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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第67話 シンボリズム

「大変なことになりました──」

 徐厥(ジョケツ)の言葉を一同も苦い表情で聞く。

 汐径軍本営に()いて、所謂(いわゆる)主流派と呼ばれる面面が集まった会合である。

「将軍はご存じだったのでしょうか?」

「将軍は発議自体は聞かされていたそうです。ですが、よもや可決するとまでは考えていなかったとのことです」

 一人の疑問に徐厥は答えた。

「知ろうと知るまいと、武南(ブナン)将軍は、この手の話に関与される人ではない。淡々と役目を果たす、そういうタイプの軍人だ」

 阜漫(フマン)が言う。彼は、特に主流派という訳ではなかったが、最近はそれらの者とも、よく関わりを持ってきている。

「おそらく議員サイドでしょうが──、この際、その発端者が誰なのかという話は置いておきます。問題は東錬に攻めるに当たっては、我々も動かざるを得ない、というところです」



 徐厥の言が意味するのは、派閥の力学のような話ではない。ただ単純に東錬が強く、汐径の軍として、全力で対処しなければ敗北は必至ということだ。傍観者を気取っていると、汐径という国がなくなる(おそ)れがある。

 それだけ、東錬と戦うというのは生半可な覚悟では為し得ない、非常に困難な選択だった。



「我々が知るのだから、東錬も(キョウ)国が辛国を攻めているのは承知であろう。となれば、そちらに向けていた兵力を此方に移してくるはずだ。一方、我らは後翼の存在を無視できない。その分、兵力的に不利になると見られる」

「これだと、どっちが攻め手か、わからんぞ!」

 姜彧(キョウイク)の状況把握に、剛会(ゴウカイ)(いきどお)った声を上げる。


 報復戦争が、結果として汐径を追い込むような状態にならんとしている。その危機感は、この場にいる者、全員の共通認識だ。


「それで実際のところ、派兵の規模はどれくらいで、その内、准将が介入できるのは如何ほどになると見込まれるのでしょう?」

 総兵数と、この場にいる主流派側の指揮下になる兵力のことだ。

「規模は三千。私がねじ込めるのは、せいぜい千といったところです」

「東錬が此方に集中して受けるなら、五千は用意できるのではないでしょうか」

 徐厥の答えと想定できる敵の数に、困惑の声が上がる。

「大佐の言うとおり、まるで報復されに行くようなものだ」

 分の悪い勝負に厭戦(えんせん)を禁じ得ない。

「主戦を望むグループは、小規模でも一勝して、それで凱旋(がいせん)するつもりのようだ」

 姜彧は調べ上げてきた感で、そう言った。

「けっ──。そう上手くいくか。あっちも仕返したいのは同じだ」

 剛会は吐き捨てるように言う。



 やはり東錬に侵攻すること自体、無謀という再認識に戻ってしまう。そうなると必然、主戦を担保する根拠は何なのかという話になる。いくら手柄を望んでも、勝ち目がなくては夢を語るのと同じだ。

 皆は、たぶん知る者であろう姜彧に視線を送った。



「どうやら、梟国を利用できないかと考えているようだ」

 問われてはいないが、周囲の機微を察して姜彧が言った。

 これには、ざわめきが起きた。

「いや、梟国は辛国に侵攻しているのでしょう。東錬にまで手を出すのは無理ですよ」

 梟国も大国であるが、二正面侵攻は流石にやり過ぎを否めない。どだい無理な期待を(いだ)いているようにしか思えない話だ。

「戦力としてではなく、通り道として利用しよういうのだ」

 皆は息を呑んだ。


 そのような真似(まね)ができるなら。

──敵軍の背後を取れる。

 奇襲からの一撃でダメージを与え、それを以て戦捷(せんしょう)とするならば、確かに可能性はあるかも知れないと、一同も感じ始めた。


「例の書状の主。董彬(トウヒン)の息子に働きかけるという事ですか」

「そうであろうと見ている」

 皆も判断が難しいのだろう。考え込むような者が多かった。



 姜彧は、そんな周囲を見回してから、ゆっくりと口を開いた。

「これに関して、奇妙な話がある」

 彼はそう断った上で。

「実は先の梟王の孫、董本(トウホン)が国を脱出し辛国を経て、ここ汐径に来ている。そして貴族達の協力を取り付けて、王の客としての立場を与えられ貴族の屋敷に滞在している。無論、秘密裏にだ」

 一同は不思議なものを見るように話を聞いた。

「董本は、先の政変の首謀者は、政変を鎮めたとされる者、董彬であると主張している。言われてみれば、あまりに早く、あまりに鮮やかな解決だ。(はな)から全てを知っているなら容易(たやす)い。加えて、董本自身が何者かに襲撃されている事実もある。それは辛国に逃れた後も起きており、彼らは遠縁を頼って汐径に来た──、とされている」

「されている──。とは、実情は違うのですか?」

 徐厥が聞く。

「辛国から此方に来る、その手引き、筋書きを書いた者がいる。その者は、辛国に自分が窓口になるメッセージを送り、董本たちを招いた。そして、王都にて貴族達にネマワシを行い、董本の立場を安定させた。そして、ここに来て東錬攻めからの、梟国通行の話が出た」

