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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第63話 随感

 ひとっ風呂浴びてスッキリとした鮑謖だったが、粗目(ソモク)からの書状と、崔弱の説明を聞いたことで、再びベタ付くような感覚を持った。

 助けなければ良かったとまでは思うまいが。

──面倒な話がやって来た。

 とは思う。



 鮑謖とて、人並みの想像力はある。

 実質九対一での襲撃を受けた一行を見れば、のっぴきならない事情を(かか)えているのはわかったし、董本(トウホン)を中心にした集まりであるのも察した。

──たぶん亡命だろうな。

 そのように思っていたから。

──やっぱりね。

 でもあった。



 さりはさりとて。

 鮑謖が理解できないのは、書状の内容だと、董本に関わるあれやこれやが、どういう訳か鮑謖主導で動くことが前提になっている点だ。

 (いぶか)しむことに、粗目の指揮官は。


『貴方の慰霊に感動すると共に、その意図は(しか)と受け取った』


 などと(つづ)っていて、まるで鮑謖に何か目的があり、それに基づいて亡命の筋書きが出来ているようであった。

──意図って何!?

 まったく、わけがわからず困惑したが。

──軍曹も納得してる感だし・・

 崔弱の泰然から逆算して。

──また見落としてんのかな?

 どこかで生じた齟齬(そご)が独り歩きして、いつしか大きな誤解となって話が進んじゃったパターンだと臆断した。



 とまれ──。要は、楽正(ガクセイ)伯の遠い親戚の侯爵家と渡りを付けてやれば、あとはそっちにお任せできるという話だ。

 鮑謖は諦観に至り、思考を切り替えた。

──折角だから上手くゆくように、色を付けようか。

 何かの間違いとはいえ、自分を頼って来たのだから、叶うなら良い結果であってほしいと思った鮑謖は。

「遠縁の家を訪ねるのに、贈答品を持たせるのはどうかな?」

 イイこと考えた感で崔弱に確認する。

「はい。(よろ)しいかと思います。実は、そうお考えと思い、少佐が(くりや)に預けたトリフの一部を()り分けさせています。見た目も綺麗な物が喜ばれるかと」

 先行の思考を持つ崔弱に、ぬかりはなかった。

──すごっ! 流石、うちの知恵袋。

 となれば、もう簡単。

「うん。あとは彼らを連れて行くだけだね──」

 鮑謖は独り言のように口にしてから。

「では軍曹、成嬰少尉と共に、この件に関しての段取りを任せてもいいかな?」

「はっ。かしこまりました」

 下知を出して、崔弱はそれに応えた。


 細かい事は優秀な部下に全部やってもらって、鮑謖はそれに乗っかれば良いという、お得意の他力本願丸投げスタイルであった。



 しかしながら、ここでまた、例によって誤解が生じた。

 鮑謖は単に、董本たちが王都の貴族の所へ行けばいいと思った。彼女の「連れて行く」は、誰かに道案内させれば、それで万事解決という意味だった。

 しかるに崔弱はそれを。

──少佐自らが王都へ送り届ける。

 と、解釈した。

 さしもの崔弱も、それ以上の答えには到達出来なかったが、彼女の勘が。

──大いなる(はかりごと)がある。

 と、告げていて。

 ここまでの一連の流れから、鮑謖は、何かしらの心算によって、董本一行に随伴するつもりなのだろうと想像した。


 はい──。文字通りの勘違いである。



「うん。頼んだよ」

 もう終わった感の鮑謖は、笑顔で言っていた。





「少佐は、自身で皆様を王都へご案内するつもりのようです」

 崔弱という軍曹はそう言った。

「そ、それはありがたい事ですが──」

 返答したのは楽正微(ガクセイビ)だが、董本たちは一様に、その意図をはかりかねた。

「皆様の疑問は、よくわかります。正直、私も少佐の深謀を把握することはできません。確実に言えるのは、少佐が動くという事は、准将直下の特別遊撃隊が動くということです。少なくとも、皆様が何らかの襲撃に(おびや)かされる心配はないかと・・」

