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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第五章 ~風馬牛の祈り、社稷を檄する~

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第54話 列卒

 後翼国では軍人たちによる狼狩りが行われていた。

 雪深くなる時期に恒例のもので、足跡から捕捉する意図がある。

 武威を示すということは勿論。後翼は羊が特産であるため、それを狙う可能性のある野獣を狩ることは、生活、経済に結びついた重要な行事でもあった。


 一定の範囲を、布や旗、縄などで囲って警戒心を(あお)り、狼の移動を制限する。続けて、勢子(せこ)役が鳴り物などを利用しつつ、間合いを(せば)めていき、最終的に追い立てる。それを待ち構えた射手が仕留めるのが一連の流れだ。


 取り逃しは厳禁なので、射手は得意とする兵が動員されているが、同時にイベントでもあるため、軍の上位に位置する者たちも、矢を(つが)えた。

 特に決まりはないが、誰が仕留めたかというのは、一応、彼らの見栄や面子に関するネタでもあった。そのため、それらお偉いさんの矢は意匠が()ったものが多かった。



 雁去病としては、この手のイベントは乗り気でなく、ここ数回はスルーしていた。

 しかしながら、汐径からの撤退時に殿(しんがり)を務めたこと。それが、(わず)か百五十の兵だったこと。そして、その少数を(もっ)て、多勢の追撃を食い止めたことが話題となり、今や時の人であった。それ(ゆえ)の期待の空気もあり、辞退することが(はばか)られた。


 ()くして、彼もまた弓を取るに至ったが──。

「なるほど。縮図も様変わりしたか」

 待機中の参加者たち動静を見て、雁去病はそう言い表した。


 狩りには三准将も参加していたが、その派閥勢力であろう取り巻きの大きさには、明らかな差が生じていたのだ。

 辛国、東錬国との共闘を、半ば専行的に主導した臧勤(ゾウキン)准将は、度重なった計画の不首尾と、先の骨折り損とも言える出兵で、その立場を著しく悪くした。今、彼の周りには、息子の臧超(ゾウチョウ)少佐ほか数名がいるだけである。


「大佐。臧勤准将が何やら(にら)み付けるように見てますが・・」

 供に付いた部下が言うが。

「ほうっておけ──」

 雁去病は相手にしない。


『臧勤は、意に反した雁去病を粛清しようとした』


 先の殿での活躍が広まるのと同時に、斯様な臧勤の悪評もまた広まった。それもまた、彼の派閥の縮小に一役買ったのだろう。

 逆恨みか、はたまた雁去病が話を広めたと思っているのか知らないが、臧勤の睥睨(へいげい)の理由はそんなところであろう。

「人は視線の方向に進むものだ。下に向けた時点で、もう上がることはあるまい」

 雁去病はそう言った。

「あとは下がるだけですか──」

「そこまでは言ってない」

 部下の言葉を否定した雁去病だったが、彼が思った以上に、それは衆知の言であった。



 勢子に追い立てられた獣たちが射手の射程に入った。

 とたん誰ともなく矢を放ち、その音は別の獣が鳴き合っているようにも思えた。


 討ち漏らしはなく、実利としての部分は成功した。あとは誰の矢が刺さったのかという余興の部分だ。

 勢子役だった者が、そのまま検分する形になるのだが、そこで騒ぎが起きた。



 検分していた一人の男が、矢を落とした。

 刺さっていた物が抜けてしまい、それが──、と思われたが、側にいた者が。

「それ、矢尻が汚れてないじゃないか!」

 と、指摘した。

 抜けるぐらい浅く、雪に触れたせいで、とも考えられたが。

「臧勤准将の矢だ──」

 と、なった途端、皆は臧勤の不正を疑いだした。


 つまり、あらかじめ勢子役に自分の矢を渡しておいて、検分の折りに、それをこっそり突き刺してもらおうという算段ではないか? という疑念だ。

──仕掛けを好む男だ。

 臧勤の過去の計画から彼の性情(せいじょう)を推断し、その上で、さもありなんと思った訳である。


 無論、誰もそんな事は口にしない。

 さはさりながら、衆人の視線と態度は(こと)のほか雄弁だった。

「おい、何だ! 言いたいことがあるならはっきり言え!」

 言ったのは臧超だ。

 当百の魔女に麾下(きか)をやられて以来、牙を抜かれたようになっていたが、父親に対する侮蔑の眼差しに瞋目(しんもく)を以て声を発した。

 それは健気で純粋な怒りであったかも知れないが、過去の横暴な振る舞いと重なり、周囲には、あまり良い印象を与えなかった。

 やはり臧親子に向かう視線は冷ややかで、それ以降、彼らは言葉を発しなかった。



「来るのではなかったな──」

 雁去病は小さくつぶやいた。



 数日後──。臧勤准将は引退を表明した。

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