第63話 随感
ひとっ風呂浴びてスッキリとした鮑謖だったが、粗目からの書状と、崔弱の説明を聞いたことで、再びベタ付くような感覚を持った。
助けなければ良かったとまでは思うまいが。
──面倒な話がやって来た。
とは思う。
鮑謖とて、人並みの想像力はある。
実質九対一での襲撃を受けた一行を見れば、のっぴきならない事情を抱えているのはわかったし、董本を中心にした集まりであるのも察した。
──たぶん亡命だろうな。
そのように思っていたから。
──やっぱりね。
でもあった。
さりはさりとて。
鮑謖が理解できないのは、書状の内容だと、董本に関わるあれやこれやが、どういう訳か鮑謖主導で動くことが前提になっている点だ。
訝しむことに、粗目の指揮官は。
『貴方の慰霊に感動すると共に、その意図は確と受け取った』
などと綴っていて、まるで鮑謖に何か目的があり、それに基づいて亡命の筋書きが出来ているようであった。
──意図って何!?
まったく、わけがわからず困惑したが。
──軍曹も納得してる感だし・・
崔弱の泰然から逆算して。
──また見落としてんのかな?
どこかで生じた齟齬が独り歩きして、いつしか大きな誤解となって話が進んじゃったパターンだと臆断した。
とまれ──。要は、楽正伯の遠い親戚の侯爵家と渡りを付けてやれば、あとはそっちにお任せできるという話だ。
鮑謖は諦観に至り、思考を切り替えた。
──折角だから上手くゆくように、色を付けようか。
何かの間違いとはいえ、自分を頼って来たのだから、叶うなら良い結果であってほしいと思った鮑謖は。
「遠縁の家を訪ねるのに、贈答品を持たせるのはどうかな?」
イイこと考えた感で崔弱に確認する。
「はい。宜しいかと思います。実は、そうお考えと思い、少佐が厨に預けたトリフの一部を選り分けさせています。見た目も綺麗な物が喜ばれるかと」
先行の思考を持つ崔弱に、ぬかりはなかった。
──すごっ! 流石、うちの知恵袋。
となれば、もう簡単。
「うん。あとは彼らを連れて行くだけだね──」
鮑謖は独り言のように口にしてから。
「では軍曹、成嬰少尉と共に、この件に関しての段取りを任せてもいいかな?」
「はっ。かしこまりました」
下知を出して、崔弱はそれに応えた。
細かい事は優秀な部下に全部やってもらって、鮑謖はそれに乗っかれば良いという、お得意の他力本願丸投げスタイルであった。
しかしながら、ここでまた、例によって誤解が生じた。
鮑謖は単に、董本たちが王都の貴族の所へ行けばいいと思った。彼女の「連れて行く」は、誰かに道案内させれば、それで万事解決という意味だった。
しかるに崔弱はそれを。
──少佐自らが王都へ送り届ける。
と、解釈した。
さしもの崔弱も、それ以上の答えには到達出来なかったが、彼女の勘が。
──大いなる謀がある。
と、告げていて。
ここまでの一連の流れから、鮑謖は、何かしらの心算によって、董本一行に随伴するつもりなのだろうと想像した。
はい──。文字通りの勘違いである。
「うん。頼んだよ」
もう終わった感の鮑謖は、笑顔で言っていた。
「少佐は、自身で皆様を王都へご案内するつもりのようです」
崔弱という軍曹はそう言った。
「そ、それはありがたい事ですが──」
返答したのは楽正微だが、董本たちは一様に、その意図をはかりかねた。
「皆様の疑問は、よくわかります。正直、私も少佐の深謀を把握することはできません。確実に言えるのは、少佐が動くという事は、准将直下の特別遊撃隊が動くということです。少なくとも、皆様が何らかの襲撃に脅かされる心配はないかと・・」
崔弱も、慎重に言葉を選んで発言しているようだった。
「安全に越したことはない。そう思うことにしましょう」
「そうだの・・」
高勉の言に、百栽が応じた。
