第39話 嚮導者(後半)
移動中に──。
中佐率いる別働隊が待ち伏せを受けている可能性がある。よって、合流地点より溯って戦闘になることを覚悟せよ。
楊休のところにも、そのような沙汰が来た。
「単に、狭い道で遅くなってるだけでは?」
猟師とのやり取りを直に耳にした彼女だから、軍の遅れは道の問題と考えるのが自然だと思い、聞き返した。
「はい。私も最初そう思いました。ですが、大尉は先読みに関して神憑った力を発揮されます。ほぼ間違いないかと──」
言った兵は、鮑謖大尉の判断に、全幅の信頼を置いているようだった。いや、彼だけではない。守備隊の兵たちは、隊長ならばという納得をしていた。
楊休としては半信半疑であったが、一応、弓の具合を確かめた。
合流地点に到着すると、皆が慌ただしくなった。
──急にどうしたの?
鮑謖が思っていると。
「どうだ?」
成嬰が袁望に聞いている。北道の方を向いているから、中佐たちが見えたのか?
「はい。あります! たぶん戟塵です」
袁望はそう答えた。
「大尉。やはり読み通り、敵の待ち伏せを受けているようです。どうされます? 騎馬だけでも先行して牽制を掛けましょうか」
成嬰が提案してくる。
──ん? 読み通りとな・・
そんな読みなど知らん鮑謖は、それとなく周りを窺う。
──うん。若干の焦りはあるが、動揺はゼロ・・
そこから導き出される答えは。
──みんな予測してたってこと?
それは即ち。
──わかってないの私だけ!?
これは宜しくない。中佐たちが危ないのは勿論、鮑謖の大尉としての、隊長としての立場的にも非常にマズイ状態と言える。
そしてそのわかってない鮑謖に今、判断が求められている。
──う~ん、曹長が言うんなら・・
まだ掴み切れてない鮑謖は、話に乗っかろうとしたが。
──いやいや、まてまて。
鮑謖は、自分がまともに部隊を動かしたことがないのに気付いた。砦での戦いも、追撃部隊を指揮していたのは成嬰だったし、ここまでの道中すら、彼に丸投げしていたのだ。
今、成嬰を先行させ、自分が残りを率いて行くことは可能だ。だが、現場に着いた段階で、状況から的確に判断を下せるかといえば、かなり怪しい。さしもの鮑謖も、四十名を放置して自分一人で突っ込むわけにもいかない。
──本営の兵の手前、格好付けたかったけど・・
──うん。しょうがない・・
鮑謖は、事ここに至って諦観を持った。
「いや──、その前にだ。成嬰曹長には部隊全体の指揮も任せたい」
鮑謖は言った。
「私は一度しか目にしていないが、曹長の実戦での指揮は見事なものだ。騎兵を動かしつつも、歩兵にも適宜指示を出し、援軍との連携もよく、軍才を感じさせるものだったよ。匪賊の討伐と、砦の防衛の実績は言わずもがな──。はっきり言うとね。用兵の実践に於いて、成嬰曹長の方が遙かに優れているんだ」
鮑謖はつづけて。
「その上で、騎馬の先行が必要だと判断するなら、それで構わないよ」
そう言葉にした。
──!?
楊休は戸惑いを禁じ得ない。
待ち伏せを看破したのは大尉自身だ。当然、戦闘のことも考えたはずだ。それでいて、鮑謖大尉は、成嬰曹長に全ての指揮を委ねようとしている。
これらを踏まえて、大尉の最後の言葉を振り返ると──。
『その判断は、指揮官として下したものか?』
そう問うているに等しい。
今、この場面で、大尉は曹長のことを高く評価しながらも、更なる成長への期待を掛けているのではないか? それはただ命令を実行する者ではなく、自立した判断力を持った、指揮官としての覚悟を確かめようとしている。
楊休はそのように見た。
周囲が固唾を呑む中、成嬰はゆっくりと口を開く。
「いえ──。部隊全体で向かいたいと思います。中佐たちは不利な状況ではあると思いますが、地形的に敵も多くは動員できなかったはずです。下手な牽制よりも、逆に奇襲を掛けるぐらいの、まとまった強い一撃で当たるべきと考えます」
真率に言葉を放った。
聞いた鮑謖は頷くと。
「うん。では成嬰曹長、下知を──」
「はっ!」
成嬰は短く返したのち。
「これより全隊で中佐たちの救援に向かう。基本、駆け付けた勢いのままぶつかる事を考えているが、状況を見て追って指示する。移動は準戦闘速度だ。遅れるな!」
「はい!!」
成嬰の力強い声に、兵たちも同じく応じた。
楊休は、この展開に、得体の知れない興奮を覚えていた。
「下がるな! 反対側には罠があるぞ! 踏みとどまれ!!」
阜漫は叫ぶように言う。
──そんなものはない。
わかっているが、そうでも言わないと兵がそちらへ流れてしまう。いや──、兵が下がること自体が、むしろ罠なのだ。
──巧くやる・・
逃げへの誘惑こそが敵の作戦の胆。理解していても、抗うのは難しい。
「敵もへばって来た! 勢いはないぞ! 力負けするな!!」
言った矢先。
「中佐。後方が押し込まれています」
──馬鹿者が、何をやっているか!
