第66話 紆余曲折
議会では唐突に東錬国に対しての報復戦争が発議された。
一応、軍からの提案という体をとっているが、議員主導によるもので、反主流派とも言うべき軍人たちを抱き込む形でなされた。
おそらく彼らは、先の辛国へのそれで剛会大佐らが手柄を上げたことを受け、ならば自分たちもと考えて議員からの話に乗ったのだろう。
議員は議員で、一部の貴族が行った情報漏洩の煽りを受けて、反東錬が是という空気が生まれており、この機に政治的な力を強めたい勢力がいて対東錬の流れを作り出した。
さりとて、東錬は大国である。
辛国のように兵力差で優位に立てる訳ではない。単純に痛い目を見せてやるとはいかない、返り討ちの可能性も十分にある相手だ。
また、その隣の梟国も厄介で、汐径と東錬の戦いがあると、その後に弱ったところを叩きに来ることが過去何度もあった。
畢竟、東錬に攻め込むのは難しいと言わざるを得なく、話は頓挫すると見られた。
ところが、この対東錬報復案はギリギリで可決した。
理由は、前もって相当にネマワシが為されていたことに加え、梟国の現状についての情報が決め手だった。
『梟国は辛国に侵攻した』
にわかには信じられぬ話であったが、情報の出所が、当の梟国自身とも言える暫定国王董彬の次男、董計からの書状によるものだった事が確度を高めた。
その書状には同時に、対東錬という立場である限り、梟は汐径に害することはない旨が記されていた。
これらにより、今、梟国が攻めてくる可能性は低く、また戦後のリスクも軽減できたと判断されたのだ。
この決議は軍の主流派にとっても寝耳に水で、彼らは一様に困惑した。
なんの皮肉か。対外侵攻の障害的役割を果たしていた議会だったが、此度に関しては、まったく逆の構図となった。
辛国、楽正家の遠縁である貴族、欠圓侯爵の屋敷を訪ねている。
董本一行に加え、鮑謖、成嬰、そして鮑謖の級友で汐径の貴族でもある毛厳が、その敷居を跨いだ。
一応血縁があるとはいえ、長らく疎遠であったことからか、欠圓の最初の反応には戸惑いが多く見受けられた。
それでも彼は、董本の事情を理解し、最後には協力を申し出るに至った。
毛厳が賢明に言葉を尽くしたのもあるだろう。
手土産が予想通り、好評だったのもあるだろう。
董本たちの正当性と、董彬に対する疑念は当然の事としてあるだろう。
欠圓が受け入れた訳は色々とあるが、一番の理由は、鮑謖の存在だ。
『当百の魔女は百手を見通す』
以前より鮑謖の噂は、軍人ではない彼の耳にも届いていた。そこに新年の功章があり、その信じ難い先読みを知った。
──軍略の権化たる彼女が、少年に協力している。
その事実はもう、勝ち筋がここにあるという証左に他ならない。また、毛厳が一緒にいることから。
──毛家の復興も考えているか。
情報漏洩の件で、毛家の立場は悪くなった。一方で毛厳個人は、父を告発してまで正義を為したとして評価されている。今後、董本の王位が認められれば、自ずと毛厳の清廉さが目立つことになり、それは家の立場を回復するだろう。
そうなれば、鮑謖は政治的な後ろ盾も得ることになるのではないか?
斯様な人物なら、今後の更なる躍進も想像できる。
──これは手堅い投資だ。
鮑謖という勝ち馬に、間接的にでも関わっていたい。欠圓の損得勘定が大いに働いた結果の、協力表明であった。
ともあれ。
これを皮切りに、董本たちは次々に貴族らから協力を取り付けることとなった。
「董猪殿から、三盆の街とその周辺を完全に占拠したと知らせがありました」
「兵糧が燃えた件はどうなったか?」
「三盆の残存は僅かで、周りから掻き集めても足りぬとのこと。追加の派兵を早めて、あわせて物資を送る必要があるかと存じます」
「うむ──」
董彬は報告に考え込む。
辛国に要求した董本の引き渡しは、期限までに回答がなかった。真偽の程はわからぬが、一部の貴族が汐径国へ逃がしたという話も聞こえた。
董本の行方は気になるところではあったが、最早、局面は次に移行している。
梟国は辛国に対して信頼を裏切る不誠実な態度だと咎め、そこから鑑みるに先の政変に暗躍した疑いすらあるとして、軍を動かした。
無論、ただの言い掛かり、牽強付会の極地である。
さはさりながら、既に戦闘は起き、結果、辛国東部の街を押さえた。
作戦としては成功であったが、誤算もあり、辛軍は早早と撤収し、去り際に備蓄に火を掛けて此方の成果を減らさんとした。
辛軍の最後っ屁は見事に当たり、侵攻した梟国軍は兵糧不足に陥ろうとしていた。
「父上。その辺りの差配は董捷に任せればよろしいかと。手抜かりはないでしょうし、兄上も誰とも知れぬ者が段取りするよりも安心でしょう」
董計が言った。
「そうだな。董捷、やってくれるか?」
「構いませんが、さして結果は変わらないと思います」
肝心なのは、兵糧がきちんと届くかどうか。そこに董捷は、自分がやる必要性を見いだせなかった。
「よい──。お前がやったという経験値は、いずれ意味を成す」
董彬は言って、董捷に仕事を任せた。
話が一段落ついたところで。
「父上。私の方からも報告があります。先日提案していた汐径と東錬の二虎競食ですが、どうやら上手くいき、汐径は東錬に対して報復戦争を仕掛ける模様です」
董計がしたり顔で言う。
汐径と東錬を戦わせることで、後顧の憂い減らし、辛国攻めに集中できるというものだ。
「そうか。よくやった──」
董彬は褒めるが。
「董捷はどう思うか?」
末子に問う。
「元より二国に、此方に手を出す余裕はありません。一方が出せば、もう一方がその隙を逃すはずがないからです。だから、やや過剰かと思いますが、特に損になるとも思えません」
そう、董捷は答えた。
「うむ──。まぁ、念を入れてもよかろう」
董彬は頷きを見せ、それで話は終わった。
──またか・・
董計は苛立ちを禁じ得ない。何故に父は、いちいち董捷に話を振るのか?
──可愛がり過ぎだろう。
末の子がそうであるのは一般かも知れないが、もう幼子ではないのだ。いつまでも、という気もするし、どちらかと言えば政変以降、より弟贔屓になったように思えた。
──何が?
父をそうさせる理由を考える。
確かに董捷は目端が利く、鋭く何かを指摘するのも得意としている。父、董彬にはそれが聡明として見えているのだろう。
しかしながら、董計に言わせれば。
──私たちの焼き直しだ。
あたかも董捷の発想となっているものも、分解してみれば自分や兄、その他の者が出したそれを改変したものでしかなく。董計の心境としては、巧く編集した者に、己が成果をかすめ取られたような感覚だった。
良く言えば換骨奪胎かも知れぬが──、いや、言葉の定義はどうでもいい。要するに、既にある土台、基礎、それを元にして何かを拵える行為である。
董計には、董捷のそれが、自分たちのアイデアに乗っかる、乗っ取る、その上で父から評価されているように思えてならなかった。
あらためて考えると、やはり腹立たしい。
──父上は気付かぬのか?
愛ゆえの盲目かとも思ったが、別の可能性を感じ、況して不穏が心に広がる。
「それだと、私は当て馬ではないか・・」
董計はひり出すように言葉にした。
心に満ちた淀みは、静かに、そしてゆっくりと、彼の性情を歪ませた。