 崔弱も、慎重に言葉を選んで発言しているようだった。

「安全に越したことはない。そう思うことにしましょう」

「そうだの・・」

 高勉(コウベン)の言に、百栽(ヒャクサイ)が応じた。

 彼らの反応に崔弱は頷くと。

「出発は二日後の予定です。お待たせすることになりますが、ご了承下さい」

 と言い、それで確認の話は終わった。


「では──、私は粗目に戻ろうと思います」

 追丘が言った。

 それは何もおかしくなく、当たり前のはずで、意外ではないのに、董本たちは息を()んだようになった。

「そうか──、そうだな。貴方とは話しやすかったから、寂しく思うよ」

 高勉が直截(ちょくせつ)に言葉を掛けた。

「私もです」

 追丘も応じて、それから皆も彼女に感謝の述べた。



 やり取りを見守っていた崔弱が。

「いつ()たれますか?」

「すぐにでも──」

「わかりました。こちらも準備します」

 追丘の返事に崔弱も素早く言った。

「あの──。慰霊碑というのを見たいのですが・・」

 少し申し訳なさそうに追丘は言った。

「はい。そちらも、ご案内いたします」

「私もいいですか?」

 董本が言った。

「はい。どうぞご覧になって下さい」

 崔弱が応え、皆は慌ただしく動き出した。




 慰霊碑は、砦から少し離れた森の手前にあった。

 大きな石が十個ぐらいか積んであり、原始的な墓のようにも見えた。

 追丘はその前に立ち、何をするでもなく、ただじっと見つめていた。


「先生。汐径では敵の死も敬うのですね」

「私も初めて知りました。この年になっても知らぬ事は沢山あるものです」

 董本と百栽が話している。

 これに案内した兵が。

「いえ──。我が国にも、この地域にも、このような風習はありません。これは全て、鮑謖隊長が始められたことです」

 そう言った。

 これには皆驚き、追丘も兵の方を振り返り。

「やはりそれは、辛国へのメッセージということでしょうか?」

 問いを放つ。

「自分にはわかりません。隊長は山を越え、闇を越え、時を越えた所を見ています。それと同時に、足下の小さなキノコにも目を配っています。何か意味や意図があるのかも知れませんし、無いのかも知れません。あるいはその両方が重なっているのかも・・」

 存外に哲学じみた答えが返ってきて、一同は戸惑ったが。

「人の思いは一つだけではあるまい──」

 高勉が言って、追丘はすんなりと納得した。

「思いといえば、隊長は、これに手を合わせていました。願い事をするような仕草ですので、そのような気持ちもあったのかと・・」

「何を願ったのでしょう?」

 言ったのは董本だが、誰にともなく向けられた問いだった。


 追丘は再び慰霊碑に向き、手を合わせ、皆も静かにそれに(なら)った。



 追丘たちが砦に戻ると、表に馬が何頭か引かれていて、側に崔弱たちと数名の兵、それから丈の長い将校服を着て、身長ほどのゴツゴツとした杖を持った鮑謖がいた。

──これが、当百の魔女か・・

 既知のはずだが、今、初めて出会ったような気がした。

「こちらは粗目の指揮官殿へ宛てた書状です。あとこれは少佐からのお土産だそうです」

 崔弱から、封書と液体の入ったビンを渡された。

 追丘が『何か』と思っていると。

「それはキノコの風味を(うつ)したオイルだよ。肉とかに掛けると、大体美味いよ」

 鮑謖は、のんびりと言った。

──籠を持っていたときの方が、鋭さがあったかも。

 やはり違う人物のように思えた。

「ありがとうございます」

「うん。大しておもてなしも出来ずにすまなかったね。向こうの指揮官さんによろしく」

 追丘の礼にも、鮑謖は変わらずペースで応えていた。



 追丘が馬に乗り、兵たちも騎乗した。彼女を国境まで送り届ける騎兵たちだ。

「追丘さん。ありがとうございました」

 董本が、あらためて謝辞を伝える。

「勿体ないことです──。それでは失礼します」

 言って追丘は馬首を回し、軽く馬腹を蹴った。それで馬は小気味の良く駆け出した。



 しばらくすると爪音(つまおと)は遠くなり、自身の息づかいの方が大きくなった。それでも董本たちは、そのまま遠くを眺めていた。

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