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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第74話 宣戦(前半)

 乍洪(サコウ)は准将であったが、政変時の対応を(とが)められ二階級の降格処分を言い渡された。董彬(トウヒン)の意に沿わぬ者への、見せしめ的な更迭(こうてつ)劇とも言え、周囲には不満の声も上がった。

 しかるに乍洪としては、王族を守れなかった負い目と、唯一の生き残りであった董本(トウホン)が失踪したこともあり、一種の諦めを以て左降(さこう)を受け入れた。


 直後、辛国攻めが決定したが、その編制から乍洪は排除された。

 いや、彼ばかりではない。同じように降格となった者、即ち、董彬に非協力的だった者は置いて行かれる事となった。

 勝てる戦と踏んで、手柄を支持者たちで独占するつもりなのだと理解した。



 ふと乍洪は。

──去年の今頃は、何をしていたか・・

 政変前の事を思い出そうとしたが、凄く曖昧だった。一年前のことなのに、幼少の思い出を探っているように遠く感じた。

 聞けば、議会が招集され、そこで董彬が正式に国王になるのだという。

──今日は酒でも飲みたい。

 建前として慶事になるが、乍洪的には別れの心境だった。

 あれこれと考えてしまう──。

 国が終わり新生する。そういう日だから、ガラにもなく感傷的になってるのかも知れない。乍洪は、そう己を内観した。



 斯様にして物憂(ものう)いとき──。


「全軍、直ちに出撃し、先行する我等に追従せよ」

 董彬の親衛隊の者たちがやってきて、一方的に命じた。

 彼らは元は地方軍の者で、董彬によってまとめられ政変を倒した主力であった。特に定めがある訳ではないが、既成事実として他の軍人より上位にいる感じで、肩で風を切って歩いている者たちだった。

「偉そうに・・」

 誰ぞのつぶやきが聞こえる。

 董彬が王となったら、彼らはさしずめ禁軍といったところになるのだろう。こういう態度にも慣れておく必要があるかもと、乍洪は考えた。


 乍洪は歩兵二百の隊長として出動した。少し前までは准将だった彼だ。率いること自体は何の問題もなかったが、兵たちは何とも言えない気まずそうな顔をしていた。


 親衛隊は正規軍を待ちもせずに、どんどんと進む。

──何を急ぐのか?

 疑念は生じるが、とにかく追いつかねばならない。何処へ向かっているかも知らされていない。あとで合流しますとはゆかないのだ。正規軍千二百は、準戦闘速度で走ることを強いられた。

「中佐。董公爵家の旗があります」

 部下が親衛隊を指して言う。

「よもや──、公爵自身が率いているのか」

 一応まだ、王ではないはずだ。だから誤りでも不敬でもないが、それでも言葉にしたとき、乍洪は少しばかり緊張した。


 正規軍が親衛隊に追いついて、速度は幾分か落とすことが出来た。しかしそれでも速いは速いで変わらず。

──このままでは歩兵が草臥(くたび)れる。

 乍洪たち、多くの指揮者は困惑した。

 急に兵を、それも千五百ほどを率いて行くのだ。これが単なる行軍訓練という訳ではあるまい。となれば、兵の体力は温存しておかねばならないのに、異様なハイペースでの進行は(いぶか)しむに十分な話だった。

 進む方向は南西。

「この先には汐径軍がいるのではありませんか? 確か、董計(トウケイ)殿が東錬へ道案内していると聞きましたが・・」

 二虎競食の計と言うらしい、汐径と東錬を戦わせる策。そこから、より現実的に、汐径側に少しだけ味方する手段というのが道を貸すという方法だった。

「彼らと共に東錬へ攻め込む気でしょうか?」

「それなら兵糧の準備も必要だし、この性急振りを説明できん」

「まさか──、汐径と戦うなんて事ありませんか・・」

「馬鹿な。それなら騙し討ちではないか! よしんばやるとしても、待ち伏せや挟み撃ち、如何(いか)様にでも作戦は立てられる。やはり慌ててする事ではない」

 部下の言葉を否定した感の乍洪だったが、親衛隊から感じる気配は、まさしく戦場へ急ぐ軍のそれであった。



 全軍は停止した──。

 ()たせる(かな)、前方には汐径軍が見える。七三か六四で大きく二隊、並列に分かれている。単に行軍しているだけなら分かれる必要はないはずで、そこから読み解けるのは。

「待ち構えていたのか」

 乍洪は小さくつぶやいた。

「中佐。汐径軍から闘気のようなものを感じるのは私だけでしょうか・・」

 戦いの可能性を言ったのは部下自身だ。それでも声には大きな動揺があった。

──くそっ。本当にやる気なのか?

