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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第四章 ~無知の軍神、識者を動ず~

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第39話 嚮導者(後半)

 移動中に──。

 中佐率いる別働隊が待ち伏せを受けている可能性がある。よって、合流地点より(さかのぼ)って戦闘になることを覚悟せよ。

 楊休(ヨウキュウ)のところにも、そのような沙汰(さた)が来た。

「単に、狭い道で遅くなってるだけでは?」

 猟師とのやり取りを直に耳にした彼女だから、軍の遅れは道の問題と考えるのが自然だと思い、聞き返した。

「はい。私も最初そう思いました。ですが、大尉は先読みに関して神憑(かみがか)った力を発揮されます。ほぼ間違いないかと──」

 言った兵は、鮑謖大尉の判断に、全幅の信頼を置いているようだった。いや、彼だけではない。守備隊の兵たちは、隊長ならばという納得をしていた。


 楊休としては半信半疑であったが、一応、弓の具合を確かめた。





 合流地点に到着すると、皆が慌ただしくなった。

──急にどうしたの?

 鮑謖(ホウショク)が思っていると。

「どうだ?」

 成嬰(セイエイ)袁望(エンボウ)に聞いている。北道の方を向いているから、中佐たちが見えたのか?

「はい。あります! たぶん戟塵(げきじん)です」

 袁望はそう答えた。

「大尉。やはり読み通り、敵の待ち伏せを受けているようです。どうされます? 騎馬だけでも先行して牽制を掛けましょうか」

 成嬰が提案してくる。

──ん? 読み通りとな・・

 そんな読みなど知らん鮑謖は、それとなく周りを(うかが)う。



──うん。若干の焦りはあるが、動揺はゼロ・・

 そこから導き出される答えは。

──みんな予測してたってこと?

 それは(すなわ)ち。

──わかってないの私だけ!?

 これは(よろ)しくない。中佐たちが危ないのは勿論、鮑謖の大尉としての、隊長としての立場的にも非常にマズイ状態と言える。

 そしてそのわかってない鮑謖に今、判断が求められている。


──う~ん、曹長が言うんなら・・

 まだ掴み切れてない鮑謖は、話に乗っかろうとしたが。

──いやいや、まてまて。

 鮑謖は、自分がまともに部隊を動かしたことがないのに気付いた。砦での戦いも、追撃部隊を指揮していたのは成嬰だったし、ここまでの道中すら、彼に丸投げしていたのだ。

 今、成嬰を先行させ、自分が残りを率いて行くことは可能だ。だが、現場に着いた段階で、状況から的確に判断を下せるかといえば、かなり怪しい。さしもの鮑謖も、四十名を放置して自分一人で突っ込むわけにもいかない。


──本営の兵の手前、格好付けたかったけど・・

──うん。しょうがない・・

 鮑謖は、事ここに至って諦観を持った。





「いや──、その前にだ。成嬰曹長には部隊全体の指揮も任せたい」

 鮑謖は言った。

「私は一度しか目にしていないが、曹長の実戦での指揮は見事なものだ。騎兵を動かしつつも、歩兵にも適宜(てきぎ)指示を出し、援軍との連携もよく、軍才を感じさせるものだったよ。匪賊(ひぞく)の討伐と、砦の防衛の実績は言わずもがな──。はっきり言うとね。用兵の実践(じっせん)()いて、成嬰曹長の方が(はる)かに優れているんだ」

 鮑謖はつづけて。

「その上で、騎馬の先行が必要だと判断するなら、それで構わないよ」

 そう言葉にした。


──!?

 楊休は戸惑いを禁じ得ない。

 待ち伏せを看破したのは大尉自身だ。当然、戦闘のことも考えたはずだ。それでいて、鮑謖大尉は、成嬰曹長に全ての指揮を(ゆだ)ねようとしている。

 これらを踏まえて、大尉の最後の言葉を振り返ると──。


『その判断は、指揮官として下したものか?』


 そう問うているに等しい。

 今、この場面で、大尉は曹長のことを高く評価しながらも、更なる成長への期待を掛けているのではないか? それはただ命令を実行する者ではなく、自立した判断力を持った、指揮官としての覚悟を確かめようとしている。

 楊休はそのように見た。



 周囲が固唾(かたず)()む中、成嬰はゆっくりと口を開く。

「いえ──。部隊全体で向かいたいと思います。中佐たちは不利な状況ではあると思いますが、地形的に敵も多くは動員できなかったはずです。下手な牽制よりも、逆に奇襲を掛けるぐらいの、まとまった強い一撃で当たるべきと考えます」

 真率(しんそつ)に言葉を放った。

 聞いた鮑謖は頷くと。

「うん。では成嬰曹長、下知を──」

「はっ!」

 成嬰は短く返したのち。

「これより全隊で中佐たちの救援に向かう。基本、駆け付けた勢いのままぶつかる事を考えているが、状況を見て追って指示する。移動は準戦闘速度だ。遅れるな!」

「はい!!」

 成嬰の力強い声に、兵たちも同じく応じた。


 楊休は、この展開に、得体の知れない興奮を覚えていた。





「下がるな! 反対側には罠があるぞ! 踏みとどまれ!!」

 阜漫(フマン)は叫ぶように言う。

──そんなものはない。

 わかっているが、そうでも言わないと兵がそちらへ流れてしまう。いや──、兵が下がること自体が、むしろ罠なのだ。

──(うま)くやる・・

 逃げへの誘惑こそが敵の作戦の(きも)。理解していても、抗うのは難しい。

「敵もへばって来た! 勢いはないぞ! 力負けするな!!」

 言った矢先。

「中佐。後方が押し込まれています」

──馬鹿者が、何をやっているか!

