第50話 戦果
皆が寝静まる頃、王都にある貴族の屋敷が兵に取り囲まれた。
しばらくして門を始めとする出入り口は開け放たれ、兵たちは特に騒ぎを起こすことなく、静かに屋敷内を制圧していった。
「な、何事か! ここが侯爵家と知ってのことか!」
家人と思しき男が、兵たちに威を放っている。
「毛埋侯爵。夜分に失礼いたします。私は本営所属、曹策少佐です。早速ですが──」
兵の指揮者たる少佐が話し始めたのを遮って。
「待て! 一体、誰の権限で我が屋敷に押し入った。こんな時間に、王命が下ったなどとは言うまいな」
「王命は出ておりません」
「ならば立ち去れ! うぬらの行動は越権行為なるぞ」
「いえ。許可は出ており、権利の範囲を越えてはおりません」
「だから、誰が──」
毛埋がここまで言ったとき。
「私が許可しました」
割り込んで来たのは毛厳だった。
しばし言葉を失った毛埋であったが。
「どういうつもりだ・・」
ひり出すように言葉を放った。
しかし毛厳の方はそれに応えずに。
「少佐。続けて下さい──」
と、感情のない声で言った。
曹策は一度咳払いをすると。
「毛埋侯爵。貴方には機密漏洩の嫌疑が掛かっております。此度は、貴方の身柄を拘束し、屋敷を捜索する任で参った次第です。侯爵家への捜査は王命が必要ですが、家人、それも嗣子たる御子息が許可された時点で、我々の権限の範囲に入ります。またこれは屋敷への立ち入りに関しての話であり、侯爵自身の査問に関しては通常の捜査手続きに基づきます」
淀みなく言った。
そして部下に合図をし、侯爵を数人で囲むようにした。
「ふざけおって──。しかもこんな時間に・・」
毛埋は歯ぎしりするように言うが。
「目立たぬように配慮してくれたのです。夜中になったのはそのためです」
毛厳が父に語る。
「お前は──。自分が、何をやっているのかわかっているのか!?」
「父上こそ、わかっておられるのか」
「私は──」
毛埋は何かを言い掛けたが、あとは続かなかった。
「侯爵。御足労いただきます」
曹策の指示で毛埋は連れ出される。その背中に向かって──。
「古の賢者は、糸が染まるのを悲しみ、道が分かれるのに泣いたといいます。私には賢者ほどの知恵はありませんが、悲哀の一片ぐらいは解するつもりです」
毛厳はそう言葉を発した。
毛埋は、つと立ち止まり。
「宝玉を傷付けた男がいた。彼は百金を支払い弁償したが、その後、宝玉を磨き上げ千金の値で売ったそうだ──」
それだけ言って、兵たちとその場を後にした。
「どういう意味なのかな?」
曹策が毛厳に尋ねた。
「難しいですが──、今後の侯爵家と、私の事について何か言いたかったのだろうと」
首を傾げながら毛厳は答える。
「少尉に磨き上げろと言ってるのかな」
「そうでしょうね。やはり私には、面倒な言い回しにしか思えませんが──」
毛厳は返し、弱く首を振った。
孚門に、剛会大佐率いる辛国侵攻軍が帰還した。
既に戦捷の知らせは届いており、先に戻った対東錬の軍に引き続いての勝報に、本営の兵は元より、噂を聞いた孚門の民も大いに沸き立っていた。
軍営に到着すると、剛会は阜漫中佐と共に、徐厥准将の元へと向かった。
「大佐、中佐、二人ともお疲れ様でした」
徐厥はそう言って出迎えた。
「そちらも大勝だったようで」
「上手く背後を取れました。その分、懿門の兵には無理をさせてしまいましたが」
剛会の言に、やや控え目な音で徐厥は返した。
「ふん──。東錬の大時代どもめ、これで少しは目が覚めたか」
ざまを見ろと言わんばかりの剛会に。
「目を覚ましたで、関連することがあります──。どうやら一部の貴族が東錬と繋がっていたようなのです。先日、王都で捕り物があり、後翼を通じて情報漏洩した可能性が高いとの事です」
「まさか、別働隊が待ち伏せされていたのは・・」
徐厥の言に阜漫が反応する。
「ええ──。おそらく貴族から後翼。後翼から辛国へ、でしょう」
「まったく、どいつもコイツも、何の夢を見てやがるんだか──」
剛会は、あきれと不快感をあわせたように言った。
「不愉快ついでにもう一つ。後翼は千五百の軍を引きましたが、その際、こちらの追撃部隊が敵の殿に痛撃を喰らいました」
「なんと──」
阜漫が声を上げる。
「百五十ほどの部隊を捕捉したと思い戦闘を仕掛けたところ、実際は百に満たない数で、気付いたときには背後から挟み撃ちにあったとの事です」
「道中に兵を伏しつつ、隊の数を偽装していたわけですか」
「その殿は、誰の指揮だ?」
「雁去病大佐だろうと見られています」
果たして、徐厥が言ったように剛会と阜漫の表情は曇った。
雁去病の実力は後翼軍でも卓爾というのが、汐径軍に於ける分析であった。
今回、ただの失敗に終わっただけの後翼軍で、雁去病ひとりが手柄を立てた形になり、これは今後の人事に影響するのではないか。そしてその結果、雁去病がより力を持つことになれば、汐径にとって好ましくない展開になるのでは──。
