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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第四章 ~無知の軍神、識者を動ず~

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第40話 西進する者

 汐径(セキケイ)国を横断する街道、その東部にある街、懿門(イモン)

 そこは地方軍営の所在地としても、最東に位置していた。


 払暁(ふつぎょう)、緊急事態の報が流れ、懿門の兵は、状況を理解する間もなく装備を整えて出立した。

 向かうは更に東にある砦。

 ここまで何の説明もなかったが、それでも兵たちは何が起きているのか、誰と戦う事になるのか、おおよその見当は付いていた。

「たぶん東錬(トウレン)だな──」

 兵たちの、そんな会話が聞こえてくる。



 懿門に常駐する兵は七百。

 他の軍営より多く配備されているが、これは過去、何度も東より侵攻された歴史があるからだ。故に、懿門の兵にとって敵と言えば、まず最初に浮かぶのが東の国であった。

 侵攻国は、(キョウ)国か、東錬国が候補になるが、前者は今、後継をめぐって一悶着(ひともんちゃく)起きているという噂があった。誰かの東錬という推測は、梟が他国に干渉してる暇はないとの見立てから、消去法で出されたものであろう。


 なんにせよ、全軍を上げても七百のはずだが──。

 彼らの物資を運ぶ、輜重隊(しちょうたい)の後ろに、いつの間にか二百の軍が付随していた。





 懿門の軍が砦に到着したとき、敵軍は、もう目視できる距離だった。

 ()たせる(かな)、その正体は東錬軍。規模はおよそ千五百だ。

 七百は素早く展開し、迎撃態勢をとった。

 砦にも兵はいるが、他とは違い斥候に特化しているため人数は二十ばかりだ。彼らは既に解体され、七百の軍に組み込まれている。

 そして、その後方に隠れるようにして、二百の軍も配置についていた。



 熊任(ユウジン)は緊張していた。

「アタシも存外、普通だな──」

 己を客観視して言った。それが出来る分、彼女は冷静だった。


 熊任は、件の二百の軍、その騎馬の小隊長として赴いている。彼女たちは、本営から派遣された遊撃隊である。汐径は東錬の西進を予見し、前もって懿門に軍を配置していたのだ。

 ただそれでも、あわせて九百。

 千五百に対しては厳しい戦いにならざるを得ないだろう。


「懿門の軍が食い止める形になるが、敵も回り込みを狙ってくるはずだ。我等は、その頭を潰していく戦いになる」

 遊撃隊を指揮する少佐は言った。



 ほどなくして、東錬軍は行軍の勢いのままに攻め掛けてきた。

 敵は正面から強引に押してくる。圧殺せんほどのそれは、数の優位を最大に生かした、単純で強力な攻撃だった。

 さりとて。汐径軍もそれは(はな)から承知である。懿門の兵たちは守りを固め、必死にその圧力に耐えた。

 東錬は勢いが落ちてきたのを自認すると騎馬を(けしか)け、横から背後を(うかが)おうとしてきた。


「最初が肝心だ。徹底的に叩いて、狙いにくいと思わせる。いくぞ!!」

 少佐が気合いの声を上げて遊撃隊は走り出す。

 あらわれたのは百騎ほどの騎兵。

 遊撃隊は二百だが、騎馬は七十騎にとどまる。当然ながら、歩兵たちは遅れて続く形になり、今、この瞬間だけは衆寡(しゅうか)は敵が勝る。敵の指揮者は正面からの()ち合いを選択した。


 熊任は槍を構え、小隊の先頭を駆ける。

 眼前に敵が迫り、その軍装がはっきりと見えた。汐径では、儀仗(ぎじょう)兵でしか見ないような装飾が施してある。

──貴族の飾りか。

 熊任は、相手が違う価値観を持つ者たちだと、肌で理解した。同時に、どこか権威めいた圧力を感じて、名状しがたい苛立ちを持った。

「しゃらくせぇ!!」

 彼女は僅かにあった逡巡(しゅんじゅん)を、怒りで上書きし、気合いへと昇華させた。

 両勢が激突する。

「ハァ!」

 熊任は気を込めた鋭い突き出しを放つ。

 敵はそれを()なそうとしてくるが、次の瞬間、熊任は槍を回して相手の持ち手を打ち払った。そのまま馳せ違い、熊任が次の敵に当たっている間に、後ろの味方が相手を(ほふ)った。


 騎馬のぶつかり合いは五分の展開だったが、遊撃隊の歩兵たちは、敵の進路に先回りして壁となって立ちはだかる。

 相手はそれを避けるため方向を変えるが、その側面を狙って熊任たちが突っ込み、敵騎馬を分断する。はぐれた騎馬は、歩兵たちに囲まれ討たれた。


 流れの悪さを悟った敵は、背後を狙うのをやめ、引き下がった。


 だがすぐに反対の方向から、別の部隊が回り込んできた。

 少佐は遊撃隊を二つに分けて、時間差でそれに当たる。機動力を生かした用兵で敵を翻弄していく。

 そんな戦闘が数回あり、敵もやり方を変えてきた。複数の部隊による同時攻撃だ。遊撃隊側も軍を分けて対処するが、妨害するのが関の山で、倒すまでにはいかなかった。

「くっ、歯痒い──」

 熊任は、思うようにいかない局面に焦燥を禁じ得ない。

──これが多勢を相手にするということ・・

 今更ながら、不利な状況と、防衛戦の厳しさを理解した。



 この日は天候の影響か、やや早めに薄暗くなった。そのタイミングで東錬軍は攻撃をやめ、距離を取った。彼らにも移動の疲れがあるからだとの見方がされた。

 汐径軍も砦の位置より下がり、互いに間合いを外した状態で、日没を迎えた。



──敵襲!?

 夜中に起こされた熊任は流石に慌てた。が、攻撃を受けたわけでも、逆に攻撃を仕掛けるわけでもなかった。

 汐径軍は夜陰の中、懿門の手前まで後退することを決めた。

 所謂(いわゆる)、戦略的撤退に類するものだろう。

 それは熊任にもわかったが。

──まるで敗軍だ。

 コソコソと移動を始めた自軍を見て、悔しさが募った。

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