第52話 追想奇人録(後半)
「季孫泰少尉。君の部隊に本作戦の間、彼女を加える。学徒だが、戦闘に於いて遅れを取ることはないだろう」
中隊長はそう言って、若い女を紹介した。
「鮑謖です。よろしくお願いします」
女は言って礼をした。
「季孫泰だ。よろしく」
少尉は返して。
「中隊長。確認ですが、新兵と同じ扱いで良いですか」
「同じで構わない」
「わかりました。失礼します」
季孫泰はそれで敬礼し、鮑謖もそれに倣った。
「鮑謖。君はその杖で戦うのか?」
「はい、そうです」
自身の小隊まで戻る道すがら、季孫泰は新兵に確かめた。
「俺はよく知らんが、棒術、杖術、棍術、その辺りの区別というか、何か違いがあるのか?」
「それは──、わかりません。私も色んな棒ぐらいに思ってます」
「ハハッ。違いないな」
季孫泰は笑いながらも。
──どこまで動けるのやら。
彼は、中隊長の言葉には懐疑的だった。
ともあれ──。
季孫泰たちの小隊は彼を含め十五人。そこに新兵が加わって十六人となった。
此度の作戦規模は百五十人体制。賊徒の人数は三、四十と見られている。殲滅を目的とし、彼らの拠点を包囲するように軍は動いた。
季孫泰の小隊は、他隊と共に、拠点に対して東に位置取った。
「作戦を説明する。東西北から賊を追い込み、南へと誘導する。そちらは五十の兵が待ち構えていて、逃げてきたところに奇襲を掛ける寸法だ。東の俺達は当然、追い込む側だ。賊を誘導後は俺達も南に移動し、そのまま賊の掃討に当たる」
隊の皆に、季孫泰が概要を伝える。
「最初は向こうも強く抵抗するかも知れん。慌てず、じっくり攻めれば、いずれ逃げに転ずる。それまでの辛抱だ。あくまで追い込みだというのは忘れるな」
下手に逸って包囲が崩れたのでは作戦も壊れてしまう。注意すべき点も押さえておく。
隊員たちへの指示を終えた季孫泰は、近くにいた三人に。
「お前らは新人が無茶しないか、一応でいいから見ておけ」
そのように小さく言った。
──中隊長の手前、いきなり死なれても困る。
季孫泰としては、新兵に期待はなく、後々面倒にならなければいいと考えていた。
合図が来た。
「おのおの声を上げろ。進撃!」
季孫泰の下知で小隊は喊声を上げながら前進した。それは他の隊も同じで、およそ百の兵による斉唱は、賊をうろたえさせるに十分だった。
賊は慌てながらも武器を取り、抵抗を見せる。
──多いな・・
第一感、季孫泰が思ったのがそれだ。
事前の情報では多分であっても四十程だと言われていた。しかし季孫泰の見るところ、賊は五、六十は下らない。
ひょっとしたら、もっと多いかも知れず、その場合、追い立てた先にいる味方が上手く賊を食い止めることができるか、怪しくなってくる。
この所感は季孫泰ひとりのものではない。小隊の兵たちにも、眼前の敵の数に若干の逡巡が生まれていた。
「臆するな! 衆寡はこちらが勝っている!」
事実だ。事実だが──。
──四十に対しての百と、七十に対しての百では意味が違う。
季孫泰も、やや牽強付会の自覚はあったが、そうでも言わないと士気が下がる。
「はあぁぁ!!」
剣を振り、賊と斬り結ぶ。
別段、強い相手でなくとも、必死さは力となる。季孫泰とて楽に勝てる訳ではない。
彼と賊が膠着した隙に、隊員の一人が横から加勢、それで相手が体勢を悪くしたところに付け込んで、倒した。
「上手いぞ」
加勢した者に声を掛ける。
その季孫泰の視界のはしに、疾く動く影が映る。
──なにか?
