第41話 方針確認
別働隊、阜漫中佐は主立った者たちを集めた。
これからの行動について意見を求める、ひとつの軍議を行うためだ。
で、これに鮑謖も参加することになってしまった。
「待ち伏せがあったからには、情報漏洩は明らか。遺憾ながら撤退を具申します」
「私も同じく。敵の準備は周到で、前々からの計画を感じます」
「不測の事態であれば、即時撤退も認められています。今がその時でしょう」
「自分は急ぎ、本隊との合流をするべきだと考えます。我々がそうであったよう、予期せぬ苦戦を強いられているやも知れません」
「こちらが狙われたなら、辛国の兵力から考えて、本体の負担は幾分か軽くなっているはずです。我等が引いても、大勢に影響はないかと拝察いたします」
それぞれに意見が出たが、流れは帰還を促す方向へ動いていた。
──私も、なんか言った方がいいのかな・・
いるだけで気後れしている鮑謖としては、このまま話が帰結してくれるとありがたかった。実際、彼女には判断できかねる事案であった。
周囲が鮑謖に対して超絶勘違いしようとも、知らんもんは知らんし、わらかんもんはわからんのだ。その絶対的な事実までは、流石に改変しようがない。
鮑謖にわかることといえば、情報が洩れているなら元々の予定ルートは──。
「通れんね──」
ということぐらいであった。
──!
阜漫は戦慄した。
実のところ、この軍議は形だけのものであった。方針は既に決まっていたが、意見もなしにだと、不満を募らせる者も出るとの配慮だった。
加えて中佐としては、辛軍の待ち伏せを看破したという、鮑謖の意見を聞いてみたいという思いもあった。
ところが彼女は沈黙を守り続け、阜漫は何か言わないのかと、しきりに鮑謖の様子を窺っていたのだ。
そこに出た、ひとつのつぶやき──。
『東錬ね──』
他の誰も気付かなかったが、鮑謖を注視していた阜漫は、それをはっきりと聞き取った。
──そこまで見通すのか・・
──この期に及んでは、隠しておく必要もあるまい。
阜漫は諦観に至る。
「実は、此度の作戦で、皆には知らせていない事がある──」
阜漫中佐は一同にそう告げる。
「知っての通り、二度に渡り侵攻してきた辛国への報復が、この軍事行動の目的だ。だがそれは、一面の姿でしかない。軍は、先の辛国のそれには、後翼国、そして東の国、おそらく東錬が関与しているものと見立てておる」
ここまで言ったとき。
「もしや──、我等が侵攻している隙を突いて、彼らが攻め掛けてくる事を想定しているのでしょうか?」
一人が勘良く尋ねる。
「そうだ──」
阜漫の応答に響めきが起きる。
「お待ち下さい。今の話が確かなら──、勿論、確かでしょうが、北と東の二正面を相手に戦うことになります。本隊とあわせて二千五百も辛国にいて、残存兵力で守り切るのは厳しいのではないですか」
戦力を勘定したのか、そのような指摘も入る。
阜漫はここで少し身を乗り出すようにした。
「そこで儂らに話が戻る──。北に関しては武南将軍閣下が対処される事になっておる。兵力の殆どはそちらに投入されるだろう。すると必然、東が弱くなるが、ここに仕掛けがある。実のところ、本隊二千はハッタリだ」
この語りに一同は再び呻きを洩らした。
「二千は確かにいた。そして確かに辛国へ向かった。だが、休息のたびに、少しずつ数を減らして密かに馗門に戻ることになっておる。最終的に辛の迎撃軍と対峙するのは半分の千だ」
阜漫は言って、皆の反応を待った。
「つまり、この報復作戦は、敵を釣り出すための大掛かりな演出であると──」
「とりわけ、東錬に対してのな」
「その情報が洩れている可能性は?」
「まず無い。儂を含め、作戦の指揮を執る数名だけが知っている」
一同は、阜漫の言葉を噛みしめたようだ。
阜漫は一度姿勢を正すと。
「集まって、意見を出してもらったところ申し訳ないが、儂としては本隊に合流したく思う。こちらに兵を割いたとはいえ、辛軍も千五百ぐらいは出してきているはずだ。元より大佐たちは寡兵で敵に当たっているわけで、そのうえ別働隊も来ないとなると激戦は必至。彼らを援護する意味でも、先に進みたい」
中佐は、自身でも思いのほか、感情がこもった声を発していた。
阜漫の中に燻っていた、劣等感、嫉妬心、焦燥感、それらから生じた不満の情念は、己でも不思議なほど希薄なっていた。
──憑きものが落ちたとは、こういう事か・・
鮑謖が杖を掲げた、あの時の雄叫びで、阜漫の何かが変わっていた。
軍議はその後、本隊との合流を軸に話し合われ解散となったが、阜漫は、鮑謖だけを留め置いて話をする時間を作った。
「大尉、すまなかった──。儂はどうかしていた。大尉の兵を減らしたばかりでなく、剰え、置き去りにするなど、指揮官として恥ずべき行為であった」
深々と頭を下げる阜漫に。
「い、いえ──、大丈夫です。お気になさらずに」
鮑謖も困惑しつつも、なんとか返す。
ゆっくりと顔を上げた阜漫は。
「それで予定通り、大尉の兵を百にしたいと思うのだが──」
と、鮑謖隊の増員を提案するが。
「い、いえ──、大丈夫です。今の五十で十分です!」
鮑謖はそれを固辞した。
「そうか──。大尉がそう言うなら、それが正しいのだろうな」
阜漫は一人で納得すると。
「ところで本隊を合流するにあたり、儂は指揮権を全て大佐に委ねようと思うのだが、どうであろう。剛会大佐はそれを受け入れてくれるかな?」
そのように問うた。
委ねると言えば聞こえは良いが、見方を変えれば責任を押しつけるとも言える。阜漫にそのつもりがなくとも、変に勘ぐられて、拒絶される虞があった。
阜漫は、鮑謖が大佐の直属であることから、互いによく知っているのだろうと思い、彼女に助言を求めたのだ。
──剛会大佐!?
鮑謖からしたら『そんなこと聞かれても・・』という心境だった。何しろ、面識が辛うじてある程度である。知ったこっちゃないぐらいなのだ。
さはさりながら、すごい下手に出てる中佐の手前、返答を辞退するのも憚られたし、先程の軍議で発言しなかった負い目もあり、彼女なりに言葉を探した。
鮑謖は、唯一の接点である六臣会を思い出しながら──。
──えーと。たまたまを使うなと言ってたな・・
──あと。私の感想はすんなり受け入れてたな・・
これらに鑑み、剛会という人物を捉えると。
「大佐は──、たぶん曖昧な言葉は嫌いだと思います。なので、まっすぐに中佐のお考えを伝えれば宜しいかと──」
ひり出すように言葉にした。
阜漫は鮑謖の言に数回頷くと。
「わかった。参考になった。感謝する大尉」
力強く応えたいた。
軍議につづき、中佐との面談を終えた鮑謖は。
「戦闘より疲れた──」
と、戦捷に沸く別働隊の中で、独り憔悴していた。




