第53話 論功行賞
汐径国王都にて新年の行事が行われている。
その中で、王城前の広場にて本営の兵による閲兵式が催された。流石に全軍とはゆかないが、王都の軍営にいる兵を中心とする二千有余が行進、整列した。
毎年のことで、いつもなら将軍の掛け声にあわせて鯨波を発し、その轟きで幕引きとなる。
だが今回は、その前に先の戦い於ける行賞が為されることとなった。
汐径軍では、戦功を賞するとしても所管の責任者から授与されるのが通例だ。式も、その立場ごとにそれなりであり、斯様な大掛かりな場面が用意されることはない。
しかしながら、此度は大大的な遠征と、それに起因する大規模な防衛戦での勝利であり。また、一通りの総括が終わった時期との一致もあったため、行事と同時に行われることとなった。
作戦の参加者は、総数にして四千になり、流石に全ての功を称えるわけにはいかない。
この場では、特段、格段の働きをした者に限られた。
「熊任少尉。右、騎馬三隊を率い、敵軍を分断せり。その突撃、まこと肯綮に中る、見事なり。これ、功三級の働きと認め、ここに賞す」
係が大きく読み上げ、将軍より功章が渡される。それにあわせて拍手が送られるが、この熊任のときは、他の者よりも大きなものとなった。
というのも、功三級は普通、数百を指揮するような者に与えられるものであった。熊任は小隊の隊長であるから、これは過分になるが、それだけ彼女の働きが良かったことを示していた。拍手の大きさは感嘆の仕草であっただろう。
だが、この熊任を上回る者がいた。
「成嬰曹長。右、騎馬十騎を率い、敵精兵を分断。迅速なること、驃騎かくや。加えて、敵指揮官たる、将軍を打ち倒せし者なり。これ、功一級の働きと認め、ここに賞す」
係の読み上げが終わったときには、既に響めきが起きていて、功章が渡し終わる前にはフライング気味に拍手が始まっていた。そしてそれは、鳴り終わらないかと思えるほど長く続いた。
多くの者が、これで行賞は終わりだろうと思った。将軍を討つに並ぶ手柄など、そうそうありはしない。
実際、壇上より将軍の武南が退いたことからも明らかであった。
しかるに、その逆睹は外れる。
誰もいなくなった壇上に、今度は太子が立った。
──なにか別の式が始まるのか?
皆はそう推測した。
すると合図があり、一人の将校の女が立ち位置まで移動した。
「鮑謖大尉。右、伏兵を看破し、味方を救い。夜襲を見抜き、これを粉砕する。奇策を先手で破り、勝利を確定しせり。その先見、古の名将かくや。これ、功特級の働きと認め、ここに賞す」
係が読み上げ、太子が功章を渡した。
拍手が送られるが。
──特級とか、あったのか?
──なぜ太子なんだ?
──軍師とか、そういう系の人?
──そんな先読み可能なのか?
──さっき拍手やり過ぎたわ・・
人々は疑義に忙しく、拍手も疲れたか、幾分弱いぐらいであった。
とまれ、行賞は終了し、再び将軍が壇上に立った。
「えい、えい──」
「オウォォォォォ──」
二千を超える鬨の声で、王都の空が震えた──。
「よっ、さっきぶり」
「これは少尉。この度は、おめでとうございます」
「フフッ──。いえいえ、そちらこそ将軍首の大功、恐れ入ります」
「いや。俺なんか、たまたまに過ぎないんですけどね・・」
熊任とのやり取りに、成嬰は頭を掻いた。
「それを言ったらアタシだって、タイミングが良かっただけだから・・」
今度は熊任が首を傾げるようにし。
「で、特級様はいずくへ?」
姿が見えない級友について尋ねた。
「先程、中佐が見えられて──。あの、六臣会で大佐と一緒におられた・・」
「ああ──、姜彧中佐か」
「はい。それで話があるというので、隊長は中佐に付いてゆかれました」
「そっか──。なんかテンション低めに見えたから、気になってさ」
熊任も話をしたかったが、仕方がない。
これに成嬰としても、友を求めて来た相手に申し訳ない気分になり。
「少尉。隊長のときだけ太子からだったのは何故か、ご存じでしょうか?」
あえて問いを放った。
「アタシも詳しくは知らないけど、たぶん臣階が関係してる。議員とかが貰ったりする褒章があるでしょ。あれって臣階が一段上がんのよ。で、その授与は王、太子、または代理を任された者からってなってるから」
熊任は既知を踏まえて推量を語った。
「なるほど、合点がいきました。隊長も事前に『別口らしい』って言われてたんで、おそらく少尉の仰る通りかと思います。いや、ありがとうございます」
成嬰は、自身からの感謝の言葉を伝え、頭を下げた。
「アハッ。間違ってたらごめんね」
熊任は照れたようにし。
「じゃ、彼女によろしく言っといて──、元気出せよって」
そう言い残して立ち去った。
「大尉。君には少佐が内定している。近々辞令が出るから、そのつもりで」
「はい──」
姜彧の言葉に、鮑謖は神妙に応じた。
出世すれば普通は喜びそうなものだが、彼女としては。
──異動じゃないよね?
