表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第四章 ~無知の軍神、識者を動ず~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/85

第48話 フルバック(後半)

──意外に前に出る・・

 (シン)軍の動きに剛会(ゴウカイ)は思った。


 負けが続いた後だ。てっきり守りを固めて持久戦に持ち込むのだろうと考えていた。相手に勢いがあっても、いつまでも維持できるわけではない。耐え忍ぶことも戦術のひとつだ。

 だから、そうならないよう強引にでも押して、早早(はやばや)と前線を崩してしまおうと、剛会は考えていたのだ。

 だが実際は、辛軍も積極性をもって、能動的に動いている──。



「こいつは空元気だ」

 剛会は断言した。

「たぶん、こっちが思ってるより連中の士気は低い。守りを固めても、じりじりと削られるだけだと踏んだのだろう。自ら前に出ることで、単純な攻めは通用しないと思わせ、別の手段を選ばせようと考えたとか、そんなところか」

 剛会の言に部下たちも、当たらずとも遠からずであろうとの見解を持った。

 つまり、敵が何らかの誘導を狙っているなら、下手に作戦を変えるより、愚直に力押しするのが正しいということだ。



 汐径(セキケイ)軍は()して力を入れ、辛軍を押し込んでいく。

 迷うことはない。迷う必要はない。迷うことこそ敵の思惑だと、迷わず進む。


 しばらくすると、案の定、敵の一部が崩れた。それに乗じようと更に力を入れるが、辛軍も必死にこらえる。

 結果、最初に崩れた中央部のみ、穿つような形になった。

 汐径軍としては『凸』か『品』の字のような格好だ。必然、辛軍は『凹』の字になる。

 このままゆけば軍勢を貫くこともになり、辛軍の士気は大いに下がるに違いない。そうなれば、敵が逃げに転ずるのも時間の問題だった。

 これは剛会を始めとする指揮者のみならず、多くの汐径兵が思い浮かべた展開でもあった。


 だがしかし──。


 汐径軍の前進はそこで止まった。否──、止められたのだ。

 そして『凸』の出っ張りに対して、三方向からの苛烈な攻撃が始まった。

 辛軍は、あえて崩れることによって汐径軍を釣り出し、部分的にだが包囲攻撃のような状況を作り出したのだ。


 ここぞとばかり辛国兵は力を出す。

 汐径軍の出っ張った中央には、この軍の総大将たる剛会大佐がいる。指揮官を失えば、兵の多寡(たか)、士気の正負、そんなものは全て吹っ飛ぶほどの衝撃になる。




「慌てるな! 守りを固めろ!!」

 剛会は大喝しながらも思う。

──せこい仕掛けだ。


 確かに今、剛会を中心とする汐径軍中央は三正面を相手にして、不利な状況だ。だからといって狼狽(ろうばい)し、後ろに下がろうものなら、その引きの勢いを利用され痛撃を受けることになる。おそらく、それこそが真に敵が目当てとするところであろう。

