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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第58話 徳化

「先生、申し訳ありません。急ぎ、ここを立っていただきたい」

 帰宅した楽正栄(ガクセイエイ)百栽(ヒャクサイ)にそう告げた。

如何(いかが)したか?」

(キョウ)国から、公式に董本(トウホン)様の引き渡しが要求されたそうです」

「なんと!?」

 百栽は驚くが、すぐに。

()たせる(かな)、手際が良い──。やはり黒幕は董彬(トウヒン)で間違いないか・・」

 苦い顔をして言った。

「まだ国がどう動くかはわかりませんが・・」

「いや、流石は私の生徒だ」

 百栽は言って、楽正栄に笑顔を見せた。


 楽正栄の指示により、董本たちの移動の準備は速やかになされた。



「董本様。折角お越しいただいたというのに──」

「いいえ。それよりも、楽正伯のお立場が心配です」

「ハハッ。私にも味方となる者はおります。ご憂慮めされますな」

 董本の言葉に明るく返し。

「これは私の息子、楽正微(ガクセイビ)です。皆様方をご案内いたします」

 そう楽正栄は紹介した。

「楽正微です。父に代わり、僭越(せんえつ)ながら先導役を務めさせていただきます」

 十代後半であろうか、楽正微は緊張の面持ちであった。



 出発となったとき。

「百栽殿──」

 高勉(コウベン)が言って、百栽をじっと見た。


「な、なんだ? 高勉・・」

 百栽は怪訝(けげん)な表情を浮かべた。

「ほっかむりして下さい」

「またそれか!」

 文句を言いつつも、百栽は髪を隠した。

「では、楽正微殿。よろしく──」

「はい。出発します」

 高勉に促されて、楽正微は馬腹を蹴った。


 董本一行は辛都から西南に進んだ。





 通称、どさ回り──。追丘(ツイキュウ)に割り当てられた仕事はそれだった。


 追丘が、花文(カブン)に行った脅迫めいた追求は、すぐに知れ渡った。それは仕方ないというか、どちらかといえば意図して見せつけたものだ。追丘としては、後の処分を覚悟の上で、花文の本性を暴くつもりで実行した。

 結果、彼女は半年間の減給と、地方の巡回治療の任が命じられた。


 地方を回るのは元より〈角端(かくたん)の法〉を使う者の仕事である。彼らにとっての訓練の一種であり、順番に()していたものだった。

 さはさりながら、普段は中央で、そこそこ優遇されている魔法使いにとっては、あまり人気のある仕事ではなかったのも確かだ。

 そういう意味では、ペナルティーとして丁度よかった。


 花文については詳しくは知らない。

 追丘の話が噂になったころには、既に東の街に異動になったと聞いた。向こうは治安維持ぐらいしか仕事がないとされるから、実質的に左遷であろう。

 追丘は、花文はもっと邪気に満ちた人間かと思っていたが、実際は他責ばかりの情けない男でしかなかった。もしかしたら、今も恨み言をつぶやいているかも知れない。

 不毛なことをしたとまでは思わないが、追丘が考えていたより心は晴れず、彼女の中には鈍い痛みを放つ(とげ)が残った。


 地方巡りは、追丘としても自分を見つめ直し、棘とどう付き合っていくか、それを考える時間という意味で、こちらもまた丁度よかった──。




 西の街、上白(ジョウハク)での活動を終え、追丘たちは南に進んでた。

 彼女を含む、数名の救護の兵たちは、軍の輸送用の馬車に相乗りするような形で移動している。荷台の乗り心地は、すこぶる悪い。これも、巡回が不人気な理由であった。


 次の目的地である粗目(ソモク)は、かつて追丘が参加した砦攻めで兵が編制された場所だ。そこから強行軍で越境した。

──色々と思い出す。

 現在の自分にとって、切っ掛けのような所だ。

──振り返るほど、前の話でもないのに・・

 一年も経ってないのに、感覚的には数年前のような気さえして、追丘には我が事ながら不思議だった。

──それだけ濃密だったか?