 乍洪も(いきどお)りを禁じ得ない。

 向こうは千ほど、こちらは千五百。衆寡(しゅうか)は十分有利だが──。

「中佐。我等は不利ですね・・」

 部下の言葉は、おそらく多くの指揮者が持つ感覚だろう。

──数の上では勝っていても、士気という点に()いて負けている。

 味方、とりわけ正規軍はいきなりの臨戦に戸惑いがある。移動の疲れも相俟(あいま)って、不安が兵たちを支配しつつあった。

 他方、汐径軍は、戦いの気を静かに練ってきた感があり。乍洪が表現したように、待ち構えた、待ちに待ったという気味を携えていた。

──いったい何を考えている!?

 唐突に軍を動かし戦いに臨む董彬に対して、今の乍洪に出来ることは、心の中で声を上げることぐらいしかなかった。



 親衛隊から指示があり、五百ほどが分かれ相手の小さい方に対処する布陣となり、乍洪の隊はそちら側に組み込まれた。

──苦闘が始まる。

 その予感を乍洪は持った。





 あらわれた(キョウ)軍は二手に分かれた。

 さりとて、汐径軍の兵に動揺はない。当百の魔女こと鮑謖が、独自の行動をし出した時点で、それは覚悟したことだ。

 しかしながら、なんの準備もしていなかった者もいる──。

 何を隠そう、他ならぬ鮑謖自身である。


 突如あらわれた梟軍。それに呼応するように高まる味方の闘気。それらを受け鮑謖は。

──ん!? 東錬へ行くのでは?

 多少の困惑を持ったが。


──全軍、落ち着いてるから連絡はあったのかな。

──もしかして姜彧(キョウイク)中佐がわざわざ言ってきたのって、これか?

──ちゃんと聞いとけばよかったな・・

──まっ、よーするに、実力で王位を奪還するって話ね。


 勘が良いのか悪いのか、一足飛びに正解に辿り着き、単に自分が詳しく話を聞かなかっただけだと判断した。

──にしても、うちの隊員は落ち着いてるな。

 鮑謖が知らぬのだから、成嬰以下にも連絡はないと思うが、さも泰然とした態度の隊員たちを見て思った。

──うん。持つべきものは優秀な部下だね。

 情報の不備もなんのその、言わずとも適宜行動できる優秀な人材というのは勿論。配属された五十名も、砦の隊員たちの影響を受けて同じように平静を保っている。


 ともあれ。対峙した軍勢がぶつかる流れなのは間違いないだろう。

──となると、董本様たちをどうしよう?

 このまま護衛をし続けるのか、それとも何処かへ移ってもらうのか。鮑謖にはわからぬが、悩む必要はない。

「先越!」

「はっ──」

「伍長は董本様たちをどうするべきと考えるかな?」

 わからぬのなら、わかりそうな者に聞けば良いのだ。

 先越は数秒考えると。

僭越(せんえつ)ながら、董本様には孫能(ソンノウ)中佐の所へ移っていただいた方が(よろ)しいかと──。元より中佐はこの軍の大将であり、守るべき(かなめ)です。董本様もまた守るべき方。二人が別れているよりも、一箇所にまとまっていた方が対処がし易いかと。また我等も能動的に動くことができ、副長の指揮も遺憾なく発揮できるかと愚考いたします」

 淀みなく言った。

「うん。イイね──」

 鮑謖は返すと。

「成嬰少尉。隊を真ん中に移動する」

「はっ、直ちに!」


 鮑謖の指示により、本隊と三百、その間に鮑謖隊の百が移動した。


「軍曹。細かなやり取りは任せてもいいかな?」

 鮑謖が崔弱に言う。本隊に董本を預ける事についての話だ。

「はい、大丈夫です。ただ──、向こうにいる董計については、どうされますか?」

「あれ? まだいるの?」

「はい。帰ったという知らせはありません」


──どういうこと?

 鮑謖の中では、董本が汐径軍と共に董彬を倒す筋書きがあって、董彬側が気付いたから軍がやって来たのだと理解していた。だから、息子の董計が残ったままというのは()せぬ話であった。

──知らされてなかった系かな?

 とたん、鮑謖は憐憫(れんびん)の情を催した。何も知らず、知らぬ間に話が進む。その当惑は、彼女も身を以て知るところである。


「あー、基本的に中佐と董本様たちの判断だけど・・ 個人的には帰してもいいかと思うね」

 鮑謖は特に意図もなく、単に同情として言った。

──!!

「はい。了解しました!」

 崔弱は確信を得たように力強く答えた。



 鮑謖隊から崔弱が先導する形で、四騎が本隊に移動した。





(後半へ続く──)

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