 よって、ここで引き下がるわけにはいかない。加えて──。


──どのみち無理攻めだ。


 辛軍の『凹』の左右両翼は二正面で戦っていることになる。いずれ汐径の両翼に押される形になり、ごく自然に凸凹の構図は解消されるはずだ。

 従って、防御を重視し時間を稼げば良いという話になる。


「敵の悪足搔(わるあが)きだ。勝ちは近付いているぞ!」

 (うそぶ)きではない。剛会は冷静に状況を読み取り、確信の言として放っていた。





 ()たせる(かな)、汐径軍は、こちらを穿った状態を維持した。

 全て、将軍が思い描いた通りに、事は運んでいる。

「あとは私が討つだけだ──」

 将軍は、己が双肩に掛かった重さをひしひしと感じた。

 元より、全軍の責任を彼は負っているが、作戦の要となると、また違った(おもむき)である。


「これより東回りに敵の背後を突く! 速度は全速だ。遅れることは許さん。我等の働きが、この戦場の命運を決めると心せよ!!」

 将軍は、自らの麾下(きか)、百の兵に向かって檄を飛ばした。

「いくぞ!!!」

 将軍は槍を高く上げ、馬腹を蹴った。



 辛軍の狙いは、やはり大佐の剛会である。

 しかし、三方からの攻撃は本命ではない。あれはあくまで相手を釘付けにする事と、敵両翼の注意を前方に集中させる事が目的だ。

 汐径軍は『品』の字を是正するため、中央は踏みとどまり、両翼を前進させようと全力を出すはずだ。

 その隙に将軍麾下の百が背後を取り、両翼の隙間を走って中央の軍に攻め掛かる。これは三方に加え、真後ろも攻める形になる。

 即ち、四面による攻撃で敵の総大将を討ち取ろうという作戦だ。


 これを為すためには、気付かれる前に回り込む必要がある。そのための麾下の精鋭であり、東に行くのは、敵も太陽に視線を向け難いとの判断からだ。



 果たして、低めの旭光(きょっこう)が百軍を隠し、将軍たちは慮外のまま背後を取った。





 鮑謖(ホウショク)は悠々としていた。

 何しろ、大佐直々の「好きに動け」である。このまま帰っちゃっても、いいんじゃないのというぐらいのフリーである。

 事実、鮑謖は、もう帰る気まんまんなのだ。


──決戦なら、これで終わりでしょ。

 という雑な考えで、勝つなら、それでゆっくり帰る。負けたら、先んじて帰る。いずれにしても帰るつもりなのだ。

 一応、体裁(ていさい)を整えることも忘れてはいない。そのために、戦闘員ではない雑用係の近くまで移動した。いざとなったら護衛の(てい)で、彼らを巻き込んでトンズラするつもりだ。


 鮑謖隊の皆には。

「後詰めとして待機する」

 と、それっぽい風に言っておいた。


 この手の方便に関して、鮑謖は割と(さか)しい。



 ともあれ。

 鮑謖以下、鮑謖隊一同は、戦場を傍観する時間を過ごしていたが──。


──!!


「大尉。敵です! 百ほどの軍が回り込んで来ています。このまま行くと、本隊の真後ろを取られる格好になります」

 袁望(エンボウ)が声を張り上げる。

 鮑謖としては。

──まぁ、そういう事もあるでしょ。

 と、完全な他人事(ひとごと)であったが。

「そうか! 隙に動けとは、敵ではなく、味方の隙だったんですね!」

 崔弱(サイジャク)が感動の声を上げる。

 それを聞いた皆も「おおぉ~」と(どよ)めきを発した。


──え!?


 これには、さしもの鮑謖も仰天した。


──もしかして・・

──いや、確実にだけど・・・

──『好きに動け』じゃなくて『隙に動け』なの!?


 いやはや、これはマズイ。

 崔弱の言葉通りなら、敵が背後を取らんとする、この瞬間こそが、まさしく隙である。

 つまり大佐は、鮑謖に対して。


『ピンチのときはよろしく!』


 と、言ったに等しい。


──マズイ、マズイ、マズイ・・

 鮑謖は、やや打算的な人間だが、信頼に関して人並みの分別はある。自分を頼って救援を命じたであろう大佐を裏切る訳にはいかない。

 前もって出されていた指令に気付かなかったのは痛恨だったが、災い転じてなんとやら、ちょうど敵を捕捉できる位置にいる。

──まだ、任務失敗じゃない!

 鮑謖は、めずらしく、やる気を出した。


「本隊の救援に向かう。伍長は待機だ──。成嬰(セイエイ)曹長、下知を!」

「はっ!」

 鮑謖のいつになく真剣な声に、成嬰も力強く応える。

「騎馬は先行し、敵の先頭を分断し、そのまま頭を攻撃する。先越(センエツ)は壁を作って後続を合流させるな。仞操(ジンソウ)は敵の数を減らせ。大尉は魔法使いと、味方のフォローをお任せしたい」

