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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第四章 ~無知の軍神、識者を動ず~

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第50話 戦果

 皆が寝静まる頃、王都にある貴族の屋敷が兵に取り囲まれた。

 しばらくして門を始めとする出入り口は開け放たれ、兵たちは特に騒ぎを起こすことなく、静かに屋敷内を制圧していった。


「な、何事か! ここが侯爵家と知ってのことか!」

 家人と(おぼ)しき男が、兵たちに威を放っている。

毛埋(モウマイ)侯爵。夜分に失礼いたします。私は本営所属、曹策(ソウサク)少佐です。早速ですが──」

 兵の指揮者たる少佐が話し始めたのを(さえぎ)って。

「待て! 一体、誰の権限で我が屋敷に押し入った。こんな時間に、王命が下ったなどとは言うまいな」

「王命は出ておりません」

「ならば立ち去れ! うぬらの行動は越権行為なるぞ」

「いえ。許可は出ており、権利の範囲を越えてはおりません」

「だから、誰が──」

 毛埋がここまで言ったとき。

「私が許可しました」

 割り込んで来たのは毛厳(モウゲン)だった。


 しばし言葉を失った毛埋であったが。

「どういうつもりだ・・」

 ひり出すように言葉を放った。

 しかし毛厳の方はそれに応えずに。

「少佐。続けて下さい──」

 と、感情のない声で言った。

 曹策は一度咳払いをすると。

「毛埋侯爵。貴方には機密漏洩の嫌疑が掛かっております。此度(こたび)は、貴方の身柄を拘束し、屋敷を捜索する任で参った次第です。侯爵家への捜査は王命が必要ですが、家人、それも嗣子(しし)たる御子息が許可された時点で、我々の権限の範囲に入ります。またこれは屋敷への立ち入りに関しての話であり、侯爵自身の査問に関しては通常の捜査手続きに基づきます」

 淀みなく言った。

 そして部下に合図をし、侯爵を数人で囲むようにした。


「ふざけおって──。しかもこんな時間に・・」

 毛埋は歯ぎしりするように言うが。

「目立たぬように配慮してくれたのです。夜中になったのはそのためです」

 毛厳が父に語る。

「お前は──。自分が、何をやっているのかわかっているのか!?」

「父上こそ、わかっておられるのか」

「私は──」

 毛埋は何かを言い掛けたが、あとは続かなかった。


「侯爵。御足労いただきます」

 曹策の指示で毛埋は連れ出される。その背中に向かって──。

「古の賢者は、糸が染まるのを悲しみ、道が分かれるのに泣いたといいます。私には賢者ほどの知恵はありませんが、悲哀の一片ぐらいは解するつもりです」

 毛厳はそう言葉を発した。

 毛埋は、つと立ち止まり。

「宝玉を傷付けた男がいた。彼は百金を支払い弁償したが、その後、宝玉を磨き上げ千金の値で売ったそうだ──」

 それだけ言って、兵たちとその場を後にした。



「どういう意味なのかな?」

 曹策が毛厳に尋ねた。

「難しいですが──、今後の侯爵家と、私の事について何か言いたかったのだろうと」

 首を傾げながら毛厳は答える。

「少尉に磨き上げろと言ってるのかな」

「そうでしょうね。やはり私には、面倒な言い回しにしか思えませんが──」

 毛厳は返し、弱く首を振った。





 孚門(フモン)に、剛会(ゴウカイ)大佐率いる(シン)国侵攻軍が帰還した。

 既に戦捷(せんしょう)の知らせは届いており、先に戻った対東錬(トウレン)の軍に引き続いての勝報に、本営の兵は元より、噂を聞いた孚門の民も大いに沸き立っていた。


 軍営に到着すると、剛会は阜漫(フマン)中佐と共に、徐厥(ジョケツ)准将の元へと向かった。



「大佐、中佐、二人ともお疲れ様でした」

 徐厥はそう言って出迎えた。

「そちらも大勝だったようで」

「上手く背後を取れました。その分、懿門(イモン)の兵には無理をさせてしまいましたが」

 剛会の言に、やや控え目な音で徐厥は返した。

「ふん──。東錬の大時代(おおじだい)どもめ、これで少しは目が覚めたか」

 ざまを見ろと言わんばかりの剛会に。

「目を覚ましたで、関連することがあります──。どうやら一部の貴族が東錬と繋がっていたようなのです。先日、王都で捕り物があり、後翼(ゴヨク)を通じて情報漏洩した可能性が高いとの事です」

「まさか、別働隊が待ち伏せされていたのは・・」

 徐厥の言に阜漫が反応する。

「ええ──。おそらく貴族から後翼。後翼から辛国へ、でしょう」

「まったく、どいつもコイツも、何の夢を見てやがるんだか──」

 剛会は、あきれと不快感をあわせたように言った。

「不愉快ついでにもう一つ。後翼は千五百の軍を引きましたが、その際、こちらの追撃部隊が敵の殿(しんがり)に痛撃を喰らいました」

「なんと──」

 阜漫が声を上げる。

「百五十ほどの部隊を捕捉したと思い戦闘を仕掛けたところ、実際は百に満たない数で、気付いたときには背後から挟み撃ちにあったとの事です」

「道中に兵を伏しつつ、隊の数を偽装していたわけですか」

「その殿は、誰の指揮だ?」

雁去病(ガンキョヘイ)大佐だろうと見られています」

 果たして、徐厥が言ったように剛会と阜漫の表情は曇った。



 雁去病の実力は後翼軍でも卓爾(たくじ)というのが、汐径(セキケイ)軍に()ける分析であった。

 今回、ただの失敗に終わっただけの後翼軍で、雁去病ひとりが手柄を立てた形になり、これは今後の人事に影響するのではないか。そしてその結果、雁去病がより力を持つことになれば、汐径にとって好ましくない展開になるのでは──。