 思ったが、指揮者を配したのは阜漫自身だ。己の見る目のなさを呪った。

 そんなときだった──。


──!


 前方から、これまでとは違う喧騒が聞こえてきた。





「このまま騎馬を先頭に突っ込む! 先越(センエツ)、歩兵二十で続いて傷口を広げろ。仞操(ジンソウ)、残りで崩れた先から仕留めろ」

「了解!」

 成嬰の指示に、先越、仞操が応える。

「大尉。魔法使いへの対処はお任せしてよろしいか」

「うん。まかされた!」

 鮑謖も応じる。

「騎兵各員、己をクサビとしろ! 気合いを入れ直せ!!」

 成嬰の声も(たぎ)る。

「いくぞ!!!」

 その大喝で、成嬰を頭とする騎兵の塊は突撃した。



 辛国軍も背後からの攻撃に気付いた。気付いて対処をしようとしたが、成嬰たちの勢いに()があった。騎馬は一気に押し込み、続く歩兵たちが生じた隙間を埋めるように殺到、すぐさま広がりを見せる動きをする。

 辛軍は隊列もくそもなく乱れ、そこに仞操が槍を持って襲いかかる。


 敵兵に対した仞操は、あえて後手をとり、先に突き出された槍を最小の動きで()なす、同時に前進しながら敵の首に槍を突き刺す。そこを狙った敵の攻撃は、石突きの側で打ち払い。今度は短く持った槍で、剣のように振り下ろした。

 横からも攻撃が来たが、ケンッと矢が刺さって、敵は倒れた。射たのは楊休だ。

 仞操が攻め掛け、楊休がそれをサポートする。続く味方もそれにあわせて連携し、敵兵を次々に(むくろ)へ変えた。


 成嬰たち騎馬は敵を貫き、別働隊の正面に躍り出た。そして──。

「鮑謖隊が救援に参った! 当百の魔女は、既に勝ちを見据えているぞ! おのおの方、もうひと踏ん張り奮起されよ!!」

 大音声を発するや否や、成嬰は馬を駆けさせ敵兵に迫って一閃、その首を撥ね飛ばした。


 その寸劇は一瞬の静寂のあと、ワァーッと味方を沸かせ、彼らの心胆に活を与えた。





「味方です! 鮑謖大尉の部隊が、前方の敵を蹴散らしました!!」

「なんと!?」

 阜漫としても、まったく予想しなかった事態だった。

──わざわざ南の道を通って来たのか?

 いったい何のために、という疑問が湧いたが。

「今は、こっちが優先だ」

 阜漫は眼前の戦いに意識を戻す。

 前の方は立て直しても、後ろ半分は依然として厳しい状況に変わりない。敵もこの事態を把握したのか、逃がすまいと、これまでにも()して圧力を掛けてきている。


〈麒麟の法、泥硬粒(デイコウリュウ)


 また一人、魔法にやられた。

 この一方的な攻撃は、兵の心を折るのに最適な方法だった。

「おのれ──。なんとか近づければ──」

 言った阜漫の視界、はしの方から何かが魔法使い方へ向かっていく──。

「あれは、鮑謖大尉か!?」





「いました。斜面を登ったところです」

 袁望(エンボウ)が指を指す。

──坂か・・

 鮑謖は坂道が嫌いである。が、そうも言ってられない。魔法使いの対処は彼女の仕事となっているのだ。

「じゃあ、伍長を頼んだよ」

 鮑謖は崔弱(サイジャク)を気遣うと、ダッと駆け出した。


 前に敵兵が(さえぎ)るが、構わず突っ込み、右に左になぎ倒しながら前進する。坂に差し掛かって、対角線を斜めに進むように駆け上っていく。

 そんな鮑謖に気付いたか。


〈麒麟の法、泥硬粒〉


 魔法が彼女に放たれるが、それを即座に打ち払う。

 その間に、魔法使いを護衛する兵が間合いを詰めてくるが、一人は足を払って坂を転がし、もう一人は胴を突いて倒した。

 その光景に魔法使いは逃げを選んだが、走るに遅く、鮑謖は後ろから杖を叩きつけ殺した。


「よし。これで任務は果たしたかな」

 厳密には任務ではないが、鮑謖はそう言って来た方向を見た。彼女の視力では、はっきりとはわからないが、崔弱たちが危険な状態になっているわけではなさそうだった。

──たぶん、袁望は見てるよね。

 思った鮑謖は。

「おーい。やったよー」

 と、杖を振ってアピールした。





 鮑謖大尉は電光石火、魔法使いを倒すと、杖を大きく振った。

「ウォォォ──!!」

 その姿に兵たちが喊声(かんせい)をあげる──、いや、兵ばかりでなかった。阜漫もまた、その絵図に、雄叫びを上げていた。

「中佐。前方は完全に撃退しました」

「よし。全軍を上げて残りを一掃する!!」

 阜漫は気合いの声を発した。



 鮑謖隊の活躍により汐径(セキケイ)の別働隊は息を吹き返した。

 阜漫中佐の指揮の下、彼らは辛国軍に逆襲した。辛軍は不利を悟ったが、狭隘(きょうあい)な地形が影響して逃げあぐね、その多くが討ち取られた。

 待ち伏せによる三方からの攻撃という、劣勢を()いられる戦いであったが、終わってみれば、汐径軍の大勝と言える戦果であった。


 この逆転劇により、既にあった鮑謖の評判は裏打ちされ、確固たるものとなった。

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