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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第四章 ~無知の軍神、識者を動ず~

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第42話 気随

「なんか羽根みたいの付いてるじゃないですか──。ああいうの見ちゃうと、偉い人を相手にしてるっていうか、喧嘩を売っちゃ駄目な相手みたいな、そんな気分になるんですよ」

「アンタ、馬鹿なこと言ってると死ぬよ!」

 熊任(ユウジン)は、同隊の者の言葉に一喝する。



 隊員の言は、東錬(トウレン)軍が身に付けている装備を指している。汐径(セキケイ)の簡素なものに比べて、意匠が()っており、特に隊長と思われる人物のものは顕著だった。

 隊員はそこに格の違い、それも生まれながらの不可抗力な隔絶、そんなものを感じたのだろう。まさしく貴族の権威にあてられて、変に(おそ)れを持ってしまっている状態といえた。



「アンタは単に、敵が多くてビビってるだけ。相手の見た目とか関係ないの。結局のとこ、自分が腰抜けなのを棚に上げて、(もっと)もらしく理由を(こさ)えて、他人(ひと)のせいにして安心してんのよ。くだらない!」

 真っ向から否定した形の熊任だが、実のところ共感はできてしまった。

 できたからこそ──、わかる。

 この情動は、どこか厭戦(えんせん)の匂いがした。

「泣きごと言ってんじゃないっての!」

──他に伝わっても困る。

 後ろ向きな雰囲気というものは、とかく伝染し易い。隊員には悪いが、公然と叱りつけることで、熊任はそれが伝播(でんぱ)するのを防ごうとした。


 最後に、やや落ち込んだ風になった隊員の背中をバンッと叩いて。

「気持ちで負けんな!」

 熊任は喝を以て活を入れた。



「総員、騎乗せよ!!」

 騎馬をあずかる中隊長から下知が飛ぶ。敵が動いたのだ。熊任たちも馬に乗り、それで遊撃隊の短い休憩は終わった。





「なぁ──、隊長どうしちまったんだ?」

「いや──、私に聞かれても、わかんないですよ」

 成嬰(セイエイ)の言葉に、崔弱(サイジャク)も困惑で返す。

「お前なら、いつもみたく、ぱぱっーと何か考えんだろ」

「無茶言わないで下さいよ。相手は大尉ですよ。私で追い付けるわけないじゃないですか」

「ならどうすんだよ、あれ・・」

 二人の視線の先にいる鮑謖(ホウショク)は、魂が抜けたようになっていた。


 いつもなら「泰然(たいぜん)」というカッコイイ単語で誤魔化せるレベルの放心だが、今回の鮑謖は「(ほう)けている」が控え目な表現になるぐらい、アホ(づら)なのだ。

 このときばかりは皆の勘違いもお休みで、普通に不安視した。

 さりとて、鮑謖隊がどうこうなる事はない。

 隊全体は成嬰が取り仕切り、細かいところは崔弱が差配し、先越(センエツ)が要領よく回していく、前から変わらず、平常運転であった。


 そう、なにも問題がなかった──。なかったが(ゆえ)に、鮑謖が限界に達しているのを、誰も気付かなかったのかも知れない。



 別働隊は、本隊と(シン)国軍の戦場に到着した。

 当初の計画では、ここから戦闘中に基地を襲撃することや、敵の側面を狙って動く、などの奇襲的な役割を担うはずだった。

 しかしながら、待ち伏せにあい、情報が諸々洩れていると思われる現状を(かんが)みて、別働隊は本隊と、今まさに合流しようとした。


 ところが──。


「うん。私は本隊とは合流しない」

 鮑謖がそう言い出した。




 鮑謖は、ほとほと参っていた。

 待ち伏せを撃退して以降、鮑謖の軍議への参加は確定事項になってしまったが、それが彼女には苦行であった。

 参加しても鮑謖には特に意見はなく、当然、言うこともない。また別段、彼女に意見が求められる事もなかった。いっそ置物のようになって、何も考えずに、ぼけーっとしても良かったが、熱い眼差しを向ける中佐の手前それも(はばか)られて、一応の発言は準備した。

 軍議が終わると、変な負い目と気まずさ、不毛感、徒労感がやって来て、鮑謖の精神を疲弊させた。それが積み重なった結果が──。


──もう軍議でたくない・・


 という思いである。

 この先、本隊と合流しても軍議に参加させられる可能性を感じた鮑謖は、自身の持つ独立行動権を使い、その前に、別働隊を離脱したのだ。

 まさに職権乱用、いや特権乱用かも知れず、あとあと問題になる見込みも持ったが。


──間違いなく数回はお叱りを受ける・・

──報告書か反省文的なものも書かされる・・

──でも、たくさんの軍議よりマシ!


