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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第70話 兵備

「流石だな少佐。話が早くて助かる」

 期日の三日前に先乗りした鮑謖に対して、姜彧(キョウイク)が言った。

「いえ──」

 返しながらも。

──やる気があると思われたかな?

 乾燥した海産物などを物色しようと早めに来たのを、参戦する熱意のあらわれと誤解された、そう解釈した。


「早速だが、少佐には次なる編制に()いて先行隊側に加わってほしい。およそ千の規模で、孫能(ソンノウ)中佐が率いることになっている。言わずもがな、(キョウ)国を通る方になる。そして、その輜重隊(しちょうたい)に、密かに董本(トウホン)一行が加わる。特別遊撃隊には、彼らの護衛を頼みたいのだ」

 姜彧は『わかっているとは思うが』という(てい)で話をしている。


 しかしながら、鮑謖は何もわかってはいない。


 ここに齟齬(そご)があるのは鮑謖も認識したが、彼女は元より誤解を放置するタイプである。相手が怒ってるとか、自分に不都合が生じない限り、それらを修正したりしないのだ。


 今回も知らない情報が見受けられたが。

──早い話、董本を送り届ける訳ね。

 詳しい事情は不明だが、国に戻ることになった彼を、上手く理由を付けて軍の中に入れたのだろうと推測した。背景に何があるにせよ、難しい仕事にも思えなかったし、鮑謖の考える危なくない位置取りにも合致した。

 (ゆえ)に彼女は。

「はい。董本様のことはお任せ下さい」

 自信を持って応えた。


 それに姜彧は深く頷いたが、それもまた大いなる誤解の仕草であった。





──存外、普通の者だったな。

 鵡望(ムボウ)は思った。

 挨拶に来た、鮑謖少佐の印象だ。


 鵡望の想像では、もっと自信家か、才気溢れる人物だったが、実際の彼女は、大佐である自分に恐懼(きょうく)する、若い将校でしかなかった。

 (いささ)か期待外れという感は否めなかったが、扱いに困るような増長、増上慢(ぞうじょうまん)よりはマシであろうと思うことにした。


 それでも──。

「まぁ、耳聡(みみざと)いところは流石か・・」

 評価に聞こえる部分は声にだした。

「そうですね。噂では、身銭を切って情報を集める者を雇っているとか」

「ほう──」

 部下の言葉に素直に相槌を打った。事実であれば、殊勝なことである。

「それに奇襲の意味合いが強いですから、鮑謖少佐は、そちらの方が活躍できると考えたのでしょう」


 鮑謖は先行隊への加入を希望してきた。特に言及はなかったが、梟国を通ることを知っている風で、それは限られた者が知る情報であった。


「確かにな。彼女の戦いを振り返ると、常に相手の意表を衝くものだ。(もっと)も、味方の意表をも衝いてる訳だが──。とまれ、奇襲を得意としてるのは間違いないな」

 鵡望は己が分析と照らし合わせて、鮑謖が、先行隊側への参加を希望したことに納得を持った。



「ところで大佐。徐厥(ジョケツ)准将から、横槍のようなものはありましたか?」

 部下の言は、鮑謖が准将直下になっていることを気にしてのものだ。邪魔とまではゆかずとも、文句の一つぐらい来るかと考えた。

「それが何もなかった。私も気になって少し調べたら、准将と少佐は面識がないようだ。特に(かか)え込むつもりはないのかも知れん。更に今回は、編制に関しても別段、これといった主張はしてこなかった」

 鵡望としても、やや肩透かしであった。

「まぁ、面倒な話にならなくて良かったが・・」

「そうですね──。それで、指揮権はどれ程にされますか?」

 鮑謖に割り当てられる兵の数のことだ。

「三びゃ──、いや、四百を持たせよう」

「四百ですか。それだと孫能中佐の立場が弱まりませんでしょうか・・」

 先行隊での大将としての威厳が薄れることを危惧した発言だ。

「問題ない。孫能は尊王精神のある男だ。臣階でいえば孫能と鮑謖少佐は同じになる。王を(たっと)ぶ彼が、その序列を重視せぬ訳がない。むしろ折半しようとしてくるのではないかな? まぁ、そんな事すれば本当に立場がおかしくなるから、させはせんけどな」

