第64話 腑抜けの知行
特別遊撃隊は現在、騎馬三十、歩兵二十、それに付随する馬車と一騎、という体制で砦を出発し、恂門で連絡事項を済ませ南下している。
やや騎馬が多いが、固定の騎兵は十で、残りは歩兵と交代しながら進み、どちらにも対応するという訓練も兼ねていた。
目的は、梟国から辛国を経てやって来た董本を、無事に王都まで送り届けることだ。
別段、道なき道をゆくわけでも、敵地を移動するわけでもない。わかりきった道を、普通に行くだけである。
にもかかわらず、鮑謖が難しい顔をしていた。
隊員たちは。
──こういうときの隊長は先読みの世界にいる。
鮑謖が思惟の最中にいると判断。小さな問題などで彼女の思考を煩わせてはいけないと、自分たちの仕事に注力した。
鮑謖は前日には、王都行きの誤解に気付いていた。
なので、すぐに自分は行かない方向で調整しようとしたが──。
「鮑謖少佐に同行いただけて、大変、心強く思います」
董本から、少年のまっすぐな瞳で言われ、訂正しづらくなった・・
仕方がないので、割り切って小旅行として楽しもうぐらいに思っていたら。
「これはあまり公になっていないが、今、貴族の立場はすこぶる悪い。先の戦いの際に、軍の情報を流した連中がいたためだ」
と、恂門の指揮官から言われた。彼は続けて。
「そういう訳だから、貴族に話を通すだけでは、すんなりとはいかないかも知れぬ」
と語り、鮑謖も当惑せざるを得なかった。
しかしながら、それが件の難しい顔の原因ではなかった。
指揮官は更に。
「なに、心配せずとも私は上手くいくと思っている。自分では気付いておらぬかも知れぬが、今や、貴君は時の人であり、我が軍を勝利に導いた英雄だ。少佐が同行するのなら、皆も、この話を慳貪に扱いはしないのではないかな」
と、推考を示した。
彼の見立て通りなら送り届けて終わりとはゆかず、少なくとも話がまとまる流れが出来るまでは、董本に付いていてやらないと駄目かも知れなかった。
鮑謖としては、董本たちを助けるのは吝かではなかったが。
──知恵袋たち、いないしな・・
崔弱、先越共に不在のため、ややこしい事を任せられる者がいなく、流石に隊を動かしている成嬰に対処させるわけにもいかなかった。
かといって。
──上には頼りたくないし・・
姜彧中佐あたりに話を持って行けば、イイ感じでネマワシしてくれそうに思えるも。
──あとが怖い。
またぞろ任務を追加という予測もなりたち、可能な限り、借りは作りたくなかった。
要するに鮑謖の難しい表情は、彼女自身で話を進めなくてならない未来に、どうしたもんかと頭を悩ませている姿だった。
くしくも、粗目からの書状にあった通り、鮑謖主導の展開になりそうであり、前途を考えているという意味では、確かに先読みの世界で当たっていた。
賊徒が出たという知らせを受けた。三盆の街から東南にある村でだ。二十に満たない数だったというが、三盆の軍営では、殲滅を目的に百名の部隊が編制された。
花文は三小隊五十名を割り当てられ、中隊長として、その討伐部隊の一員となった。
──我ながら巧くやったな。
花文は自嘲気味に、そう思う。
彼は自分から上官に全てを話した。その上で。
「私が残っていると、皆さんの判断も疑われますよ。さっさと異動させて下さい」
言ってのけた。
そのときの感慨は、惨めさどころか、むしろ爽快ですらあって、花文は自身の事ながら驚きをもった。
結果、噂が立つ前に三盆の軍営に移り、噂の方は、肝心の対象が不在のことから、すぐに立ち消えになったという。
もとより、やりたくもない軍人をやり、兄の分の期待も掛けられ参っていた。破滅的な変化を強いられる事となったが、花文としては己を縛る枷のようなものも壊れた感で、不思議と悪くない気分だった。
これらを振り返ると。
──私は案外、反骨的な人間だったのかも知れない。
と、思うに至り。
──そりゃ、軍人があわないわけだ・・
これもまた自嘲気味に思った。そして理解もした。
──花廉を僻んでいたか・・
花文が抑えている反発力を、彼女は隠そうともせず、堂々と自身の個性としていた。そこが羨ましくも、嫉ましくもあったのだろう。
