第65話 転禍為福
巡回任務を終えて基地に戻ってくると、どうしてか雰囲気が普段とは異なった。
──事件でも起きたのか?
そのように考えていると、自分たちの営所に人だかりができていて。
「まさか、うちの部隊か!」
誰ぞ、やらかした者が出たかと冷や汗が出た。
しかしながら、物々しいというわけでもなく、理解を超えた空気に。
「何か、ありましたか?」
群衆の一人に聞いた。
「なんでも功一級と特級の二人が来てるってさ」
そう返答が来た。
──特級といえば・・
知ってはいるが、何用かは見当が付かない。また、北の砦にいるはずの人物が王都に来ている理由も、想像が付かなかった。
営所に入ると。
「あっ、毛厳少尉。待ってたんですよ。今、少尉にお客さんが来てまして──」
同隊の者が言う。
「ああ、やはりか──。それで何処に?」
「少佐の部屋に。曹策少佐が話をされているかと思います」
「わかった」
言って、毛厳はスタスタと早歩きで向かう。
──本当に私に用だと? あの女が!?
可能性の一つとして薄らあったが、現実を前にして戸惑いを禁じ得ない。
道中、色々と考えてみるも、これといって思い当たるものがなく、得体の知れなさに、またしても冷たい汗を感じた。
コンコン・・
「毛厳少尉です、ただいま戻りました」
「入りなさい」
部屋に入ると、テーブルに向かい合うように曹策少佐と、件の客が座っていた。客の後ろには将校服を着たベテランな男が立っている。彼にも毛厳は見覚えがあった。
「巡回任務は無事終了しました。のちほど報告書を出しますが、特に問題はありません」
毛厳は曹策に報告を行った。
「ご苦労──。それで君に客人だ」
曹策は応答し、自分の隣に来るよう手で示した。
相手は少佐である。それも功特級を賞された者。これにより、その臣階は一段上がり四臣位になっている。格でいえば中佐、侯爵と同等。また、立ち位置が准将直下であることから、実質的には独立した権限を持つに等しい。
斯様な人物と相対するのだ。毛厳は自身の緊張を自覚した。
──どう挨拶するか・・
彼が移動する僅かの間、頭はフルに回っている。
かつては、あまり良い印象を与えなかったと思われ、謝罪の言葉を入れるべきかどうか、入れるとしたらどのタイミングでかなどと、けたたましく思考していた。
ところが──。
「ああ──。挨拶はいいよ、座って」
客はそう言い、毛厳はあっさり座ることとなった。
「私は席を外した方がいいかな?」
曹策の問いに。
「えーと。成嬰少尉はどう思う?」
客は従者に聞き。
「問題ないかと──。むしろ、事情をご理解いただいた方が良いと」
「うん。そうだね」
成嬰の意見に賛同を示し、曹策も同席する形で話がなされることとなった。
「──という訳で、董本様に関して色々とやり取りしたいんだけど、私も貴族にコネとかないからね。唯一の知り合いってことで、毛厳少尉に協力してほしいなと・・」
客はそのように語った。
毛厳は即答は出来かねるとして、明日朝一で返答する約束で、一旦話を終わらせた。
客たちは帰り際に、また注目を集めながら営所を後にした。
「保留した理由を聞いても?」
曹策の言葉に。
「いや──。どうして自分なのだろうかと、理解が及ばなくて・・」
毛厳も首を傾げるように答えた。
「それは鮑謖少佐も言っていたように、君が侯爵家の人間で、級友だからでは? それ以上の理由が必要とも思えないが」
曹策は、逆に毛厳の答えに理解が及ばないといった感じで言った。
「尤もです。ですが、彼女にはもっと強力なコネがあります。現在、軍の主流派である徐厥准将、剛会大佐、姜彧中佐、そして最近では中立派といわれた阜漫中佐も、彼女との関わりで立場を変えたといいます。その上、功章持ちの四臣位、自身の肩書きだけで十分、事は成るでしょう。それらを踏まえると、どうにも合点が行かなくて・・」
毛厳の語りに曹策も何回か頷いた。
そして一呼吸あけてから。
「では、何か裏の意味があるのだろう。かの御仁は人とは違う所を見るという。敵軍を前にして、自軍の背中を見つめていたというから」
「裏ですか・・ 裏どころか表も、今の私の家に価値があるようには思えません。父の醜態は皆も知るところでしょう。私が絡めば、却って話が拗れそうでもあります」
毛厳は弱く首を振りながら言った。
すると曹策は身を乗り出して。
「きっとそれだよ!」
と、力を入れて言った。
毛厳が、わからぬといった顔でいるので。
「侯爵が言っていたじゃないか、宝玉を磨いて千金を得た話を。少尉が、この案件に於いて中心的な役割を果たせば、それこそ傷ついた家名を磨き上げることに繋がる。鮑謖少佐は、その機会を設けようとしているのではないだろうか」
曹策は己が推考に酔ったのか、更に続け。
「少尉の家だけではない。捲土重来とまではゆかずとも、不名誉を晴らさんと思う者もいるだろう。同じ立場の少尉が先導することで、彼らの協力を取り付け、事を為せば、昨今の貴族の立場も改善するのではないか」
朗朗と語った。
これに毛厳は少し圧倒された。
曹策の言葉に勢いがあったのもあるが、共感するところも大きかった。
確かに、董本の亡命に尽力したとなれば、売国の汚名を幾らか雪ぐことが出来るだろう。その後の展開次第だが、例えば董本が梟国の王と認められれば、それは挽回して余りある名誉となるはずだ。
「いや──。なんだか、少佐の方が父の言葉を理解しているようで、複雑です」
毛厳は頭を掻くように言った。
「ハハッ。私にとっては唯一だからね。どうしても考えてしまうだけさ」
「いえ。お陰で、道が見えた気がします」
毛厳は曹策に感謝を示した。
「では明日──。いや、これから彼らの宿舎に向かいたいと思います」
「ああ。そうするといい」
毛厳は、すぐさま遊撃隊の元へ行き、協力の受諾を告げた。その際、董本一行との顔合わせを済ませ、今後について軽く話をした。
彼は董本のため、延いては自身と家のため、この話を成功させるという決意を持った。
──私がやるのだな。
毛厳は、自分でも不思議なほど感奮している己を見つけた。