「了解!!」

「駆けるぞ!!」

 成嬰が敏速(びんそく)に指示を出し、鮑謖隊は走り出す。



 敵の先頭の騎兵たちが、汐径軍の真後ろから中央に向かって駆ける。そこに歩兵も続こうとするが、成嬰たちが突っ込み、その流れを断ち割った。

 つと混乱した敵に、仞操を先頭にした十五人が斬り込んだ。引っかき回すような仞操の縦横無尽な動きに、敵も対応が追いつかない。

 その間に先越が、敵の行くべき道を塞いだ。しかしすぐに──。


聳孤(しょうこ)の法、空圧鉦(クウアツショウ)


 鮑謖隊が築いた壁を粉砕すべく魔法が放たれた。

 ドンッ!っと風の一押しで、味方の兵が数人倒れた。そこに敵兵が殺到する。


 だが、彼らの視界のはしから割り込んでくる人影。敵兵がそれを認識したとき、何人かは既に地面を転がっていた。

 当百の魔女が振った杖に打ち飛ばされたのだ。あまりに速い振り抜きに、近くの者は眼で捉えきれなかった。

 後続する者はいない。彼らは眼前の光景に二の足を踏んだ。


 さりとて鮑謖に待つ気はない。

 彼女は一気に間合いを詰めると、右に左に杖を振って、(さえぎ)る者をなぎ倒した。その視線の先にいるのは、辛国軍の魔法使い。


〈聳孤の法、空圧鉦〉


 射線上から味方がいなくなったため、鮑謖に向かって魔法が放たれた。

 ドンッ!という衝撃が起きるが、鮑謖はそれを力任せに相殺し、スッと障害物の消えた進路を滑るように行き、敵魔法使いに肉薄する。護衛たちが対処に動くが、鮑謖はそれよりも速く杖を叩きつけ、魔法使いを(ほふ)った。

 護衛たちが『しまった』と思う暇はない。次の瞬間には一人は打たれ、もう一人は突かれ、鮑謖によって(むくろ)となった。





「背後から敵騎馬、来ます!」

 聞いた剛会は(ほぞ)を噛んだ。

──押し返すことに囚われすぎた・・

 悔恨している暇はない。

 敵は殆ど妨害なく、すぐそこまで迫ってきていた。

「上等だ! (わし)が相手になってやる!」

 剛会は吠え、剣を抜いた──、そのとき、敵後方に味方の騎兵があらわれた。


 味方の先頭を駆ける男は、一人、二人、三人と、敵を次々に落としていく。そのあまりの勢いに、敵騎馬の指揮者も振り返ざるを得なかった。

 迫り来る味方に、槍を持って受けて立つ指揮者。

 絶妙のタイミングで、迅速なる槍が繰り出された。


──速い!


 剛会には味方の対処が遅れたように見えた。

 しかし男は一閃、指揮者の槍を斬り飛ばした。そしてすかさず相手の首に剣を突き刺し、勢いのまま馬から落とした。

「見事!!」

 剛会は思わず声を上げた。

「どなたか、剣を貸してくれまいか!」

 指揮者を屠った男が言っている。彼の剣は、指揮者の首に刺さったままだ。

 剛会は馬腹を蹴ると。

「これを使え!」

 ()く近付き、自慢の剣を渡した。

「これはッ──、かたじけない!」

「お前、どこの所属だ?」

「はっ。鮑謖隊、成嬰曹長であります!」

「タマ子か! 奴は何を?」

「今は部隊の者と、敵の後続を食い止めているところです!」

「そうか──。その剣はくれてやる。タマ子に伝えろ。後ろは任せた、徹底的にやれと」

「了解しました!」

 言うや否や、成嬰は駆け出し、道すがら残った敵兵を切り伏せて行った。


「辛軍の勝負手は潰えたぞ! 今こそ力を振り絞れ!!!」

 剛会の励声(れいせい)は、味方ばかりでなく敵にも届き、彼らの心を折った。





 払暁(ふつぎょう)より始まった汐径軍と辛軍との決戦は、軍を率いていた将軍が死亡したことで、辛軍は統率を欠き、日が天上に昇る前には瓦解。汐径の勝利という形で終わった。

 それまでの長い対峙が嘘だったかのように、短い時間での決着だった。


 汐径軍は、報復行動は十分として、勝利を土産に帰路に就いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
剛会『さぁ説明して貰おうか?たま子』 鮑謖『たまたま?』
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