 斯様(かよう)な予測は、本営の上層である剛会たちならば、自然に至る結論だった。



「まぁ、嚢中(のうちゅう)だろうと(きり)は出るもんだ。遅かれ早かれだろ」

 剛会は、割り切ったように言った。

「そうですね──。話がこちらの事ばかりになってしまいました。そちらの、待ち伏せに関しては既に報告を受けましたが、本隊同士の戦いはどうでしたか?」

 徐厥は話題を辛軍戦に切り替えた。

 剛会は。

「決戦の前夜、夜襲があった。だがどういうわけか、その経路に前もっていた奴らがそれを撃退した。二百の軍を五十でだ」

 意図して相手が口を挟みたくなるように語り、徐厥も、あえて頷くにとどめた。

(わし)らは流れがあると見て、払暁(ふつぎょう)より動き、ぶつかった。押し合いから敵の中央が崩れたが、それは仕掛けで、三方からの攻めを受ける形になった。そのときは一頻(ひとしき)りで終わる話だと思っていたが、相手は百の精鋭を回り込ませて背後を取りやがった」

 剛会はここまで言うとニヤリとし。

「ところが、またどういうわけか、その背後の更に後ろにいた奴らがそれを妨害。中央に攻め掛けた騎兵も背後から迫って落とした。あげく、連中の指揮者を討ち取るんだが、それがどうも辛の将軍だったようで、全体の統率も乱れ、あとはあっさり勝った」

 そのように言って、徐厥の反応を待った。


 徐厥は数回頷きを見せると。

「その、たまたま居合わせたような五十の部隊が、例のタマ子というわけですか」

「そうだ! わけがわからんだろう? 儂は決戦前に、好きに動けと言ってたんだが、後方にいるとは思わなかった──」

 剛会は、やや食い気味に応じて。

「だから後で聞いたんだ。なんでお前は、そんなとこにいたのかと」

「彼女は何と?」

「あいつ『えー。味方の隙に動くためにー』とか抜かすんだ。何の頓知(とんち)かと思ったわ」

 剛会は、ものまねを交えながら言った。

「それは、後ろから味方の隙を(うかが)っていたという事ですか。これは──、理屈はわかりますが、心理として、とても一部隊の判断とは思えませんね・・」

「よしんば隙を狙うとしても敵のであろうと、儂らも話していたのです」

 阜漫も不可解を共有する。

「やはり、どうかしてる。以前、姜彧(キョウイク)が言ってた奇人の頭だ」

「ええ──。ですが、有能です。怖いほどに・・」

 徐厥は剛会の言に同意しつつも、己が評価を示した。

 これには二人も静かに頷いた。



「ところで。大佐は剣をどうしたのです?」

 剣を()いてない剛会を見て、徐厥が聞く。

「ああ。これはタマ子のとこの曹長にくれてやったんだ。将軍を討った奴だ。たまたま剣を失ったところを見ていて、それでだ」

「フフッ──。たまたまですか」

 徐厥の指摘に、剛会は少し渋い表情をした。

「本人加え、部下も優秀であれば──、どうでしょう。鮑謖(ホウショク)大尉の権限を、より高めてはいかがかと。功績は今回の事で十分あります」

 阜漫が提案する。

 これに徐厥はしばし考え。

(もっと)もですが、一つ問題があります。かの者は、自ら進んで守備隊を希望するような、おかしな者です。そのあたりは慎重に見極める必要があります」

「それなら、姜彧に話させればいい。よく知ってるみたいだからな」

「そうですね。中佐とも相談しながら考えましょう」


 斯くして、軍の上層は鮑謖の今後について考え出した。





「隊長。おねがいします」

「うん。どれどれ・・」

 鮑謖は籠の中から一つ一つ確認していく。

「イイね。ぜんぶ食べられるよ」

 鮑謖はご機嫌に言う。

 砦の隊員たちは今、森でキノコ狩りの真っ最中である。



 鮑謖隊は、汐径軍が東北の街、馗門(キモン)に到着した時点で解散し、元の守備隊の三十に戻った。そして、そこから一足(ひとあし)先に砦への帰路に就いたのだ。

 彼らの凱旋に砦の皆は大いに沸いて、空気を読んだ鮑謖は祝勝の食事会をすることにした。


 とはいえ、食う物がなくては話が始まらない。

 鮑謖は既にある猟師ネットワークで肉を調達し、それ以外の物は自力で掻き集めるという、糧食の独自調達権を拡大解釈して実行中なのだ。



「おおっ! これは高級食材だよ!」

 一つのキノコに鮑謖は興奮を見せるが。

「まっ、味は値段ほどじゃないんだけどね・・」

 と、一転、冷ややかな事を言う。


 これは勿論、だたのキノコの批評でしかないのだが、鮑謖を敬服する兵たちは。

──流石は大尉。常に本質を見ている。

 と、素敵に解釈した。




 ともあれ──。

 砦では、鮑謖たちの無事の帰還と勝利を祝い、ご馳走が振る舞われることになった。

 酒は無かったが、猟師経由で村々から集められた果物などがあり、兵たちの評判は上々であった。ちなみに、それらは高級キノコとの交換でだいぶ安く仕入れた。


 成嬰(セイエイ)の指揮っぷりや、仞操(ジンソウ)の活躍など、話題にも事欠かない。

 鮑謖も(ひょう)狩りを聞かれ、まんざらでもない反応を示していた。



 たけなわも過ぎ、空気が落ち着いたころ。

──みんなで集めると、効率がいいな・・

 鮑謖は、また理由をつけて食材集めをしようかなどと考え、独り、にやけていた。


 自身の行く末など、まったく気にしていない、のんきな女の姿があった。

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