「おい姜彧。もったいぶるな。誰だそいつは?」

 剛会が急かす。

「大佐もよく知っている、鮑謖少佐だ」

「タマ子か!?」

 剛会は言うが、ほとんど者は「タマ子」を知らぬ。名前を聞いただけでは、すぐに誰かは判断つきかねた。

「新年、功特級を賞された彼女のことです」

 徐厥が捕捉した。

 それで再びざわめくが。

「待って下さい。その董本に関することがタマ子少佐の筋書きだとしても、東錬との話は別問題ではないでしょうか」

 東錬攻めは董本の敵、董彬側を発端とした話だし、主戦のグループのアイデアだろう。

(もっと)もだ──。だが、向こうの主要人物、鵡望(ムボウ)大佐を調べてみたところ、彼の副官をしている人物の一人に、鮑謖少佐と以前から知り合いの者がいた。季孫泰(キソンタイ)という中尉だ。彼は少佐が学徒のとき動員された先で隊長を務めた」

 ここまでの姜彧の話に。

「つまりどういう事だ?」

 剛会が業を煮やす。

「わからん──。だから、奇妙な話だと言った。これが鮑謖少佐がいつも言う『たまたま』ならば、それまでだ」


 これに剛会は沈黙した。

 それはそうである。鮑謖は偶然という(てい)で、全てわかっていたかのように動く。それは剛会も身をもって知るところだ。

 姜彧もわからないとしたが、言外に、鮑謖が一連の話に関わっている可能性を匂わせた。



「なるほど──。確かにタイミング、そして関係者、これを『たまたま』と言われたのでは、頭が痛くなりそうです・・」

 徐厥は言ってから、しばし黙考した。

 そして──。


「おそらくタマ子は、堂々と軍を率いて董彬を討つつもりでしょう」


 そう言い放った。

──!!

 一同は目を見開くようにしたが、声は出さなかった。

 徐厥は続ける。

「梟国に道を借り、東錬に向かう振りをして、軍勢を以て董彬を攻める。そして王権を董本に取り戻すことを計画している。言うなれば──、これは『假道(かどう)の計』といったところでしょう」

「准将。(わし)には理解が追いつかんのですが、鮑謖少佐は、董本を助けるために東錬攻めを利用しようとしていると?」

 阜漫が確認する。

「いえ──。東錬攻めすら、彼女の(はかりごと)やも知れぬという事です」

「なんと!?」

 周囲も(どよ)めく。

「タマ子が董本の立場を確保するためだけなら、阜漫中佐、姜彧中佐、剛会大佐、貴方方(あなたがた)に頼るのが早くて確実なはずです。ところが彼女は今回、一切このコネを使っていない。この距離の取り方は、意図的です」

 阜漫も頷かざるを得ない。

恂門(ジュンモン)の指揮官の話では、彼女は独自の情報網を持つと聞きます。逸速(いちはや)く辛国攻めと董彬の動きを知った彼女は、知り合いを通して、梟国を通り道にする策を提供し主戦グループを焚き付けた。こちらに接触しないのは、この暗躍をより確実にするためでしょう」

「しかしそうなると、東錬に対しても勝ち筋があるというのか?」

 剛会が首を捻る。

「これは董本側と調整が必要かと思いますが、王権を取り戻した際に、一時的にでも同盟を組めばどうなります?」


──梟国軍を使っての挟み撃ち!?


「辛国攻めは董彬が始めたこと、それを止める事ができるのは当然として、鮑謖少佐には辛国とのパイプもあるようだから、上手く手打ちに持って行く算段かと」

 姜彧も意見を言う。

「待て。それだと辛国とも同盟に近い流れになるぞ」

 剛会は言いながら身震いした。

 仮にそうなれば──。


──後翼への牽制になる!


 めいめいが(うな)り声を上げる。

「見えてきましたね。ああ──、これが実現したならば、鮑謖少佐の軍略は、それこそ軍神と言って過言でないものと評価されるでしょう」

 徐厥の言葉に、皆が頷く。

「では、作りましょうぞ。神を──」

 不意に阜漫が言った。彼は続ける。

「儂らが、鮑謖少佐の策を影ながら支えてやれば良いのだ。彼女の事だ。儂らが動けば己は別のことに集中しよう。大局だけでなく眼前の戦闘ことなど、考える事は多いはずだ。その負担を少しでも減らしてやりたい。それが結果として、軍神を生み出す近道ではないかと思う」

 聞いた皆は束の間、時が止まったようになったが。


「ハッ──。えらい話になってきたな。だが面白そうだ」

 剛会が言ってニヤリとした。

「少なくとも、少佐一人に任せる話ではない。細かな段取りはやるしかあるまい」

 姜彧も続き、他の者もそれぞれ思うところを口にした。



「では、おのおの。これよりは静かに梟国王位奪還に向けて動きましょう」

 言った徐厥の声は、既に小声であった。

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