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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第四章 ~無知の軍神、識者を動ず~

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第49話 敗軍の挙措

東錬(トウレン)が敗れたという情報が入った。最早、我々がここで敵を引き付ける意味もなくなったという事だ。よって、撤収に移行したいと思う」

 軍議の冒頭、臧勤(ゾウキン)准将がそう言い出した。

 これに雁去病(ガンキョヘイ)は反対した。

汐径(セキケイ)は、なけなしの千と、恂門(ジュンモン)の四百まで動員してきている。今、この敵軍を退けることは、取りも直さず恂門を落とすことになる。そこを足がかりとすれば、後翼(ゴヨク)のみならず、(シン)国の南進をも助けよう。()いては東錬の逆襲をも促すだろう。勝ち筋のない戦いではない。撤退は早計だ」

 そのように考えを示した。


 この(たび)、汐径に侵攻した後翼軍は千五百。

 雁去病からすれば、戦力互角の野戦で負けるつもりはなく、汐径軍本隊と恂門軍の差異に付け込めば、十分に勝機があるとみていた。


 しかるに軍議の方向は(くつがえ)らず、後翼軍は撤退することが決まった。




「ハハッ──。そういう事で、私が殿(しんがり)となった」

 雁去病が部下たちに軍議の結果を話している。

「大佐。笑い事ではありませんよ」

「そうです。これじゃまるで意趣返しじゃないですか!」

 やや冗談めいた音の雁去病に、部下たちは(いきどお)った声を上げる。


 彼らの脳裏にある推測は、臧勤准将が自身の決定に異を唱えた雁去病を(うと)ましく思い、嫌がらせで、殿を命じたに違いないというものだ。


「そう悪く言うものではない。准将は、なんと百の兵を任せて下さるそうだ」

 雁去病は、やはり芝居じみた、ふざけた感じで言った。

「たった百!? 麾下(きか)と合わせても百五十ですよ。それで千四百の追撃を(しの)げというのですか。いくらなんでも横暴が過ぎます」

「もうこれは指揮権の形を借りた粛清です! 大佐が従う必要はありません」

 新たな情報は、部下たちの怒りに(ほた)をくべたようだ。

「私の見立てでは、恂門の四百は殆ど動かん。追撃は本隊の千のみであろう。となれば、気持ちも幾分、楽になろう」

「それでも七倍です」

「ハハッ、算術がはやいな」

「大佐──」

 飄々(ひょうひょう)とする雁去病に、部下たちも困惑の色を浮かべた。


「まぁ聞け──。千といっても実際は足の速い部隊が、おそらく二百ほどか。それが先行する形での追撃となる。二百に対して百五十なら十分。上手く撃退すれば後続も足を止めよう。私が見ているのはそれだ」

 部下たちの様相を少し不憫に思った雁去病は、自らの存念を説示した。

「しかし、それでも後退しながらでは不利です」

「伏兵を使う」

「そ、それは有効かも知れませんが──、どちらに?」

「さあな──。道すがら考えるさ」


 雁去病の言葉に、部下たちは不安を禁じ得なかったが、これも彼の是とする臨機応変なのだろうと解釈し、粛々と撤収作業に従事した。





 地獄のような時間は続いていた。

 辛国軍は負けたが、汐径軍は深追いせずに撤退した。そのため大敗であったが、死者数自体は、比率としては少ない方だった。

 それは裏を返せば、大量の負傷兵を抱えたという事でもあった。

 追丘(ツイキュウ)たち救護の者は、その対応に追われていた。


 既に歩ける者は自力で軍営まで移動している。追丘たちが相手にしているのは、皆、重傷者ばかりだ。そして治療後は殆ど動かせない。救護の者たちは、寝かされた兵たちを渡り歩くようにしていた。


 無論、中には間に合わなかった者や、見捨てざるを得ない者もいた。

 追丘たちは、せめてもの行為として、苦痛を忘れる薬草を口に含ませた。飲み込まずとも効き目はあるらしい。

 むしろ、一時(いっとき)、手抜きができるという安堵もあって、それを──。

──さもしい。

 と、思う自分もいたが、追丘は罪悪感までは持たなかった。


 負い目といえば──。

 追丘は魔法使いであるから、魔力が尽きれば休むことになる。だが他の者たちは、そうもいかない。彼らは前もっての止血など、やる事は多々あり、追丘ほどには休めなかった。そこに幾許(いくばく)かの申し訳なさはあった。




 午前中から治療を続け、日没までには、ようやっと落ち着ける状態になった。

 救護の者たちは、泥のようになって仮眠をとったが、彼らは、ほどなくして起こされることとなった。


 汐径の別働隊に当たっていた、奇襲部隊の兵たちが合流したのだ。

 彼らもまた大敗したが、こちらとは違い多くの犠牲を出した。その反面、結果として生き残った者は、深手でも直接命に関わる程ではなかった。彼らは応急処置だけ済ませ、本隊に合流すべく移動をしてきたのだ。

 しかしながら、本隊は既に敗れ、将軍も行方不明で軍は壊滅した後だった。


 雑用を仕切る将校が言うには、奇襲部隊の者たちは治療を求めているという。

「動ける者は軍営にゆく手筈(てはず)でしょう」

 年長の者が抗議する。

「部隊の者は手負いのまま、ここまで移動して来たのだ。こちらも手が空いたではないか、彼らを助けても罰は当たるまい」

「我々も限界を押して、やっとの事で終わらせたんですよ」

「彼らもやっとの思いで辿り着いたのだ。味方が苦労して来たというのに、助けられるのに助けないでは道義にもとる」



──(さか)しい。

 追丘は思う。

 将校は言外に『助けないなら人倫に反するぞ』と言ってるに等しい。決められた事を曲げようとしてる自分を差し置いて、お前たちが間違っているのだと、相手に背徳感を(いだ)かせるやり方だ。

