第45話 東部の苦闘
熊任たち遊撃隊に比べ、懿門の兵の士気は著しく低下していた。
彼ら地方の軍営は、外敵に対しての盾となる存在だ。一方、本営は矛となり、敵を撃滅するのが役割となる。
東錬が侵攻してきて、懿門の兵はその波を必死に食い止めている。にもかかわらず、本営からの援軍は遊撃隊の二百のみ。寡兵で猛攻に耐えても、反撃してくれる友軍がいない。
先の見えない、希望が持てない、そんな状況で、ひたすら守りを固める。
本営は何をやっているのか?
なぜ味方は助けに来ないのか?
いつまで耐えればいいのか?
無論これには、北から侵攻してきている後翼軍への対応があるからだが、そこまでの情報は兵たちの知るところではない。また、これを周知させる事が正解なのかも、わからない。却って状況に絶望する虞もあった。
いずれにしても、懿門の兵たちのメンタルは、肉体以上に困憊していた。
遊撃隊は当初より敵の攻撃を妨害するので忙しい。
加えて、懿門の軍の守りが、所々崩されるようになって、そのフォローにも奔走することとなった。
遊撃隊の存在が、辛うじて防御を成立させている。そんな状態──。
東錬軍も、それがわかったのだろう。
彼らは、妨害をする遊撃隊を、妨害するようになった。
味方を攻撃する東錬軍を突こうとすると、逆に遊撃隊が側面を取られて危険な形に持って行かれる。そんなことが幾度も続いた。
これは熊任たちの精神すらも削った。
──このままじゃ・・
兵が足りず、手が足りず、後手に回って翻弄される。そのせいで、心まで折られそうになってきている。行き先を危ぶむのは熊任ひとりではない。
この東の地で、汐径軍は薄氷の上に立っているような際疾い状況にあった。
東錬軍の総大将は、戦場の空気を読み取り、ここが勝負所だと判断。汐径軍を支える薄い氷を叩き割るため、全軍をあげての総攻撃を仕掛けた。
──敵も然る者か・・
熊任は思う。
東錬にとってこれ以上なく、汐径にとって最悪なタイミングでの攻勢だった。
圧力はすさまじい。
懿門の軍は、その一撃に早早と崩れた──。が、不意に敵の勢いが弱まった。
──どうした?
疑問が浮かぶが。
「北に回り込んで前線を横から突く!」
すぐに少佐からの下知が来る。
熊任も隊を動かし、遊撃隊は東錬軍の北側に向かった。
「そういうことか!」
熊任は納得を持った。
北側から三百程の友軍が、東錬軍側面中央を穿つように攻め掛かっていたのだ。
だが同時にわからぬ事もある。
──何処の兵?
熊任の見るところ、彼らは本営の兵ではない。どこぞの軍営からの兵に思えるが、だからこそ訝しむ点があった。
彼らは基本的に地域を跨いで行動することはない。広域活動は本営の仕事であり、元より地方軍営の指揮官には、それを為すだけの権限がないからだ。
「騎馬隊、先行して突入する!」
中隊長の指示のもと、熊任も他の隊に動きをあわせて敵兵の原野に突っ込んだ。
「ハアァァァ!!」
熊任は気合いと共に槍を振るう。
──ここまで違うか。
騎馬隊は熊任たちの予想を超えてスムーズに突き進む。これまでの敵との衝突は栗の皮を剥くようだったが、今は卵の殻程度の手応えだ。それだけ友軍の側面からの攻撃に、相手は動揺しているのだろう。
騎馬に続いて歩兵も突入し、東錬軍の前線は崩れた。その間に懿門の軍は距離をとり、構えを修復した。
片や、東錬軍も側面の攻撃を嫌い全体的に引き、両勢は間合いを取る形となった。
「仕切り直しか」
熊任はつぶやいたが──。
ワァー!!
これまでになく大きな喊声が前方から聞こえてきた。
──!? 敵ではない?
声の出所は、前方の東錬軍ではなく、その後方からだった。
「援軍だ! 徐厥准将が千の兵を率いて来て下さったぞ!」
少佐はそのように大喝する。
──准将!? 千の兵??
「懿門の兵にも知らせよ。このまま挟み撃ちにする!」
少佐は言って、次々に下知を出した。
どうして准将だとわかったのか? 千の兵はどこから来たのか?
熊任にはわからぬが、一つだけわかったのは。
──准将なら動かせる。
先の三百の友軍。地方の軍営の兵であっても、将軍と准将ならば動員可能だ。
「騎馬は波状で攻める。熊任少尉。第二波のタイミングは少尉に任せる。いけるな!」
「はい!!」
中隊長からの指示に熊任は熱く返した。
遊撃隊の騎馬。その第一波が敵の防御を切り崩す。しかし、その傷のようになった箇所を修復せんと、敵兵もすぐに動いた。
──ここだ!
思った熊任は馬腹を蹴った。彼女の後には三隊が続く。
第一波が崩した所ではない。敵が、それを補おうとした結果、却って防御が薄くなってしまった、自ら作った弱点に飛び込んだ。
それはまさしく肯綮に中る攻撃で、骨肉を分けるように敵を分断した。
切り取られた東錬軍に、懿門の兵が襲い掛かり悉くを屠った。
時を同じくして、徐厥率いる千の軍が東錬軍の後方の守りを突破。
汐径軍の前後からの圧力を受け、東錬軍は瓦解、四分五裂となって遁走に転じた。
しかしながら、東錬軍が逃げるべき東には徐厥の千の兵がおり、その軍は気力、体力十分で、ここまでの疲労と、混乱状態に陥っている東錬兵には振り切ること叶わず、多くが再び故郷の土を踏むことはなかった。
先程までの苦戦、苦闘がなんだったのかと思えるほどの快勝であった。
ひと段落つき、皆が勝利を分かち合うなか、熊任は千の兵について考えていた。
──少佐は知っていたみたいだけど・・
いつから知っていたのか?
なぜ隠していたのか?
そして千軍は、いつの間に東錬の背後に回り込んだのか?
彼女の得ている情報だけでは整理が付かなく、頭を悩ませた。
熊任が独り思考の渦の中にいると、ふいに周囲がざわめき出した。
──どうした?
そう思って顔を上げると、すぐ近くに少佐と中隊長が来ていた。いや──、二人だけではない、もう一人の女性とその従者を伴っていた。
遠目でしか知らないが、女性は確かに徐厥准将であるとわかった。
「熊任少尉」
「はい」
少佐の言葉で、熊任は直立し応答した。
「少尉の敵を分断した突撃は見事でした。偶然かも知れませんが、騎馬の要諦を理解する者の動きだったでしょう。今日の感覚を忘れぬように──」
准将の言葉に一瞬、頭がまっ白になった熊任だったが。
「はっ! 精進いたします!」
まっすぐな背筋を、更にまっすぐにするようにして声を発した。
徐厥はそれに頷くと、少佐の方を向き、そのままこの場を立ち去った。
彼らの姿が遠くなった頃、周りの僚友が色々と声を掛けてきたが、熊任の脳は、それを言葉として拾うことが殆ど出来なかった──。