──ちっちゃな男だ。
やはり自らを嘲る。それがここしばらくの花文の生き方だった。
「中尉。隊を分けなくて宜しいのですか?」
小隊長が聞く。
百軍を率いる少佐から、村の南側の探索を任された。賊を探すのであれば、隊を分けた方が効率的であったから、非効率なことをしてるように見えたのだろう。
「いいさ。私は十数人などという情報を信用してない」
花文は憚ることなく言った。
小隊長たちは訝しむような目で花文を見たが、構わなかった。
彼が経験した二回の戦い。いずれも事前の話では勝てるというものだった。なのに、どちらも敗北した。まったく以て見込み違いで、花文からしたら。
──どうせまた間違ってる。
という思いが強く。
賊が少ないというのなら、いっそ多いのが正解ぐらいに考えていた。
しばらくして賊徒と思しき集団を発見した。
「少佐に連絡する──」
花文の言葉に。
「何を悠長な。我々だけで十分相手できます! 応援が来る前に逃がしたらどうするんですか?」
「逃げたら逃げただ。それに探索は指示だが、討伐までは任意だ。私は少佐を待つ」
反対意見が出るが、一顧だにしなかった。
それが不満だったのだろう──。
少佐が合流したとき、花文の下にいた二名の小隊長は、自分たちに討たせてほしいと少佐に直訴した。
困惑した少佐が花文に意見を求めるも。
「やる気のある事は結構です。私は後詰めでもやりましょう」
などと返ってくるので、彼らの主張を受け入れた。
結果、少佐以下八十名が攻撃を仕掛け、花文以下二十名は後方で討ち漏らしがあれば対処するという形になった。
──二十もいない賊を八十で取りこぼすはずがない。
それは殆どの者が思ったことだった。
少佐たちは賊を捕捉すると、一気に距離を縮めた。賊の方も気付いたか逃げ足を見せる。
「そっちは窪地だ」
誰かの声だが、皆の言葉でもあった。
水が低きに流れるように、逃げやすい方向に走ってしまっているのだろう。それが逃げ場のない場所だとも知らずに──。
兵たちは賊に対して蔑みと憐憫の両方を抱いた。
少佐は隊を分けて賊を前後に挟み、万全の態勢を取った。
賊たちは地形も相俟って、完全に追い込まれた格好だ。
しかるに賊徒は密集し抵抗の構えを見せた。
──?
少佐はそこに違和感を持ったが、何がとは判然とせず、勢いの付いた味方を止めるのも躊躇われたため、そのまま攻撃に移行した。
先頭の兵が賊と接触した──、そのとき。
ワァー!!
自分たちとは違う喊声が聞こえた。
その方向は左右からだ。
──なにが!?
思ったときには左右それぞれに、二百ほどの軍が迫ってくる状態であった。
──誰だ?
咄嗟にわからないのも無理もない。辛国軍が見慣れぬ軍装を身に付けた者たちだったからだ。
「梟国だと──」
わかったときには敵は肉薄していた。
梟国軍は辛国東の街、三盆を攻略するにあたり、賊を装って兵を釣り出したのだ。
過去の傾向を調べ、それなりの数を充ててくると読んでいた。出てきた兵を叩き、数を減らし、そのままの勢いで三盆を攻略する。それが梟軍のシナリオだった。
この作戦は見事に当たり。今、八十の辛兵を鏖殺せんとしていた。
ただ一つ誤算があったのは、離れた所にいた二十に気付かなかった事だ。
「それ見ろ。話が違うじゃないか」
別の軍勢を見た途端、花文は大きな独り言を放った。
「よし。撤退だ」
花文は言うと馬腹を蹴った。兵たちも慌てて付き従うが、花文はそれを無視するかのように独り馬を疾駆させた。
彼らが三盆の軍営に着いたとき、歩兵たちは息も絶え絶えであった。
花文は三盆の指揮官に状況を伝え、残存兵力から、即時軍営の放棄を主張した。
流石に指揮官も即決できなかったが、花文の連れていた兵たちの困憊ぶりを見て悲壮感を禁じ得ず、断案、三盆からの撤収を決めた。
持てるだけの物資を荷車に積むと、兵糧には火が掛けられた。
その暗然たる狼煙は、街の住民も目にすることとなり、彼らも逃げを選択した。
その後、梟国軍が三盆に迫ったが、焦げ臭さを除いて彼らを害するものはなかった。