 これに反論するのは、とても億劫(おっくう)だった。



 仕方なしに追丘たちは治療を再開した。

 数はそれなりにいたが、先程までと違い、一刻を争うような状態ではないため悲壮感のようなものはなく、皆、黙々と作業を(こな)しているといった感じであった。

 (もっと)も、疲労に加え、この事態を鼻白む空気も、救護の者たちから感情の熱を奪っていたかも知れない。


 斯様(かよう)にして淡々とした時間が流れていたが──。




「ぎゃあぁぁぁー」

 突然に悲鳴が響いた。


──何事か!?

 皆が一斉に視線を向ける、その先にいるのは──、追丘だ。

 だが、叫びを発したのは彼女ではない。


花文(カブン)中尉。私は今、貴方に毒を仕込みました。この解毒は私にしかできません!」

 唐突に追丘はそう声を張った。

「な、なんだと!?」

 悲鳴を上げた本人である男、追丘の言う花文中尉は、そう返した。

「真実を話せば助けます」

 追丘は冷たく言葉にする。

 二人の周りの者は、予期せぬ事態に目を丸くして硬直している。

 追丘は花文を見下ろすように立ち。

「先の砦攻めの際、貴方は姪である花廉(カレン)が死地に向かうのを見ていた。そして、私の説明から事情も理解していた。だのに、花廉を止めてくれという私の言葉を無視し、彼女を見殺しにした。これは友としての、花廉の仇討ちです!」

 と、花文と一同に対して、自らの行いの大義を唱えた。



 それは断罪の言だが、同時に、追丘の内なる声で言うところの賢しさでもあった。

 自分の振る舞いを差し置いて、これは罪業(ざいごう)(とが)めるカタキ討ちだと、辛国人の心胆が好むところ()いて、正当性に似たものを作り上げた。



「わ、私にはやることがあ──」

「そんなものは無い!」

 花文が言い終わる前に、追丘は(かぶ)せるように言い切る。

「貴方の仕事は物資の管理だった。兵糧も貴方が受け持っていた。撤退戦の最中(さなか)に何の仕事があるというです。事実、砦攻めの道具も、兵糧の残りも、置いてきてるではないですか! 嘘を()くな!!」

 追丘は続けて。

「聞きましたよ、貴方は花廉と揉めていたそうじゃないですか! あぁ──、花廉からではないです。見た者から直接です。将校と新兵と思われる女のやり取りは奇妙に映り、覚えている者は多かったですよ。貴方は花廉を(いと)わしく思い、死を望んだのではないですか?」

 花文は何か言葉を発しようとしたが、声は出ていなかった。

 それは皆に、真実の印象を与えた。

 

「まぁ、それはいいです」

 追丘はここで不意にトーンを落とした。

「人の怨憎(おんぞう)厭悪(えんお)の感は様々です。腹立たしいですが、私も、わからないほど若くはないです。現に今、貴方に対して私の感情がそれですから」

 激情の感が消え、淡泊になったことから、見守る者たちは、追丘が冷静さを取り戻したかに誤解した。


「ぎゃぁぁあああ」

 花文は再び悲鳴を上げた。また追丘が何かをしたようだ。


「どういう気分なんです? 見殺しにした姪の葬式に出るのって。見殺した者の母親から感謝されるって、どんな感じなんですか? 心を痛めているとか、責任を感じてるとか、何の冗談ですか? 一人になった母堂様を身請けするって、どんな気持ちなんです?」

 追丘の追求は終わっていなかった。

 皆は己の逆睹が外れたことを自覚した。

 雑な言い方をすれば、追丘はブチ切れている状態だった。周囲は、ことの成り行きに固唾(かたず)を呑んだ。


「私は関係なぁい!!」

 花文が悲鳴にも負けない声で言った。

「花廉は勝手に参加して、勝手に死んだダケだ! 心痛だの何だのは周りが勝手に言ってるダケだ! 葬式も行きたくなかったが、中佐の手前仕方なかった。身請けなどではない、上から扶養してやれと言われてるダケだ! 俺が何かをしたんじゃない。勝手にやって、勝手にあれこれ言ってるダケだ! 俺は関係ないんだ!!」

 花文もまた、何かにキレたように(まく)し立てた。



 しばし時が止まったようになっていたが──。


「縫合して──」

 追丘が言った。

「えっ!?」

 係は驚いたが。

「〈滅瘴雫(メッショウダ)〉を使っただけ、それでしみたの」

 追丘の様相は、()き物が落ちたように静かになっていた。

「おい! 毒はどうなったんだ! 俺はホントのことを言ったぞ!」

 花文は叫ぶが。

「あれは嘘です」

 追丘は事も無げに言う。

「ふ、ふざけるなぁ!!」

 花文は激昂するが。

「いいじゃないですか。私が勝手にやっただけですから、貴方に責任はないですよ」

 追丘は言うと、次の順番の者へと移り、治療を続けた。



 その後、花文は沈黙し、処置が終わるとそのまま立ち去った。皆は姿こそ目で追ったが、ついぞ、声を掛ける者はあらわれなかった。

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