 可能性として降格処分なども考えられるが──。

──大尉なんかになったせいで、辛国くんだりまで来ることになった。

 むしろ朗報な心境だった。


 尤も、大佐の直属扱いなので、彼から合流を命じられれば従うしかないが。

──それまでは自由にやらせてもらう。

 妙に割り切った境地に至っていた。


 雑に言うなれば「キレた」それが鮑謖の現在の状態であった。




 常識的に考えて、急に部隊長がこんな事を言い出せば、その心胆を大いに疑うべきであり、兵たちから反対意見が出そうなものだが。

「大尉はきっと、また何かを予見したのかも知れない──」

 先の活躍があるせいで、砦の守備隊員だけでなく、配属されている本営の兵までもが、鮑謖の決定を支持した。

 そして、軍議から解放されたことで生き生きとした鮑謖を見て。

「今までは思考を深く巡らせていたのだろう」

 と、これまでのボケた表情を、意識が深淵にあるがゆえの副反応として捉えた。


 ある意味、こちらも平常運転に戻ったといえるだろう。

 即ち、誤解の輪廻は再び動き出した。





──タマ子め。なにを考えている?

 剛会(ゴウカイ)は思った。

 彼は、別働隊の阜漫(フマン)中佐から待ち伏せの報告を受け、本隊との合流の提案を受け入れた。だがその中で、合流直前に別働隊から離れた鮑謖隊の行動が理解できず、(いぶか)しんだのだ。


「中佐は、タマ子──。いや、鮑謖大尉の動きに、何か心当たりがありますかな?」

 剛会は、そのように聞いた。


 剛会は豪快な男で、自身に対しては敬語など回りくどく面倒だと、直截(ちょくせつ)な物言いを求めるところがあった。それは他者に対しても基本的には変わらなかったが、こと年齢に関して、一定の配慮を持つ者でもあった。

 言うまでもなく相手の阜漫中佐は、剛会より年上だった。


「正直、何も思いつかぬ。ただ──、このところ色々と考えている(ふし)はあった。彼女は東の関与も見抜いていたし、それを東錬だとも断言しておった。(わし)には想像もできん複雑なことを考えてるやも知れん」

 阜漫は弱く首を振りながら答えた。彼も剛会にあわせて(へりくだ)りは控えた。

「東錬をか──。儂は、かの女のそれは野生の勘だと見ております」

 剛会は唸るようにすると、自らの鮑謖への持論を語った。

「ああ、そういえば、森で(ひょう)を倒したと聞いた」

「ヒョウ!? あの豹か?」

「うむ、あの豹だ。そういう観点だと、敵に対して自由に動ける位置を考えたのかも知れぬな。本隊に組み込まれると、臨機応変には動きにくいと思ったか」

「なるほど──」

 剛会も阜漫の推測に、一定の理をみた。


 しばしの黙考のあと剛会は口を開く。

「儂はもう二千の偽装をやめ、千五百の一軍として堂々と対峙するべきと考えるが、中佐はどう見られるか?」

「うむ──。いずれバレるぐらいなら、こちらから(さら)した方が良いかも知れぬな」

「儂も正直、動きにくいと思っていたところだ。臨機応変に対処するためには、ここいらが潮時だろう。幸い敵の兵力は別働隊が削ってくれたからな」

 そういって剛会は笑い、阜漫もそれに微笑んだ。


 剛会は笑顔の下で。

──この男は、こんなに素直だったか。

──己を『人を見る目はある』などとは思わんほうがいいな。

 阜漫の実際と、自分の中の印象との差に、独り内省を持つに至った。



 ()くして鮑謖の奇行は、侵攻軍全体に影響を与えることとなった──。

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