守備隊の隊長という現在のポジションを維持できるかどうかが重要だった。今回の褒賞を切っ掛けに、本営に呼び戻されはしないかと懸念していた。
「そう警戒しなくて良い──」
姜彧は鮑謖の性情を少しは知る者である。彼女の情緒を察して言った。
「これまで通り、君には守備隊の任務を続けてもらう」
──ほっ・・
鮑謖が安心したのも束の間。
「しかしだ。少佐が単なる砦の隊長では、格好がつかない。そこで君には、特別遊撃隊を兼務してもらいたいと考えている。尤も、これは無理強いではない」
「ゆーげきたい?」
「普段は守備隊として任務につき、有事の際は、徐厥准将直属の独立部隊として行動する」
ここで鮑謖は眉を顰めた。
鷹揚が持ち味の彼女にしては、めずらしいことである。
──准将か・・
前回、影の軍監をやらされたと思ってる鮑謖は、徐厥に対していい印象がない。
鮑謖の怪訝な表情は姜彧にも意外だったが、彼なりに見当は付いていた。
先の遠征に関して鮑謖が出した報告書──。それには兵糧の分配に関する不備について、多くの文面が割かれていた。
また、このところの砦での活動を調べてみると、たびたび食事会を催しており、それに時間と予算を費やしているのが確認された。
そして、姜彧の記憶の中の鮑謖は、だいたい飯を食っていた。
これらに鑑みると、鮑謖という人間は、食を愛し、食を以て士気を維持しようと考えていると、窺い知る事ができた。
おそらく鮑謖が気にしているのは、隊員のメンタルと、それを保つ糧食であろう。
──ならば、そのあたりも調節するか。
姜彧は思い。
「大尉。遊撃隊となるにあたり、別途予算が付くことになっている。今のところ装備品に関する部分だけだが──。君が希望するなら、糧食に関する部分も考慮しよう」
そのように言った。
──!
とたん鮑謖の中で鬩ぎ合いが勃発した。
──また面倒な仕事が来そう。
──でも予算増える。
──ご飯増える。
──イイね。
が、一方的な勝利で終わり。
「はい。是非に希望します。よろしくおねがいします!」
鮑謖は今日一番の活力をみせて返答した。
姜彧はそれに頷くと。
「宜しい。では、その方向で話を進める」
そう言って、二人の会話は終了した。
「お疲れ様です。先程、熊任少尉が来られて、大尉によろしくと──」
「うん。ありがと」
本日は朝から、やや物憂い感じだった鮑謖が、普段の調子を取り戻しているのを見て。
「中佐との話で、何かありましたか?」
成嬰は聞いた。
「私たちは今度から守備隊兼遊撃隊になった」
と、満足そうに鮑謖は答えた。
──!
「そ、そうですか。あと、少尉が『元気出せ』とも言ってましたが──」
成嬰は、鮑謖の雰囲気に、言うまいとも思った言葉を伝えた。
「うん。もう大丈夫。イイ感じで話はついたから」
やはり鮑謖は満悦に語った。




