第57話 冀望の次代
董本、百栽、高勉の三人は辛国の東の街、三盆から辛都へと辿り着いた。馬が手に入ったことで、随分と早く着くことができた。
彼らは、貴族の屋敷の一つを訪ねた。
「百栽先生。これは──、懐かしや。ご健勝でなによりです」
男はそう言って出迎えた。
「伯爵手ずからの出迎え、痛み入る」
「なにを仰います。師弟には関係ないことです」
百栽の慇懃な礼に、男は手を取って敬った。
「突然の訪問になってしまい、申し訳ない。手紙を送れる状況になかったものだからな・・」
「いえいえ──。して、お連れの方々は・・」
師が連れてきた武人と思しき女と、品の良さそうな少年、この組み合わせに、男も推測が及ばなかった。
百栽は、おっと、という表情して少年の方を向くようにして。
「これなるは楽正栄。ここ楽正家の現当主です。昔、梟に留学して来ておりました」
百栽は、楽正栄のことを先に紹介した。
顔には出さなかったが、楽正栄は不審に思った。
特に定まった礼法という訳ではなかったが、紹介するときは下の者から、近い者からするのが一般的であった。伯爵の自分が、先になったのが意外だったのだ。
尤も、場の雰囲気や、その心情によっても変化したりするものだった。だから楽正栄としては、百栽が自分のことを近しいと感じているのかと考えた。
だがそうなると必然、女と少年は、百栽からは遠くなることになるが──。それも少し違うように見えて、楽正栄は首を傾げたい心境だった。
続けて百栽は。
「こっちは高勉。護衛をしておる──」
と、言ってから。
「そしてこちらに御座すは、梟国の正当なる継承者、董本様にあらせられる」
と、紹介した。
「なんと!」
楽正栄は、すぐさま董本に対して首を垂れた。
やや慌てた感であったが、彼は冷静だった。
師が自分を先に紹介したのは、近くあり、また下でもあるからだ。彼にとって仕えるべき者であり、一国の長となる人物が後に来るのは当然である。そして、そこから逆算するに、高勉という護衛は、おそらく師と対等な立場にあるのだろう。
梟国が後継で揉めている話は聞こえていた。
想像するに、董本に危険が生じたため、師が自分を頼って辛国に逃れることを考え、今こうして屋敷までやって来た。
「頭を上げてください、楽正栄伯爵。私はまだ、ただの子供に過ぎません」
董本は、そう言葉を発した。
童子の声であったが、そこには確と人格を感じさせる何かがあった。
楽正栄はゆっくりを姿勢を直すと。
「詳しい話は奥で──」
言って、三人を自ら導いた。
「三人は辛国へ。今頃は辛都に着いた頃合いかと思われます」
報告に董彬は言葉を発しない。
しばし沈黙の時間が流れたが。
「良かったではないですか、父上。逃したのは惜しいですが、これで国内の掌握を妨げるものはなくなりました。担ぐ御輿がなくては、議員の言葉も蛙鳴雀噪でしかありません」
得意げに言ったのは董彬の長男、董猪だ。
「問題は、辛国がどう動くかだ──」
ここで董彬も口を開いた。彼は続ける。
「梟と辛は長らく争わずにきた国だ。私が学徒だったときも、同級に辛からの留学生がいた。それなりに付き合いがあり、互いにコネも幾らか持っている関係だ。辛国が連中をどう扱うかは、そのまま我が国に伝わり、影響を与えるはずだ」
この父の言葉に。
「どちらかと言えば、そのコネ故に辛国に逃れたのでしょう。ならばこちらも、伝手を頼って先に働きかけては如何でしょう」
と、次男の董計が提案した。
「そうだな──、悪くない・・」
これに董彬も同意を見せるが、ふと思いついたように。
「董捷はどう思うか?」
つまらなそうにしている三男に問いを放った。
皆の視線が集まるが、董捷はなかなか声を発しない。
「おい董捷! 父上が聞いてるだろ」
業を煮やした董猪が怒鳴り、それに反応して漸く口を開いた。
「父上は王として、堂々と外交として圧力を掛ければいい。それは既成事実として王の立場を補完する。というか、辛と争わなかったのは、単に東錬や汐径に比べれば取るに足らない相手だったから。なんなら、この機会に攻めたっていい。相手は汐径の報復でボロボロ、東錬も返り討ちで、こっちに干渉してる暇はない。敵を外に作れば国もまとまる。領土も増えて国威向上にもなる。ついでに邪魔な董本も始末出来る」
滔々と語った。
場は水を打ったように静まりかえったが。
「よ、良いかと思います。では董本の引き渡しを求め、それを断ったときは、我が国の分裂を狙う者たちを討伐するという名目で軍を動かしましょう」
董計が弟の意見に便乗するように言った。
「なら俺を、正式な大佐にしてください。それで軍を率いて辛の東を取ってきます」
董猪も嘯く。
彼は乱を鎮圧する際に、臨時大佐として討伐軍を動かしていた。これを好機と捉え、自分の立場を確固たるものにしようと考えた。
一度、歯車が動き出すと次々に回り始め、場は一気に辛国への侵攻作戦の議場と化した。
「やはり、あの子は見ているところが違う──」
夜、酒を飲みながら、董彬は独りつぶやいた。
董彬の三人の息子は、皆、優秀だったが、それでも董捷の才は卓爾であった。
五年前。
「私が王になるにはどうしたら良いか?」
酔った戯れに息子たちに聞いた。
董猪、董計は思いついたことを色々言っていたが、董捷は黙っていた。
次の日、董捷は一人来て簒奪の策を語った。
僅か十二歳の口から紡がれる、その恐るべき内容に戦慄を覚えた。しかし同時に、董彬には不可解なこともあった。
「なぜ昨日、言わなかった?」
すると。
「酒が回って気分のいい父上の、酔いを覚ますのも悪いかと──」
そのように言った。
以来、密かに董捷の策を実行し、先頃、それを為し得た。
「あれでもう少し前に出てくれれば・・」
董彬の見るところ、董捷は、董猪、董計に比べて控え目すぎた。
しかし悲観はしていない。今は兄達に憚っているだけで、壮年になれば、それなりになるだろうと予断を持った。
「あれが王になれば、梟は大いに飛躍しよう」
董彬が次に目論むのはそれである。
いや──、むしろ董捷を王にするために、自分が王となろうとしたのだ。
「実績は、勝手に増える・・」
董捷に尋ねれば、良き答えを出し。董捷にやらせれば、大体うまくやるだろう。
「そうなれば太子にして──。いや、その前に結婚をどうするか──」
酒が回った自覚はあったが、今しばらくはこのままでと、董彬は夢想を続けた。




