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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第73話 衝突の予感

 道案内をするとしてやって来た人物は、此度の(キョウ)国を通る作戦の協力者である、董計(トウケイ)その人であった。


「確認するけどさ。董計って、暫定国王の息子なんだよね?」

「はい。次男のはずです」

「──ってことはさ。董本(トウホン)様の敵になるよね?」

「そうなります」

 鮑謖は先越に確かめながら思考する。


──マズくない?


 あっちの襲撃を(かわ)すために董本は、辛国を経て、はるばる汐径までやってきた。ただでさえ見つかるとヤバイのに、董計に知られたら、えらいこっちゃになる。

 いや、そっち向きも勿論、問題だが──。


──カタキみたいなもんでしょ。


 董本たちから見ても、倒すべき敵である以上、彼らの方からアクションを起こす可能性もある。流石に董本本人と百栽(ヒャクサイ)は何も出来まいが・・


──あの護衛は危ないかも・・


 高勉(コウベン)のことだ。鮑謖が会ったときは、剣やら何やら投げて敵を倒していた。董計が彼女の視界に入ったら、手持ちの何かをぶん投げて仕留めに行きそうな気がする。

 畢竟(ひっきょう)、あっちもこっちも双方向で殺意が飛びそう、武器も飛びそうに思えた。


僭越(せんえつ)ながら、現時点に()いて両者が邂逅(かいこう)する事態は避けた方が(よろ)しいかと」

 先越が言う。機転の利く彼の言葉だ、おそらく正解だろう。

「うん──。じゃあ、本隊から少し離れようか」

「少佐に指揮権のある四百で、という事でしょうか?」

「えーと・・」


 鮑謖の麾下(きか)となっているのは、遊撃隊の五十を中心とした百名。それとは別に、三中隊三百も統率することになっていた。梟国を進む軍は、孫能(ソンノウ)中佐の六百と、鮑謖の四百の二つの大隊という形で構成されている。

 鮑謖は麾下百だけで離れようかと考えたが。


──逆に目立つな。


 (かえ)って変に注目されて、董本の存在がバレる(おそれ)を感じた。

 ならば四百でとなるわけだが。


──兵糧の味変もしたいし・・


 ここまでで既に食事に飽きが生じ始めていた鮑謖は、持参した食品を使って調味をしたかったが、指揮下になった他の隊の手前、遠慮を余儀なくされた。

 自分たちばっか美味い物を食べて~というやっかみを、鮑謖は誰よりも恐れているからだ。さしもの彼女も四百人分は想定しておらず、用意もない。

 隊が離れることになれば、鍋の中身を知られずに済むから、それら(そね)みは回避できると思われる。

 これらを考慮した結果──。


「──そうだね。四百で距離を取ってから、更に、うちの百だけで分かれよう」

 鮑謖は、そう決定した。

「はっ。すぐに副長に伝えます」





 成嬰の指揮によって四百は本隊より分離、並行する形で進んだ。そして、鮑謖隊百は少し後ろに下がり、三百の影に隠れるようにした。

 これは勿論、董本のトラブルを避けるためであり、ついでにこっそり美味しい物を食べようという、鮑謖の(さか)しさがもたらした産物である。

 さはさりながら──。

 鮑謖は百手を見通すと噂されている。千軍の多くの兵は。


──何かあるに違いない!


 副将たる立場の鮑謖が、ここに来て軍を分けた。そこに深い意味があると臆断した。

 また、董本の事情を知る遊撃隊の者たちも、食事となった際に緊張を持った。


「豪華になってるな・・」

「ああ──」

「美味いな、これ・・」


 味が良いなら良いという単純な話とはゆかない。なぜなら彼らは、鮑謖が大きな戦いの前後に、食事を奮発すると知っているからだ。

 配属された残り五十名の大半は、そんなこと露程も知らなかったが、遊撃隊の者の緊張を感じ取り、知らずとも勝負飯であることを悟った。


 千軍は知らぬ間に、臨戦の気を持つに至っていた。





 議場に議員たちが、ぽつぽつと集まりだした──。

 時間にはまだ余裕がある。早め早めに行動するタイプや、他に用も無いのでという者もいるだろうが、大概はこれから出されるであろう議案について話をする機会を求めてであった。


──本日を以て、董彬(トウヒン)は国王となる。


 この流れは、最早、阻止できぬであろうというのが、議員たちの結論だ。


 董本が襲撃され行方不明になった時点で、ここに帰結するのは自明の理だった。それでも多くの議員がささやかな抵抗をしたのは、董本の生存に一縷(いちる)の望みを(いだ)いていたのと同時に、董彬に厭悪(えんお)を禁じ得なかったからだ。

 さしたる証拠はない──。

 が、状況を考えれば董彬の側しか得をせぬ話であったから、疑わしむに十分だった。

 続く辛国攻め、その前段階での軍権の掌握。そこにも粛清めいた人事があり、その強引さから董彬という男の性情(せいじょう)を、手段を選ばぬ者と理解した。

 辛国には政変の糸を引いたなどと言って戦争を始めたが、董本が辛に逃れたという話も聞こえてきて、それが関係してるとの推測も持たれた。

 誰も言葉にはしない──、しないが・・


──董彬がやったのだろう。


 議員たちの胸裏ある声がそれだった。

 一度疑念を持ってみれば、これまでスルーしていた部分にも違和感が生じる。


──王族を殺したのは政変側か?


