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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第69話 ペーソス

 鮑謖が董本(トウホン)から解放され、砦に帰還してから数日後、彼女の元に本営から指令書が来た。

 それには、東錬国に対して報復戦争を仕掛ける旨が記されており──。

『期日、鮑謖少佐及び特別遊撃隊五十名は孚門(フモン)に集結せれたし』

 と、鵡望(ムボウ)大佐名義で、鮑謖への参戦要請があった。


 一応、鮑謖は准将直下であるから、指令書という体裁をとっていても命令はできない。それでも送って来たのは、特別遊撃隊に独立した行動権があるからだ。

 要は、鮑謖がOKすればOKという話である。


 当然NOとすることも可能だが。

──季孫泰(キソンタイ)中尉か・・

 指令書の他に、鮑謖に個人宛で手紙も来ていて。知り合いからのそれには──。

『鵡望大佐の要請に応えてもらいたい』

 と、鮑謖に参戦を願う内容が書かれていた。

 コネに頼ろうというのは、過日、鮑謖自身もやったことである。だから、有用性は疑う()くもない。

 さはさりながら、もう随分と顔を合わせていない相手だ。正直なところ、鮑謖の記憶の中の彼は、少し曖昧ですらある。そういった観点から考えると。

──たぶん、上から言われたんだろうな・・

 きっと「お前知り合いなんだろ?」的な圧力で、仕方なしに書くことになったのだろう。そこに幾許(いくばく)かの同情はあった。加えて。

──世話になったといえば、なったな。

 鮑謖が武官学校で進級できたのは、賊徒討伐に参加した際の加点がある。その評価を付けた一人が、小隊長だった季孫泰であった。

 当たり前かも知れないが、ごく普通に新兵として扱われた。

 仮に、底意地が悪い隊長であったら、鮑謖が活躍する機会も生まれなかったかも知れず、そうなると落第になっていた可能性もある。


「はぁ──。まぁ、顔だけ立てておくか・・」

 書面によれば、特別遊撃隊はそのまま独立性を維持できるようだし、危なくなさそうな位置取りをしておけばいいだろう。と、雑に考えて、鮑謖は参戦を決めた。

「よし。そうと決まればフレーバーの準備だね」

 鮑謖はサクッと頭を切り換えた。

 兵糧は飽きる──。

 前回の遠征で学習した鮑謖は、味変して倦怠(けんたい)を乗り切ろう作戦を密かに考えていたのだ。

「やっぱり海の味も欲しいし・・」

 既に幾つかの味は用意しているが、バリエーションを増やすためにも海産物を手に入れたく思い、期日に前乗りして向かう事にした。





──無茶をする。

 汐径が東錬への侵攻を決めたという話を聞いて、高勉(コウベン)は思った。

──二匹目のドジョウとはいくまいよ。

 辛国に対しての成功体験があるから、東錬でもと思ったのだろうと臆断した。高勉は軍人ではないが、二国の戦力が別物だとの認識は持っている。しかしそうなると。

──判断がおかしいな。

 汐径軍も、東錬の戦力はわかっているはずである。にもかかわらず、こんな決定がなされた事に、あらためて疑念を持った。


 (もっと)も、これは現状というより一般的な見方でしかない。ひょっとしたら東錬で何かトラブルが起きていて、汐径はその隙を衝こうとしてる、なんて事もあり得る話だ。



 そんな折、汐径軍から董本に会談が申し込まれた。

 それ自体は一向に構わない話だったが──。

『董本様と(キョウ)国の方のみで』

 という指定があった。

 こうなると、楽正微(ガクセイビ)と滞在している家主、欠圓(ケツエン)は蚊帳の外になってしまう。


「私は辛国の人間ですからね。本来、ここにいることすら際疾(きわど)い話です」

 楽正微は諦観を持ったように言った。

 欠圓の方も。

「色々あって貴族は今、軍事関係と相性が悪い。こればかりは致し方ない」

 と、諦念の言葉を吐いた。


 まったく関係ないが、二人に血縁があることから。

──血のなせる不思議か?