斯様な予測は、本営の上層である剛会たちならば、自然に至る結論だった。
「まぁ、嚢中だろうと錐は出るもんだ。遅かれ早かれだろ」
剛会は、割り切ったように言った。
「そうですね──。話がこちらの事ばかりになってしまいました。そちらの、待ち伏せに関しては既に報告を受けましたが、本隊同士の戦いはどうでしたか?」
徐厥は話題を辛軍戦に切り替えた。
剛会は。
「決戦の前夜、夜襲があった。だがどういうわけか、その経路に前もっていた奴らがそれを撃退した。二百の軍を五十でだ」
意図して相手が口を挟みたくなるように語り、徐厥も、あえて頷くにとどめた。
「儂らは流れがあると見て、払暁より動き、ぶつかった。押し合いから敵の中央が崩れたが、それは仕掛けで、三方からの攻めを受ける形になった。そのときは一頻りで終わる話だと思っていたが、相手は百の精鋭を回り込ませて背後を取りやがった」
剛会はここまで言うとニヤリとし。
「ところが、またどういうわけか、その背後の更に後ろにいた奴らがそれを妨害。中央に攻め掛けた騎兵も背後から迫って落とした。あげく、連中の指揮者を討ち取るんだが、それがどうも辛の将軍だったようで、全体の統率も乱れ、あとはあっさり勝った」
そのように言って、徐厥の反応を待った。
徐厥は数回頷きを見せると。
「その、たまたま居合わせたような五十の部隊が、例のタマ子というわけですか」
「そうだ! わけがわからんだろう? 儂は決戦前に、好きに動けと言ってたんだが、後方にいるとは思わなかった──」
剛会は、やや食い気味に応じて。
「だから後で聞いたんだ。なんでお前は、そんなとこにいたのかと」
「彼女は何と?」
「あいつ『えー。味方の隙に動くためにー』とか抜かすんだ。何の頓知かと思ったわ」
剛会は、ものまねを交えながら言った。
「それは、後ろから味方の隙を窺っていたという事ですか。これは──、理屈はわかりますが、心理として、とても一部隊の判断とは思えませんね・・」
「よしんば隙を狙うとしても敵のであろうと、儂らも話していたのです」
阜漫も不可解を共有する。
「やはり、どうかしてる。以前、姜彧が言ってた奇人の頭だ」
「ええ──。ですが、有能です。怖いほどに・・」
徐厥は剛会の言に同意しつつも、己が評価を示した。
これには二人も静かに頷いた。
「ところで。大佐は剣をどうしたのです?」
剣を佩いてない剛会を見て、徐厥が聞く。
「ああ。これはタマ子のとこの曹長にくれてやったんだ。将軍を討った奴だ。たまたま剣を失ったところを見ていて、それでだ」
「フフッ──。たまたまですか」
徐厥の指摘に、剛会は少し渋い表情をした。
「本人加え、部下も優秀であれば──、どうでしょう。鮑謖大尉の権限を、より高めてはいかがかと。功績は今回の事で十分あります」
阜漫が提案する。
これに徐厥はしばし考え。
「尤もですが、一つ問題があります。かの者は、自ら進んで守備隊を希望するような、おかしな者です。そのあたりは慎重に見極める必要があります」
「それなら、姜彧に話させればいい。よく知ってるみたいだからな」
「そうですね。中佐とも相談しながら考えましょう」
斯くして、軍の上層は鮑謖の今後について考え出した。
「隊長。おねがいします」
「うん。どれどれ・・」
鮑謖は籠の中から一つ一つ確認していく。
「イイね。ぜんぶ食べられるよ」
鮑謖はご機嫌に言う。
砦の隊員たちは今、森でキノコ狩りの真っ最中である。
鮑謖隊は、汐径軍が東北の街、馗門に到着した時点で解散し、元の守備隊の三十に戻った。そして、そこから一足先に砦への帰路に就いたのだ。
彼らの凱旋に砦の皆は大いに沸いて、空気を読んだ鮑謖は祝勝の食事会をすることにした。
とはいえ、食う物がなくては話が始まらない。
鮑謖は既にある猟師ネットワークで肉を調達し、それ以外の物は自力で掻き集めるという、糧食の独自調達権を拡大解釈して実行中なのだ。
「おおっ! これは高級食材だよ!」
一つのキノコに鮑謖は興奮を見せるが。
「まっ、味は値段ほどじゃないんだけどね・・」
と、一転、冷ややかな事を言う。
これは勿論、だたのキノコの批評でしかないのだが、鮑謖を敬服する兵たちは。
──流石は大尉。常に本質を見ている。
と、素敵に解釈した。
ともあれ──。
砦では、鮑謖たちの無事の帰還と勝利を祝い、ご馳走が振る舞われることになった。
酒は無かったが、猟師経由で村々から集められた果物などがあり、兵たちの評判は上々であった。ちなみに、それらは高級キノコとの交換でだいぶ安く仕入れた。
成嬰の指揮っぷりや、仞操の活躍など、話題にも事欠かない。
鮑謖も豹狩りを聞かれ、まんざらでもない反応を示していた。
たけなわも過ぎ、空気が落ち着いたころ。
──みんなで集めると、効率がいいな・・
鮑謖は、また理由をつけて食材集めをしようかなどと考え、独り、にやけていた。
自身の行く末など、まったく気にしていない、のんきな女の姿があった。