 追丘が自問の時間を過ごしていると。



「停止!」

 輸送を先導する騎兵が声を発し、馬車は止まった。

「なにごとかな?」

 仲間が言ってる内に、後部に付いていた、もう一人の騎兵も前に行ったようだ。


 しばらくして騎兵が御者に。

「向こうで戦闘が起きているようだ。賊かも知れん。馬車は一旦待機だ。場合によっては引き返すことになるかもだ──。そちらも、ご理解いただきたい」

「はい!」

 最後のは荷台に乗っている救護兵たちに向かっての言葉だ。代表して、追丘が返事をした。

 騎兵たちは、一人が近くまで様子を確認しに行くことにしたようだ。

「どうせ止まってるんだし、降りませんか?」

 提案する者がいて、追丘たちは荷台から大地に足を着けた。


 やや不謹慎の念は持ったが、縮こまった体を伸ばすのには良いタイミングだった。追丘たちは思い思いに体を動かしていた。

「これも負けたせいですかね」

 兵が誰とはなしに言う。

 軍が痛手を(こうむ)ったことが、治安にも影響しているのではないかという話だ。(もっと)も、それとこれとは構造的に別儀だが、賊徒が勘違いして能動的になる可能性はあった。

「どうだろう──。あっ、戻って来た」


 騎兵が駆け戻り、速度を弱めたと思ったら、そのまま追丘たちの側まで来た。

「すみません。皆さんに救護をお願いしたい」

 その言葉で追丘たちは仕事の顔になった。




 馬は懸命に引いて、件の場所まで馬車を走らせた。

 到着すると、視界には幾つかの死体が入って来たが。

「こちらです」

 悪いが、命の残像には構っていられない。救護兵たちは目もくれず、患者の元へ急いだ。


 若い男が深手を負っていた。出血が酷く、太い血管が傷ついたと思われた。

 追丘たちは急いで処置に取りかかった。

──まだ十代か?

 想起するのは花廉(カレン)の姿。類比すれば、幾分若いかも知れない。

──死なせない!

 とたん追丘は()して気概を持った。

 無論もとより真剣であるが、追丘の中で、あたら若い命が消えることを忌避する気持ちが強く生じていた。


「どうか、お頼み申す。助けてやって下され──」

 白髪頭の老人が懇願してくる。

「助けます!」

 言い過ぎている自覚はあった。失敗して、後で罵られるかも知れない。罪悪感に(さいな)まれることも考えられる。それでも追丘は、己の心から逃げたくなかった。

「百栽殿。我等にやれることはありません。敵の身元を調べるのを手伝って下さい」

 武人と思しき女が、淡々と言い。

「わかっておる」

 老人は不機嫌に返した。

 二人はそれで離れたが、一人動かぬ者がいた。


「君、あまり見ない方がいいよ」

 仲間が声を掛ける。相手は少年だった。おそらく十歳ほどであろう。

「はい。ご心配いただき、ありがとうございます。ですが、私には見届ける責任があります」

──!

 少年の揺るがない、一本芯の通ったような言葉だった。

 事情はわからぬが、若い男が少年を(かば)ったとか、そういう話かも知れないと想像した。それは仲間たちも同じだったか、もう何も言わなかった。



 追丘の意気と、少年の信念、それらに触発され救護の一同の集中力は普段以上であった。難しい処置であったが、彼らは何とかやり遂げた。

 しかしながら、それで助かるかどうかは別の話だ。


「助かったのですか?」

 少年の問いが重かったが。

「一応は、です。彼は血を多く失いました。あとは本人の体力に懸けるしかありません」

 追丘は、己が責務として真率(しんそつ)に答えた。

「わかりました──。皆様のご尽力に感謝申し上げます」

 言って少年は慇懃(いんぎん)に頭を下げた。




「どうやら貴族同士の争いのようだ──」

 騎兵の男が言った。

「今の時代にですか!?」

 仲間が驚くのも無理はない、そんなのは数世代前の話だったからだ。

「いや、狙うったって、たぶんあの子供だろ。流石にどうかしてる」

 (あだ)討ちを是とする辛国人でも、童子を対象とはしない。それは八つ当たりで憂さを晴らすのと同義のはずだ。心情を()むが(ゆえ)に、そこに真摯(しんし)さを求めるのも辛国人だ。

 追丘を含め、皆は(いきどお)った。


「まったくだ──」

 騎兵は言い。

「私としては捨て置くのも忍びない。どうであろう。予定にはないが、今日はこのまま野営にしませんか?」

 そのように提案した。



 軍の輸送車に同伴していれば、少年たちも襲われることはあるまい。

 さりとて、治療が済んだ若い男を今、動かすわけにはゆかないから、一行は軍には同行できない。騎兵の彼は、自分たちがとどまる事で、それを解決しようというのだ。



「私は賛成です」

「自分も構いません」

 追丘たちも、斯様(かよう)に返答した。


──また感化されたか・・

 追丘は、自分が、そしていつの間にか皆も、少年の姿に(ほだ)されたのだと理解した。

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