彼らの反応に崔弱は頷くと。
「出発は二日後の予定です。お待たせすることになりますが、ご了承下さい」
と言い、それで確認の話は終わった。
「では──、私は粗目に戻ろうと思います」
追丘が言った。
それは何もおかしくなく、当たり前のはずで、意外ではないのに、董本たちは息を呑んだようになった。
「そうか──、そうだな。貴方とは話しやすかったから、寂しく思うよ」
高勉が直截に言葉を掛けた。
「私もです」
追丘も応じて、それから皆も彼女に感謝の述べた。
やり取りを見守っていた崔弱が。
「いつ発たれますか?」
「すぐにでも──」
「わかりました。こちらも準備します」
追丘の返事に崔弱も素早く言った。
「あの──。慰霊碑というのを見たいのですが・・」
少し申し訳なさそうに追丘は言った。
「はい。そちらも、ご案内いたします」
「私もいいですか?」
董本が言った。
「はい。どうぞご覧になって下さい」
崔弱が応え、皆は慌ただしく動き出した。
慰霊碑は、砦から少し離れた森の手前にあった。
大きな石が十個ぐらいか積んであり、原始的な墓のようにも見えた。
追丘はその前に立ち、何をするでもなく、ただじっと見つめていた。
「先生。汐径では敵の死も敬うのですね」
「私も初めて知りました。この年になっても知らぬ事は沢山あるものです」
董本と百栽が話している。
これに案内した兵が。
「いえ──。我が国にも、この地域にも、このような風習はありません。これは全て、鮑謖隊長が始められたことです」
そう言った。
これには皆驚き、追丘も兵の方を振り返り。
「やはりそれは、辛国へのメッセージということでしょうか?」
問いを放つ。
「自分にはわかりません。隊長は山を越え、闇を越え、時を越えた所を見ています。それと同時に、足下の小さなキノコにも目を配っています。何か意味や意図があるのかも知れませんし、無いのかも知れません。あるいはその両方が重なっているのかも・・」
存外に哲学じみた答えが返ってきて、一同は戸惑ったが。
「人の思いは一つだけではあるまい──」
高勉が言って、追丘はすんなりと納得した。
「思いといえば、隊長は、これに手を合わせていました。願い事をするような仕草ですので、そのような気持ちもあったのかと・・」
「何を願ったのでしょう?」
言ったのは董本だが、誰にともなく向けられた問いだった。
追丘は再び慰霊碑に向き、手を合わせ、皆も静かにそれに倣った。
追丘たちが砦に戻ると、表に馬が何頭か引かれていて、側に崔弱たちと数名の兵、それから丈の長い将校服を着て、身長ほどのゴツゴツとした杖を持った鮑謖がいた。
──これが、当百の魔女か・・
既知のはずだが、今、初めて出会ったような気がした。
「こちらは粗目の指揮官殿へ宛てた書状です。あとこれは少佐からのお土産だそうです」
崔弱から、封書と液体の入ったビンを渡された。
追丘が『何か』と思っていると。
「それはキノコの風味を移したオイルだよ。肉とかに掛けると、大体美味いよ」
鮑謖は、のんびりと言った。
──籠を持っていたときの方が、鋭さがあったかも。
やはり違う人物のように思えた。
「ありがとうございます」
「うん。大しておもてなしも出来ずにすまなかったね。向こうの指揮官さんによろしく」
追丘の礼にも、鮑謖は変わらずペースで応えていた。
追丘が馬に乗り、兵たちも騎乗した。彼女を国境まで送り届ける騎兵たちだ。
「追丘さん。ありがとうございました」
董本が、あらためて謝辞を伝える。
「勿体ないことです──。それでは失礼します」
言って追丘は馬首を回し、軽く馬腹を蹴った。それで馬は小気味の良く駆け出した。
しばらくすると爪音は遠くなり、自身の息づかいの方が大きくなった。それでも董本たちは、そのまま遠くを眺めていた。