 高勉は、彼らの似たような反応に、そんなことを考えた。




「よもや斯様な計略があるとは──」

 話を聞いた百栽(ヒャクサイ)は言った。

 東錬を攻めるという体で道を借り、軍を進めて董彬(トウヒン)を討つという計画。

 百栽の胸中が何であるかは想像がつかないが、高勉は。

──小気味がよい。

 そう思った。



 汐径対東錬という大きな枠組みの中に、董本の王位奪還を忍ばせるやり方。それも発端は董彬側からの書状であり、これはたぶん、汐径と東錬を戦わせる二虎競食の計だ。相手からの話に乗っかる形で、逆に相手を利用し、最後には董彬を滅ぼそうとする。

 立ち合いに()いて、相手の力を利用する、動きを逆手に取る、そういった戦いを彷彿とさせる(たく)みさがあった。



「つきましては王権を取り戻したあと、一時的に汐径との同盟を結んでいただきたい」


 汐径軍の意図は明白である。梟国の軍との共闘で東錬に打撃を与えようというのだろう。

「私としては良い話に思えますが、軍を動かすのは軍人たちです。果たして、私がどれほどの権威を(もっ)て実行に移せるか・・ 正直、疑問に思います」

 董本は直截(ちょくせつ)に言った。

「それでしたら、政変の責任を感じて辞した者たちがおります。政変の首謀者が誰であるか、彼らも薄らとは気付いておるかと。密かに連絡を取り、協力を取り付ければ、事が成ってすぐにでも軍権を機能させることが可能でしょう」

 百栽は、そのように献言した。

 彼はこれで結構、顔が広い。それら軍人たちとも渡りを付けられる知り合いがいるか、ともすれば、既に手紙などを送っているのかも知れない。


「高勉は、どう思うか?」

 董本が問う。

「私としては、董本様をどう梟国にお連れするのかが気になります」

 高勉は言った。



 王権を取り戻すからには、董本自身が玉座に座る必要がある。でなければ、汐径軍は単なる侵略者になってしまう。体面としては董本に助太刀している形だ。董本が軍と共に移動するのは間違いなく、その手段は気になるところだ。

 高勉の役割は、あくまで護衛である。そこを中心にして、外側の方にある話は、極論どうでもよかった。



「現時点では、荷馬車に見せかけたもので近づき、作戦となったときには騎乗していただこうかと考えております」


 軍は、おそらく兵に対しても、ギリギリまで目的を伏せるつもりなのだろう。

「では、その車の周りの兵は、董本様を護衛する者と考えてよいのか?」

 高勉は確認する。


「そこにつきましては、特別遊撃隊を充てられないかと検討しています」


「なるほど──」

 つまり、当百の魔女率いる砦の兵たちだ。

 高勉が王都までの随伴で見た限り、練度の高い兵たちだった。そして何人かは、精鋭と(おぼ)しき者もいた。彼らが付くなら、守りとしては問題ないと言える。

「わかりました。私からは、他にありません」

 董本はきっと、この計略についての意見を求めていたと思われるが、高勉には判断できかねたし、元より護衛の分を越えた話だ。彼女は朴念仁を装って意見を言うのを控えた。



 董本は、一人難しい顔をして考えていた。


 少年には重すぎると感じるが、玉座に座らんとするのは、こういう事であるはずだ。

 百栽はどうか知らないが、高勉は、無理にそれをさせるつもりはない。むしろ、子供らしく自由に生きてほしいとさえ思う。無論、それも己が分ではない。

 そのように思考してると、ふと客観が来る。

──私はズルイな。

 責任のない立場に居続けようとする自分を、高勉は(わら)った。



「汐径軍からのお申し出、私は受けたく思います。何卒、よろしくお願いいたします」

 董本はしっかりとした声で、返答した。


 高勉には、それが頼もしくも、哀しくもあった。

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