「なるほど──」

 部下は鵡望の見立てに細かく頷くと。

「では、早速、その段取りに掛かります」

 そう言った。


 鵡望はそれに黙って頷いた。





「また喧嘩か・・ いい加減にしろよな」

 隊長の嫌味な独り言のような説教が始まった。

 楊休(ヨウキュウ)は、それをほぼ聞き流しながら直立している。毎度のことだ。隊長は「また」と言ったが、そのまま彼自身の語りにも通じる話で、大概同じことしか言わない。



──つまらない奴らばっか。

 楊休は思う。

 元より、隊の者たちとは馬が合わないことが多かった。それで屡屡(しばしば)トラブルを起こしていた楊休だったが、先の辛国攻めの後は輪を掛けて悪化した。

 原因は楊休が伍長に昇任したのがある。

 それは彼女が戦場で活躍したゆえであるが、それを妬んだ連中は。


「勝ち馬に乗ったダケだろ?」


 功特級を賞された者の隊にいたのだから当然だと言い(くた)した。

 楊休も、それを黙過するような性分ではないので、売られたものを買うとばかりに喧嘩になり、相手も相手で、ややもすれば彼女が降格になるのを望んで応じた。

 そんな事が何度かあり──。

 畢竟(ひっきょう)、このやっかみと、その源流たる侮りに、楊休は辟易(へきえき)していた。



「聞いているのか!」

 隊長の声が思考を眼前に戻す。

「聞いてますよ。このままでは降格処分が云々かんぬんでしょ。続けて下さい」

 楊休が返す。

 尤も、聞こえているだけで、聞いているとは言い難い。それは隊長にもわかり。

「なんだその言いぐさは!」

 彼も不満をあらわにした。

──面倒だな。

 楊休は思うと同時に、今この男をぶん殴ったら、さぞ心地が良かろうと夢想した。

──いっそ、やるか。

 不穏なことを考えたときだった。


「隊長。本営より辞令書と、特別遊撃隊の者が来ております」

 同隊の者が言って、辞令書を渡した。

「一体何だと──」

 隊長は言いながらも中身を確認する。そして、読み終えたそれを楊休に突き出す。

「読め──」

 楊休が受け取ったものには。


『歩兵第四小隊所属、楊休伍長。特別遊撃隊への出向を命じる』


 そう記されていた。

 持ってきた者が。

「それで遊撃隊は先行隊に属するそうなので、呼びに来たと言うんです」

 そう捕捉した。

 先行する千の軍は、本隊より一日早く出る予定になっている。

「そういう事だから、さっさと支度して行け!」

 隊長は言った。

 彼としても、面倒臭いのがいなくなって、せいせいするといったところであろう。

「はい──」

 楊休は返事をし、素早く準備を済ませて営舎を出た。



「よう──。荷物はそれだけか」

「ええ──」

「こっちだ──」

 言って歩き出すのは仞操だ。

「そっちも伍長になってたんだ」

「ああ──。まぁ、さして仕事は変わらないが」

「そうね──」

 楊休は応じながらも。

──何このたどたどしさ!?

 ひさしぶりの会話に難しさを感じ、戸惑った。

 前はどうやって話していたか、よくわからなくなっていて、楊休には自分の声さえ、別人が喋っているように聞こえた。


 薄ら混乱状態のまま、導かれるがままに歩き、楊休は鮑謖隊の宿舎まで来た。


「少佐は出かけてるみたいだな。副長に会っておけばいいだろう」

 仞操はそう言うと「ちょっと待ってろ」と一人で何処かへ行ってしまった。

 必然、楊休が一人になり、周囲の視線は彼女に集まった。

──そういうことか・・

 楊休は以前に感じた不思議な視線、その正体をようやっと理解した。それは力量に向けられていたが、嫉視や値踏みとは似て非なるもの。

──憧れだ。

 皆の瞳には、楊休の姿が、憧憬の対象として映っていた。

 このところ彼女に向けられたそれとは、正反対のベクトルだったため、その意味を解することが出来たのだと自得した。

──なにこれ。最高にいい。

 楊休は知らぬ愉悦を知った。


「待たせたな──」

 仞操が戻って来た。

「いや、早いぐらいよ」

 楊休は返した。

 早い。もう少し視線を感じても良かったと思った。

 それに、さっきも早かったかも知れない。


──もう少し後なら、殴れたのに・・

 楊休は、険吞(けんのん)な思考をしながらも、心は()いでいる自分を見つけた。

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