていた品では、辛国でも手に入ってしまい、希少性という点で見劣りする。かといって、やたら高級品で揃えても、今度は梟国として阿る感じになって宜しくない。
──そこそこに珍しく、卑屈さも出さない品。
しかも期限が本日中までという無理難題である。羊達は商品目録を見ながら頭を悩ませていた。そんなときだった──。
「ちょっとイイかな?」
客から声を掛けられた。
──この忙しいときに・・
思った羊達は、他の者に接客を任そうとしたが。
──ん!? どこの軍人だ?
眼前には、梟軍とは違う軍服を着た女が立っていた。
羊達も詳しくはないが、それでも相手が只者でないのはわかった。所謂、将校で、一般の兵とは違うのは勿論だが、階級章を見た感じ上位の者と推測できる複雑さがあった。また、胸には勲章と思しき物があり、羊達の見るところ、それだけでもかなりの価値がありそうだった。そして将校服自体が、パリッとした新品のような感じで、何か特別な行事に参加するのではと想像を駆り立てた。
「はい。何か御入り用でしょうか」
羊達は、この軍人に、自身で応対することにした。
「ここでは色々な商品を扱っているけど、売り込みというか、買い取りというか、私から商品を仕入れることも可能かな?」
女は聞いた。
「ええ──。まぁ、なくはないですが、何をお持ちいただけたのでしょうか」
羊達は予期せぬ話に戸惑いながらも答えた。
「こっちこっち」
女は離れて待機していた兵たちを手招きする。そして、彼らに持たせていた袋を受け取ると、羊達にその中身を見せた。
そこには何やら茶色い石のような物がたくさん入っている。
「あと、こっちもね」
女は続けて、もう一つ袋をあけて中身を取り出し、それを羊達に手渡した。
──!
「これはもしや・・」
「鮑だよ。乾燥した奴ね。こっちの小さいのは貝柱」
女は言った。
──僥倖か!
羊達は思わず声を上げそうになった。
梟国では海産物は貴重な品である。海藻や煮干しのような物なら手に入るが、鮑など滅多に出回らぬ品である。干し貝柱も、なかなかに珍しい。そしてそれは同じく海のない辛国にも言える話であった。
──これは贈答品に丁度良い。
羊達は己が商運に震えた。
「どうかな? 私の見立てでは割とイイ品なんだけど」
女が問う。
羊達は一度咳払いをすると。
「はい。手前も良い物に思います。是非に、こちらで買い取らせていただきたいところであります」
そのように言い。
女と、その供の兵を奥の応接室に通した。
「お客様に、お茶とお菓子をお出ししろ、良い物をな。それから、これくらいの大きさで、凝った意匠の箱を幾つか用意しておけ」
羊達は店の者に命じると、いそいそと客の所へ向かった。




