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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第四章 ~無知の軍神、識者を動ず~

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第47話 フルバック(前半)

 青白い明るさで視界が開けたころ、本隊は静かに前進し出した。

 千五百の移動ともなれば、気配も姿も明らかで、袁望(エンボウ)のような遠望がきく者でなくとも、それを捉えることは容易であった。


「ついに始まるか・・」

 成嬰(セイエイ)はつぶやいた。

──去年の自分なら想像できんな。

 考えてみれば凄い所まで来てしまっていると感慨を持った。



 以前の成嬰にとって、実戦と言えば賊徒の討伐ぐらいであった。それでも砦の隊員であるから、防衛戦の訓練はあったし、そうなることもあり得ると考えていた。

 鮑謖(ホウショク)が来てからの展開は怒濤(どとう)であったが、まだ、延長線上の話と解釈できた。

 しかしながら、この現状は違う。

 敵地にて野戦を戦い、夜襲を退け、今まさに大軍同士がぶつかる戦場に身を置いている。



「ハッ──、ありえないだろ」

 成嬰は何だか急に、おかしくなった。

 己を取り巻いていた世界の、あまりの変様に、もう笑うしかなかった──。


 それは世の中の大きな流れ、そのうねりの中で漂っている小さな自分に対しての、一種の自虐であったかも知れない。


 さはさりながら。

 成嬰の笑みを目にした鮑謖隊の者たちは、そこに不敵さを感じていた。

 決戦が起ころうとしている雰囲気を前に、物怖(ものお)じするどころか破顔を見せる余裕。結果に裏打ちされた自信と剛胆。

──流石は大尉が頼りとする男。

 元よりある凄みは勿論、当百の魔女に自身より優れているとまで言わしむ用兵。そして、ここに来ての落ち着き。それらが相俟(あいま)って、皆は成嬰に、鉄人の風骨を見出(みいだ)していた。





「戦闘準備、急げ──!」

 大きな声が聞こえ、追丘(ツイキュウ)は目を覚ました。なにも、一人寝坊していた訳ではない。

 彼女は、夜中に逃げ戻って来た兵の治療をしていたため、殆ど寝ておらず、今は仮眠をとっていたのだ。

「決戦になるぞ! 救護は後方に待機だ。移動急げ!」

 雑用を取り仕切ってる将校が来て命じた。

「昨日移動したばっかだってのに・・」

 誰かが言っている。

 追丘も、その不満は同意するところであったが、こればかりは仕方がない。彼女たちは、昨夜使ったばかりのものを再び仕舞い、荷車に乗せ、戦場を背にして移動を開始した。





 辛軍の将軍は、歯を(きし)ませる思いであった。


 夜襲は失敗した。それも移動途中での遭遇戦に敗れる形でだ。

──どんな偶然か!

 ありえない程の確立を引いたのかと思ったが、生き残った者の話を聞き愕然(がくぜん)とした。

──当百の魔女か・・

 後翼(ゴヨク)での話は知っている。待ち伏せが敗れたのにも魔女が関与していると聞いた。しかし、夜襲を見抜くばかりでなく、経路上で戦闘を仕掛けるなど、神業(かみわざ)であった。

──いっそ、豪運の魔女といわれた方が納得できる。


 ともあれ。済んだ事を嘆いて仕方がない。なんとか切り替えて行きたかったが、汐径(セキケイ)軍は夜明けとともに全軍による進撃を開始した。

 

 撤退する可能性まで考えていた相手の攻勢に、自軍の兵は動揺を禁じ得ない。加えて、昨夜は厳しい警戒態勢を敷いていたため、兵には疲労がある。

 辛国軍にとって、夜間の敗戦からの決戦への流れは、最悪に近いものだった。



──数は、まだ互角だが・・

 敵には勝負を懸ける気概がある。一方、味方は戦いの意気が下がった状態だ。

 このまま行くと、まともなぶつかり合いでは押し込まれる(おそれ)がある。いや──、あるが(ゆえ)に、敵は小細工なしの正攻法で来るはずだ。そして、それを(しの)ぐのは難しい。

──勝負手を打つしかないか・・

 将軍は、逆転狙いの仕掛けを考える。

 性分の手堅い彼としては避けたいところであったが、ジリ貧になる展開を見越しては、好悪(こうお)(こだわ)っていられなかった。



 考えがまとまった将軍は指揮者たちを呼び、作戦の概要と配置を伝えた。

 将軍は最後に。

「私が最後尾から、直接、頭を潰しにゆく!」

 そう宣言した。





 鮑謖隊の面面は当惑の表情を浮かべていた。


 彼らは崔弱(サイジャク)より大佐の指示「隙に動け」の話を聞き、自分たちが敵軍に対して痛撃を与える役目を負ったのだと理解していた。

 そこには不安もあったが、同時に誇らしくもあり、名状しがたい静かな興奮が、隊員たちの心を支配していた。


 ところが──。

 汐径本隊と敵軍の衝突が始まると、鮑謖は隊の位置を、自軍の後方へ移した。

 そこは救護の係を始めとする、雑用の者たちが待機している側で、およそ戦闘に関わる部隊がいる場所ではなかった。

 ましてや、敵軍の隙を見て動こうとする者など、いるはずがない。

 そもそも敵の姿など見えない。見えるのは自軍の背中だけだ。


 鮑謖は自らを、大佐の指示が実行不可能な状態にしたわけだ。



「流石に、お前でも無理だろ」

「当たり前だ。壁の向こうを見るような話だぞ」

 仞操(ジンソウ)の冗談半分のような問いに、袁望も笑い半分で返す。

 敵の状況がわからなくては、動きたくても動けない。どうにもならない。一体何のために、斯様(かよう)な後方へ位置取ったのか?


 誰もわからず、想像も付かない。


「つまりは、山の向こうを見通す者ならば──、ということか」

「そいうことなんだろうなー。今回は全然悩んでなかったし、ひょっとしたら、夜襲を見越した時点で決戦も読んでたのかも。この配置も予定通り──、とかさ」

 仞操の意想を察し、袁望も自身の推測を語った。


 これは二人の会話だが、おおかた、鮑謖隊の者が胸裏に抱く想到(そうとう)でもあった。


──自分には見えんが、大尉は見えてる。

 彼らは戸惑いながらも、激戦の可能性を感じて、闘気をしずしずと練っていた。





(後半へ続く──)

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