 クーデターによって殺されたとなっているが、全員殺すなどあまりに不自然だ。傀儡(かいらい)として幼君を立てる方法も普通にあったはずだ。そうでなければ正当性など一片もなく、玉座に座ったとて誰も相手にしまい。

 そこから導き出されるのは。


──董彬がやったのではないか。


 という推測。

 更に溯れば政変時の鮮やかな対処。その手腕の見事さばかりに目が行っていたが、今から振り返ると、そこに(はかりごと)の匂いさえ感じる。

 ここまで来ると賛成の票など入れようとも思えぬが、軍を掌握し戦争を起こした董彬を前にしては、己に嘘をつくのも致し方なかった。



 時間が来た──。

 議場は既に議員で満たされている。董彬が入ってくれば、あとは手飼いにした者が発議し、大義が語られたのち、決が取られることになるだろう。

 多くの議員たちは、諦念を以て目迎(もくげい)せんとした。

 しかるに、董彬はあらわれない──。

 待てども待てども来る気配がなく、議員たちもざわざわとし出した。

「ハッ。肝心なときに遅刻か?」

 最初は単に遅れてるだけと思われたが。

「兵を率いて出かけたらしいぞ」

 誰かが話を拾ってきて言った。

 何処へ、何をしに、どれ位の兵で向かったのか? 当然の疑問が湧く。もしや辛国が逆襲に来たのかとの想像もあった。

「南西の方へ向かったようだ」

「都の兵と、自分の親衛隊で千五百はいたそうだ」

 次々に情報が入ってくる。


──何が起きているのか?


「待て。そっちの方向には、東錬に向かう汐径軍がいるのではないか?」

「共闘でもするのでは」

「それはおかしい。辛国に集中するため、汐径と東錬を戦わせるという話だった。共闘したのでは自ら二正面にすることになる」

「では、なんだ? そもそも議会をほっぽり出して行くほどの事があるのか。しかも大軍だ」

「わからん・・」

 議員たちが困惑に包まれたとき──。


「皆、聞いてほしい!」

 唐突に声を張る者があらわれた。

「私はかつて百栽先生の元で学んでいた。董本様の教育係をされていた人だ。襲撃以来、行方がわからなくなっていたが、先日手紙が届いた」

 彼をそう切り出すと。

「先生は董本様と辛国を経て汐径に逃れたそうだ──」

 この言葉に響めきが起きた。

 彼は手で待て待てと周囲に示して。

「重要なのはここからだ。その董本様だが、此度の東錬攻めに(かこつ)ける形で、汐径軍と共に梟国に戻って来ている。その目的は言わずもがな、董彬の排除だ!」

 これには響めきばかりでなく。

「そんな馬鹿な! いくら何でも汐径軍がそんな事に手を貸すとは思えない」

 と、指摘が入る。

「董彬を排除後、一時的に同盟を結び、辛国と手打ちにし、東錬を共に攻めるという確約があるそうだ」

「ど、同盟──!? し、しかし辛国と手打ちは汐径にはどうにもなるまい。汐径は辛と敵対関係にある。つい先日も戦ったばかりだ。辛に関して何の約束ができようか」

「当百の魔女の噂は聞いた事があるだろう。董本様が辛国から汐径に行ったのは、その魔女の手引きによるものだ。そして今回の件にも深く関わっており、董本様に同行している。その実力と精神性から、今や魔女は、辛軍では畏怖の対象となっている。魔女の存在が辛国に大きなプレッシャーを与えているのだ。事が成った暁には、辛との国境で連絡を取る算段もあり、それで手打ちにに持って行くとの話だ」

 これを聞いた者が。

「すると、千五百の兵が向かったのは──」

「董本様の存在を知った董彬が、逆に汐径軍ごと打ち倒す気なのだろう」

「なんてことだ。このままでは董本様が危ない・・」

 斯様な声が上がるが。

「百栽先生は最後にこう(つづ)っている──。たとえ董彬が気付くことがあったとしても、百手を読む魔女の知謀には(かな)うまい、と・・」


 しばしの沈黙のあと一人が。

「結果がどうなるかは神のみぞ知る話だろう。私たちが今、あれこれ気をもんでも仕方があるまい。ただ、どちらに転ぼうとも準備だけはしておくべきだと考える」

 そのように言った。

 議員たちは、めいめいが頷き合った。



 始まらぬ議会では、静かに別の議案の作成が始まった──。

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