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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第60話 打診

 粗目(ソモク)の別邸には誰もいなかった。

──どういうことだ?

 楽正栄(ガクセイエイ)は、よくない想像をして、背中に汗が(にじ)むのを感じた。

 その情動は彼の従者たちも同じだったようで。

「ひとまず管理人に確認してみましょう!」

 主にそう提案した。

「そうだな、すぐに呼ん──。いや、こちらから出向こう」

 楽正栄は頷くように言って、早足で歩き出した。



 楽正栄は、董本(トウホン)の身を守るため辛都から離れてもらった。国の決定如何(いかん)もさることながら、辛国の貴族には(キョウ)国とつながりを持つ者が多く、彼らが董彬(トウヒン)側に(くみ)して行動を起こすかも知れないと考えたからだ。息子の楽正微(ガクセイビ)に案内させ、ここ粗目にある別邸に隠れてもらう手筈だった。

 辛都にて、どう転んでもいいようにネマワシをしていたところ、早馬の手紙が届き、道中にて襲撃を受け、楽正微が深手を負ったことを知った。

 諸々のやり取りをどうにか終わらせ、楽正栄も馬を飛ばして駆け付けたところだった。


 しかし、董本一行が滞在しているはずの別邸は空で、何か考えるにしても、まずは彼らがここに来たのかどうかを確かめようとした。



「これは旦那様、わざわざお越し──」

「挨拶はいい。聞くが、楽正微たちは来たか?」

「えー、楽正微様はお越しになりませんでしたが、軍の方が来られて──」

 管理人の男は言い掛けると、棚に置いてあった封書を取り、楽正栄に手渡した。

「こちらを旦那様か、その使いの者に渡すよう言われました」

 男の言葉を聞いた楽正栄が封書をあらためると、そこには楽正微のものと思われる字で、軍の施設にいる旨が書かれていた。

「これはいつの話だ」

「昨日です」

 楽正栄は息子の活命に、一応の安堵をした。だがすぐに。

──董本様たちはどうなった?

 もう一つの気掛かりも確かめるべく、彼は息子がいるであろう軍営へと向かった。





「聞きましたか、追丘(ツイキュウ)さん。鎮魂の魔女の話」

 仲間の一人が話しかけてきた。

「いえ──」

 追丘は、ほぼ無感情で答えた。

 異名、二つ名の類いに、追丘は元より興味がない。それらを好み、持ち上げたりする趣味があるのは知っているが、これまで琴線に触れることはなかった。加えて、鎮魂というワードから、その正体がどうにも想像できず、訳のわからない問いをされた気分だった。


「じゃあ、当百の魔女の話は知ってるでしょ?」

 追丘は黙って頷く。


 知らぬはずがない。追丘が参加した砦攻め、その砦の指揮官の女だ。当時はまだ異名はなかったが、実力者であると言われていた。

「あの魔女が、去年の戦いで死んだ辛軍兵のために祈りを捧げたらしいんですよ。それで慰霊碑も作っちゃったとか──」

──!

 確かに驚くべきことだ。

 さりとて、他国のことでもある。自分たちとは異なる風習もあろう。余所から見れば、辛国のカタキ討ちも奇異に映っている。


「そうなんだ──」

 追丘の反応が薄かったせいであろうか。

「いいですか追丘さん。相手はあの当百の魔女なんですよ。伏兵も夜襲も、こちらの勝負手だって見抜いちゃう先読みの人なんですよ」

 仲間は熱を込めて言う。

「だから、将校たちの間では、これは何らかのメッセージではないかって言われてるんですよ」

「それは辛国に対しての?」

「そうですよ」

──馬鹿馬鹿しい。

 自分たちは敵対していないとでも言う気だろうか?

 報復戦争で侵攻し、辛軍の兵を多く(ほふ)り、それで博愛を(のたま)っても誰も聞く耳など持ちはしない。(くだん)の魔女が噂通りの先見の人なら、そのようなメッセージが通用する()くもないことは、わかっているはずだ。

「ただの考えすぎよ」

 追丘は弱く首を振った。


 と、そこへ軍営の兵がやって来て──。

「追丘救護兵。中佐が呼ばれております」

「は、はい」

 追丘は返事をしつつも、中佐とは、粗目の軍営の指揮官のことであろうと思い。

──先日、助けた貴族のことか?

 用向きの理由について考えた。

「こちらです──」

 と、兵がそのまま案内役となり、追丘はその後を追った。




 追丘が中佐の元へゆくと、あの少年一行と、知らぬ貴族と思われる男とその従者だかもいた。

 何の集まりであろうかと追丘が(いぶか)しんでいると。

「貴方のお陰で愚息は助かりました。ありがとうございます」

 貴族の男に頭を下げられた。

──律儀な人か。

 おそらく男の希望で謝辞の場を設けたとか、そんなところだろうと察した。

「いえ、救護の判断をしたのは輸送隊を先導していた者です。私は言われたことをやったに過ぎませんし、私一人の仕事でもありません。過分なことです」

 追丘は努めて淡々と返した。

 軍人としての(てい)もあるが、事実として皆の働きあってのことだという思いが強かった。

「いや、あなたの助けるという言葉に私は救われた。無茶なことを言わせてしまったと、今にして思う。私からも礼を言いたい」

 白髪の老人も頭を下げ、同じように少年一行も頭を下げた。


 流石に困った追丘は中佐を見つめ、目で『何とかしてくれ』と訴え、彼も理解を示し、一同の礼容を終わらせた。


 これで用は済んだだろうと追丘が思ったのも束の間。

「追丘君。君は前の砦攻めに参加していたが、そのときのことは覚えているかな?」

 中佐が、そう問うてきた。

「はい──。ここより、汐径の国境を目指し、越境しました」

「うむ。では、そのとき辿った道など記憶しているかな?」

 重ねて問う中佐。

「え、ええ・・ 覚えていると思います」

 追丘も困惑を隠せない。

「うむ──。そんな君に折り入って頼みたいことがある」

 中佐はそう言うと、追丘に、少年一行の素性について明かした。



──!?

 追丘は、容易ならざる事態に自分が巻き込まれようとしていると自得した。

「君には、董本様たちを、汐径の砦まで道案内してほしい──」

 中佐は有無を言わせぬ感で言った。

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