第61話 際会
──みんな考え過ぎだ。どうかしてる・・
追丘は思う。
粗目の指揮官曰く。
「おそらく当百の魔女は董本様、並びに梟国の動きを察知している。また我々軍が、梟国からの圧力に対して、毅然とすべしと考えているのも承知であろう」
そして、魔女の慰霊については。
「こちらの楽正伯は、古い遠戚が汐径で侯爵をしている。かの魔女は、その辺りも調べた上で、我々に答えを示しているのではないか」
などと言い。
「つまり董本様を汐径に逃がせというメッセージだ。普通なら門前払いだろうが、魔女は自分が窓口にならんとしている。ここからなら話が通るぞ、糸口だぞ、と知らせている。我々はそう見ておる」
そのように語った。
──いくら何でも、あり得ない・・
あり得ないとは思うが。
──辛国よりは、安全かも知れない。
とも思う。
董本を狙う勢力がいるのは、追丘も直に知るところである。
追丘としては正直、梟国の後継にさして関心はなかったが、外圧に阿るような貴族に腹が立ったし、なにより童子を狙うやり口は厭悪を禁じ得なかった。
粗目の指揮官たちの見立てが正しいとも思わないが、元から梟国と汐径は対立しており、辛国のように董彬側に与する者がいるとは考えにくい。
縁故の繋がりが、どれほど意味をなすかわからないが、董本の保護自体は難しい話とも思えなかった。
ただ同時に、汐径に流れた董本を、梟国の者たちが後継と認めるかは些か疑問でもあり、国々を跨いだ展開は、追丘の推考が及ぶ領域にはなかった。
──私はどうなるか。
追丘の立場は一応、粗目からの使者という扱いで、流石に敵軍として討ち取られるとは思っていない。さりとて、散散殺し合った相手の元へ出向くというのは、当然ながら心中穏やかではいられなかった。また、葛藤という点では。
──花廉を殺した者たち・・
追丘の中では戦場での遣り取りに恨みはない。それはお互い様だと考えているからだ。それなのに、花廉に関してだけは、やはり穏やかでいられず・・ 追丘は己の論理矛盾に戸惑いつつも、どこか嬉しさと寂しさが混ざった、名状しがたい情緒を持った。
追丘が先導する形で、董本、高勉、百栽、そして楽正微が馬で移動している。
楽正微は本調子であるはずがなく、姿勢など少々辛そうに見えたが、表情だけはしゃんとしていた。自身の役目にしっかりとした矜恃を持っている、そんな気概を感じさせるものだった。
以前は強行軍であったが、今回は休憩も野営も取る。
追丘はそのときに。
「高勉さんは、どう捉えてますか?」
一歩引いた風に思われる彼女に、話を振った。
追丘としては、皆が、希望的観測に支配されているように感じていて、高勉なら自分と近い感覚を持っているのではないかと思い、彼女の意見を聞きたかった。
「さぁ──」
高勉は息を吐くように言ってから。
「少なくとも汐径に董本様を殺す理由はないので、それは良いです」
そう答えた。
「梟国が、どう捉え、どう動くとかは?」
「それは知りません。私が考える事じゃありません。私はただ董本様を守るだけです」
割り切った感で言った。
果たせる哉、高勉は現実的解釈の人であった。
追丘はそこに安堵を覚えると共に、高勉の、自分の任務を熟すだけというスタンスに、一種の潔さを感じた。
一行が国境へと向かう道に入り、しばらく進んだ所だった。
「皆、止まれ!!」
高勉が叫んだ。何事かと思う間もなく彼女は先頭に出て。
「楽正微殿。後ろからも来るぞ!」
そう声を張った。
ほどなくして前に五騎、後ろに四騎が立ちはだかった。
「なんと──。捕捉されていたか!?」
百栽の言葉に。
「それなら野営のときを狙います。たぶん楽正伯がらみで、当たりを付けたのでしょう」
「よもや、辛の貴族がここまでするとは──」
高勉の出す答えに、百栽も困惑を禁じ得ない。先回りしての待ち伏せなど、余程に執念を持たなければ実行しないと思ったのだ。
「辛では貴族の立場は弱いので、これを切っ掛けに影響力を強めようとしているのかと」