思ったが、指揮者を配したのは阜漫自身だ。己の見る目のなさを呪った。
そんなときだった──。
──!
前方から、これまでとは違う喧騒が聞こえてきた。
「このまま騎馬を先頭に突っ込む! 先越、歩兵二十で続いて傷口を広げろ。仞操、残りで崩れた先から仕留めろ」
「了解!」
成嬰の指示に、先越、仞操が応える。
「大尉。魔法使いへの対処はお任せしてよろしいか」
「うん。まかされた!」
鮑謖も応じる。
「騎兵各員、己をクサビとしろ! 気合いを入れ直せ!!」
成嬰の声も滾る。
「いくぞ!!!」
その大喝で、成嬰を頭とする騎兵の塊は突撃した。
辛国軍も背後からの攻撃に気付いた。気付いて対処をしようとしたが、成嬰たちの勢いに分があった。騎馬は一気に押し込み、続く歩兵たちが生じた隙間を埋めるように殺到、すぐさま広がりを見せる動きをする。
辛軍は隊列もくそもなく乱れ、そこに仞操が槍を持って襲いかかる。
敵兵に対した仞操は、あえて後手をとり、先に突き出された槍を最小の動きで往なす、同時に前進しながら敵の首に槍を突き刺す。そこを狙った敵の攻撃は、石突きの側で打ち払い。今度は短く持った槍で、剣のように振り下ろした。
横からも攻撃が来たが、ケンッと矢が刺さって、敵は倒れた。射たのは楊休だ。
仞操が攻め掛け、楊休がそれをサポートする。続く味方もそれにあわせて連携し、敵兵を次々に躯へ変えた。
成嬰たち騎馬は敵を貫き、別働隊の正面に躍り出た。そして──。
「鮑謖隊が救援に参った! 当百の魔女は、既に勝ちを見据えているぞ! おのおの方、もうひと踏ん張り奮起されよ!!」
大音声を発するや否や、成嬰は馬を駆けさせ敵兵に迫って一閃、その首を撥ね飛ばした。
その寸劇は一瞬の静寂のあと、ワァーッと味方を沸かせ、彼らの心胆に活を与えた。
「味方です! 鮑謖大尉の部隊が、前方の敵を蹴散らしました!!」
「なんと!?」
阜漫としても、まったく予想しなかった事態だった。
──わざわざ南の道を通って来たのか?
いったい何のために、という疑問が湧いたが。
「今は、こっちが優先だ」
阜漫は眼前の戦いに意識を戻す。
前の方は立て直しても、後ろ半分は依然として厳しい状況に変わりない。敵もこの事態を把握したのか、逃がすまいと、これまでにも況して圧力を掛けてきている。
〈麒麟の法、泥硬粒〉
また一人、魔法にやられた。
この一方的な攻撃は、兵の心を折るのに最適な方法だった。
「おのれ──。なんとか近づければ──」
言った阜漫の視界、はしの方から何かが魔法使い方へ向かっていく──。
「あれは、鮑謖大尉か!?」
「いました。斜面を登ったところです」
袁望が指を指す。
──坂か・・
鮑謖は坂道が嫌いである。が、そうも言ってられない。魔法使いの対処は彼女の仕事となっているのだ。
「じゃあ、伍長を頼んだよ」
鮑謖は崔弱を気遣うと、ダッと駆け出した。
前に敵兵が遮るが、構わず突っ込み、右に左になぎ倒しながら前進する。坂に差し掛かって、対角線を斜めに進むように駆け上っていく。
そんな鮑謖に気付いたか。
〈麒麟の法、泥硬粒〉
魔法が彼女に放たれるが、それを即座に打ち払う。
その間に、魔法使いを護衛する兵が間合いを詰めてくるが、一人は足を払って坂を転がし、もう一人は胴を突いて倒した。
その光景に魔法使いは逃げを選んだが、走るに遅く、鮑謖は後ろから杖を叩きつけ殺した。
「よし。これで任務は果たしたかな」
厳密には任務ではないが、鮑謖はそう言って来た方向を見た。彼女の視力では、はっきりとはわからないが、崔弱たちが危険な状態になっているわけではなさそうだった。
──たぶん、袁望は見てるよね。
思った鮑謖は。
「おーい。やったよー」
と、杖を振ってアピールした。
鮑謖大尉は電光石火、魔法使いを倒すと、杖を大きく振った。
「ウォォォ──!!」
その姿に兵たちが喊声をあげる──、いや、兵ばかりでなかった。阜漫もまた、その絵図に、雄叫びを上げていた。
「中佐。前方は完全に撃退しました」
「よし。全軍を上げて残りを一掃する!!」
阜漫は気合いの声を発した。
鮑謖隊の活躍により汐径の別働隊は息を吹き返した。
阜漫中佐の指揮の下、彼らは辛国軍に逆襲した。辛軍は不利を悟ったが、狭隘な地形が影響して逃げあぐね、その多くが討ち取られた。
待ち伏せによる三方からの攻撃という、劣勢を強いられる戦いであったが、終わってみれば、汐径軍の大勝と言える戦果であった。
この逆転劇により、既にあった鮑謖の評判は裏打ちされ、確固たるものとなった。




