第75話 宣戦(後半)
「これは一体、如何様な趣向なのでしょうか?」
孫能は董計に問うた。
「いや──、私にも・・」
董計は返答に窮した。
およそ千五百の梟軍が、汐径軍に合わせるように二つに分かれた。その意味するところは戦闘であると、容易に推測できる。
しかもだ──。梟軍の本隊には董公爵家の旗が掲げられている。あれが上がっている場所には、父、董彬がいるはずだ。
孫能はまだ穏やかな雰囲気を壊していないが、彼の側近たちは、今にも董計を捕らえんといった気配を漂わせている。
──どうなっているのだ!?
董計は訳のわからぬまま、ただただ混乱した。
とそこへ──。
「中佐。鮑謖隊より軍曹と、客人なる者たちが参っております」
兵が報告する。
「客人? 少佐の客ということか?」
孫能の側近の一人が確認する。
「それが、軍曹が申しますには、国王陛下の客人ということです」
「なんだと!?」
却って話がわからなくなり当惑したが。
「とりあえず、ここに通しなさい」
孫能は落ち着いた声で言った。
「なッ──!?」
董計は思わず声を上げた。
孫能たちはそれに一瞥したが、特に声は掛けなかった。最早、問う必要もないと判断したからだ。
董計が、鮑謖隊の軍曹と共に来た少年を見て、声を発したのは明らかであった。そのような反応を為し得て、且つ、汐径国王の客人になれる人物といえば──。
「失礼ですが、董本様であらせられますでしょうか?」
孫能は恭しく少年に尋ねた。
「はい。私が董本です」
「おおっ! 私奴は、この軍を指揮しております孫能と申します。ご尊顔を拝することができ、恐悦至極にございます」
言って孫能は深々と頭を下げた。
しかし董本は。
「私はただの子供です。一軍の首将たる孫能殿に頭を下げられるような資格はありません」
少年の声が凜として言った。
その董本の姿は、尊王に愉悦を感じる孫能のみならず、彼の側近たちにも静かな感動を与えていた。
彼らは董計の大きな態度に白眼を向けていたから、王の客人などと聞き、またぞろ偉そうなのが来たかと警戒心を持っていた。ところが、あらわれたのは十歳ほどの子供で、今度は侮りの目で董本をみた。
だが少年は、しっかりとした人格と品位を感じさせる言葉を放ち、孫能の側近たちは己が浅慮を恥じた。
「ど、どういう事ですか、孫能中佐!?」
董計は狼狽えながら問う。
「さぁ──。私にもわかりかねます」
孫能の声からは、これまでと違い、丁重な音が消えていた。
──!?
これに董計は動揺を禁じ得ない。何か局面が動いたか、大きな計略に自分が掛かったのかも知れないと考え出した。
尤も、それは誤解である。
孫能は、暫定国王の息子という人物から、王位継承権を持つ本物の王子に、恭謙の対象を変えたに過ぎないのだ。
さはさりながら。孫能の特殊な性情を理解できるはずもなく、董計は豹変を恐れ、この場から逃げだそうとした。
が、すぐに孫能の側近たちが動き、董計と彼の従者は捕らえられた。無論そこには、対峙している梟軍のこともあり、董計からは事情を聞きたいという理由もあった。
孫能以下、誰もが彼らを逃がすまいと思っていたとき──。
「僭越ながら申し上げます。鮑謖少佐は、董計は帰すべきと判断されております」
朗朗と言う者がいた。
これには、孫能や董本たちばかりでなく、当の董計たちも驚きの表情をした。
「軍曹、説明せよ」
孫能が言った。
「はっ。まず最初に、私たちには董本様を助け、董彬を排除するという密命があります」
軍曹の女の言葉に孫能たちは驚いた。彼女は続ける。
「前方の梟軍。おそらくは董本様の存在を知って、これを討たんと動かされたものと推測いたします。聞けば、本隊に見える旗は公爵家の物で、董彬自身がいることを示しているとか。ならば、この後は董本様と董彬、両者の雌雄を決する戦いとなる訳です」
軍曹はここで、一度、董計の方を向いて。
「董彬一派は政変を画策し、王族を殺し、剰え生き残った董本様まで暗殺しようとしました。これは言わば邪道です。そこまでして玉座を望むのが董彬なのでしょう」
言って向きを直し、彼女は続ける。
「今、決戦を前に、董計を捕らえておくことに戦略的な利は少なく。その上で、彼を拘束するのは人質に近く、これも邪道の謗りを受けかねません。鮑謖少佐は、董本様に正道を以て玉座に就かれること、文字通りの王道を進まれることが正解だとお考えです」
滔々と語った。
話を聞いた孫能は、しばしの黙考のあと。
「離してやりなさい──」
そう命じた。そして。
「董計殿。父君に、私たち汐径軍は董本様に味方して戦うとお伝えください」
とうに卑屈さなど消えた声で言った。