楽正微も、その貴族の一人としての見解を示した。
「追丘さん。相手の狙いは私です。貴方はどうぞお逃げになって下さい」
董本は、まっすぐに言った。
「ありがたいお言葉ですが、私とて軍人の端くれです──」
追丘は、ガラにもないことを言っているとの自覚を持ったが、少年を置いて逃げるほど落魄してなるものか、という意地もまた生じていた。
「これを──」
高勉が背嚢から剣を一本、追丘に渡した。そして硬鞭と剣を両手に持って。
「お三方、何とか時間を稼いで下さい。そして死んでも董本様を守って下さい」
言って馬腹を蹴り前方の敵へと向かっていった。
相手も高勉にあわせて動いた。彼女を挟むように左右から攻撃を仕掛ける気だ。
先行する二騎との間合いが詰まる。
と、高勉は持っていた剣を投げやり、それ躱そうとした一人は落馬した。そしてもう一方に対しては、突き出された槍を撥ね除け、続けて硬鞭を叩きつけて倒した。
すぐに三騎目が来たが、それには硬鞭を投げて落とし、四が来る前に背嚢から剣を取り、搗ち合うときには斬り伏せた。
その隙にと槍を伸ばしてきた最後の一騎は、逆手で腰の剣を抜いて対処、すぐさま反撃に腕を切り落とそうとするが、相手は巧く避け、そのまま董本の方へ駆ける。
急いで馬首を返した高勉は剣を投げやろうとしたが、思いのほか敵が速く、間合いが遠かった。
そして視界には、後ろの四騎に迫られようとしている董本たちの姿が映った。
「董本様!!!」
高勉が張り裂けんばかりの声を上げたとき──。
パンッ──。
四騎の一人が音と共に落ちた。続けて。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ・・ と鳴ったと思ったら。
パンッ──。
また一騎が落ち、それで後方の敵は手綱を引いた。
しかし、またしても音がし出して、二騎は慌てて撤退した。
高勉が背後を取った形の一騎も逃げに転じたが。
ヒュッ、パンッ──。
横から石に撃たれて落馬し、馬だけが軽々と疾走していった。
高勉はサッと下馬すると。
「楽正微殿、トドメだ!」
声を張り、自身も眼前の敵を屠った。そして、他の者にも同じくトドメを刺しに走った。
敵がいなくなったのを確認した後。
「御助力感謝する──」
高勉は、女に向かって言った。
──何者か?
そして。
──何をした?
謝辞を言いつつも、高勉は女の正体をはからんとした。
女は厩舎の者が穿くようなズボンに背負い籠を持っている。籠の中には野草やキノコ、黒くて丸い土の塊のような物も見受けられた。一見、地元の民のようにも見えるが、その足下は軍人の靴である。
先程は石を投げて攻撃したと思われるが、ただのそれとも思えぬ勢いであったから、特に訓練を積んでいるのかも知れない。
「うん──。で、お宅らは何者かな?」
先に向こうが問うてきた。
「我わ──」
高勉が言い掛けたところへ。
「護衛される子供、手負いの従者、凄腕の戦士、老翁、そして辛国の軍人・・」
女は一人一人、指差しながら言葉にした。
「そっちも察してるとは思うけど、私は汐径の軍人なんだ、一応ね。助けたことに感謝をしてくれるなら、誠実に答えてもらえるとありがたい」
女は、鷹揚たる発語とは裏腹に、隙がない動きに直截な言葉を投げてきた。
高勉たちは咄嗟の返答に迷った。
しかるに、これに対して口を開いたのは追丘だった。
「私は辛軍の追丘。粗目の軍営の指揮官より、この先の砦の指揮官への使者として来ました。彼らは私の同伴者ですが、ここで詳細は明かせません。貴方が砦の人間ならば、是非に繋ぎを付けていただきたい」
己が役儀とばかり、凜とした軍人の音で返していた。
女は数秒考えると。
「いいよ──」
と、言い。
「あと悪いけど、空馬だけ引いてきてくれるかな?」
と、続け。董本たちの反応も待たず、籠を背負うと一人で歩き出した。
董本一行は互いに目を合わせ、戸惑いを共有しつつも、女の言うとおりに空馬を集めて、それらを引いて彼女のあとに続いた。