顔を向けるとそこには、あの新兵が縦横無尽に動き、杖を振り回している姿があった。
賊が剣を振ろうと、槍を突こうと関係なしに、避けたと思ったときには相手を屠っている。まるで芝居のひと齣を見せられているような感覚に、季孫泰は陥った。それは彼が先刻に指図した三人も同じだった。
ありていに言えば、彼らは鮑謖の戦いに魅せられた。
ここで不意に賊が引き、逃げに転じた。
予定通りであったが、想定した展開とは違っていた。
軍には賊に対して幾つかの誤解──、否、侮りがあった。
軍は、賊徒が巣くったのは管轄の境で、たまたま巡回が及ばなかったのだろうと考えていた。ところが実際は、彼らの頭目は元軍人で、管轄の話などを理解しており、意図して隙間を狙って拠点を構えていた。
また、目立たぬよう一度に大人数で動くことを避けたため、数の誤認も生まれた。
そして本作戦に於いては、南からの攻めがないこと訝しみ、伏兵の可能性を予感。端から、そちらに逃げると言う選択肢は捨てていたのだ。
断案、賊の逃げ道は南以外になるが、東側の勢いが凄かった。
頭目はそれを避ける意味でも、西側を強行突破することを決め、実行に移した。
賊が自分たちとは反対方向へ走り出したのを見て。
──しまった。
季孫泰はしくじりを自認した。
新兵の動きの良さに見とれ、押しすぎていたのに気付かなかった。彼は己が判断ミスにより、作戦が駄目になったと考えた。
無論それは、頭目の知見によるものだが、季孫泰が知るところではない。
「追え! 賊を逃がすな! このまま挟み撃ちにする」
季孫泰は声を張った。独断であるが、おそらく最善のはずだ。黙過すれば西側が突破されかねない。
彼の小隊が動いたことで、他の隊もそれに続いた。期せずして季孫泰隊が先導者のような形になり、賊に背後から迫った。
そして、この隊を更に先導するように駆ける者、鮑謖。
彼女は迅走し、追いつく先から賊を打ち倒した。
ここで季孫泰は。
「鮑謖! 雑魚に構わず隊長格を狙え!」
そう大喝した。
鮑謖は理解したのか、況して疾く駆け賊の中に飛び込む、そして邪魔する者をなぎ倒しながら、一人の男に肉薄する。
相手はその手に持った大振りの鉈を振り下ろすが、ガッと鮑謖は受け止め、次の瞬間には敵の膝を叩き砕いた。
それで賊徒の動きは止まった。
鮑謖が打ち据えた者こそ、賊徒の頭目で、彼らは指揮者が止まったことで身動きが取れなくなっていた。
そこに季孫泰たちが追いつき、賊たちは惑乱のままに兵に討たれた。
結局、南に伏した五十に出番はなく、残り百の兵によって七十ほどの賊は壊滅した。
姜彧は、戦訓の聞き取りとして、鮑謖が配属された小隊の隊長と面談した。
「状況は十分に理解した──。最後に、少尉の所に配属された学徒について聞く。かの者の働きを、普通を五として、一から十であらわすと如何ほどになるか?」
姜彧は問う。
「そうですね──」
季孫泰は考えるようにして。
「九だと判断します」
「理由は?」
「その戦闘力は申し分なく、活躍という見地では十点に値します。これは私自身の責任でもありますが、周りにあわせず動いたため、隊の動きとしては乱れてしまいました。そこを勘案して九といたしました」
淀まず言った。
姜彧は小さく頷くと。
「ではその評価を確定して良いかね?」
「はい」
「宜しい──。以上、ご苦労だった、少尉」
「はっ。失礼します」
季孫泰は敬礼し退室した。
「平均はどうなってる?」
「九を超えております」
「ならば問題ないな──」
書記役の答えに姜彧はそう返した。
「さて──。本人からも話を聞いておくか」
姜彧はつぶやき。
──また飯にでも誘えば良いか・・
そんなことを考えた。




